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第九章 剣と使徒
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私を部屋まで送り届けたエル君はそのまま
また階下へと向かった。シオンさんの書斎などを
あさって人身売買の言い逃れ出来ない証拠も
掴んでおきたいらしい。
「大丈夫かなあ・・・」
シオンさんが特殊性癖の変態領主代行だとか、
あの侍女さん達が女装させられている男の子で、
しかも去勢やら虐待をされているとか、エル君が
私に毒キノコ入りシチューを食べさせていたとか
おまけに私の採ってきたキノコが全部毒キノコ
だったとか、もうどこからツッコミを入れていいか
分からない。
とりあえず私のきのこ狩りスキルはシェラさんと
一緒に野営見学に行ったあの時から上がって
いないのは分かった。
でもあの芋についてエル君が何も触れてないって
ことは、あれだけはちゃんと食べられるもの
だったということだ。
今はそれだけで満足しよう・・・。
私に与えられている2階のはじの部屋は、
さっきこっそり覗き見たシオンさん達のいる
ポーチからは真逆の方向なので物音は一切
聞こえてこない。今はどうなってるんだろう。
まだあの子供達は荷馬車の中だろうか。
王都の街中に出た窃盗団といい、この世界は
案外子供に優しくない。魔物が出るだけでも
大変なんだから、もっと人間同士助け合えば
いいのに。
ふうとため息をついて窓辺に寄る。ふと下を見ると、
男の子が1人こそこそと森の茂みの中に隠れていた。
もしかしてあの荷馬車から逃げ出したんだろうか。
侍女さんに向かって足を折るとか腱を切るだとか
言っていたシオンさんの恐ろしい笑顔を思い出す。
大変だ、もし見つかったら逆上したシオンさんに
殺されてしまうかもしれない!この部屋に
匿うことはできないだろうか。
エル君には悪いけど、とっさに部屋を出てしまった。
シオンさん達のいるのとは反対側の方へ足音を
立てないように気をつけながら走る。
外へ通じる使用人用の通用口がある場所は
エル君に聞いて確認済みだ。水場と避難口の
確認は大事だってシェラさんが言っていたからね。
そっと扉を細く開けて外へ出る。お屋敷に近い
茂みの辺りを目を凝らして男の子を探した。
確かさっきはこの辺りにいたような・・・。
その時、淡い月明かりにきらりと反射する
金髪の小さな頭が見えた。いた!
「あの・・・大丈夫?他の人に見つからないように
こっそり顔を見せてくれる?」
ひそひそ話しかけると、驚いたように頭が大きく
揺れて固まった。その後、おずおずと茂みの中から
かわいい顔が怯えるようにこちらを見上げた。
「ごめんなさい、許して・・・ぼく、
行きたくない。」
シオンさんに目をつけられただけあって
かわいい男の子だ。でもとても怯えている。
「大丈夫ですよ、私はユーリって言います。
このお屋敷に来ているお客様だから、シオンさんも
手出しは出来ないですよ!こっちに来て下さい、
朝まで一緒に私の部屋で隠れていましょう!」
安心させるように笑顔でそう言っても、男の子は
なかなか出てこない。早くしないと見つかって
しまうんじゃないだろうかと気が焦る。
でも、と言ってこちらには来ないで私をじっと
見つめている。何でだろう?
その時、男の子の視線が私の着ている物に
注がれているのにやっと気付いた。そうだこれは
このお屋敷の侍女さんのお仕着せだ!
いくら私が客人だと言っても格好がこれでは
用心されて当たり前だった。
「ち、違うんですよ、これは着るものがなくて
借りているだけで・・・!」
焦って説明すると我ながらますます怪しい。
その時、私の背後で
「・・・え?なんでこんな所に?どうしてもう
起きてるの?」
驚いたようなハスキーな声がした。
振り向けば、あのスレンダー美少女・・・いや、
美少年?な侍女さんが信じられないものを
見たような顔をして私を見つめていた。
どうやら1人のようだ。手分けしてこの子を探して
いたんだろうか。反射的に駆け寄って、背伸びをして
その口を両手でふさいだ。
「こっ、声を出さないで!
シオンさんを呼ばないで下さい‼︎」
体の軽い私が手を押し付けたところで向こうの方が
背が高い。びくともせずに振り払われると
思ったけど、私の勢いに負けて相手はよろりと
よろめいた。
やっぱり膝かどこかが悪くて踏ん張りがきかない
みたいだ。それに私が癒し子だというのも
分かっているから、乱暴なことも出来ずに
私にされるがままになっている。
「シオンさんが悪いことをしてるのはもう
分かってます!捕まるのも時間の問題です、だから
もう1人の侍女さんと一緒にあなたもここから
逃げませんか⁉︎私が連れて行きますから‼︎」
突然の申し出に相手は目を見開き私を見つめている。
グレーの長い髪の毛は後ろで綺麗にまとめられて
いたはずだけど、さっきシオンさんに突き飛ばされて
乱れてしまっている。
耳にかけていた長い前髪が一筋ぱらりとその綺麗な
顔にかかって、髪の色とお揃いのグレーの瞳は
大きく見開かれたままだ。
「そんなこと・・・」
小さな呟きが私の抑えている口から漏れた。
「そんなこと、出来る訳ありません。こんな足じゃ
どこにも行けない。シオン様も怖い。他の子達を
人買いに渡す悪事の手伝いもした。ユーリ様にも
薬を盛りました。ボクはどこにも行けません、
ずっとこのままだ。」
それを聞いて腹が立つ。シオンさんはこの子達に
無理矢理悪事の手伝いをさせてその罪悪感も
盾にとっているんだ。
体を痛めつけて動けなくしただけじゃなく、
精神的にも身動きを取れなくするなんて。
「体なんて、私が治します!」
言って、口を押さえていた手を離してしゃがむと
そのまま侍女さんの両足をスカートごと抱き締めた。
「ユ、ユーリ様⁉︎」
私の予想外の動きに少しふらつきながらも
なんとか侍女さんは踏みとどまった。
逃げ出せないように足の骨を折ったとシオンさんは
言っていたけど、折ったのは骨だけじゃない。
この子の心も同時に折ってしまったんだ。
だから逃げ出そうとしない。シオンさんは領主代行で
忙しいからこのお屋敷にいないことも多いはずだ。
だからその気になれば何とかここを逃げ出すことも
出来たはずなのに。
その気力を奪ったのだ。悔しい。
足が治ったらぜひシオンさんを思い切り蹴飛ばして
欲しい。そうして過去の自分も一緒に蹴り飛ばして、
後は自由にどこへでも自分のその足で歩いて、
走って、世界の広さを見に行けばいい。
そうして欲しい。
スカートを抱き締める腕にぎゅっと力を入れれば、
腕の中がほのかに暖かくなって瞑った瞼の裏に
柔らかな明るい光を感じた。
パッと腕を離せば、侍女さんはふらつくこともなく
その足でしっかりと立っている。
「足が・・・」
多分ちゃんと治ったはずだけど、侍女さんも
自分でなんとなくそれが分かるみたいだ。
信じられないと言った面持ちでスカートを
握りしめていた。そして目の前でそのやり取りを
見ていた金髪の男の子も私の使った力に興味を
惹かれたのかいつの間にか茂みの中から
出て来ていた。
「もう一人のあの巻き毛の侍女さんはどこですか?
あの子も一緒に私の部屋に行きましょう!」
そう声を掛けた時、がやがやした声が遠くから
聞こえてきた。シオンさんやその仲間だろうか。
侍女さんやこの子を探しているのかもしれない。
ハッとした侍女さんが、
「こっちです‼︎」
そう言って私の手を取ると駆け出した。
手を引かれながら、ごく自然に走るその姿を
後ろから見て思わず笑顔になる。良かった!
私もあの小さな男の子の手を引いて、3人一緒に
お屋敷の中に体を滑り込ませた。
「ボク、走ってた・・・?」
掠れたようなハスキーボイスが、信じられないと
いうように小さく呟いた。
「とても早かったですよ!ここを出たら郵便や配達の
お仕事をするのもいいかもしれませんね‼︎」
ふふ、と笑ってそう言えば泣きそうな顔で
ありがとうございますと感謝された。
「そんな、ここ以外で働くなんて考えたことも
なかった・・・ユーリ様は本当に、神様に
遣わされた御使者です。ボクみたいな者にも
希望と赦しを与えてくれる神様の御使い、
神の使徒です。」
「そんな大げさな。イリューディアさんから
預かっている力が役立てたなら何よりですよ!
それより早く行きましょう、シオンさん達に
見つかる前に部屋に戻ります‼︎」
侍女さんも小さく頷き、もう1人の侍女さんを
隙をみてなんとか連れてくると言ってくれた。
荷馬車は私達と一緒にいるこの子を乗せれば
すぐにでも出発してしまうらしい。
それも、ある程度探して見つからなければ
この子をおいて言ってしまうだろうという事だった。
それまでの間にエル君がなんとかしてくれれば
いいんだけど。
そのまま2階へと上がろうとしたその時だ。
バタンとお屋敷の扉が乱暴に開いた音がした。
ドヤドヤと数人が入ってくる足音がしたので
3人で慌てて階段を駆け上がる。
「あっ、おい待て‼︎」
だけど間に合わずに階段を上るところを見られて
しまい、追いかけられる。
「なんだ⁉︎どうしてあの侍女は走ってるんだ⁉︎
足が悪いはずだろう⁉︎」
「くそ、早く捕まえろ‼︎」
2階の廊下を追いかけっこする。振り向けば、
私が手を引いていた男の子が捕まりそうに
なっていた。
「ユーリ様!」
侍女の子も振り向いて立ち止まるとあの
ハスキーボイスで声を上げた。
それに反射的に答える。
「蹴って下さい!」
足はもう治っている。私より背が高くて足も長いから
私の後ろに迫る男にもその足は充分届く。
私の言葉に、侍女さんは男の子を捕まえようと
していた男の1人を思い切り蹴り飛ばした。
・・・と、すごい勢いで男は転がり、数メートルを
吹っ飛ばされると泡を吹いて気絶してしまった。
「「・・・え?」」
その勢いに、蹴った本人の侍女さんも蹴ろと言った
私も呆然とする。後ろを追ってきた2人の男も
呆気に取られて思わず動きが止まってしまっていた。
「ボ、ボク、人を蹴ったのは初めてですけど
人ってこんなに吹き飛ぶものなんですか・・・?」
いや、これは。
「何だよアレ・・・」
「バ、バケモノ・・・」
気絶した男を見て残りの2人が震え上がっている。
あ、あぁ~久しぶりにやってしまった。
さっき侍女さんを治す時に、腹が立ってついうっかり
余計なことを考えてしまったから。
シオンさんを思い切り蹴飛ばせばいい、なんて
思ってしまった。これはもしかしなくても、
普通じゃない脚力がついてしまったんじゃ・・・。
ひょっとすると、本気で走れば足も物凄く
速くなっているかもしれない。
「ご、ごめんなさい。もしかすると足が治った
だけじゃなく、余計な加護まで付けてしまったかも
知れないです・・・」
先に謝っておこう。そう思って自己申告したけど、
侍女さんはいまいち意味が分からないでいる。
そりゃそうだ。この騒ぎが落ち着いたらもう一度
きちんと謝罪しよう。
あと、力を使う時は冷静じゃないとまだコントロール
仕切れていないというのも分かった。
目の前の出来事に、意味が分からず呆気に
取られている周りの人達を前に私は海よりも
深く反省して頭を垂れた。
また階下へと向かった。シオンさんの書斎などを
あさって人身売買の言い逃れ出来ない証拠も
掴んでおきたいらしい。
「大丈夫かなあ・・・」
シオンさんが特殊性癖の変態領主代行だとか、
あの侍女さん達が女装させられている男の子で、
しかも去勢やら虐待をされているとか、エル君が
私に毒キノコ入りシチューを食べさせていたとか
おまけに私の採ってきたキノコが全部毒キノコ
だったとか、もうどこからツッコミを入れていいか
分からない。
とりあえず私のきのこ狩りスキルはシェラさんと
一緒に野営見学に行ったあの時から上がって
いないのは分かった。
でもあの芋についてエル君が何も触れてないって
ことは、あれだけはちゃんと食べられるもの
だったということだ。
今はそれだけで満足しよう・・・。
私に与えられている2階のはじの部屋は、
さっきこっそり覗き見たシオンさん達のいる
ポーチからは真逆の方向なので物音は一切
聞こえてこない。今はどうなってるんだろう。
まだあの子供達は荷馬車の中だろうか。
王都の街中に出た窃盗団といい、この世界は
案外子供に優しくない。魔物が出るだけでも
大変なんだから、もっと人間同士助け合えば
いいのに。
ふうとため息をついて窓辺に寄る。ふと下を見ると、
男の子が1人こそこそと森の茂みの中に隠れていた。
もしかしてあの荷馬車から逃げ出したんだろうか。
侍女さんに向かって足を折るとか腱を切るだとか
言っていたシオンさんの恐ろしい笑顔を思い出す。
大変だ、もし見つかったら逆上したシオンさんに
殺されてしまうかもしれない!この部屋に
匿うことはできないだろうか。
エル君には悪いけど、とっさに部屋を出てしまった。
シオンさん達のいるのとは反対側の方へ足音を
立てないように気をつけながら走る。
外へ通じる使用人用の通用口がある場所は
エル君に聞いて確認済みだ。水場と避難口の
確認は大事だってシェラさんが言っていたからね。
そっと扉を細く開けて外へ出る。お屋敷に近い
茂みの辺りを目を凝らして男の子を探した。
確かさっきはこの辺りにいたような・・・。
その時、淡い月明かりにきらりと反射する
金髪の小さな頭が見えた。いた!
「あの・・・大丈夫?他の人に見つからないように
こっそり顔を見せてくれる?」
ひそひそ話しかけると、驚いたように頭が大きく
揺れて固まった。その後、おずおずと茂みの中から
かわいい顔が怯えるようにこちらを見上げた。
「ごめんなさい、許して・・・ぼく、
行きたくない。」
シオンさんに目をつけられただけあって
かわいい男の子だ。でもとても怯えている。
「大丈夫ですよ、私はユーリって言います。
このお屋敷に来ているお客様だから、シオンさんも
手出しは出来ないですよ!こっちに来て下さい、
朝まで一緒に私の部屋で隠れていましょう!」
安心させるように笑顔でそう言っても、男の子は
なかなか出てこない。早くしないと見つかって
しまうんじゃないだろうかと気が焦る。
でも、と言ってこちらには来ないで私をじっと
見つめている。何でだろう?
その時、男の子の視線が私の着ている物に
注がれているのにやっと気付いた。そうだこれは
このお屋敷の侍女さんのお仕着せだ!
いくら私が客人だと言っても格好がこれでは
用心されて当たり前だった。
「ち、違うんですよ、これは着るものがなくて
借りているだけで・・・!」
焦って説明すると我ながらますます怪しい。
その時、私の背後で
「・・・え?なんでこんな所に?どうしてもう
起きてるの?」
驚いたようなハスキーな声がした。
振り向けば、あのスレンダー美少女・・・いや、
美少年?な侍女さんが信じられないものを
見たような顔をして私を見つめていた。
どうやら1人のようだ。手分けしてこの子を探して
いたんだろうか。反射的に駆け寄って、背伸びをして
その口を両手でふさいだ。
「こっ、声を出さないで!
シオンさんを呼ばないで下さい‼︎」
体の軽い私が手を押し付けたところで向こうの方が
背が高い。びくともせずに振り払われると
思ったけど、私の勢いに負けて相手はよろりと
よろめいた。
やっぱり膝かどこかが悪くて踏ん張りがきかない
みたいだ。それに私が癒し子だというのも
分かっているから、乱暴なことも出来ずに
私にされるがままになっている。
「シオンさんが悪いことをしてるのはもう
分かってます!捕まるのも時間の問題です、だから
もう1人の侍女さんと一緒にあなたもここから
逃げませんか⁉︎私が連れて行きますから‼︎」
突然の申し出に相手は目を見開き私を見つめている。
グレーの長い髪の毛は後ろで綺麗にまとめられて
いたはずだけど、さっきシオンさんに突き飛ばされて
乱れてしまっている。
耳にかけていた長い前髪が一筋ぱらりとその綺麗な
顔にかかって、髪の色とお揃いのグレーの瞳は
大きく見開かれたままだ。
「そんなこと・・・」
小さな呟きが私の抑えている口から漏れた。
「そんなこと、出来る訳ありません。こんな足じゃ
どこにも行けない。シオン様も怖い。他の子達を
人買いに渡す悪事の手伝いもした。ユーリ様にも
薬を盛りました。ボクはどこにも行けません、
ずっとこのままだ。」
それを聞いて腹が立つ。シオンさんはこの子達に
無理矢理悪事の手伝いをさせてその罪悪感も
盾にとっているんだ。
体を痛めつけて動けなくしただけじゃなく、
精神的にも身動きを取れなくするなんて。
「体なんて、私が治します!」
言って、口を押さえていた手を離してしゃがむと
そのまま侍女さんの両足をスカートごと抱き締めた。
「ユ、ユーリ様⁉︎」
私の予想外の動きに少しふらつきながらも
なんとか侍女さんは踏みとどまった。
逃げ出せないように足の骨を折ったとシオンさんは
言っていたけど、折ったのは骨だけじゃない。
この子の心も同時に折ってしまったんだ。
だから逃げ出そうとしない。シオンさんは領主代行で
忙しいからこのお屋敷にいないことも多いはずだ。
だからその気になれば何とかここを逃げ出すことも
出来たはずなのに。
その気力を奪ったのだ。悔しい。
足が治ったらぜひシオンさんを思い切り蹴飛ばして
欲しい。そうして過去の自分も一緒に蹴り飛ばして、
後は自由にどこへでも自分のその足で歩いて、
走って、世界の広さを見に行けばいい。
そうして欲しい。
スカートを抱き締める腕にぎゅっと力を入れれば、
腕の中がほのかに暖かくなって瞑った瞼の裏に
柔らかな明るい光を感じた。
パッと腕を離せば、侍女さんはふらつくこともなく
その足でしっかりと立っている。
「足が・・・」
多分ちゃんと治ったはずだけど、侍女さんも
自分でなんとなくそれが分かるみたいだ。
信じられないと言った面持ちでスカートを
握りしめていた。そして目の前でそのやり取りを
見ていた金髪の男の子も私の使った力に興味を
惹かれたのかいつの間にか茂みの中から
出て来ていた。
「もう一人のあの巻き毛の侍女さんはどこですか?
あの子も一緒に私の部屋に行きましょう!」
そう声を掛けた時、がやがやした声が遠くから
聞こえてきた。シオンさんやその仲間だろうか。
侍女さんやこの子を探しているのかもしれない。
ハッとした侍女さんが、
「こっちです‼︎」
そう言って私の手を取ると駆け出した。
手を引かれながら、ごく自然に走るその姿を
後ろから見て思わず笑顔になる。良かった!
私もあの小さな男の子の手を引いて、3人一緒に
お屋敷の中に体を滑り込ませた。
「ボク、走ってた・・・?」
掠れたようなハスキーボイスが、信じられないと
いうように小さく呟いた。
「とても早かったですよ!ここを出たら郵便や配達の
お仕事をするのもいいかもしれませんね‼︎」
ふふ、と笑ってそう言えば泣きそうな顔で
ありがとうございますと感謝された。
「そんな、ここ以外で働くなんて考えたことも
なかった・・・ユーリ様は本当に、神様に
遣わされた御使者です。ボクみたいな者にも
希望と赦しを与えてくれる神様の御使い、
神の使徒です。」
「そんな大げさな。イリューディアさんから
預かっている力が役立てたなら何よりですよ!
それより早く行きましょう、シオンさん達に
見つかる前に部屋に戻ります‼︎」
侍女さんも小さく頷き、もう1人の侍女さんを
隙をみてなんとか連れてくると言ってくれた。
荷馬車は私達と一緒にいるこの子を乗せれば
すぐにでも出発してしまうらしい。
それも、ある程度探して見つからなければ
この子をおいて言ってしまうだろうという事だった。
それまでの間にエル君がなんとかしてくれれば
いいんだけど。
そのまま2階へと上がろうとしたその時だ。
バタンとお屋敷の扉が乱暴に開いた音がした。
ドヤドヤと数人が入ってくる足音がしたので
3人で慌てて階段を駆け上がる。
「あっ、おい待て‼︎」
だけど間に合わずに階段を上るところを見られて
しまい、追いかけられる。
「なんだ⁉︎どうしてあの侍女は走ってるんだ⁉︎
足が悪いはずだろう⁉︎」
「くそ、早く捕まえろ‼︎」
2階の廊下を追いかけっこする。振り向けば、
私が手を引いていた男の子が捕まりそうに
なっていた。
「ユーリ様!」
侍女の子も振り向いて立ち止まるとあの
ハスキーボイスで声を上げた。
それに反射的に答える。
「蹴って下さい!」
足はもう治っている。私より背が高くて足も長いから
私の後ろに迫る男にもその足は充分届く。
私の言葉に、侍女さんは男の子を捕まえようと
していた男の1人を思い切り蹴り飛ばした。
・・・と、すごい勢いで男は転がり、数メートルを
吹っ飛ばされると泡を吹いて気絶してしまった。
「「・・・え?」」
その勢いに、蹴った本人の侍女さんも蹴ろと言った
私も呆然とする。後ろを追ってきた2人の男も
呆気に取られて思わず動きが止まってしまっていた。
「ボ、ボク、人を蹴ったのは初めてですけど
人ってこんなに吹き飛ぶものなんですか・・・?」
いや、これは。
「何だよアレ・・・」
「バ、バケモノ・・・」
気絶した男を見て残りの2人が震え上がっている。
あ、あぁ~久しぶりにやってしまった。
さっき侍女さんを治す時に、腹が立ってついうっかり
余計なことを考えてしまったから。
シオンさんを思い切り蹴飛ばせばいい、なんて
思ってしまった。これはもしかしなくても、
普通じゃない脚力がついてしまったんじゃ・・・。
ひょっとすると、本気で走れば足も物凄く
速くなっているかもしれない。
「ご、ごめんなさい。もしかすると足が治った
だけじゃなく、余計な加護まで付けてしまったかも
知れないです・・・」
先に謝っておこう。そう思って自己申告したけど、
侍女さんはいまいち意味が分からないでいる。
そりゃそうだ。この騒ぎが落ち着いたらもう一度
きちんと謝罪しよう。
あと、力を使う時は冷静じゃないとまだコントロール
仕切れていないというのも分かった。
目の前の出来事に、意味が分からず呆気に
取られている周りの人達を前に私は海よりも
深く反省して頭を垂れた。
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