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第七章 ユーリと氷の女王

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私を前に乗せたシェラさんの操る馬は、
軽快に山道を駆けている。

出発したばかりの頃は少し早めの並足で
私が馬に慣れるのを待ってくれて、
それから駆け足へ。

ペースを徐々に上げて今はわりと
速いスピードで走っていると思う。

「お腹はすきませんか、ユーリ様。」

背後からシェラさんが聞いてくれる。
そう言えば早朝に奥の院を出てから
何も食べていない。

「リンゴを下さい!少しだけゆっくり
走ってもらえれば、このまま休憩を
取らずにリンゴを食べながら
行けますので!」

「大丈夫ですか?休んでもよいのですよ?」

走る馬の上で後ろを振り返る余裕は
まだないのでシェラさんの表情は
見えないけど、声は充分心配そうだ。

「大丈夫ですよ、そのかわりお昼は
ちゃんと休みましょうね!」

走る馬上で女の人が何か食べながら
移動するのは、もしかすると
この世界の人たちにしてみれば
マナー違反かもしれない。
しかも皮付きリンゴの丸かじりである。

でも私にしてみれば仕事の移動中に
車の中でご飯を食べるのと変わらない。
または自転車に乗りながら
リンゴをかじるような感覚だろうか。

せっかく速く走る馬に乗っているのだ、
少しの休憩も惜しい。
多少スピードは落ちても移動しながら
食べる方が立ち止まって休憩を取るよりも、
向こうには早く着くだろう。

ただ、私にマナー違反や無理をさせたと
シェラさん達が申し訳なく思うのは
嫌なので、一応気を使ってお昼は
きちんと休憩したいと言った。
私的には昼も走りながらパンを
かじるだけでもいいんだけど。

社畜に昼休憩などノータイムなのだ。
元の世界での休憩時間と
ブラックな残業時間を考えれば
まだまだ余裕である。

分かりました、と後ろで微笑んだ
気配がした。
そのまま馬に付けた荷を探って
くれたらしく、目の前にあの
金のリンゴが一つ差し出された。

先行して少し前を走っていた
デレクさんにもシェラさんは
声を掛けて、ぽんと放られたリンゴを
デレクさんもしっかりと受け取る。

「殿下にはきちんと休憩を取るように
申し付けられておりますからね。
こんな風に食事を取ったことは
内緒ですよ。」
 
そうだね。こんなのがバレたら
怒られるし心配される。

「はい、私達だけの秘密ですね‼︎」

心得た、とばかりにこくりと頷いて
リンゴを受け取りかじり付く。

甘い!何ですかこのリンゴ⁉︎なんて
驚く声がデレクさんからも聞こえた。

そうだよね、やっぱりこのリンゴ
甘くておいしいなあ。
そう思いながらリンゴを堪能していた
私は、背後のシェラさんが

「殿下にも内緒の私達だけの秘密?
・・・なんと甘美で魅惑的な
響きでしょう。もっとそんなものを
増やせると良いのですが。」

嬉しげにそう呟いているのに
全然気付いていなかった。

リンゴは割と大きかったので、
一つ食べるだけでかなりお腹が
いっぱいだ。

そのまま走り続け、途中ではなんと
崖も駆け降りた。しかも2回も。
源義経か。

2人乗りの馬でまさかそんな事が
出来るなんて思わなかったので
びっくりした。

馬の丈夫さもそうだけど、
シェラさんの手綱捌きもすごい。

かなりの急勾配だったのに、
思ったほど衝撃も感じなかった。

ついでに道中、渓流も飛び越えたけど
シェラさん達2人は慣れたものだ。

崖をくだったり川を飛び越えたりと、
どう考えても普通の山道じゃない。

このルートは本当に普段騎士さん達が
時間短縮で利用する、本気の
山越えルートなんだと思う。

これならかなり早くダーヴィゼルド領に
着けるんじゃないかな?

そう思っていたら、突然前を走る
デレクさんが背負っていた弓を
取り出して矢をつがえた。
しかも一度に3本。

走りながら、馬上でつがえた矢を
引き絞り手を放す。

青い光をまとった矢は3本とも、
前方の茂みの中に消えていった。
あれ?ただの弓矢じゃなくて魔法?

不思議に思っていたら、

「昼食にちょうどよい獲物を
見付けました、隊長は先に行って下さい!
回収してすぐに追いつきますので‼︎」

そう言ったデレクさんは進行方向から
少しそれた方へと馬を向ける。

「では次の渓流沿いで合流を。
そこで休憩にしますよ」

シェラさんの言葉にぺこりと頭を下げて
デレクさんは私達から離れた。

「今のは魔法の弓矢ですか?」

気になって聞けばシェラさんも
丁寧に教えてくれる。

「はい。彼はレジナスに憧れていましてね。
レジナスの双剣を見たことはありますか?
魔物の首の後ろに2本の剣を突き立てる
彼独自の剣技を、デレクも彼なりの
やり方で真似ようとしているようです。
双剣は使えないから複数の矢を
同時に魔物の首に射し込むやり方を
試行錯誤しているところですね。」

「騎士団の演習で見ました!
そういえば大きな竜の首の後ろに
レジナスさんが剣を2本刺したら
竜の動きが止まってましたけど、
あれをデレクさんもやろうとしてるんですね」

あれって結構深く刺さないと
魔物の動きは止まらないんじゃないかな。

元の世界で言えば、獲れたての魚の
神経を突いて動けなくする
活け締めみたいなイメージだと
思うんだけど、だとしたら難しそう。

普通の弓矢では歯が立たないだろう。
だから魔法で補助して威力を
上げているのか。

「デレクの魔力で魔法付与をした
弓矢は百発百中です。
すぐに獲物を手に追いついてきますよ、
私達は先に行って昼食の準備を
しておきましょう」

そう言うとシェラさんは
馬のスピードを上げて走り出した。
やがて穏やかに流れる渓流が
目の前に現れると、そこで馬を降りる。

早朝に王宮の奥の院を出てから
数時間ぶりに地面に足を付けた。

結局馬上でリンゴを食べたあの後も、
水分補給は立ち止まってそのまま
馬上で少し休むというのを
数度繰り返しただけで、
休憩らしい休憩は取っていない。
私の希望だ。

それでも途中であのリンゴを
食べたおかげか、
足腰が痛いとか疲れは感じない。
強いて言えば長時間船に乗った後の
ように若干足元がふわふわして
心許ないくらいだ。

そんな私に気付いたシェラさんは
失礼します、と断ってから
私を片手でひょいと抱き上げると
器用にもそのままもう片方の手で
馬から敷物を降ろして
私をその上に座らせてくれた。

「す、すみません。面倒をかけちゃって」

「とんでもない。むしろユーリ様の
辛抱強さには驚くばかりですよ。
よくここまで休憩も挟まずに
駆けて来られましたね。
おかげでだいぶ早く着けそうです。
あと二つほど山を越えれば
ダーヴィゼルド領に入り、
そうすれば公爵城まではすぐです。
夕方には到着するでしょう。」

話しながらシェラさんはてきぱきと
石を組み、小さなかまど風のものを
作るとあっという間に火を起こす。

石組みの上に、荷物入れから出した
折り畳み式の小鍋を出してお湯を
沸かすとお茶を淹れてくれた。

野営仕事の一つなんだろうけど、
シェラさんの鮮やかな手付きは
まるで王宮のお茶の時間のような
優雅さが漂う。

お茶のカップを受け取って、
外套のフード部分を脱ぐと
ふうふう冷ましながらそれを飲む。

フードを脱いだ顔が外気に晒されて
初めて気付いたけど、周りの空気が
随分とひんやりしている。

早朝の王都よりも冷えているようだ。
だいぶ北上したんだなあ、なんて
思っていたらシェラさんから
声を掛けられた。

「ユーリ様、髪の毛が少し乱れて
きていますよ。もし良ければオレが
整えましょうか?身支度用の品も
一式あなたの侍女から預かってきて
おりますから。」

「えっ?そんな、悪いですよ!
自分でやります‼︎」

まさか国一番の精鋭騎士隊の隊長さんに
身支度を整えてもらう訳にはいかない。
慌てて断ったけど、シェラさんは
さっさと荷物入れから櫛とオイル瓶を
取り出して微笑みながら待っていた。

「デレクが追い付くまでの間の、
オレの暇つぶしに付き合っているとでも
思って下さい。存外いい仕事をする
男だと思いますよ?」

あの謎の威圧感のあるスマイルである。
リオン様が私に手ずから食事を
与える時と同じく、
なぜか断れない雰囲気だ。

「はあ、それじゃお願いします・・」

癒し子原理主義者には逆らわないでおこう。
まさかシェラさんなら私を猫耳に
することもないだろうけど、念のため
三つ編みでいいですからね!と
希望を伝えた。

どうやら私の髪に触れるのが
相当嬉しかったらしいシェラさんは、
黙っていても色気のある顔を
更にキラキラさせると
いそいそと私の後ろへと回った。






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