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第七章 ユーリと氷の女王

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翌日の早朝。朝霧で周囲が白く霞み
少し肌寒い中、奥の院の前には
旅装姿の私にシェラさんとデレクさん、
見送りのためリオン様にレジナスさん、
そしてシンシアさんが集まっていた。

私はまだ奥の院から出ていないことに
なっているため、密かな出発だ。

「いいですか、ユーリ様。
この外套は少し重いですがその分
暖かいですからね。馬上で風を受けても
平気なはずですから、しっかりと
着込んで下さい。」

シンシアさんは心配げにさっきから
何度も私の格好をチェックしている。

「大丈夫ですよ!髪の毛もちゃんと
巻き込んでますから、ほら!」

外套を引っ張って私は自分の
首元を見せる。
そうすると、一本の三つ編みに
まとめられた黒髪が
自分の首にマフラーのように
くるりと巻いてあるのが
シンシアさんにも見える。

こちらの世界の北方の人達は
防寒のために長髪をよくこうやって
首に巻いて、その上からマフラーを
更に重ねたりするそうだ。

「冬支度には間に合うと思って
もっと良い外套はまだ仕立てて
おりませんでしたのが残念です。
ユーリ様へのお見舞い品の中に、
ユールヴァルト御本家様より
いただいたとても素晴らしい
暖かくて軽い銀毛の魔物の毛皮が
ありました。私がダーヴィゼルド領に
向かう時は必ずそれで外套を
仕立ててお持ちいたしますね。
あちらでお会いできるのを
楽しみにしております。」

そう言ってシンシアさんは
私の格好の最終チェックを終えた。

リオン様はちょっと考えて、
私に確認をする。

「ユーリ。あちらは寒い土地柄、
体を暖めるために豊富な種類のお酒が
あるんだ。中にはそうは見えないのに
度数の高いものもある。
間違ってお酒を飲んだりしないように
気を付けてね?
注意事項は覚えてる?」

ノイエ領でワインを飲んで元の姿に
戻り記憶を無くした一件から、
私が間違ってお酒を飲まないか
リオン様とレジナスさんは
すごく気を使っている。
本当に、あの時の私は一体
何をやらかしたのか。

リオン様の問いかけに頷き、
注意事項を復唱する。

「はい、お酒は飲まないように
気を付けます。人出の多い場所では
必ずシェラさんかデレクさんと
手を繋ぎますし、誰かがおいしい
ご飯を食べさせてあげるって言っても
手ずから食べさせようとされたら
お断りします。」

自分で言ってて何だかなと思う
注意事項である。
前半2つは私のやらかしから来る
迷子防止と酔っ払い防止だけど、
最後の一つは完全にリオン様の私情が
入ってるよね・・・。

でもそれを聞いたリオン様は
すごく満足そうだ。

「早く着きたいからと言って
無理はせず、必ず休憩をこまめに
取るように。シェラ、デレク、
ユーリの事を頼むよ。」

私の頭を撫でながらリオン様は
シェラさん達に頼む。

私がまともに馬に乗ったことがあるのは
ノイエ領で結界石の採掘場へ
行く時位だったからそれは心配だろう。

それなのにいきなり何時間も
ぶっ続けで馬に乗り続けるのだ。

普通なら腰痛やら股擦れやらで
ひどいことになるかもしれないし、
たとえどんなに休憩を挟んだとしても
疲労はなかなか抜けないかも知れない。

だから今回、秘密兵器を持参する。

「シェラさん、あのリンゴは
シェラさんの荷物に入れましたよね?」

「ええ、しっかりと。まさかこれまで
準備して強行軍をするつもりだったとは
ユーリ様のお気持ちの強さには
驚かされました。」

シェラさんの馬に付けた荷物の中には
あの金のリンゴが何個か入っている。

マールの町長さんはお見舞い品として
私が加護を付けて育ったイチゴや
ブドウのほかに、例の金のリンゴも
かなり贈ってくれていたのだ。

癒し子の私にも効き目があるのかは
疑問だったけどついこの間、
あまりにも寝過ぎて腰痛と頭痛を
併発した時に食べてみたら
なんとしっかり効いたのだ。

本当は道中疲れたら癒しの力を
自分に使おうかと思っていたので、
このリンゴがあれば力を温存出来る。

もし日持ちがすれば、これから行く
ダーヴィゼルド領のカイゼル様にも
食べて欲しいけど、そこまで鮮度が
持つかは不明だ。

「俺の方にもユーリ様の籠は
しっかり付けましたからね。」

弓矢を背負った姿のデレクさんも頷く。
騎士団の演習場で出会ったあの時よりも
少しだけ髪の毛が伸びて、紺碧の
髪の毛は後ろで一つに結ばれている。

デレクさんの方の荷物には、
私の部屋に置いてあったパンとお菓子が
湧いて出てくる小さな籠を付けた。
道中の昼休憩で食べるためだ。

「ではユーリ様、オレの前に
座りましたら楽になさって下さい。
長丁場になりますし、オレに
体を預けた方が楽かもしれません。」

レジナスさんに手伝ってもらって
馬上のシェラさんの前に座らせてもらう。

気を付けろよ、とレジナスさんは
離れる時に私の頭をひと撫でした。
その目はリオン様と同じくやっぱり
心配そうで、どこか寂しげだ。

なんとなく意識してしまい
うっ、と言葉に詰まって
ぎこちなく頷く。

「それじゃあ、行ってきます!
着いたらあの鏡の連絡方法で
必ず連絡をしますね‼︎」

心配させないように努めて明るく
そう言って手を振った。

それでは、とシェラさんも挨拶をし、
馬の手綱を握り直す。
こうして私はシェラさん、デレクさんと
一緒に馬上の人となると一路
ダーヴィゼルド領を目指した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


出立したユーリ達を見送り、
僕はふっとため息をついた。

あの2人が同行するなら
ダーヴィゼルドまでの旅路も
そう心配することはない。

「何か気がかりなことでも?」

ユーリ達の去った方角を見つめていた
レジナスが僕に向き直り、館の中へ
入るように促しながらそう問いかけた。

「ああ、いや・・・。気がかりって
訳じゃないんだけど。あちらに着いて、
ヒルダ殿と2人の夫を見たユーリが
実際のところ何を思うのかっていうのが
少し気になると言うか。」

昨日のユーリとのやり取りを思い出す。
ヒルダ殿に夫が2人いると聞いて
ユーリはすごく驚いていた。

今後のことを考えると、ユーリも
複数の夫を持てると知ってもらうのに
ちょうど良い機会だと思って説明を
してみたけど・・・。

1人の妻に、2人の夫。3人とも
とても仲睦まじく微笑ましいという
ダーヴィゼルド領の公爵のことを
話すシェラにも、ユーリはいまいち
ピンと来ていないようだった。

でも勇者様は正妃を含めて7人の妻を
持っていたのだから、ユーリの世界でも
一夫多妻や一妻多夫は珍しくないのでは?

そう思って聞いてみれば、世界的には
そういうところもあるがユーリの
住んでいた国は違うと言う。
だから僕の説明にも現実感がないようで
少し残念に思った。

それではまずは、配偶者が複数いても
おかしくない、むしろ歓迎されるという
こちらの世界の婚姻事情から理解して
もらわなければいけないのか。

だからわざわざ、『勇者様のように
特別な力を持つ者』は複数の配偶者を
持つように薦められていると
言ったんだけど。

それはつまり、勇者様と同じ立場の
召喚者であるユーリにも言えるんだよ、
と暗に言い含めたつもりだ。

レジナスはその意味をちゃんと汲んで
若干目が泳いでいた。
まさか僕がそこまでユーリに言うとは
思っていなかったらしい。

でもユーリには伝わらなかった。
思わずレジナスと2人で何とも言えない
表情でユーリを見つめてしまった。

それでもユーリはとりあえず、
こちらの世界の考え方を理解できるよう
頑張ると言ってくれたから、
もしかするとそのうち自分が夫を
2人以上持つことになるかも
しれないということを
受け入れてくれるかもしれない。

ダーヴィゼルド領の
ヒルダ夫妻らのように、
3人一緒にずっと仲良く
やって行きたい。

そんな思いを込めてユーリに話せば、
とても良い笑顔で分かりました!と
返事をされる。

あ、これは僕の言った言葉の意味を
全然わかってない。

そう思ったけど、そんなところも
ユーリらしくてかわいい。
レジナスもそう思ったのか、
目元を朱に染めて俯いてしまった。

・・・そういえば、あまりにも
ストレートな物言いはただいたずらに
ユーリを動揺させるだけかと思って、
つい遠回しな言い方になることも多い僕だけど

先日シェラがユーリに
自分を護衛騎士に選んで欲しいと
強く迫った時も断り切れずに
頷きかけていたし、

ダーヴィゼルドに行くユーリと
離れるのが寂しいと正直に言った
僕にも今までになく狼狽えつつも
その気持ちを受け入れてくれたかの
ように頷いてくれた。

もしかして、思うがままの気持ちを
素直に伝えても案外ユーリは
受け入れてくれるのだろうか。

ユーリに勇者様の2人の正妃の話を
していて思ったけど、
勇者様が僕の先祖である2人の王女に
押し切られてどちらも妻に迎えたなら、
同じ召喚者であるユーリも、
勇者様と同じく押しに弱いのでは。

僕もご先祖様の2人の王女を見習って、
もっと正直に自分の気持ちを
押し出すべきなのか。

次にユーリに会う時は、もう少し
踏み込んで僕の気持ちを伝えてみよう。

それまでの間に、ユーリも
ダーヴィゼルド領でヒルダ殿と
その夫達との姿を見て、そこに
僕やレジナスと3人一緒に過ごす
自分の姿を少しでも重ねて
想像してくれればいいと思う。

そう願って、館の中へ入る前に
ユーリ達の去った方角を
僕はもう一度振り返って見つめた。




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