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第四章 何もしなければ何も起こらない、のだ。
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なんだかちょっとした騒ぎに
なってしまった。
原因は、私がユリウスさんに
イチゴを食べさせてもらったのを
リオン様に見られてしまったからだ。
「・・・何をしているのかな?」
今までに聞いたことのない声色で
リオン様にそう聞かれた。
あわわ、まずい、これは本当に
怒っているのでは⁉︎
「ごめんなさい‼︎私がイチゴを
食べたいって言ったから、
手が汚れないようにユリウスさんが
気を使って食べさせてくれたんです!」
この言い訳で通用するかな・・・。
若干不安に思いながら、なるべく
ユリウスさんが怒られないで
済みそうなことを言ってみた。
そもそもこれを提案したのは
私なので、私は怒られてもいいけど
今回あんまりいい目にあっていない
ユリウスさんは責められないで
欲しいのだ。
リオン様の後ろではシンシアさんが
もの凄くいい笑顔で
「汚物は消毒しましょうね、
ユリウスさま。」
って言って、ユリウスさんの手を
蒸しタオルみたいなので
ぎゅうぎゅうに包み込んでいた。
「ぅ熱っちぃ‼︎火傷するっすよ
この熱さ‼︎ていうか、えっ?
汚物ってまさか俺のこと⁉︎」
痛い痛い!なんで指をそんな方向に
曲げるんすか⁉︎ちょっと‼︎
ユリウスさんの悲鳴が聞こえる。
ああぁ、もしかしてシンシアさんまで
私がユリウスさんにイチゴを
食べさせてもらったところを見たの?
え?リオン様以外の人に
何か食べさせてもらうのって
そんなにダメな事だった?
「あの、本当に何気なく私が
言ったことなんでユリウスさんは
全然悪くないんです・・・」
まさかこんな騒ぎになってしまうとは。
ごめんユリウスさん。
わりと本気で凹んでいたら、
そんな私をじいっと見つめていた
リオン様が仕方ないねと
ため息を一つついた。
そしていつものように
優しく髪を撫でてくれた後に
片手で私の顎に手をかけて、
くいと上向かせる。
シンシアさんから温かいタオルを
受け取って、それで私の口元を
拭いながら話し出した。
「駄目だよユーリ、そんなに
軽はずみなことをしては。
何かあってからじゃ遅いんだから。
襲われたりしたらどうするの。」
こんこんと諭すようにリオン様は
言い聞かせてくるけど、
・・・襲われる?なんで?
何かを食べさせられる事と
それがどう繋がるのか、
いまいち意味が分からない。
それよりも、いつもより近くに
あるリオン様の青い瞳が
静かな声とは真逆に
私を絡めとるみたいに熱く
見つめてくるのが落ち着かない。
そもそも顎クイとか、ドラマで
よく見るキスされる時の体勢だ。
その状態で説教されても
内容が頭に入ってこない。
「ユーリ、聞いてる?」
リオン様が眉を顰めた。
ひぇっ、聞いてます、聞いてます!
ただ内容が頭に入ってこないんです。
こくこく頷いたら、やっと
リオン様が解放してくれた。
「そうだぞユーリ、リオン様や
騎士団長ならともかく
誰彼となく何かを食べさせて
もらうなんて絶対にダメだ。」
私がユリウスさんにイチゴを
食べさせてもらうところを
見てなかったらしいレジナスさんも、
どうやらシンシアさんから
話を聞いたみたいで
説教の輪に加わってきた。
しかも指まで・・・とか
口元のクリームを舐めとるとか・・・と
うっすら目元を赤くして呟いた
レジナスさんに
そうだよね、分かるよ。と
リオン様が同意して頷いている。
何だろう、その男同士にしか
通じない暗黙の了解みたいなの。
指?ユリウスさんの指を
かじってしまったのが
そんなに悪かったのだろうか。
それとも口に垂れた生クリームを
舌で舐めとるのはそんなにも
行儀の悪い事だった?
きょとんとしてしまった私に
あれ?まだ分かってない?と
リオン様が首を傾げて
しばらく何かを考えた後に、
にっこりと微笑んだ。
ん?なんかたまに見る
あの黒い笑顔だ。なんで今?
そう思っていたら
「分かった、じゃあユーリには
とりあえず明日の朝食の時に
反省の機会をあげるね。」
そう告げられた。
とりあえず明日から1週間、
毎朝かな?とも付け加えられた。
嫌な予感しかしない。
明日の朝、一体私は
何をさせられるのだろうか。
そう思っていたところに、ちょうど
シグウェルさんが戻ってきたので
幻影魔法を解いてもらって
その日は不安を抱いたまま
領事館を後にした。
翌朝。朝食の席で私は
リオン様の膝の上にいた。
朝食のすべてのメニューを
当然の如くリオン様の手で
食べさせられて、今は最後の
デザートに差し掛かっていた。
「ふぁっ・・・ん・・ッ⁉︎」
リオン様の人差し指がイチゴを
私の口の中にくっと押し込んだので
ちょっと苦しくて思わず
声を上げてしまった。
「大丈夫、口を閉じて」
リオン様は優しげに目を微笑ませると
イチゴを押し込んだ人差し指に
さらにもう一本、中指も添えると
そのままそっと私の唇につけて
口を閉じさせた。
「んっ・・・」
そうされたら無言で一生懸命に
イチゴを咀嚼するしかない。
私の口に入る前に、イチゴには
ハチミツが塗られていたので
すごく甘い。
ごくんと飲み込んで口の中に
イチゴがなくなったのを
確認すると、いい子だね。と
リオン様が私の唇から指を離す。
そしたら、イチゴに塗られていた
ハチミツがつうっと糸を引くように
私の唇とリオン様の指先を
繋いで切れた。
するとリオン様は、その指先を
自分の口元に持っていくと、
なんと口に含んで吸い取った。
ちゅ、という密かな音を立てて
指先を口から離し、
「・・・甘いね。」
と言って私を見てまた微笑む。
あ、あ、甘ぁい‼︎
甘いのはハチミツじゃなくて
リオン様のその態度だよ⁉︎
人の口にくっ付けた指先の
ハチミツを舐めとるとか、
これ見よがしに色っぽい仕草を
するなんてわざととしか思えない。
しかも甘いのに何故かSっ気を感じる。
え?このいたたまれない
恥ずかしさのどん底に私を
叩き込むのが反省の機会ってこと?
なんで?私こんなこと
ユリウスさんにしてないよ⁉︎
どうしよう。何でこんな事を
されるのか意味が分からないけど、
リオン様と視線を合わせるのが
恥ずかし過ぎる。
そんなに恥ずかしがるなんて
可愛いね。とリオン様は
にこにこしている。
ーそりゃ恥ずかしいでしょう!
そう思いながらリオン様の顔を
見られず、どこを見ればいいのか
分からないでウロウロと視線を
彷徨わせた結果、
リオン様の後ろに控えていた
レジナスさんに助けを求めた。
アイコンタクトで助けを
求めたけど、レジナスさんは
助けられない、諦めろ、と
言ってるみたいに小さく首を振る。
そんなぁ!
っていうかリオン様はこれを
1週間毎朝やるつもりなの・・・?
え?本気で?
そう思っていたら、
「はい、じゃあ次はレジナスの番だよ。
何にする?ブドウなんてどうかな。」
びっくりするようなことを
リオン様が言った。
なんでレジナスさんまで⁉︎
突然話を振られたレジナスさんも
驚いてリオン様を見ている。
「リオン様、何故俺まで?」
当然の疑問だ。でもリオン様は
当たり前じゃないか、と続けた。
「だってユーリが何かを
食べたいって言った時に、
彼女の手を汚さずに何かを
食べさせるなら僕かレジナスが
一番いいでしょ?その練習だよ。
それともまさかまた、
ユリウスに食べさせるつもり?」
・・・あっ、これ私のあの言い訳が
ユリウスさんを庇うための
ウソだってリオン様は分かってる。
ピンときた。
分かってて、あえてその話に
乗っかってこんな事してるんだ!
しまった、私の単純過ぎる
ウソのせいでわざわざリオン様に
また手ずから私にものを食べさせる
口実を与えてしまった。
しかも何故かレジナスさんまで
今回は巻き込んでしまっている。
墓穴を掘るってこういう事を
言うのか・・・‼︎
そこで初めて私はあんなこと
するんじゃなかったと
心の底から反省した。
まさかこんな事になるなんて。
そんな私の気持ちを
見透かしたかのように
リオン様がにっこり微笑む。
「どう、ユーリ。反省した?」
「はい。よーく分かりました。
もう絶対誰かに食べさせてって
ねだったりしません・・・」
「やっと分かってくれたみたいで
嬉しいよ。さ、じゃあ
レジナスの方を向こうね。」
にこにこして私を膝に乗せたまま
リオン様はレジナスさんの方に
私を向けた。
「えっ⁉︎何でですか。私ちゃんと
反省してますよ⁉︎」
びっくりした私に紅茶のおかわりを
つぎながらシンシアさんが言う。
「ユーリ様、リオン殿下は
昨夜『反省の機会を与える』と
仰ったのです。己の行いを
省みて甘んじて罰を
受け入れるところまでが
反省するということですよ。」
有能な侍女の彼女はリオン様の
一連の行為にも動じることなく
空気のように今まで控えていた。
「えぇ・・・」
そうなの?チラッとレジナスさんを
見上げたら、私と目が合った
レジナスさんはウッと声を
詰まらせて目を逸らした。
「はい、レジナス。ブドウだよ。」
戸惑う私とレジナスさんに
構わずリオン様はブドウの乗った
皿を手に取った。
自分の主にそこまでされたら
レジナスさんも断れない。
覚悟を決めたように、レジナスさんは
一房のブドウの中から選び出した
一粒を手に取る。
大きなレジナスさんの手にかかると
さくらんぼくらい大粒の
ブドウも小さく見えた。
「すまないなユーリ。
・・・食べてくれるか?」
顔を赤くしてそう言われては
そっと差し出されたそれを
私も食べないわけにはいかない。
リオン様の膝の上にガッチリ
固定されていて、食べないことには
この拷問みたいに恥ずかしい時間は
終わりそうにないのだから。
「・・・いただきます」
レジナスさんのつまむブドウに
齧り付く。
この世界のブドウには、まだ皮ごと
食べられる品種がないので
ぷつりと皮を噛み切って中身を
吸い出すしかない。
そうすると必然的にレジナスさんの
あの大きな指先にまで吸い付く形に
なってしまい申し訳ない。
それはなんだかブドウを食べていると
いうよりも、レジナスさんの指に
吸い付くために口を開けたみたいで
猛烈に恥ずかしい。
これは反省の機会を与えられた
というよりも、恥ずかしい
お仕置きをされているのでは?
こんな事を思いつくなんて、
ホントに恐ろしいよ
リオン様は・・・‼︎
その後さらにリオン様の勧めで
レジナスさんにブドウを
2、3粒食べさせられて、
拷問みたいに恥ずかしい
朝食の時間はようやく
終わりを告げたのだった。
リオン様の、また明日ね。
という言葉と共に。
あ、やっぱり明日もですか。
じゃあこれ、1週間毎朝って事ね・・・。
私の身が羞恥心に耐えられるだろうか。
なかばふらふらしながら、
シンシアさんに連れられて
私は朝食の場を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブドウを持つ俺の手が少し震える。
目の前ではユーリがあの桃色の唇を
一生懸命大きく開いて、
俺の手にするブドウに齧り付いてきた。
めいいっぱい開いた口の中に
並ぶ白い歯列。その奥にちらりと
見える小さな赤い舌・・・。
そしてその柔らかな唇が、
俺の指先に口付けるかのように
触れてブドウの実を吸い出す。
まるで雛鳥が親から餌をもらい
ついばんでいるような、
もしくは仔猫が親猫の乳に一生懸命
吸い付いているような。
果実を吸い出す感触が、
ユーリの唇を通じて俺にも伝わる。
ぷはっ、と口を離して両手で
恥ずかしそうに口元を隠しながら
俺の手から吸い出したブドウを
咀嚼したユーリが
「これでいいですかっ⁉︎」
とリオン様を仰ぎ見ているが
その顔は耳まで赤い。
「うん、もう少し食べようか?」
リオン様はもの凄くいい笑顔だ。
主がそう言ったら俺に拒否権はない。
仕方がないので、もう一粒ブドウを
手に取りユーリに差し出した。
・・・どうしてこんな事に。
そう思いながら昨晩の騒ぎを
思い返していた。
あの時、シグウェルが突然
ユーリの手を取って口付けて
彼女を見上げている様を
俺はなすすべなく見ていた。
俺はリオン様の護衛なので、
主の許可なくシグウェルのその行為に
対してとやかく言うことはできない。
ー怒るべきか、諌めるべきか。
傍らに立つリオン様次第で
シグウェルに対する態度を決めようと
思っていたが、何故かリオン様は
そんなシグウェルを見て何かに
気付いたように、食い入るように
彼を観察していた。
いつも泰然自若としている
リオン様にしては珍しく
その雰囲気に迷いが生じている。
何事かと聞いてみても訳は話して
くれなかった。
かわりに誤魔化すように、また王宮を
出入り禁止にされたいのかな?などと
言われた。
・・・話をはぐらかすという事は、
恐らくまだ話せない訳があるのだろう。
そんな時は、来るべき時が来れば
必ず俺にも事情を話してくださる方
なので、その時を待とうと思った。
問題はその後に起きた。
帰り支度のためにリオン様や
ユーリの荷物を確認するため、
ほんの少し目を離したその時だ。
突然リオン様の気配が剣呑な
ものに変わった。
それは俺だけでなくその場にいる
誰もが感じただろう。
あのリオン様が他人の前でおいそれと
そんな空気を醸し出すなど滅多にない。
何事かと思ってそちらを見れば、
真っ青になって立ち尽くすユリウスと
あの美しい瞳を目一杯見開いて
驚いているユーリがいた。
・・・原因はユリウスか。
一体何をしでかした?
リオン様の雰囲気からして
それがユーリに関係するのは
間違いない。
そうしたらシンシアが俺に
こっそり教えてくれた。
ユーリに手ずからイチゴを食べさせ、
あまつさえその指先まで食まれる様子を
ユリウスがリオン様に目撃された、と。
しかもユーリは自らの口元につたう
生クリームをあの小さくかわいらしい
赤い舌先で舐めとったものだから、
意図せずユリウスの劣情まで
煽りかけたらしい。
・・・あの大人びた姿でそんな事を?
ああ、これはさすがのリオン様も
我慢ならないだろう。
そしてユーリは、そんなユリウスを
庇うかのような言い訳をした。
まずい。今のリオン様にそんな事を
言ったら無駄に嫉妬心を煽ってしまい
何が起きるか分からない。
冷や汗をかき、どうなることかと
事態を見守っていたら
しょんぼりとしたユーリの姿に
さすがのリオン様も冷静さを
取り戻したらしい。
ユーリを怯えさせないように
なるべく優しく、渾々と
自らの行動を省みるように
言い聞かせていた。
その間にシンシアもリオン様の
目の前で容赦なくユリウスに
仕置きをしていたので
恐らくユリウスもそれ以上は
リオン様の不興を買うことは
ないはずだ。
しかしユーリはリオン様の
説教にも、何が悪かったのか
今いち意味が分かっていない
ようだった。
・・・それが悪かった。
しばし思いを巡らせたリオン様が、
もの凄く良い笑顔でユーリに
反省の機会を与えると言い放ったのだ。
その意味あり気な言い方、雰囲気、
絶対に大変なことになると思い
翌朝のユーリを心配せずに
いられなかった。
そうしたら、だ。
思っていた以上のことを
リオン様は俺の目の前でやり出した。
朝食の途中までは今までのように
普通に手ずからユーリに
食べさせていた。
ユーリも昨晩のことから
大人しくリオン様のされるがままに
なっていたのだが。
雰囲気が変わったのは食後の
デザートに果物が出てからだ。
イチゴを一つ、手に取ったリオン様が
ついとハチミツを付けるとそれを
ユーリの口元に寄せた。
「はい、ユーリ。口を開けて。」
にっこり微笑むとぴたりと
ユーリのあの柔らかい唇に
イチゴを押し付けた。
半ば強引なその仕草に、ユーリは
少し驚いていたが素直に口を開いて
それを受け入れる。
そうすると、リオン様はイチゴを
ユーリのその小さな口に
そっと押し込んだ。
リオン様の突然の行動に、ユーリは
少し苦しげにため息混じりの声を
上げたが、それが妙に艶めかしい。
だがリオン様はそんなユーリに
お構いなしにその指先をひたりと
柔らかな唇に押し付けると
有無を言わさずその口を閉じさせた。
指はいつのまにか2本に増えている。
じっとユーリを見つめながら、
その口の中のものがなくなるまで
指先を離さず、口を開けさせない。
一生懸命に、自分の口いっぱいに
頬張ったイチゴを咀嚼すると
白い喉元をこくんと鳴らし
全て食べ終えたユーリに
リオン様はいい子だね。と微笑んだ。
さらにその後、僅かに開いた
ユーリの唇とリオン様の指先との間を
まるで体液かと錯覚するかのように
糸のように細く繋いだハチミツを
彼女の目の前でこれみよがしに
自らの口に含んで見せた。
・・・なんだろう。
その様子はまるで、無垢な少女に
いけない事を教え込んでいるような
背徳感さえ感じる、調教めいた
恐ろしく危うい雰囲気だった。
俺はこれを見ていていいのだろうか?
そんな気にさせられた。
そしてユーリも、意味は分からずとも
いつもと違うリオン様の雰囲気に
どうすればいいか分からないようで、
うろうろと視線をさまよわせた結果
俺に目で助けを求めてきた。
すまない、俺にこの状態の
リオン様は制御できない。
元来の性格は穏やかな上に
誰にでも優しいリオン様だが、
その反面イリヤ殿下そっくりの
心を許した相手にだけ見せる
一途さと激情も持ち合わせている。
それが自分でも分かっているから
普段は感情的にならないよう
自らを律している方でもあるのだが。
今は恐らく、普段なら理性で
押さえつけている枷が外れ、
感情のおもむくままにユーリに
接しているのだろう。
それだけ昨日の出来事がよほど
こたえたということか。
あの時は割と冷静にユーリを
叱っていると思ったが
こうしてみると、今朝まで
だいぶ引き摺っているようだし
全く冷静ではなかったのだ。
まさかユーリも、ここまで
恥ずかしい目に遭わされるとは
思っても見なかったのだろう。
本気で反省していた。
これならこの先、他の誰かに
何か食べさせられそうになっても
きちんと断るはずだ。
・・・と、一安心したところで
リオン様は俺にも何かユーリに
食べさせるように言ってきた。
どうやらユーリに対する調教・・・
ではなくて、お仕置きはまだ
終わってはいないようだった。
結局リオン様が納得するまで
俺の手からブドウを食べさせられた
ユーリはふらつきながら
部屋へと戻っていった。
「リオン様、少々やり過ぎでは
ないですか?」
さすがにユーリがかわいそうになった。
リオン様は自らもブドウを
つまみながらため息をつく。
「ごめん、分かってはいたんだけど
どうしても我慢できなくなって」
だってあの猫耳のついた大人びた姿で、
僕らを差し置いてユリウスの手から
食べ物を口にしてたんだよ?
しかもユーリが自分から頼んで。
まるで子供のように不満気に
口を尖らせて言うその姿は、
ついさっきまで小さな子どもに
色気を滲ませて強引に迫っていた
人物と同じだとは思えない。
「見ましたか、あのユーリの
かわいそうなくらい
恥ずかしがっていた姿を。
これでリオン様、あなたがユーリに
距離を置かれるような事に
なったらどうするのですか。
最悪、嫌われてしまいますよ。」
「それはそうなんだけどさぁ・・・」
「とにかく、あんな風にデザートを
食べさせるのは今日だけにして下さい。
俺の身も持ちません。
・・・ただし1週間これを続けると
言ってしまった手前、普通に手ずから
ユーリに朝食を取らせるだけでしたら
俺も口を出しませんので」
最大限の譲歩だ。
朝っぱらからあんな調教めいた
背徳感満載な食事の取り方を
1週間も毎日見せられてはたまらない。
俺までものすごく変な気分に
なってしまって仕方がない。
それならまだ普通に手ずから
食事を与えている姿を見る方が
数倍ましだ。
俺の抗議に、さすがにリオン様も
やり過ぎたと反省したのか
同意をしてくれて、
その後の1週間はいたって普通に
リオン様はユーリへ手ずから食事を
与えていた。
ほっとすると同時に、俺はふと
自分の指先を見てしまう。
あの時、俺の指先に吸い付いてきた
ユーリの小さく柔らかな唇の
感触を思い出す。
すると心の奥の方がざわついて、
何とも言えない気持ちになる。
・・・あともう1日位は
俺もユーリに手ずから何かを
食べさせても良かったのかも知れない。
それは後悔なのか、未練なのか。
そんな気持ちを握りつぶすように、
俺は見つめた自分の手を
ぐっと握りしめた。
なってしまった。
原因は、私がユリウスさんに
イチゴを食べさせてもらったのを
リオン様に見られてしまったからだ。
「・・・何をしているのかな?」
今までに聞いたことのない声色で
リオン様にそう聞かれた。
あわわ、まずい、これは本当に
怒っているのでは⁉︎
「ごめんなさい‼︎私がイチゴを
食べたいって言ったから、
手が汚れないようにユリウスさんが
気を使って食べさせてくれたんです!」
この言い訳で通用するかな・・・。
若干不安に思いながら、なるべく
ユリウスさんが怒られないで
済みそうなことを言ってみた。
そもそもこれを提案したのは
私なので、私は怒られてもいいけど
今回あんまりいい目にあっていない
ユリウスさんは責められないで
欲しいのだ。
リオン様の後ろではシンシアさんが
もの凄くいい笑顔で
「汚物は消毒しましょうね、
ユリウスさま。」
って言って、ユリウスさんの手を
蒸しタオルみたいなので
ぎゅうぎゅうに包み込んでいた。
「ぅ熱っちぃ‼︎火傷するっすよ
この熱さ‼︎ていうか、えっ?
汚物ってまさか俺のこと⁉︎」
痛い痛い!なんで指をそんな方向に
曲げるんすか⁉︎ちょっと‼︎
ユリウスさんの悲鳴が聞こえる。
ああぁ、もしかしてシンシアさんまで
私がユリウスさんにイチゴを
食べさせてもらったところを見たの?
え?リオン様以外の人に
何か食べさせてもらうのって
そんなにダメな事だった?
「あの、本当に何気なく私が
言ったことなんでユリウスさんは
全然悪くないんです・・・」
まさかこんな騒ぎになってしまうとは。
ごめんユリウスさん。
わりと本気で凹んでいたら、
そんな私をじいっと見つめていた
リオン様が仕方ないねと
ため息を一つついた。
そしていつものように
優しく髪を撫でてくれた後に
片手で私の顎に手をかけて、
くいと上向かせる。
シンシアさんから温かいタオルを
受け取って、それで私の口元を
拭いながら話し出した。
「駄目だよユーリ、そんなに
軽はずみなことをしては。
何かあってからじゃ遅いんだから。
襲われたりしたらどうするの。」
こんこんと諭すようにリオン様は
言い聞かせてくるけど、
・・・襲われる?なんで?
何かを食べさせられる事と
それがどう繋がるのか、
いまいち意味が分からない。
それよりも、いつもより近くに
あるリオン様の青い瞳が
静かな声とは真逆に
私を絡めとるみたいに熱く
見つめてくるのが落ち着かない。
そもそも顎クイとか、ドラマで
よく見るキスされる時の体勢だ。
その状態で説教されても
内容が頭に入ってこない。
「ユーリ、聞いてる?」
リオン様が眉を顰めた。
ひぇっ、聞いてます、聞いてます!
ただ内容が頭に入ってこないんです。
こくこく頷いたら、やっと
リオン様が解放してくれた。
「そうだぞユーリ、リオン様や
騎士団長ならともかく
誰彼となく何かを食べさせて
もらうなんて絶対にダメだ。」
私がユリウスさんにイチゴを
食べさせてもらうところを
見てなかったらしいレジナスさんも、
どうやらシンシアさんから
話を聞いたみたいで
説教の輪に加わってきた。
しかも指まで・・・とか
口元のクリームを舐めとるとか・・・と
うっすら目元を赤くして呟いた
レジナスさんに
そうだよね、分かるよ。と
リオン様が同意して頷いている。
何だろう、その男同士にしか
通じない暗黙の了解みたいなの。
指?ユリウスさんの指を
かじってしまったのが
そんなに悪かったのだろうか。
それとも口に垂れた生クリームを
舌で舐めとるのはそんなにも
行儀の悪い事だった?
きょとんとしてしまった私に
あれ?まだ分かってない?と
リオン様が首を傾げて
しばらく何かを考えた後に、
にっこりと微笑んだ。
ん?なんかたまに見る
あの黒い笑顔だ。なんで今?
そう思っていたら
「分かった、じゃあユーリには
とりあえず明日の朝食の時に
反省の機会をあげるね。」
そう告げられた。
とりあえず明日から1週間、
毎朝かな?とも付け加えられた。
嫌な予感しかしない。
明日の朝、一体私は
何をさせられるのだろうか。
そう思っていたところに、ちょうど
シグウェルさんが戻ってきたので
幻影魔法を解いてもらって
その日は不安を抱いたまま
領事館を後にした。
翌朝。朝食の席で私は
リオン様の膝の上にいた。
朝食のすべてのメニューを
当然の如くリオン様の手で
食べさせられて、今は最後の
デザートに差し掛かっていた。
「ふぁっ・・・ん・・ッ⁉︎」
リオン様の人差し指がイチゴを
私の口の中にくっと押し込んだので
ちょっと苦しくて思わず
声を上げてしまった。
「大丈夫、口を閉じて」
リオン様は優しげに目を微笑ませると
イチゴを押し込んだ人差し指に
さらにもう一本、中指も添えると
そのままそっと私の唇につけて
口を閉じさせた。
「んっ・・・」
そうされたら無言で一生懸命に
イチゴを咀嚼するしかない。
私の口に入る前に、イチゴには
ハチミツが塗られていたので
すごく甘い。
ごくんと飲み込んで口の中に
イチゴがなくなったのを
確認すると、いい子だね。と
リオン様が私の唇から指を離す。
そしたら、イチゴに塗られていた
ハチミツがつうっと糸を引くように
私の唇とリオン様の指先を
繋いで切れた。
するとリオン様は、その指先を
自分の口元に持っていくと、
なんと口に含んで吸い取った。
ちゅ、という密かな音を立てて
指先を口から離し、
「・・・甘いね。」
と言って私を見てまた微笑む。
あ、あ、甘ぁい‼︎
甘いのはハチミツじゃなくて
リオン様のその態度だよ⁉︎
人の口にくっ付けた指先の
ハチミツを舐めとるとか、
これ見よがしに色っぽい仕草を
するなんてわざととしか思えない。
しかも甘いのに何故かSっ気を感じる。
え?このいたたまれない
恥ずかしさのどん底に私を
叩き込むのが反省の機会ってこと?
なんで?私こんなこと
ユリウスさんにしてないよ⁉︎
どうしよう。何でこんな事を
されるのか意味が分からないけど、
リオン様と視線を合わせるのが
恥ずかし過ぎる。
そんなに恥ずかしがるなんて
可愛いね。とリオン様は
にこにこしている。
ーそりゃ恥ずかしいでしょう!
そう思いながらリオン様の顔を
見られず、どこを見ればいいのか
分からないでウロウロと視線を
彷徨わせた結果、
リオン様の後ろに控えていた
レジナスさんに助けを求めた。
アイコンタクトで助けを
求めたけど、レジナスさんは
助けられない、諦めろ、と
言ってるみたいに小さく首を振る。
そんなぁ!
っていうかリオン様はこれを
1週間毎朝やるつもりなの・・・?
え?本気で?
そう思っていたら、
「はい、じゃあ次はレジナスの番だよ。
何にする?ブドウなんてどうかな。」
びっくりするようなことを
リオン様が言った。
なんでレジナスさんまで⁉︎
突然話を振られたレジナスさんも
驚いてリオン様を見ている。
「リオン様、何故俺まで?」
当然の疑問だ。でもリオン様は
当たり前じゃないか、と続けた。
「だってユーリが何かを
食べたいって言った時に、
彼女の手を汚さずに何かを
食べさせるなら僕かレジナスが
一番いいでしょ?その練習だよ。
それともまさかまた、
ユリウスに食べさせるつもり?」
・・・あっ、これ私のあの言い訳が
ユリウスさんを庇うための
ウソだってリオン様は分かってる。
ピンときた。
分かってて、あえてその話に
乗っかってこんな事してるんだ!
しまった、私の単純過ぎる
ウソのせいでわざわざリオン様に
また手ずから私にものを食べさせる
口実を与えてしまった。
しかも何故かレジナスさんまで
今回は巻き込んでしまっている。
墓穴を掘るってこういう事を
言うのか・・・‼︎
そこで初めて私はあんなこと
するんじゃなかったと
心の底から反省した。
まさかこんな事になるなんて。
そんな私の気持ちを
見透かしたかのように
リオン様がにっこり微笑む。
「どう、ユーリ。反省した?」
「はい。よーく分かりました。
もう絶対誰かに食べさせてって
ねだったりしません・・・」
「やっと分かってくれたみたいで
嬉しいよ。さ、じゃあ
レジナスの方を向こうね。」
にこにこして私を膝に乗せたまま
リオン様はレジナスさんの方に
私を向けた。
「えっ⁉︎何でですか。私ちゃんと
反省してますよ⁉︎」
びっくりした私に紅茶のおかわりを
つぎながらシンシアさんが言う。
「ユーリ様、リオン殿下は
昨夜『反省の機会を与える』と
仰ったのです。己の行いを
省みて甘んじて罰を
受け入れるところまでが
反省するということですよ。」
有能な侍女の彼女はリオン様の
一連の行為にも動じることなく
空気のように今まで控えていた。
「えぇ・・・」
そうなの?チラッとレジナスさんを
見上げたら、私と目が合った
レジナスさんはウッと声を
詰まらせて目を逸らした。
「はい、レジナス。ブドウだよ。」
戸惑う私とレジナスさんに
構わずリオン様はブドウの乗った
皿を手に取った。
自分の主にそこまでされたら
レジナスさんも断れない。
覚悟を決めたように、レジナスさんは
一房のブドウの中から選び出した
一粒を手に取る。
大きなレジナスさんの手にかかると
さくらんぼくらい大粒の
ブドウも小さく見えた。
「すまないなユーリ。
・・・食べてくれるか?」
顔を赤くしてそう言われては
そっと差し出されたそれを
私も食べないわけにはいかない。
リオン様の膝の上にガッチリ
固定されていて、食べないことには
この拷問みたいに恥ずかしい時間は
終わりそうにないのだから。
「・・・いただきます」
レジナスさんのつまむブドウに
齧り付く。
この世界のブドウには、まだ皮ごと
食べられる品種がないので
ぷつりと皮を噛み切って中身を
吸い出すしかない。
そうすると必然的にレジナスさんの
あの大きな指先にまで吸い付く形に
なってしまい申し訳ない。
それはなんだかブドウを食べていると
いうよりも、レジナスさんの指に
吸い付くために口を開けたみたいで
猛烈に恥ずかしい。
これは反省の機会を与えられた
というよりも、恥ずかしい
お仕置きをされているのでは?
こんな事を思いつくなんて、
ホントに恐ろしいよ
リオン様は・・・‼︎
その後さらにリオン様の勧めで
レジナスさんにブドウを
2、3粒食べさせられて、
拷問みたいに恥ずかしい
朝食の時間はようやく
終わりを告げたのだった。
リオン様の、また明日ね。
という言葉と共に。
あ、やっぱり明日もですか。
じゃあこれ、1週間毎朝って事ね・・・。
私の身が羞恥心に耐えられるだろうか。
なかばふらふらしながら、
シンシアさんに連れられて
私は朝食の場を後にした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ブドウを持つ俺の手が少し震える。
目の前ではユーリがあの桃色の唇を
一生懸命大きく開いて、
俺の手にするブドウに齧り付いてきた。
めいいっぱい開いた口の中に
並ぶ白い歯列。その奥にちらりと
見える小さな赤い舌・・・。
そしてその柔らかな唇が、
俺の指先に口付けるかのように
触れてブドウの実を吸い出す。
まるで雛鳥が親から餌をもらい
ついばんでいるような、
もしくは仔猫が親猫の乳に一生懸命
吸い付いているような。
果実を吸い出す感触が、
ユーリの唇を通じて俺にも伝わる。
ぷはっ、と口を離して両手で
恥ずかしそうに口元を隠しながら
俺の手から吸い出したブドウを
咀嚼したユーリが
「これでいいですかっ⁉︎」
とリオン様を仰ぎ見ているが
その顔は耳まで赤い。
「うん、もう少し食べようか?」
リオン様はもの凄くいい笑顔だ。
主がそう言ったら俺に拒否権はない。
仕方がないので、もう一粒ブドウを
手に取りユーリに差し出した。
・・・どうしてこんな事に。
そう思いながら昨晩の騒ぎを
思い返していた。
あの時、シグウェルが突然
ユーリの手を取って口付けて
彼女を見上げている様を
俺はなすすべなく見ていた。
俺はリオン様の護衛なので、
主の許可なくシグウェルのその行為に
対してとやかく言うことはできない。
ー怒るべきか、諌めるべきか。
傍らに立つリオン様次第で
シグウェルに対する態度を決めようと
思っていたが、何故かリオン様は
そんなシグウェルを見て何かに
気付いたように、食い入るように
彼を観察していた。
いつも泰然自若としている
リオン様にしては珍しく
その雰囲気に迷いが生じている。
何事かと聞いてみても訳は話して
くれなかった。
かわりに誤魔化すように、また王宮を
出入り禁止にされたいのかな?などと
言われた。
・・・話をはぐらかすという事は、
恐らくまだ話せない訳があるのだろう。
そんな時は、来るべき時が来れば
必ず俺にも事情を話してくださる方
なので、その時を待とうと思った。
問題はその後に起きた。
帰り支度のためにリオン様や
ユーリの荷物を確認するため、
ほんの少し目を離したその時だ。
突然リオン様の気配が剣呑な
ものに変わった。
それは俺だけでなくその場にいる
誰もが感じただろう。
あのリオン様が他人の前でおいそれと
そんな空気を醸し出すなど滅多にない。
何事かと思ってそちらを見れば、
真っ青になって立ち尽くすユリウスと
あの美しい瞳を目一杯見開いて
驚いているユーリがいた。
・・・原因はユリウスか。
一体何をしでかした?
リオン様の雰囲気からして
それがユーリに関係するのは
間違いない。
そうしたらシンシアが俺に
こっそり教えてくれた。
ユーリに手ずからイチゴを食べさせ、
あまつさえその指先まで食まれる様子を
ユリウスがリオン様に目撃された、と。
しかもユーリは自らの口元につたう
生クリームをあの小さくかわいらしい
赤い舌先で舐めとったものだから、
意図せずユリウスの劣情まで
煽りかけたらしい。
・・・あの大人びた姿でそんな事を?
ああ、これはさすがのリオン様も
我慢ならないだろう。
そしてユーリは、そんなユリウスを
庇うかのような言い訳をした。
まずい。今のリオン様にそんな事を
言ったら無駄に嫉妬心を煽ってしまい
何が起きるか分からない。
冷や汗をかき、どうなることかと
事態を見守っていたら
しょんぼりとしたユーリの姿に
さすがのリオン様も冷静さを
取り戻したらしい。
ユーリを怯えさせないように
なるべく優しく、渾々と
自らの行動を省みるように
言い聞かせていた。
その間にシンシアもリオン様の
目の前で容赦なくユリウスに
仕置きをしていたので
恐らくユリウスもそれ以上は
リオン様の不興を買うことは
ないはずだ。
しかしユーリはリオン様の
説教にも、何が悪かったのか
今いち意味が分かっていない
ようだった。
・・・それが悪かった。
しばし思いを巡らせたリオン様が、
もの凄く良い笑顔でユーリに
反省の機会を与えると言い放ったのだ。
その意味あり気な言い方、雰囲気、
絶対に大変なことになると思い
翌朝のユーリを心配せずに
いられなかった。
そうしたら、だ。
思っていた以上のことを
リオン様は俺の目の前でやり出した。
朝食の途中までは今までのように
普通に手ずからユーリに
食べさせていた。
ユーリも昨晩のことから
大人しくリオン様のされるがままに
なっていたのだが。
雰囲気が変わったのは食後の
デザートに果物が出てからだ。
イチゴを一つ、手に取ったリオン様が
ついとハチミツを付けるとそれを
ユーリの口元に寄せた。
「はい、ユーリ。口を開けて。」
にっこり微笑むとぴたりと
ユーリのあの柔らかい唇に
イチゴを押し付けた。
半ば強引なその仕草に、ユーリは
少し驚いていたが素直に口を開いて
それを受け入れる。
そうすると、リオン様はイチゴを
ユーリのその小さな口に
そっと押し込んだ。
リオン様の突然の行動に、ユーリは
少し苦しげにため息混じりの声を
上げたが、それが妙に艶めかしい。
だがリオン様はそんなユーリに
お構いなしにその指先をひたりと
柔らかな唇に押し付けると
有無を言わさずその口を閉じさせた。
指はいつのまにか2本に増えている。
じっとユーリを見つめながら、
その口の中のものがなくなるまで
指先を離さず、口を開けさせない。
一生懸命に、自分の口いっぱいに
頬張ったイチゴを咀嚼すると
白い喉元をこくんと鳴らし
全て食べ終えたユーリに
リオン様はいい子だね。と微笑んだ。
さらにその後、僅かに開いた
ユーリの唇とリオン様の指先との間を
まるで体液かと錯覚するかのように
糸のように細く繋いだハチミツを
彼女の目の前でこれみよがしに
自らの口に含んで見せた。
・・・なんだろう。
その様子はまるで、無垢な少女に
いけない事を教え込んでいるような
背徳感さえ感じる、調教めいた
恐ろしく危うい雰囲気だった。
俺はこれを見ていていいのだろうか?
そんな気にさせられた。
そしてユーリも、意味は分からずとも
いつもと違うリオン様の雰囲気に
どうすればいいか分からないようで、
うろうろと視線をさまよわせた結果
俺に目で助けを求めてきた。
すまない、俺にこの状態の
リオン様は制御できない。
元来の性格は穏やかな上に
誰にでも優しいリオン様だが、
その反面イリヤ殿下そっくりの
心を許した相手にだけ見せる
一途さと激情も持ち合わせている。
それが自分でも分かっているから
普段は感情的にならないよう
自らを律している方でもあるのだが。
今は恐らく、普段なら理性で
押さえつけている枷が外れ、
感情のおもむくままにユーリに
接しているのだろう。
それだけ昨日の出来事がよほど
こたえたということか。
あの時は割と冷静にユーリを
叱っていると思ったが
こうしてみると、今朝まで
だいぶ引き摺っているようだし
全く冷静ではなかったのだ。
まさかユーリも、ここまで
恥ずかしい目に遭わされるとは
思っても見なかったのだろう。
本気で反省していた。
これならこの先、他の誰かに
何か食べさせられそうになっても
きちんと断るはずだ。
・・・と、一安心したところで
リオン様は俺にも何かユーリに
食べさせるように言ってきた。
どうやらユーリに対する調教・・・
ではなくて、お仕置きはまだ
終わってはいないようだった。
結局リオン様が納得するまで
俺の手からブドウを食べさせられた
ユーリはふらつきながら
部屋へと戻っていった。
「リオン様、少々やり過ぎでは
ないですか?」
さすがにユーリがかわいそうになった。
リオン様は自らもブドウを
つまみながらため息をつく。
「ごめん、分かってはいたんだけど
どうしても我慢できなくなって」
だってあの猫耳のついた大人びた姿で、
僕らを差し置いてユリウスの手から
食べ物を口にしてたんだよ?
しかもユーリが自分から頼んで。
まるで子供のように不満気に
口を尖らせて言うその姿は、
ついさっきまで小さな子どもに
色気を滲ませて強引に迫っていた
人物と同じだとは思えない。
「見ましたか、あのユーリの
かわいそうなくらい
恥ずかしがっていた姿を。
これでリオン様、あなたがユーリに
距離を置かれるような事に
なったらどうするのですか。
最悪、嫌われてしまいますよ。」
「それはそうなんだけどさぁ・・・」
「とにかく、あんな風にデザートを
食べさせるのは今日だけにして下さい。
俺の身も持ちません。
・・・ただし1週間これを続けると
言ってしまった手前、普通に手ずから
ユーリに朝食を取らせるだけでしたら
俺も口を出しませんので」
最大限の譲歩だ。
朝っぱらからあんな調教めいた
背徳感満載な食事の取り方を
1週間も毎日見せられてはたまらない。
俺までものすごく変な気分に
なってしまって仕方がない。
それならまだ普通に手ずから
食事を与えている姿を見る方が
数倍ましだ。
俺の抗議に、さすがにリオン様も
やり過ぎたと反省したのか
同意をしてくれて、
その後の1週間はいたって普通に
リオン様はユーリへ手ずから食事を
与えていた。
ほっとすると同時に、俺はふと
自分の指先を見てしまう。
あの時、俺の指先に吸い付いてきた
ユーリの小さく柔らかな唇の
感触を思い出す。
すると心の奥の方がざわついて、
何とも言えない気持ちになる。
・・・あともう1日位は
俺もユーリに手ずから何かを
食べさせても良かったのかも知れない。
それは後悔なのか、未練なのか。
そんな気持ちを握りつぶすように、
俺は見つめた自分の手を
ぐっと握りしめた。
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