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15.春の王宮は、しあわせの予感

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 春の暖かさを実感する頃。

 私はレオ様の専属メイドを辞め、正式に皇太子妃として、王宮で王妃教育を受け始めていた。

 メイドから一転、まさか自分が王妃教育を受けるなんて、数ヶ月前の私は思ってもいなかった事だろう。

 毎日忙しいけれど、レオ様の隣に自信を持って立てるように、少しずつ頑張っている。
 ウィッグや眼鏡をやめて、本当の姿でレオ様の側にいるのは、未だにくすぐったい気持ちになるのだけど。

 今日は、クラウディア様が再び来国したとの事で、私とレオ様は応接室で待機していた。

「私たちがお客様より先に座っていていいの?」

「あぁ、今日は構わない。そういう話になってるからな」

 レオ様は何やら訳知り顔で、ニヤリと笑うだけで詳しく話してくれない。

 その顔、怪しすぎる。
 また何か企んでたりするのかな……?

 疑わしい目でレオ様を見つめている内に、応接室の扉が開き、クラウディア様が現れた。

「ルルリナ様、お久しぶり……という程でもなかったわね。元気にしてたかしら?」

「ご機嫌よう、クラウディア様。私は元気でしたが……どうしてまた急に?」

「ふふ、今回はルルリナ様に会いたがっているお客様を、うちの国からお連れしたのよ」

「お客様、ですか?」

 コクリと頷いて、クラウディア様はまだ扉の向こうにいるらしい客人へと声を掛けた。

 ゆっくりと応接室へと足を踏み入れて、私の目の前に現れたのは、六十歳過ぎくらいの女性だった。

「……貴方が……ルルリナなのね?」

「……は、はい」

 失礼ですが、どちら様でしょうか……と言いかけて、私はふと、自分と同じ青色の瞳を持ったこの方に何となく親近感を覚えた。

「ルルリナ……」

 暫くの間、私を穴が開くくらいに見つめていた女性は、そう呟くとポタポタと涙を溢したのだ。驚いた私は、慌てて側に駆け寄った。

「ど、どうかされましたか? お身体の調子でも悪いのですか……!?」

「ちが、違うのよ。ごめんなさいね。貴方が、あまりにもあの子に瓜二つで、昔の事が蘇って……っ」

 その女性は必死に首を横に振り、声を震わせながら、そう告げた。

 私と瓜二つって……そんなの、世界でたった一人しかいない。ならこの方は……

「……おばあ様……?」

「私が貴方の祖母だなんて、言える資格ないわ。あの子の結婚に反対して、家から飛び出していく姿を追いかけもしなかった私なんて……」

 ぽつりぽつりと語られたのは、母様の話だった。

 隣国の公爵家に生まれた母様は、ノクディア王国出身の、男爵家の生まれだった父様と出会い、恋に落ちた。

 それに反対したおじい様とおばあ様は、どうしてもというのなら縁を切ると言い、母様が家を出ていく時も引き留めなかったのだと。

「二人が亡くなったと聞いたのは、事故から何年も経った後だったわ。その時に娘の貴方がいる事も、貴方を引き取ってくださった宰相様に教えていただいたの。……貴方に会いたかった。でもそれと同時に、会う資格なんて私たち夫婦にはないと思った」

 だから、ルルリナには私たちの存在を黙っていてほしい、そして宰相様にルルリナの事を託したのだと。

「おじい様は……」

 私の問いに、おばあ様は「数年前に、病気でね」と、小さく首を横に振った。

「宰相様やレオドール王子、ノクディア王家の皆様は勿論だけど……クラウディア様には、最後に背中を押してもらったわ。会いたいと思った時に会わないと、永遠に会えなくなった時に後悔する。それでもいいのかって、孫と同じ位の歳の子に、真剣に諭されたの」

「出過ぎた真似を……申し訳ありませんでしたわ」

 ちょっと恥ずかしそうに口にしたクラウディア様に、おばあ様はありがとう、と微笑んだ。

「あの、私は……会えて嬉しいと思っています。両親が亡くなってから、血の繋がった人は誰もいないと思っていたので……それに、母様と父様から、おじい様とおばあ様の悪口を聞いた事って、一度もないんです」

 思い返せば、母様はいつも幸せそうに笑っていた。由緒ある公爵家ならば、無理矢理別れさせられて、別の人と政略結婚をしていた可能性だってあったのだ。

 だからこそ、本当に好きな人と一緒にいられた母様は、きっとおばあ様達の事を恨んだりなんて、していないだろう。

「そう、そうだったのね……ありがとう、ルルリナ」

 おばあ様は目元をハンカチで押さえながら、震える声で呟いた。年寄りの我儘を許してちょうだい、と私の手をそっと取ると、優しく微笑んだ。

「貴方がレオドール王子と結ばれたと聞いて、どうしても直接会って伝えたかったの。……おめでとう。幸せになってね」

「ありがとうございます、おばあ様」

 改めて、公の場で行われる結婚式に招待してもいいかと尋ねると、またおばあ様は涙を流して、喜んでくれたのだった。

 ────────────────

 旅の疲れもあるだろうからと、おばあ様は客室へと戻られた。

 王家の計らいで、一週間程王宮に滞在する事になったので、また時間の空いている時に、お話できるだろう。

「レオ様もご存……知ってた、の?」

 たまに敬語が抜けきらなくなる私は、言い直しながら問いかけた。

「花嫁選びの途中から、ロラン経由でクラウディア嬢の話を聞いてな。確証もなかったし、突然こんな事を言ってもルルには混乱させると思って、宰相に確認を取ったりしながら、色々と内密に調整してた」

「うふふ。殿下ったら、花嫁候補の方と交流するよりも、ルルリナ様の事に夢中だったわよね? 候補者選びの頃に私とルルリナ様の話をしてる時なんて、随分と表情が緩んでいたもの」

「クラウディア嬢……」

 レオ様は苦虫を潰したような表情をしていた。

 泣いてしまったあの日、私が目撃した二人はまさか私の事を相談していたのか……今頃になって、勘違いしていた自分が恥ずかしくなった。

「その時は、私も近くに控えておりましたけどね?」

 そう言うと、ロラン様はスッとクラウディア様の手を取り、ニッコリと微笑んだ。クラウディア様の頬がほんのりと赤くなっているのは、私の気のせいだろうか。

 ロラン様とクラウディア様の距離が近いけれど、いつの間にそんなに仲良くなったんだろう?

 目の前で立て続けに色んな事が起きた私は、何が何やらな状況だったが、嬉しい事だらけなのは間違いないと思う。

「……あー、お前らはお前らで、勝手にやってくれ」

 な、ルル。と、隣にいた私をクイッと引き寄せて、レオ様は私の頬に軽い口付けを落とした。

「……ふっ、不意打ちはやめてってば……!」

 バッと頬に手を添えて抗議する私を見て、レオ様は不思議そうな顔をしながら、とんでもない事を言い出した。

「散々色んな事をしてるのに、ルルは一向に慣れないよな?」

「なっ……バッ……」

 言葉が続かなくなった私は、目線を逸らしながら、何とか言葉を振り絞って言い返した。

「い、意地悪……!」

「……ルル、それは逆効果だ」

「はいはい、レオドール様? その辺りで我慢なさってくださいね。まだ本日の公務は終わってませんよ?」

「ロラン……」

「ルルリナ様はこれから王妃教育の一環で、王妃様とお茶会ですわよね? 私もお茶会に参加させていただく事になったので、一緒に行きましょう?」

「わぁ、本当ですか? 是非……!」

 横の王子様から不満げな黒いオーラを感じるが、そんなの専属メイドの時から、私はもう慣れっこだ。

「レオ様、いってきます」

 そう言って笑った私に、レオ様は仕方ないな、と愛おしそうに笑いながら「また後で」と、片手を振った。

 賑やかな春を迎えた私たちには、沢山の幸せが舞い込んでくる、何だかそんな予感がしていた。

 くるりと前を向いた私の首元で、紫色のカーネーションの形をした、宝石花を模した小さな宝石のネックレスが揺れる。

 それは、祝福を降り注ぐかの様に、いつまでも優しく煌めいていた。


 終

 
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