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第2章 黄金の瞳は語る【case1:精霊猫】
ep.19 悪戯と労りをあげる
しおりを挟む猫誘拐事件の犯人が捕まってから数日も立たないうちに、私は団長室に呼び出されていた。
入室すると副団長とニアの姿もあり、どうやら同じタイミングで呼び出されたらしい。
「えーとだな。お前達が始めた調査のおかげで、大きな事件の発展に気づき、尚且つ被害も最小限にとどめる事が出来た。黒夜の団長として感謝する」
私と副団長には、団長から星の形をした銀のピンズが1つずつ手渡された。
重大性の高い任務で、特に貢献した者に贈られる物らしい。そういえば付けている人を見かけた事、あったっけ。
「「ありがとうございます」」
こうして団長からの感謝の言葉と名誉あるピンズを貰い、嬉しかった……のだけれど、私の心はどこか晴れないままだった。
それはきっと、城下町の野良猫の現状や、隣国の動物実験という、自分が今まで知らなかった仄暗い世界を垣間見た事も関係しているだろう。
あとは……動物を物として扱うような犯人に、何も言い返せなかった自分が、やっぱり不甲斐なく思えて仕方なかった。
あの時なんと言い返せていたらよかったんだろうかと、今も時折、頭の中を駆け巡る。
「なんだ? 大活躍だったってのに、メルは元気がねぇな」
「いやー……すみません。今回の件は色々と考えさせられてしまって……」
「……まぁ、後味がよかったとは言えない事件でしたから、仕方ないですよ」
副団長、珍しく心配そうに言葉をかけてくれるな。いつまで過ぎた事を気にしてるんですか、なんてピシャリと言われそうなものなのに……
なんて思った時、いつの間にか実体化していたニアが、私の足元でぺしぺしとスカートを叩いていた。
「メルっ! ねぇ、ちょっと私を抱っこして!」
「……へっ? あ、うん!」
ニアからの突然のご要望にひとまず応えるべく、あわあわと慣れない手つきでニアを抱っこする。
「そうしたらシルヴァとメルは、お互い向かい合わせに立ってちょうだい」
……なんで?
私と副団長は訝しみつつも、とりあえずニアの命令通りに立った。
「遠すぎるわ! 足先が触れそうなくらい、もっと近くよ!」
「謎のダメ出し……」
「ニア、貴方……何を企んで……」
目の前にいる副団長に、私が更に一歩近づいた時。
私の腕の中にいたニアは、ふわふわな手を伸ばして、あろうことか副団長の顔に思いっきり肉球パンチをお見舞いしたのだった。
肉球は柔らかいから、痛くないとは思うけど……!
「ふっ、副団長っ! 大丈夫です……か」
私が心配そうに見上げると、想定外の出来事に、珍しく表情を崩す副団長を至近距離で見てしまった。
目をまん丸く見開いてきょとんとした顔は、さすがに意外すぎて。
「ふ……副団長のそんな顔、ふふっ、初めて……見ましたっ……」
涙目になる位ひとしきり笑ってしまった後に、頭上から視線を感じて、ハッと我に帰った。
やばい……つい、笑い過ぎちゃった……
馬鹿にしたつもりは全くないけど、怒ってるかな……?
そろりと副団長を見上げれば、いつもの無表情の冷めた瞳ではなく、少しだけ目元を緩めた優しい雰囲気に、私は息を吞む。
「……君は適性がなくたって猫達を救いましたよ、間違いなく」
「……っ!」
女嫌いの副団長は、きっと私に気を遣ってお世辞なんか言わない。
だからそれが同情でもなんでもなく、副団長の本心からの言葉だと思えた私は、胸にこみあげてくるものがあった。
「へぇ。お前ら、短期間で随分仲良くなったんだな」
そんな私達の様子を見て、団長はかなり驚いていたようだ。
まぁ、初めて会った時の副団長の印象は最悪だったしな……もう一度だけちらりと副団長を覗きみると、通常通りのお顔にすっかり戻っておりました。
「いえ、別に」
「そんなこと言ったって、メルに今回の報酬をって話の時に、お前が言ったんじゃねぇか。前は必要ないとか言ってたのに、木の警棒じゃ防御力が足りないとか言い出して。どういう風の吹き回しかと思ったら、そういう事かよ?」
「違います」
副団長から、チッと舌打ちが聞こえてきた。喧嘩っ早くて口の悪い、ダークな副団長の姿が私の脳裏に思い起こされる。
「お前、上司に向かってサラッと舌打ちすんなよ……ま、これ以上からかうと、シルヴァに余計な仕事を振られそうだしやめとくか。つーわけで、メルの警棒は軽くて頑丈な特注品にグレードアップだ」
ほれ、と私の両手の上に新しい警棒が乗った。確かに見た目はすごく頑丈そうなのに、持ってみると今までの物よりもだいぶ軽く感じられる。
「勢いつけて前に出してみ?」
団長に言われた通り、シュンッと前へ突き出すと、警棒が元の2倍程の長さに伸びた。
「お前は防御特化の体術派だし、殺傷力を上げるよりも、身のこなしに合う軽い物がいいと思ってな。それに、これなら相手とも距離が取れていいだろ?」
「おぉ……ありがとうございます……!」
「また厄介な任務がきたらよろしくな」
「いや新しい警棒は有難くいただきますけど、私は医務課所属の非戦闘員ですから!」
厄介な任務なんてお断りだ!
そう言って断ったのに、面倒ごとっていうのは自然と舞い込んでくるからなぁ……と呟き、変なフラグを立てる団長である。やめてくださいよ、絶対……!
◇◇◇◇◇◇
連れ去られていた猫の健康状態が戻り、徐々に城下町へ戻れるようになった頃、私とニアは猫好きのお兄さんとも再会した。
犯人が捕まった事と、野良猫達の現状をすぐに変えるというのは難しいと思うが、今回の一件で団長も、野良猫を守る方法を考えていかないといけない、そう話していた事を告げた。
「よかった……ありがとうございます! 僕、メルさんが事件の調査に来てくださって、本当に感謝しているんです」
「え? 私は大してお役に立てなかったと思いますが……」
実際、犯人逮捕の決め手となった令状を持ってきてくれたのは、副団長だし。
「もう、何言ってるんですか! 野良猫の事を真剣に思って調査してくれたメルさんだから、僕だって捜査協力したいと思いましたし、騎士団の方達も協力してくれたんですよ!? おかげで猫誘拐事件も未遂で終わって、こうして無事に猫達は城下町に帰ってこれました。そして野良猫の今後についても、騎士団の方達が考えるきっかけを作ってくれた……つまり、メルさんのおかげで一歩前進したって事です!」
熱意溢れるお兄さんの大演説っぷりに、驚き固まってしまった。
「いつでも猫達のたまり場に遊びに来てくださいね。あっ、野良猫の件でまた何か進展があった際は、僕にも声を掛けてください! 絶対手伝いますから!」
別れ際に握手を交わした際にも、いい笑顔でぶんぶんと力強く手を振りながら、そう熱弁された。
わぁ……とってもやる気満々ダァ。
でも、おかげで1人でモヤモヤするよりも、これからどうしていけばいいのか皆で考えればいいんだと、すとんと腑に落ちた。
だって頼りになる人達が、この城下町には沢山いるのだから。
『やっぱり猫好きな人に悪い人はいなかったわね』
「そうだね」
ちょっと変態っぽかったけど……、と小さく呟いたの聞こえたよ、ニア。
「さ、黒夜に帰ろっか」
また明日から、騎士団でのいつもの日々が待っている。
ニアとの特別任務も終えたということは、一緒にこうやって調査に出ることも、もうないんだろうな。そう思うと、何だか感慨深くて少し寂しいな。
『メル、協力してくれて本当にありがとうね』
「私の方こそありがとう。調査は思った以上に大変だったけど……私、やっぱり猫の事が大好きだったんだなって実感したよ」
『もう猫が近くにいても緊張しなくなったでしょ?』
「うん。これだけずっとニアが側にいてくれたから、すっかり慣れちゃった」
ニアは私の言葉を聞いて、ニマッと満足気に口元を緩めると、浮いていた身体を実体化させて、私の胸元にぴょんと飛び込んできた。私は慌ててその身体を受け止めて、落とさないようにと抱きしめる。
「ニア!? びっくりした……! どうしたの、突然」
「今日はメルに抱っこされて帰りたい気分なの」
「えぇ? ふふ、なにそれ」
ふんわりとしたニアの温かさに触れながら、夕暮れに背を向けて、私はニアとともに騎士団への帰路に就いたのだった。
―第2章 終―
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