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第1章
3.契約しようよ
しおりを挟むノエル王子の目が、少し驚いたかのように一瞬見張った。すぐにまた、作り笑いに戻ったみたいだけど。
「……そんな事ないよ?」
「占いって直感なんです。私はノエル王子が、占い自体をそもそも信じていないように感じました。なのに、占いをすると噂の私を呼び出した……」
……のは、何で?
突然生まれた矛盾点に疑問を感じた私は、近づけられた顔も無視して、うーん……とそのまま目線を下に落として考え始めた。
といっても、元々この王子の情報をそんなに持ってないから分かんないな……
「ぶふっ! お得意のキラキラ笑顔、全然効いてないじゃないっすか」
「……ライは黙ってて?」
「あの」
私は考えていた頭を上げて、護衛騎士に笑顔のまま睨みを効かせているノエル王子に声を掛けた。
「結局のところよく分からなかったんですけど……私を呼んだのには、どういった訳があるんでしょうか」
「……君に説明したいのも山々なんだけど、ちょっと事情がややこしくてね。結論から先に言わせてもらうと、君には僕の婚約者になってもらいたいんだ」
「はい?」
「あぁ、仮の婚約内定者って事で大丈夫だよ。それに君は元々僕の婚約者候補に名前が挙がっていた内の1人だし、そこまで不自然にはならないと思うんだよね」
「……百歩譲ってそうだとしても、私みたいな平凡な子爵令嬢より、もっと身分の釣り合うご令嬢がいらっしゃるのでは」
正直言って、弱小貴族の私には胃が痛くなるような、無理な話である。そんな私の様子を見てノエル王子は、うーん、と少し困った様に笑った。
「なら期間を決めて、その期間だけでいいから婚約内定者のフリをして、王宮にいて貰えないかな? それに契約内容を聞けば、少しは君にとっても悪い話ではないと思うんだ」
「契約内容ですか……」
「君の父上の事だけど」
私はその言葉に、思わずピクリと反応してしまった。
「ロワン子爵は、貴族社会で生きていくには少々優しすぎる節があるよね」
「……私の家の事、調べたんですか?」
……ちょっとだけ声色が低くなったのはご愛嬌である。
「ほんの少し。十数年前のロワン子爵家は、かなりの借金を抱えていたみたいだけど、返済をコツコツと行い、今現在は目立った事業ミスや借金を抱えていない……誤解しないでほしいんだけど、これは元々貴族の間ではかなり有名な話だよ?」
「まぁ……確かにそうだと思います」
ロワン家が没落の一歩手前の崖っぷちだったのは事実だ。
それに、この事が噂にもなっていた事も、エリナが教えてくれたおかげで知っていたので、王子の言わんとする事は分かった。
「ただ、その話には本当は続きがあった。ロワン家の経済の傾きが戻ってきたのは、君が成長してからの事。ロワン家を回していたのは実質君で、君が子爵の影に隠れて、手助けしていたおかげ……違う?」
ニコニコと微笑みながら、この王子様は鋭い所を的確に突いてきた。
世間には上手く隠していた筈なのに、この情報は一体どこから仕入れてくるんだろう。
……つまりノエル王子には、ロワン家の裏事情が殆ど筒抜けだと考えていい。
私はハァ、と小さく溜息をついた。そこまで知られているのなら、別に黙っている必要もないのかも。
「……元々父は人が良すぎるんです。母が私を産んですぐに亡くなってからは、その悲しみからか一時期、タチの悪い上級貴族に付け入れられてしまったみたいで……」
当時、前世の記憶もまだない子供だった私が何か出来る訳もなく、気づいた時には既に遅し。ロワン家は、大きな借金を抱えていたのである。
「義理の母を迎えてから産まれた後継の弟は、とてもしっかりしていますが、まだ10歳ですから」
ありがたい事に、義母様と弟の2人はしっかり者で、私と一緒にロワン家の立て直しに力を貸してくれたのだ。
ロワン家はお金に縁がなくても、人には凄く恵まれている。
借金を返済する為に、前世の知識をフル稼働させてお店を構えたりしたのも、思い返せば結構な博打だった。今じゃ軌道に乗っているから、人生はなる様になるものである。
私がお金にシビアなのも、その経験や前世での自営業の苦労体験から来ているのだった。
「うん。そこで、僕からの提案。契約を結んでくれるなら、ロワン子爵に僕のお墨付きの優秀な補佐を派遣してあげる。契約が無事終了したら、その補佐はロワン家にそのまま残してあげてもいいよ」
今、何て……?
私はぽかんと開いた口が塞がらなかった。そんな私を見た王子様には、心底面白そうに笑われた。
「それから、君が王宮で過ごす時間。それも立派な労働時間だからね、勿論君にはその分の報酬を渡すよ」
はい、と渡された契約書の様な書類に目を通す。わー、意外と丁寧に書かれてるなぁ……
「……って、え!?」
「そこに、1時間で大体これくらいかなっていう報酬額が書いてあるだろう? 日によって拘束時間は変わると思うから、その都度計算して記録に残しておいてね」
報酬額、た……高過ぎない!?
お金に目がないといったらちょっと語弊があるけど、借金地獄を味わった身としては、この短期間でその金額は、凄く、ものすごーく心惹かれてしまう……!
「あの、つまり雇われの……臨時婚約内定者って感じですか?」
はやる気持ちを落ち着かせつつ、ノエル王子にそう尋ねた。
私は結婚を急いでいる訳でもないし、婚約内定は(仮)だし、期間限定で王子の手伝いをすればいいだけって考えれば……あんまりデメリットはないのかも?
その内容が、契約を決めてからしか話して貰えないっていうのがネックなだけだ。
「うん。そうだな……さっき話していた期間は、僕の誕生月までの約半年。君がこの条件で呑んでくれるなら、是非お願いしたいんだ」
「……ノエル王子には、私を半年間の仮初の婚約者にして、何のメリットがあるんですか?」
少し冷静を取り戻した私が、ジトッと疑わしげに見つめると「君のそういう考え方が気に入ってるんだけどね」と、微笑んだ。
「僕の外見や地位に夢を見ているご令嬢よりも、現実的な君となら、持ちつ持たれつの対等な関係が築けると思ったのと……」
「君のその占いに、占いを信じない僕が縋りたい程の頼み事があるって言ったら……君は信じてくれる?」
さっきとは違う、真剣な瞳。
不思議とその表情からは、偽りの想いが感じられなかった。
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