セブンスワールド〜少年、世界を知る〜

七瀬界

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第七章 地球<アースター>編

大原将希のヒーロー

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 大原将希の心の支えとなった者。

 それは、大原将希が四才の頃にまで遡る。

 同じだった。

 先の大原将希が語った、見せたように平穏などどこにもなかった。

 だから、少しだけ逃げ出したのだ。

 家にいては怖いから、近くの公園まで向かった。

 遊具には沢山の子供がいて遊べなかった。

 順番を守るというのは考えもしなかった。

 ベンチで一人座りながら、後のことを考えた。

 怒られるのは間違いない。

 そのことを考えると涙が出てきた。

 「どうしたんだい?そんな顔して。」

 一人の少年が声をかけてきた。

 泣きながらも理由を伝えるとその少年はこう語る。

 「それは…大変だったね。僕はそういうしかないんだけどね。けど、今はどう?怖いかい?」

 「怖い!!」

 「そ、そうだね。怒られるのは怖いよね。じゃなくて、ここにいること。どう?」

 「…ぐずッ、分かんない。」

 「そう。少なくとも今は怖くないんだよ。ここは公園。どちらかと言うと楽しむ場だ。せっかく来たんだから、楽しまないと損でしょ?」

 「でも、帰らなきゃ…。」

 「大丈夫、きっと上手くやれるさ。」

 少年は俺よりも年上で差は四つぐらいだろうか?

 身体は俺と同じくらいの細さだった。

 木の棒を持っている。そんな感覚だった。

 彼と一時間ほど遊んで、母親が探している声だろう。その声が聞こえてきた。

 「じゃあここまでだね。この時間には僕もこの公園に来れるから、また遊ぼうね。」

 「うん!」

 そうして彼は去って行った。

 俺は少し怖がりながら、家へと戻った。

 一週間後。

 また公園に来てみた。

 今度は親も同伴だ。

 同じように、彼も来ていた。

 彼の名前は英雄作はなぶさゆうさく

 大原将希という少年を救った。

 心のヒーロー。

 それから半年ほど、公園で遊ぶ日々が続いた。

 怒られても、殴られてても、ここにくれば楽しかった。

 この時の俺は幼く、自分が楽しければ良かったのだ。

 彼がどのような状態かも知らずに。

 「疲れたね。」

 「えー!まだ少ししか遊んでないよ!」

 「そんな…時計の読み方は教えたでしょ?」

 「まだ三十分しか経ってないよ?」

 「…ッ!…じゃあ少しだけ将来の話をしよう。」

 「そんなのはいいから早く…。」

 「それが終わったら遊ぼうよ。」

 「う、うん。」

 この時には俺は違和感に気付いていたのかもしれない。

 彼に対する、違和感。

 ベンチに座り、話す。

 感慨深く、思い出に残すように、丁寧に。

 「大原君。君の将来の夢は?」

 「んとね!ヒーローになること!」

 「…なんでヒーローになりたいの?」

 「だって…誰かを助けられる力があるのって凄いじゃん!」

 「!」

 ヒーローに憧れる子供は多い。

 男の子なら誰もが通る道だ。

 ただその理由はほぼ同じようなもので、カッコいいから憧れるのだ。

 力とかそういうものに憧れるのは、きっと後々になってから来るものだ。

 ここに着眼点を置ける子供はいるだろうが、悲しいことにこの子にはその理由にたどり着いてしまう出来事が多すぎた。

 「僕も、同じ感じだ。誰かを助けられる力が欲しかった。」

 「でも、お兄ちゃんは持ってるじゃん。」

 その子は僕の前に立ち、ずっと待ち望んでいた言葉を伝えてくれた。

 「僕にとっては、お兄ちゃんがヒーローだもん!」

 「…え?」

 「だって、泣いていても、逃げても、ここにくればお兄ちゃんがいてくれるもん!僕、お兄ちゃんと遊ぶと元気になるもん!」

 「…そうか…僕の夢は叶ったのかな。」

 「うん!」

 「そうか。なら、僕の夢を叶えてくれたお礼におまじないをあげるよ。」

 「おまじない?」

 「そう。僕も大切にしていたおまじない。それはね、「上手くやる」だよ。」

 「うまくやる?もっとかっこいいのだと思った」

 「そうだね。でも大事なことなんだよ。人は何でもは出来ない。だからこそ人は協力し合うんだ。けど、一人でやらなきゃいけない時もある。何とかしないとと思っている内は無理をしてしまうことがある。だから、上手くやる。100%完璧にやる必要はない。程よく、普通に生きてるだけで充分楽しめる。」

 「うーんと?」

 「難しかったね。つまりは、これから辛いことがあっても、生きることだ。どんな事があっても、上手くやって生きるんだ。分かったね?」

 「う、うん。分かった…。」

 その表情は、全てを出し切ったような、悔いがないような感じだった。

 当時の俺は、言葉一つ一つに理解をするのに大変で、あの笑顔の意味を分かっていなかった。

 それから毎週公園に行っても彼とは会わなかった。

 辛かった。

 一人で遊ぶのはこれほど辛い事なのだと。

 涙が出てきた。楽しくもない。帰っても泣いてしまう。

 「上手くやるんだ。」

 そうだ。

 この言葉を、この頃から使い始めた。

 自分で出来ることを上手くやる。

 その言葉だけで、少しだけ楽になれた。

 俺は欠かさずにその公園へ足を運んだ。

 来ることはなかった。

 あの運命の分岐点までは。

 公園で雄作君を待っていると声をかけられた。

 「こんにちは、君が大原将希君かな?」

 大人の女の人だった。

 少しだけ恐怖があったが、次の言葉で少しだけ警戒を和らげた。

 「私は、雄作の母です。」

 「お兄ちゃんの?」

 「はい。親御さんはいないの?」

 こくりと頷く。

 「そう。ならこの手紙をお母さんに渡してね。それだけ。じゃあね。」

 そう言って雄作君のお母さんは去っていった。

 俺は意味もわからず走り出した。

 手紙を貰ったから、中身も見ていないのに?

 楽しみという感情じゃない。

 そんなことよりも早く見てほしかった。

 「ママ!」

 珍しく大声で帰ってきたのに驚いたのか、その必死な表情に驚いたのか分からない。

 けれどすぐにその手紙を読んで、行っていた料理の火を止め、車へ連れて行かれた。

 この時あのクソ野郎がこちらに迫って来たがみっともなく転んで、そのまま車に乗せられた。

 向かった先は病院だった。

 「何で?僕!どこも悪くないよ!」

 幼い子供でも、少しはよぎる。

 「ママ!嫌だよ!」

 凄い、力だった。

 これだけはなんとしても行かせなければならない強い意志が力に変えられていた。

 その病室に案内された。
 
 その光景を見てしまった。

 知りたくもない事実を見てしまった。

 「やあ、大原君。元気そうだね。」

 ベッドに横になりながら、呼吸器で繋がれていた雄作君の姿があった。

 声が、出なかった。

 恐る恐る近づいていって、ベッドの前に立ったところでやっと声が出せた。

 「お兄ちゃん。」

 「ごめんね。僕、こんなでさ。ずっと遊びに行きたかったんだ。」

 「まだ!まだ遊べるよ!こんなの!全部取っちゃえば!また遊べるよ!」

 「これをとっても、もうたてないんだよ。おおはらくん。」

 「な、なんで!病院ならなんでも治してくれるんじゃないの!?なんでお兄ちゃんがこんな事にならなきゃいけないんだ!お医者さんは!お兄ちゃんを見捨てたの!?」

 「おおはらくん!」

 「!」

 弱々しい声から、決死の声で俺を止めた。

 咳をするのに寿命を削っている。

 「お医者さんは頑張ったんだ。僕も頑張ったんだ。それでも、なんとかはならなかったんだよ。」

 「なんで!」

 「でもね。うまくはやれたんだ。あの日公園に行って、君に声をかけれたこと。君と遊べたこと。君の、ヒーローになれたこと。ゆめが、かなったんだ。うれしかった。だから、さいごにつたえたかったんだ。ゆめをかなえてくれてありがとう。」

 もう終わってもいいだろうと思った。

 伝えることは伝えた。

 ああ、でもこれも伝えなければ、僕は安心できないや。

 「おおはらくんの、おかあさん。おおはらくんをだいじにしてください。」

 おおはらくんのこえがうるさいはずなのにきこえていない。

 あれ?じゃあ僕の言葉も聞こえていない?

 いや、大原君のお母さんは頷いてくれている。

 ごめんね、お父さん、お母さん。

 僕はもっと生きたかったけど、最後に不安なことは一つもなかったよ。

 真っ直ぐになった。

 振動が無くなった。

 ピーという音が響く。

 それを認めないように俺は叫んだ。

 止める者はいなかった。

 ただただその場には、悲しみだけが時間を進めていた。

 その一週間後、俺と真凜を連れてあの家を出て行った。

 最後の最後まで救いようのない屑だった。

 暴力でしか解決が出来ない奴だ。

 時が経って、中学に上がる直前に雄作君の手紙を渡された。

 幼い頃の俺は意味も分からずにそれを読んでいただろうからだ。

 大原将希君へ。

 伝えたい事が山ほどあるけど、そんな元気はもうないので、これだけ書いておきます。
 人の事を想える人になって下さい。
 僕は、君にしか出来なかったけれど、沢山の人を想って、多くの人を助けてあげてください。
 これからの人生も、うまくやってください。

                    英雄作より
 

 その下には病院の名前が書いてあった。

 雄作君の字よりも綺麗に書かれていた。

 これが俺の過去。

 お前と俺の違い。

 俺の心の支え。

 そして、俺の生きる理由の一つ。

 この戦いも、上手くやるだけのことだ。
 

 
 
 

 








 
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