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初めての感情が湧いた少年の話

Q4. それを人は嫉妬と言う

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 帰りの車の中は、行きとは別の意味で気が重かった。

「…………」
「…………」

 ボクも隣に座る聡真さんも全然言葉を発さなくて、エンジン音と窓の向こうから響く海の音しかないそんな場所で、聡真さんはずっと物思いにふけるように窓の外を見て、ボクは自分の膝を見つめることしか出来なかった。

『看取らせないでくれ』

 ……あんな聡真さんを初めて見た。
 聡真さんは嘘をついたりしないけど、自分の本音をあまりはっきり言う人じゃない。
 でも、あれは、あの言葉は、確かに聡真さんの本音だった。
 ボクに聡真さん以外の家族はいない。
 いないけど……ずっと一緒にいると思っていたその人がいなくなるのは、とても辛いって分かる。
 でも、ボクは……。

「稔、ごめんな」

 聡真さんの声にハッとなって、顔を上げると、そこには申し訳無さそうにボクを見つめる聡真さんの顔があった。

「とても重い話をしてしまった。君をかえって困らせてしまったな」
「! う、ううん……! その、えっと……ボクは、聞けて良かった、と思ってるから……」

 そう口に出しながらも見ていられなくて、つい聡真さんから目を逸らして自分の膝に目を落としてしまう。

「稔……?」

 ボクの頭上で聡真さんが目を細めた気がした。
 変だって思われてる……。
 でも、目を合わせられなくて、自分の両手をぎゅっと固く握ることしか出来なかった。

「………………」
「どうした?」

 そう聞く聡真さんの声音は優しかった。
 でも、今のボクをどう言葉にしたらいいのか……ボクにも分からない。

 ……それくらいボクの心は真っ黒だった。

 苦しい。辛い。どうしたらいいか分からない。でも、黙ったままだと聡真さんが心配しちゃうから……。
 つっかえる喉を振り絞って、声を、ボクの言葉を、どうにか口から出した。

「聡真さん、あ、あのね、気を悪くしたらごめんなさい……。
 ずっと、引っかかってることがあって……どう聞いたら良いのかわからないけれど……」
「…………?」
「ボクは、早苗さんの代わり……?」

 その言葉を発した瞬間、2人きりのこの狭い空間の空気が凍りついたのが、分かった。でも、もし本当だったら……そう思うと、誤魔化して止めることも出来なかった。

「ずっと気になっていたんだ。
 聡真さんは早苗さんのこと、今でも大切みたいだし、ボクに見せない顔をするし……だから、聞きたいんだ。聡真さんの口から……。
 ボクは、代わり、なの……?」

 怖くなって、膝の上で両手を握り込む。手のひらに爪が痛い……けれど、胸の痛さの方がずっと強い。
 聡真さんはずっと静かだった。静かに聞いて即答しなかった……。
 聞いて良かったのかな……。

「…………っ」

 怖い。
 そうだ、って言われたらどうしよう。
 そうしたら、ボク……ボクは……。

「…………稔」

 ボクの名前が聞こえて、ハッとする。
 ボクの両手に汗がぽたぽたと落ちて、水溜まりみたいになっていたのに気づく……その手の甲に聡真さんの手が重ねられた。

「ごめんな。君の気持ちを考慮していなかった」
「……!」
「俺は1度たりとも君を誰かの代わりと思ったことはない」

 その言葉にボクは顔を上げて、隣に座るその人を見る。
 ……ボクの大切なその人は、聡真さんはとても優しい、すごく優しい目で、ボクを見ていた。

「言葉足らずなだけでなく、自分の話ばかりで君のことを考えていなかったせいだな。稔に、誤解させてしまった」
「……!いや、えっ、ボクが……へんで……!」
「いいや、稔のそれは当然のことだ。自分が誰かの代わりというのは……とても気分が悪い話だ。
 ごめんな、稔。
 ……まず、俺の言い方が悪かったな」
「言い方?」
「言っただろう。君に早苗のようになって欲しくないと」
「…………うん」
「その言葉通りの意味だ。
 Yとγみたいなものさ。君と早苗は似ているが……似ているだけだ。似ているだけでその存在の有り様は違う。
 君は君。早苗は早苗だ。
 だから、早苗が出来なかったことを君が代わりにしてくれと頼んだつもりはない。
 ……今度は、はっきり告げよう。
 君には早苗になって欲しくないんだ。君は君のまま、俺の傍にいて欲しいんだよ」
「……!」

 俺の傍にいて欲しい……。
 その言葉に、真っ黒だったボクの心がまるで日が差したように明るくなる。ようやく息ができて、モヤモヤした何かが飛んでいく。
 早苗さんの代わりじゃない。ボクはボクとして聡真さんの傍にいていいんだ。その事が分かっただけで気分がふわふわする。

「よ、良かった……」
「大丈夫か?」
「大丈夫……変なこと聞いてごめんなさい」
「構わない。変に内に秘められるよりずっと良い」

 そう言って、聡真さんは微笑む。優しくて、甘くて、温かいそんな笑み……ボクを大切にしてくれる、それに、ボクはドキドキして気持ちが舞い上がって。

 すき。

 つい、それが口から出てきそうになって、ボクはびっくりして口を塞ぐ。
 すき……好き。
 そっか、ボク……。
 そっと、隣にいる聡真さんとの距離を詰める。
 今、分かったことがある。
 ボク以外の誰かとか、誰かの代わりとか許せないくらい、聡真さんの唯一の人になりたくて……ボク、どうしようもないくらい、聡真さんが好き……みたい。
 自覚すると、胸の中がこれ以上ないくらいうるさくて……熱い。
 そっと、ボクの手を握る聡真さんの手に自分の指を絡める。すると、聡真さんはそっと握り返してくれた。
 ボク、この人とずうっと一緒なんだ。死ぬまでずっと、好きな人と一緒……その事実に湯気が出そうなくらい顔が真っ赤になる。

「聡真さん……えっと……」
「どうした?」

 見上げればそこにボクを見つめる黒い目がある。穏やかなその人の目にボクは、他の誰でもないボクを映した。

「聡真さんのお願い、絶対叶える」
「稔……」
「聡真さんとお別れする日なんて考えたくないけど……聡真さんがそれを望むなら、ボク、絶対叶えるから……だから……」

 聡真さんの瞳の中で、ボクは笑った。

「聡真さん、聡真さんのこと好きって言ったらだめ……?」

 そんなボクの言葉に、聡真さんの目が丸くなるのをボクは見た。






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