君の為の不幸だったと貴方は言う

春目

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捨て続けた結果

捨てられた男の話

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 鎌倉という町は観光地として完成された場所だ。
 立地、交通機関、シンボル、グルメ、ホテル、サービス、歴史……観光地として必要な要素は全て一定の水準以上であり、やってきた人々の記憶に残るものばかり揃っている。
 故に、鎌倉には絶えず人が来る。
 朝から晩まで彼らは鎌倉を楽しみ、鎌倉ではしゃぎ、鎌倉を堪能し、鎌倉に魅了され、鎌倉を一生の思い出にして去っていく。
 夕方から夜にかけて、鎌倉駅は自分の故郷へ戻る人々で溢れる。中には疲れた顔をしている人間もいるが、殆どの人間が、思い出話に花を咲かせ、また行きたいと願望を空に吐き、笑顔で鎌倉から去っていく。
 皆、幸せそうだった。
 鎌倉駅にいる人間は皆……。

 だが。

 そんな彼らに背を向け、無表情で仕事をしている人間が一人いた。
 背中が丸まった中肉中背の男。他に特徴があるとすれば、元々は恰幅のいい体型だったのだろう。顎の下や首に皮が垂れていた。
 彼は私服ではなく、上から下まで灰色の作業着を着て、白いマスクしていた。彼は駅の中、人混みの中を、右足を引きずりながら歩いていく。
 その手には、パンパンに膨れ上がったゴミ袋が幾つもあった。

「…………」

 鎌倉という観光地は、観光客だけで成り立っているわけではない。
 観光客を案内する人間や、食事を提供する人間など様々な人間が尽力して成り立っている。そして、その中には観光客が出したゴミを回収し捨てる人間もいた。

「…………」

 男は駅の裏手まで行くと、持ってきたゴミ袋を一つ一つ空け、燃えるゴミの袋の中に無責任に放り込まれた生ゴミだらけの缶やビン、無造作に入れられたプラスチック製品を取り出し分別を始めた。

「はぁ……」

 辺りには同じようなゴミ袋が山になって置かれている。今日一日だけで出来た山だ。分別し終わったものはゴミ収集庫に放り込んで明日、ゴミ処理場に運ばれるが、明日までにこの山をまっさらに出来るとは見た誰もが思えなかった。
 しかし、男は無言でやり続ける。
 それが彼の仕事でありノルマだからだ。
 だが、マスク越しのその顔には明らかな不満が見て取れた。

「なんで、俺がこんなことを……」

 そうポツリと男は漏らした。




 男はつい最近まで他県に存在した、とある中小企業の社長だった。
 経営者としての彼は正に順風満帆だった。事業を発展させ、取引先を多数得て、売上も上々の結果を出し、社員数もどんどん増えていった。
 男の人生は正に最盛期を迎えていた。経営者としての手腕を皆から評価され、世間に認められ、崇められた。
 だが、男には一つ隠し事があった。
 彼はどうしようもなく“オトコノコ”が好きだった。
 同性愛というだけはない。幼さが残る未成年しか彼は愛せなかったし、その愛には賞味期限が着いていた。

「だって、無知でノンケのオトコノコ抱くのが楽しいんじゃんねぇ……?」

 当時の彼は笑って、色んなオトコノコに手を出した。
 家出中の子、夜遊び中の子。火遊びに興味津々の子……。
 そんな子が彼は大好きだった。
 大好きだったから、彼は人目を忍んで夜の街でふらふらしているオトコノコを探し、優しい言葉で誘い出した……そして、人目のない場所て、殴って、叩いて、犯して、直ぐに捨てた。
 それが彼の趣味だった。
 男は真剣だった。
 真剣にオトコノコをSNSや街で探し、真剣にオトコノコをホテルに引き摺り込んで、真剣に100均のティッシュのようにぐしゃぐしゃにして捨てた。
 だが。

 当然、そんな趣味はんざいが、許されるはずがなく。

 あの日バレて、男は捕まった。
 あの日、男は自分が住む地域から遠く離れた街に行っていた。
 あれはたまたまだった。
 街をフラフラして歩いていたら、見つけたのだ。可愛い、本当に可愛いオトコノコを。
 明らかにウリをしていて、彼の好きなノンケでは無かったが、しかし、あまりの容姿に、つい飛びついてしまった。
 何より肌が白いのがそそった。
 日焼けなんか知らない生まれたままの白い肌……きっと、拳を振り上げたら、その肌には青い花が綺麗に咲くだろう。一線切っただけで、綺麗な赤い虹がかかるだろう。
 そう想像し、涎を垂らしそうになる口を押さえ、男は彼に近づいた。
 最初は良かった。慣れている彼はのこのこ着いてきて、2人きりになってくれて、男は至福の時間を過ごした。
 殴る。蹴る。切る。壊す……犯す。
 それはとても快感だった。興奮した。正に幸せの絶頂だった。
 だが、彼は、逃げた。
 次は何しようとカッターや結束バンドを手に考えていたら、彼はその隙を着いて逃げ出してしまった。
 驚いて男は半裸だったが、カッターを握りしめ直ぐに追いかけた。だが、彼を見つける前に、男は巡回中の私服警官に見つかってしまったのだった。
 何故、上半身裸で、そんなものを持っているのかと聞かれ、誤魔化すことも出来なかった。
 翌日には、地元で名の知れた経営者になっていたこともあり、男は忽ちニュースになった。その結果、社員は夜逃げし、取引先は全部消え、会社はあっという間に倒産した。その上、今まで可愛がったオトコノコ達から一斉に訴えられ、どうにか工面した金で物を言わせて塀の中だけは回避出来たものの、男は天国から地獄へ一気に転落していった。

 気づけば、男は清掃員になっていた。

 清掃員は立派な職業だ。この日本有数の観光地を支えるには無くてはならない職業であり、居なければ困る人の方が圧倒的に多い。
 だが、男はこの職業を屈辱に思っていた。
 彼は家も車も金も、バカ高かった弁護費用や和解金で全て消えてしまったとはいえ、社長だった人間だ。人の上に立っていたというのに、こんな汚れ仕事をしている……男は腸が煮えくり返る思いだった。

「………………あのガキに、会わなければ」

 心の底の真っ黒いところから、いつまでもいつまでも怒りがふつふつと湧いてくる。そこから怨嗟の言葉が無限に吐き出てくる。
 男は舌打ちした。
 今でも男は思う。もし、アイツが逃げなければ……と。
 後日、あのオトコノコだけは殺そうと男は再度、あの街へ行ったが、結局、彼はあの街自体から逃げたらしく既に行方知らずになっていた。
 その結果、怒りの矛先をどこへも向けることが出来ず、今でも男は怒り狂っていた。

「…………時間を巻き戻してぇな……」

 あの日、あのオトコノコと出会った、全てが壊れた夜。 あの夜に巻き戻って、あのオトコノコにまた会って、今度は逃げられないよう足一本へし折ってから、お前が悪いと説教しながら、その首を絞めて、その体をズタズタにしたい……。
 男は本気でそう思っていた。
 本気でやろうとしていた。

「あれこそゴミだ。俺みたいな価値のある人間を貶める道端のガムと同じだ。
 クソクソ……!」

 男はその辺にあったゴミを苛立ちそのままに蹴ったくった。
 本来なら男は道行く観光客と同じように、この休日を何も考えず楽しんでゴミを捨てる立場だったはずだ。
 だが、夜遅くなってもずっとゴミばかり見ている毎日。すぐそこに楽しげに笑う人々がいるというのに、男はこんなことをしている。

「クソッタレ……! チッ、俺は底辺ってか……」

 その時、不意に先程駅から持ってきたばかりのゴミ袋が目に入った。
 ゴミ袋の中にはここ周辺にある数々の飲食店のゴミが大量に入っている。
 男は、一文無しで鎌倉にやってきた身だ。支払う金もない為、飲食店で食事したことなど1度もない。
 ……その事実と目の前の残骸に段々と腹正しくなり、男は足を振り上げた。

 だが、その瞬間。

 その凄まじい衝撃が男を襲った。







 数十分後。

 鎌倉駅周辺は消防車や救急車、パトカーなど様々な緊急車両でごった返していた。
 駅は一時的に封鎖され、帰宅出来なくなった大勢の人々が駅の外で路頭に迷っていた。

「人身事故?」
「やめてよ。デートなのに!」
「どうしよう。帰れないよ……」
「さっき聞き耳立てたの。何か消防の人たちが言うにはゴミが爆発したんだって……」
「駅舎は無事なんだろう? 早く帰らせてくれよ~」
「ですから! サボりじゃないですって! 本当にゴミが爆発したとかで運休してるんです。テレビ付けてくださいテレビ!」
「マジサイアクー! ホテルにも帰れないじゃん」

 そんな人々の間を1人の青年が歩いていた。
 背の低い痩せすぎにも感じるほど細身の青年。その眼鏡から垂れた金色のチェーンが歩く度に揺れて輝いているが、その眼鏡の奥の眼光は鋭く、冷たく、底知れない不気味さを湛えていた。
 そんな目が救急車の方を見る。
 そこには救急隊による必死の救命処置を受ける中年男性がいる。
 それを見て、青年は……残念そうに息を吐き。

「見逃しちゃったなぁ……汚ったない花火……」

 ゴミが散乱し、燃え、崩壊したその場所を前に嗤った。
















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