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初めての旅行に行く少年の話

Q4. 海辺のホテル

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 鎌倉は本当に楽しかった。
 いっぱい食べ歩きして、散策しながら、写真を撮って、わいわいしながら、キレイなものとか面白いものとかばかり見て触って、楽しかった。最初は戸惑ったこの可愛い着物も慣れたもので、脱いだ時はちょっと名残惜しかった。そのくらい、楽しくて……好きになっていた。

「ねぇ、聡真さん。これ、本当に液体になるの?」

 ガラス瓶の中で小さくてつやつやな果実とキラキラ輝く金平糖がからからと鳴りながら揺れる。
 1ヶ月後には液体の美味しいしろっぷになるんだって、でも、水なんて入っていないガラス瓶の中にしろっぷが出来るなんて想像も出来ない。

「1ヶ月後が楽しみだな」
「うん。うめしろっぷ、楽しみ」

 鎌倉駅の前は電車に乗りたい人でごった返していた。ボクらが来る時とは逆だ。街にいたいっぱいの人達はみんな帰ってしまうらしい。
 駅の構内にあるゴミ箱にゴミを捨てた後、聡真さんはボクに言った。

「タクシーに乗ろうか」
「わかった」

 聡真さんの手に引かれて、駅前に行く。
 そこには黒塗りのタクシーが待っていた。



 ホテルに行くタクシーの中。窓の外はゆっくりが日が傾き始めていて、何となく物寂しい気持ちになる。ボクは隣にいる聡真さんに肩を寄せた。
 こんなに楽しかったのに、今日が終わるの、やだなぁ……。

「稔。前を見てご覧」
「?」
「あそこが俺達が今夜泊まるホテルだ」

 言われるまま窓の外を見る。
 そこには……明らかに雰囲気が違う建物があった。

「おシロ……?」

 目の前に海が広がる、お金持ちが住んでそうな白壁のガラスの宝石みたいな大きな建物。
 あれがホテル? ボクは2度見した。

「聡真さん、ほんとに……?」
「何か問題が?」
「そういうわけじゃなくて、あれがホテル……?」

 まだ着いてもいないのに、ボクは圧倒された。


 そして、到着すると予想通り。そのホテルは入った瞬間から何もかもすごかった。
 入った瞬間、王様が住むおシロが待っていた。
 僕が知ってる高級そうに見えるように壁や柱にいっぱい紙を貼っつけたような場所じゃない。白い壁も茶色い柱もロビーも本物で、全部雰囲気から違う。
 従業員の人もおばちゃんじゃなくて、キレイな人だし、出入りする人も雰囲気がある人達ばかりだった。
 ボク、場違いじゃないかな……。
 入って早々うろたえるボクとは違って、聡真さんは慣れた様子で、女の人と……せんぞくのこんしぇるじゅ?って人と話していた。

「お部屋は4階です。ディナーはお部屋とレストランどちらでいただきますか?」
「部屋で」
「分かりました。19時頃、お部屋に伺います」
「あぁ」
「ご予約時にご依頼いただいたものは、予定通り、明日の朝、お受け取りになられますか?」
「あぁ、予定通りに」
「かしこまりました。
 では、お部屋にご案内致します」

 ボク達の荷物を台車に乗せて、こんしぇるじゅさんが今日ボク達が泊まる部屋に案内する。
 ドキドキしてオロオロしながらこんしぇるじゅさんの後ろを着いていくボクを、聡真さんは笑っていた。

「ひ、ひろい……!」

 4階に行くと、聡真さんと暮らしている部屋の一回りくらい広い部屋がそこにはあった。
 白い壁と高そうな絵と大きな観葉植物に囲まれた部屋には、何人座れるんだろうってくらい大きなソファが真ん中にあって、その前には大きなテレビ、その隣には、テーブルクロスがかけられた、やっぱり大きなテーブルが1つある。
 テーブルの向かいにはコーヒーメーカーとか高そうな家電がズラって並んでて、瓶に入ったお酒やジュース、おつまみらしきオシャレな食べ物がガラスで出来た冷蔵庫の中でボク達を待っていた。
 おシロかな……?

「…………」
「稔? お前の荷物、ベッドルームに置いてもらったからな」
「あ、ありがとう……」

 見たことない場所にポカンとなりながら、聡真さんの言葉を聞いて、ベッドルームに行く。
 そこでボクはまたびっくりした。
 王様のベッドがそこにあった。
 小さな雪山みたいにふかふかした、ボクが6人寝れるぐらい大きなベッドが
 2つ並んでいる。
    そして、ベッドの向かい、窓を挟んでその向こうにはテラスがある。でも、ただのテラスじゃない。
     噴水がある。お部屋の端から端まであるぐらい細長くて大きい噴水が、夕陽とライトに照らされて色んな色になりながら、水を噴いている。
 この部屋にあるもの、ボクが知ってるものじゃない。
 やっぱりここはおシロ……?
 ボク、ここに本当に泊まるの……?

「稔、そんなに驚いてどうした?」
「え?」

 テラスの噴水を凝視していたら、聡真さんが何故か笑いを堪えながらボクを見ていた。
 
「聡真さん! この部屋すごい。何か全然ボクの知ってるホテルじゃない!」
「そうか。稔の反応が良くて良かったよ」

ん……? あれ?
ボクは違和感に気づいた。部屋に対する聡真さんの反応がとっても薄いことに。
……この部屋にしたの聡真さんだよね?

「聡真さんはこの部屋に泊まりたくて予約したんじゃないの?」

 聡真さんにそう聞くと聡真さんは苦笑いを浮かべた。

「空いていた部屋がここしかなかったから、仕方がなくこの部屋にしたんだ」
「仕方がなく?」
「あぁ、せっかくの旅行だから、もっとグレードの高いスイートルームにする予定だったんだが……」

 ……ん? その言葉にボクは首を傾げた。聡真さんの話はつまり、これ以上の部屋があるってこと? 
    え? これ以上ってどうなっちゃうの?
 目を瞬きさせるボクに聡真さんは楽しげに話した。

「20万の部屋はやはり人気だ。思いつきで泊まろうなんて甘い考えだった。だから、今回はスイートルームとはいえ12万の部屋なんだ」
「20……12?」

 ボクはお金の価値をよく知らない。よく知らないけど……それでもポンッて軽く口に出していい値段じゃないのは分かる。それに、口ぶりからして、多分2人で12万じゃなくて、1人12万だ。とんでもない値段……。
 聡真さんといるとお金の価値が違いすぎて、どんどん分からなくなってくる。

「ボク、ここに着いた時から、この部屋をお金持ちの家とか王様の部屋だとか思っていたけど……。
 聡真さんからしたら、もしかして違う?」
「ふっ、そう思っていたのか? 稔の感想はいつも面白いな。
 そうだな……実際に住んだことは無いし流石に噴水は無いが、俺達が住むマンションにも、こういう部屋は幾つもある。
 だから……まぁ、俺からしたら目新しさはないな」
「………………」
「俺のことは気にしないで楽しめ。
 稔。君にとってここにある全てが初めてだろう?
 ……あぁ、そうだった。
 来月は箱根に行こうと思っている。今回の反省を活かして、もう既に予約して一棟借りたから、楽しみにしてくれ」

 もう口がポカンって開いたまま閉じなくなっちゃった。
 こういう部屋が同じマンションに? 聡真さんからしたら目新しさはない? ひとむね、借りた? 一部屋じゃなくてひとむねってなに……?
 もしかしたら聡真さんとは、お金の価値どころか、目に見える全ての価値が違うかもしれない……とボクは思った







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