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✕✕✕✕の話 1
ふと、思いついた
しおりを挟む数時間後
すっかり夜になった時間、帰路に着く1人の男がいた。
自身が勤務するビルの地下駐車場。僅かな電灯と非常灯しか着いていないそこはとても薄暗い。彼はそんな場所に足を踏み入れ、自分の車へと向かっていた。
昼は満車だった駐車場には殆ど車が残っていない。ここに駐車していた人間はその殆どが帰り、今いるのは残業している人間だけなのだ。
そして、つい先程まで残業していた彼もようやく帰宅しようとしていた。
歩きながらスマホを開く。
スマホの画面には部下からの『仕事手伝ってくれてありがとうございました。本当に助かりました泣 おかげで明日の締切に間に合いそうです!』という通知と、ニュースのトピックスが流れてきた。
とある男が、タバコの火の不始末が原因の火事で死んだニュース。
その悲惨なニュースを男は無言で見ると、何事も無かったかのようにスワイプし、ホーム画面を出す。そして連絡アプリを出し、部下に『気にするな。また困ったことがあれば相談してくれ』と何食わぬ顔で送り、スマホを閉じた。
車に乗り、エンジンをかけ、規定速度を守りながらゆっくりと駐車場を出る。
こうして彼は帰宅した。
……その様を、地下駐車場にある監視カメラはじっと見ていた。
すっかり暗くなり、人通りも普段より少なくなった道路を彼の車は走る。
車にはドライブレコーダーがあり、前方と後方、そして車内の音声を淡々と拾っている。だが、ドライブレコーダーは男がずっと無言なせいもあり、先程から彼の車の真ん中で煌々と光るカーナビの音声ばかり拾っていた。
カーナビの中では今、昨今のニューストピックスをアナウンサーの説明とキャスターの解説で、詳しく紹介している。
先程の火事で亡くなった男のニュースだけでなく、駅のホームから転落し電車に轢かれ1人が亡くなった事故や、スピード違反した車が民家の塀に突っ込み大破し運転手が亡くなった事件など、様々なニュースが流れる中、男はやはり無言でそれらを聞いていた。
「………………」
ふいに視界の先にある信号が赤に変わる。
彼は当然のように車のスピードを落とし、停車した。
その時。
『本日のアッキーにゃんのおすすめコーナー!
本日のテーマは旅行!
家族みんなでどこか行きたい! ゴールデンウィークゴロゴロしちゃって旅行に行けてない! そんなアナタに1泊2日! 土日で行ける!今年のおすすめ旅行プランを紹介します! シーズンオフに行くからこそゆったり楽しめるプランです。まず関東地方から……』
カーナビの中でアナウンサーとアッキーにゃんという放送局のマスコットが興奮気味に家族旅行をおすすめしている。
それを男は停車中ということもあり、ちらりと横目で見た。
「旅行か……」
ずっと無言だったその人も、ついポツリと声を漏らすほどの内容だった。
だが、その瞬間、赤信号は青に変わり、彼はカーナビから視線を逸らし車を発進させた。
「おかえり……! 聡真さん!」
自宅に帰ってきて、男を出迎えたのは少年の笑顔だった。
色づいた花が綻ぶような、頬を赤らめ嬉しそうなその笑顔に、男も思わず微笑んだ。
「……ただいま、稔。今日は遅くなってすまないな」
「……! ううん、大丈夫。おしごとって大変なんでしょ?
それに、聡真さんは、絶対、帰ってくるってちゃんと分かってるから……」
少年はそう言うが、その顔にある笑みはややぎこちないものだ。本音を隠して取り繕ったそんな笑みをしている。
男はそれに気づくと、申し訳無さそうなそんな表情を顔に浮かべた。
「明日はちゃんと定時で帰宅する」
「それって……大丈夫?」
「大丈夫だ」
そう言って頭を撫でれば、少年の顔はぱあっと明るくなる。少年は胸を撫で下ろすと、男に聞いた。
「あ、あのね。夕ご飯、また作ったんだけど……食べない……?」
「あぁ、食べよう」
「よ、良かった。今から準備するね」
少年は履いているスリッパをぱたぱた鳴らして、急ぐようにキッチンへ向かう。心做しか、その足取りは弾んでいる。その足音を聞きながら、男は革靴を脱ぎ、荷物を置いた。
「……あぁ、そうだ。稔」
そこであることを思い出し、彼は少年を呼び止める。
少年はあと一歩でキッチンに入るところだったが、その声に足を止め、男の方に振り返った。
「なに? どうしたの?」
「一緒に旅行に行かないか?」
その問いは普通なら子どもでも大人でも喜び興奮し大いに盛り上がるものだが、予想外なことに少年は目を見開いたまま首を傾げた。
「りょこうってなに……?」
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