君の為の不幸だったと貴方は言う

春目

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保険会社勤務、田中暁美の話

Q4. そうだ! 私が女神になるんだ!

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田中は宣言した。
 居酒屋の真ん中で、自分の椅子の上に立ち、写真を携え、空のグラスを天井に掲げ、その瞬間、田中は居酒屋の自由の女神になった。
 田中にとって、ここは正にリバティ島、そして気持ちはサンライズでニューヨークでハッピーハッピーである。
 つまり、彼女は今、最高に酔っ払っていた。

「アケミ!? ばかばかばか! 何やってんの!」
「私が! ママに! なる!」
「飲みすぎたんだわ!リカコちゃん、縄とかない? 縄! 縛らないとこの子何をするのか分からないわ!」
「持ってないわよ! ああ、もうこんなことなら居酒屋に来るんじゃなかった!
 アケミ! おすわり! お・す・わ・り!」
「いやだ! 私はパイオニアになるんだ!ライフ・イズ・ビューティフル! 愛は自由でしょう!?」
「自由だけど、アンタが女神になる必要はないのよ!こら、 座りなさい!」

 田中は強制的に椅子から下ろされ、渋々椅子にすわった。因みに、その目も完全にすわっている。

「ヒック! はぁ、ビール回ってきた~」
「はぁ、完全に終わったわね。アケミちゃん」

 島も野原も呆れた目で彼女を見る。
 そんな2人に彼女は頬を膨らませた。

「何よ~! これでも私は真面目よ~」
「何処が真面目よ。しかも、ママになるとか馬鹿なことほざいて……」
「いいえ! マジメでーすー! 私はこの子のママになります!」
「なんでー?」
「何で? いい質問ね!
 それが一番全員幸せだからです! 
 この子に何があったか分からないけど!
 先輩と付き合いたい私! 
    この子を大切にしたい柞木原さん! 
    きっと頼れる大人が欲しいみのるくん! 
 つまり、私がこの子のママになることで、何と!利害関係の矢印が綺麗に収まった大三角形が出来るのです!完璧!」

 真っ赤にのぼせ上がった顔で田中は口角を上げ、親指を立て、キメる。
 しかし、友人二人はキメ顔をした自信満々の酔っ払いにゲンナリした顔を向けた。

「リカコちゃん~! 酔っ払いすぎて訳分かんないこと言い出したわ。この子」
「もう私達の知ってるアケミは死んだのよ、ナギサ」

 しかし、そんな友人2人にめげず、田中は足を組み、グラスを片手に笑った。

「フッ……。
    先輩の恋人になる……みのるくんのママになる…… ふふっ、ふふふっ、恋する乙女は多忙だわ……」
「何か言い始めたわ」
「ほっときましょう。もう」
「絶対、ママになるわよ、私!ファイト!一発!」

 田中はグラスを掲げ居酒屋の天井に覚悟を示す。
 一方、島は頭を抱え、野原は完全に呆れ、2人は田中のことなどほっといてスマホを弄り出していた。

「アケミとご飯行く時はこれから居酒屋じゃなくてカフェだけにしよ。酔っ払いすぎると何をしでかすか分からないわ。
 あ、代官山に新しいカフェ出来てる!」
「えっマジ? 後で詳しく教えて。
あ、そうそう。麻布の方に良いカフェあるんだけど、今度一緒に行かない?」
「行く行く! どこよ」
「えっと、公式サイトがあるから……あ、ニュース速報。通知OFFするの忘れて、た………………っ!」
「ん? ナギサ?」

 不意に途切れた友人の声に気づき、島はお洒落なカフェが映るスマホから自身の隣へ視線を移す。
 ……そこには、スマホ画面を見つめたまま、真っ青になった野原が居た。

「ナギサ……?」

 彼女の唯ならぬ様子に島は首を傾げ、酔っ払っている田中も流石に気づき、野原の方を見た。

「ナギサ? どうした……」
「………… は」
「?」
「……はる、や、くんが……」

 はるやくんとは、木崎晴哉という野原が今付き合ってる彼氏の名前である。
 かなりの陽キャで毎日夜で歩いているような遊び人なのだが、彼に何かあったというのだろうか、野原の顔は今に死にそうなほど青い
 田中と島が顔を見合わせると、野原は震える手で自分のスマホを2人に見せた。
 その画面には険しい表情をしたニュースキャスターがいた。

『……○○区でアパート一室が燃える火災がありました。
 消防隊により火はおよそ1時間後に消し止められましたが、焼け跡からアパートの住民の木崎晴哉さん(31)が遺体で発見されました。
 消防によりますと、タバコの火の不始末が原因とみられ……』

「…………」
「…………」

 田中の酔いも一瞬で冷め、スマホに釘付けになる。だが、島が無言で野原の手からスマホを取った為に、その視線は空を切った。

「リカコ……?」
「皆、会計するよ」
「か、かいけい……?」

 田中が首を傾げるが、島は自分の荷物……と、野原の荷物を手に取った。
 そして、呆然としたまま青い顔でどこかを見ている野原の腕を手に取った。

「あ、あ、リカコ……ちゃん……?」
「今すぐ木崎くんのところに行こう。
 ……もしかしたら、違うかもしれないし……」
「……!」

 その一言で野原の目はぱっと明かりが着いたように輝く。震える足で立ち上がる。

「そ、そうだよね! 違うかも、だよね! だっ、だって……だって、ね? ね!? 違う、よね?」

 信じられない。信じたくない。野原はずっと首を横に振り、覚束無い足取りで、居酒屋から出ようとする。
 そんな彼女を島は支えながら一緒に店の外へ出て行く。
 その後を田中も慌てて立ち上がり追った。

 (なんか、嫌な、予感がする……)

 そう、それはまるで先程まで滞りなく回っていた2枚の歯車の間に小さな石が挟まったような予感。愚痴りたくなったり、ときめいたり、悲しんだり、呆れられたりするような、辛くて楽しくてどうしようもない日常が狂い出したという悪い予感……。

 (き、気の所為だよね……)

 田中はふらつく足をどうにか動かして、二人の後を追う。
 どうか死んだその人が自分の知らない人でありますように。
 そう祈りながら。

 しかし。

 火災で死んだ人間は、どんなに信じられなくてもどんなに受け入れ難くても、野原の恋人である木崎晴哉その人だった。




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