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とある夜の街に住む少年の話
Q2. 追われた先で
しおりを挟む必死に逃げて、ボクは街の裏通りまで来た。
裏通りは街灯しか光っていない、閉じたシャッターばかり並んでいる通りだ。とにかく喧騒も何もかも遠くて人の気配も何もない場所、あるとしたらまだ残っている水溜まりぐらいだ。
水溜まりに足を取られつつも、やっと安全そうな場所に辿り着いてボクは目に付いた適当な店先の前で膝を抱えてうずくまった。
胸が苦しい。吐き気がする。何度も息を吐いて、胸を押さえても、込み上げる気持ち悪い何かがそこにある。あまりの気持ち悪さにとうとう耐えられなくなってボクは涙ぐんだ。
「な、に、あれ……?」
人間だった。
色んなところがぐちゃぐちゃになっていたけど、人間だった。
なんで、あんな場所に人が落ちてきたのか分からない。でも、悪い夢でも見てるみたいに、人が……。
「わ、ぁ……っ……!」
込み上げるそれに息が出来なくなる。
膝を抱えて顔を伏せてぎゅっと耐える。震えが止まらない。心臓がずっとバクバク言ってる。ボクは、あんなもの見たくなかった。
本当に見たくなかった。人の死体なんて……!
「君、大丈夫?」
その時、突然、肩を叩かれた。
びっくりして、ボクが恐る恐る顔を上げると、そこには……ずっと避けてたはずのおまわりさんが2人、並んでいた。
「君、未成年だよね? どうしてこんな場所にいるんだい?」
「ダメだよ、こんなところにいたら」
ぶわっ、と汗が全身から吹き出たのが分かった。
真上から街灯に照らされたおまわりさんの顔はみんな真っ黒に染まっていて不気味で、目玉だけがギロギロ動いて光っている。それはまるでさっきの……ぐちゃぐちゃなあの人みたいで。
「とりあえず、話をしようか。ちょっとおいで」
肩を叩いた手がボクの腕を掴もうとする。
……大きな手がボクに迫る。
ただそれだけで、ボクはパニックになった。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
おまわりさんの手を振り払って、よろめきながらも立ち上がって、逃げ出す。
おまわりさんが何か叫んでいる。多分何処に行くんだとか待てとかそんな言葉だと思う。でも、ボクはそれすらも怖くて、怖くてたまらなくて必死に逃げる。
後ろからおまわりさんが追いかける足音と、仲間を呼ぶ無線機の音がする。
焦って、慌てて、必死になってボクは走った。
でも、細い路地に入って、右左細かく何度も曲がったり、物陰に隠れたりして、どうにか撒こうとするけれど、おまわりさんはまるで最初からボクの行動なんて分かっているかのように追いついてみせた。
その度に捕まりそうになるけれど、捕まったらどんな目に遭うか分からない。ボクはとにかく足を動かして逃げた。
「やだ、つかまりたくない……!」
街の裏手、細くて狭い路地を走る。おまわりさんが走りながらずっと何か叫んでる。
でも、止まったら何をされるか分からない。
また車に詰め込まれて……手を……。
ボクは青ざめて、路地の中から人通りの多い道に出る。
そこはおじさんからお姉さんまで、お客さんや夜の仕事をする色んな人達でごった返している。
そこにボクは逃げ込んだ。
体の小さいボクは人混みの中をするすると走る。周りの人達はびっくりするけど、これしかない。
こうでもしないとボクは逃げられないって気づいたんだ
そして、思った通り、身体が大きくて目立つおまわりさんは人混みを縫って追いかけるのも大変そうだった。「道を開けて!」 「通してください!」 そんな声が色んな人の声と声の間から聞こえる。
ボクは人混みの中をずっと走って、誰もいない手頃な路地裏に入る。そして、入ってすぐの場所にあるビルとビルの隙間に入る。室外機が道を塞ぐように並ぶそこは大人じゃ簡単に入れない狭い場所、しかも、室外機の影に身を潜めれば、路地裏からボクが見えることはないはずだ。
これで撒けなかったら、また逃げる。でも、ずっと走っていたせいで足が痛くて重い。ただでさえ怖くてガクガク震えて止まらないのに、これじゃいつか捕まってしまう。
(頼むからもうどっかに行って……)
そう願って膝を抱えた。
しばらくすると、おまわりさん達の大きな足音が路地裏に響いた。
「こっちだったよな?」
「あぁ、こっちだった」
「あの傾向だときっと建物の隙間に入ったはずだ」
その言葉にボクはびっくりした。
ばれてる。
全部知ってたんだ。ボクがどこに逃げるかなんてこの人達は知ってて……追いかけて……それじゃもうどこに逃げても……。
足音がこっちに向かってやってくる。
終わった……ボクはそう思って俯いた。
そんな時だった。
「こんばんは、何かあったんですか?」
おまわりさんとは別の声がした。
男の人の声だった。
おまわりさんの足が止まる。
ボクは息を飲んだ。
「お騒がせしてすみません。今、人を探しているんです」
「人?」
「緑色のパーカーを着た未成年の男の子なんですけど……」
「あぁ、それなら見ましたよ。走ってこの奥に行きました」
「本当ですか!」
「えぇ」
男の人の言葉でおまわりさん達は路地裏の方へ走って行く。
足音が遠くなっていくと辺りは急に静かになる。
遠くから聞こえる賑やかな声と室外機のゴォという音だけが聞こえる。おまわりさんの気配を全く感じない。
(たすかった……?)
そう思うと同時に、外からその声はした。
「もう大丈夫だ」
さっきの男の人の声。
そっと室外機から顔を出して、ビルの外を見る。
そこには夜の街の光に照らされたスーツを着た男の人がいた。
黒髪黒目。見上げるぐらい背が高い。幾つぐらいだろう。爽やかなお兄さんにもかっこいいおじさんにも見える不思議な人。
男の人と目が合うと、ボクににっこりと笑みを浮かべた。優しそうな笑み……怖い人じゃないみたい。
「警察が帰ってくる前に、今の内にここを離れようか」
そう言って、その人はボクに手を差し出した。
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