君の為の不幸だったと貴方は言う

春目

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火に飲み込まれてしまった男の話

後悔は後からやってくる

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 野原がネットニュースに気づく数時間前。


 木崎晴哉はその日、久しぶりに自宅に帰っていた。

「頭いてぇな……」

 昨日も散々遊んだせいか、一日中、二日酔いに苦しめられ、今も頭痛が酷い。
 ポケットの中から鍵を出すついでに同じ場所に入っていたスマホを出す。スマホを開けた瞬間、大量に重なって溜まっている通知が画面に映される。木崎は溜まっている通知の中に、野原なぎさの名前を初め、何人かの女性の名前を見つけ、ため息を吐いた。

「なんか、疲れたなぁ……」

 木崎は通知を見なかったことにし、スマホを閉じて、家の鍵を開けた。
 しばらく帰っていない部屋は埃っぽく、簡易キッチンは空になったインスタントラーメンのカップで山になっており、廊下は酒瓶やいつ着たのかも分からない服が散乱している。寝室に向かえば、そこに待っていたのはゴミの山だった。空き缶や服、グッズ、布団、家電、木崎でさえ、よく分からないもの……そんなものが天井近くまで積み重なっている。
 当然、この部屋の窓は山の中、最後に開いた日を木崎は思い出せなかった。

「はぁ、誰か俺の面倒見てくんないかな……。でも、女は結婚結婚って面倒だし、口うるさいし……そんで、子どもとか……はぁ、何でどいつもこいつもそればっかりなんだろ。セックスして酒飲んでワイワイしてるだけで幸せじゃん? あーあ、ずっとあそんでいてぇな……」

 唯一ゴミの山から除けている冷蔵庫に手を伸ばす。
 これだけはキチンと開くようにしてあるのだ。中には酒瓶が大量に入っているが、たった一つだけ飲みかけの水が入ったペットボトルがある。木崎はペットボトルを取り出し、一気にあおった。

「はぁ……つめた……」

 その辺にあったタバコの箱を手に取り、中から残っていた1本を取り出す。
 火を付ければ、日頃の憂鬱さもみるみる灰になって消えていく。
 ふと、彼は少し前のことを思い出した。
 あれは友人の店に案内された日、酔っ払って楽しくて、でも、何となく溜まってて、木崎はその辺にいる後腐れのなさそうな都合のいい子に手を出すことにした。
 そんな動機で、あの日、あの街で、木崎は街の隅に立っていた小柄な少年と出会った。
 木崎は女の子だと思って手を出したのだが、服を脱がせたら男でとんでもなく驚いた。しかし、あの少年があの辺では絶対に見ない可愛さだったのもあって、そのままベッドに連れ込んだ。
 そこで木崎は初めて男を抱いた。やはり勝手が違うのか、いつものセックスのようには出来ず、あの少年は喘ぐことなく、木崎の下でずっと痛みを我慢していた。でも。

『だいじょうぶ。おにいさんのしたいようにして……ぼくはふれてくれたら、それでしあわせだから……』

 たった一晩で使い捨てられるとも知らず、健気な奴だなと木崎は思った。

「名前なんだっけ……」

 木崎はタバコを吹かしながら思った。
 あの夜会った彼はあの街で生きている人間にしては純粋で可憐だった。
 男に勃つなんて初めてだった。それぐらい顔が良かったし、何より可愛いかった。

「性格良し、顔面良し、しかも、3000円で文句言わなかったし……男だから結婚とか子どもとかごねねぇだろうし、言う事も聞くだろうし……ちょい惜しいことしたなぁ。
 まぁ、俺の事だから1ヶ月もしたら飽きて、捨てたくなるだろうけど……ははっ」

 ゴミだめの部屋で彼は1人自嘲して煙を吐き出す。だが、いつの間にかタバコが短くなっていることに気づき、ため息をまた吐いて、火を消し、灰皿にしているバケツの中に入れた。

「はぁ、なんで俺の都合の良いように世界は出来てないんだろ……もっと面倒くさくない、花火が毎日上がっているような楽しい世界だったらいいのに……。
 ……あぁ、なんか、ねみぃな……」

 ゴミの山で彼は横になる。
 この家で布団で寝たのは最後いつだったか、木崎は思い出せない。だが、もう慣れた。
 瞼を閉じる。
 すると、二日酔いの気だるさに苛まれていた身体は思いの外、抵抗もなく眠気に身を任せ、木崎を眠りの世界へと誘った。

 それからどれくらい眠っただろう。

 身体がやけに熱いことに木崎は気づいた。
 そして、鼻につく煙の匂い。
 木崎は寝ぼけた頭で嫌な予感を覚え、目を開けた。
 その瞬間、視界が真っ赤に染まった。
 灰皿にしていたバケツから火柱が立っている。
 身体は何故かゴミの山に縫い付けられたように動かない。木崎が動かすことが出来るのは瞼だけ。もう逃げることは出来なくなっていた。
 だが、その残酷な惨状など、木崎は見ていなかった。
 バケツから燃え広がる火柱……木崎はその姿に懐かしいものを思い出していた。

    小学校の時、宿泊学習で見たキャンプファイヤー。

 小学生の頃、木崎は今のような退廃的な人間ではなかった。勉強を人並みに頑張り、サッカーに明け暮れ、初恋の女の子にどぎまぎする、そんな普通の子どもだった。
 宿泊学習でクラスメイト達と火を囲んで夜を過ごした日。
 先生に将来の夢を聞かれ、木崎はどう答えただろうか。そう、確か、あの火柱の前で自分は……。

『俺、アクション俳優になるんだ! ヒーローになって皆を幸せにするんだぞ! 
 みんな大人になったらテレビの前で待ってろ。俺がそこにいるんだからな!』

 昔日の幼い顔をした自分が、にっかり笑う。
 幼い自分はどんなに面倒くさいことも進んでやってた。クラスメイトの為に人助けも良くしてた。先生の手伝いだってよくしてた。
 なぜならヒーローになるから。テレビの向こうにいる誰かの希望になるから。
 だから、幼い自分はずっと頑張って……頑張って……だが、大人になった今は……。

「あ、れ……なん、で……おれ、わすれて……」

 その言葉は消したはずのタバコの火のことだったのか、昔日の自分のことだったのか。
 そう呟いた瞬間、木崎は火に飲まれた。










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