君の為の不幸だったと貴方は言う

春目

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とある夜の街に住む少年の話

Q8. ‪ボクの名前、ボクの誕生日

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 次の朝。

 ボクは初めて『ちょうしょく』を食べた。
 くろわっさんとべーこんと目玉焼きとまっしゅぽてととサラダ。あと、スープとかふぇおれ。
 最初、テーブルにそれらが出された時、びっくりした。食事なんて、たまにおじさん達が奢ってくれたり、スーパーのゴミ袋に入ってるおべんとうをこっそり盗んで食べたりするくらいだ。ましてや、朝からご飯なんて食べたことが無かった。
 しかも、こんなにいっぱい。
 ただ見た事ない料理ばかりで、どう食べていいか分からなくて、戸惑ってしまって、恥ずかしかった。
 そうまさんの真似して食べようと思ったけど、食べ方がすっごくキレイで無理だった。ナイフとフォークって使う人が使うとものすごくあんなにゆーがなんだ……。
 結局、スプーンでちまちま食べるのがボクの精一杯だった。
 でも、全部美味しかった。
 ご飯があたたかいのもお腹いっぱいなのも久しぶりで、すごく嬉しかった。
 そんな嬉しくて仕方がない時に、そうまさんはボクに言った。

「君の名前は柞木原 稔だ」

 突然でびっくりして固まってしまった。
 まさかこんなタイミングで名前をつけられると思わなかったから。
 でも、だんだんと嬉しくなって、顔が熱くなって、何度も何度も名前を噛み締めた。

「みのる、ボク、みのるって名前なんだ……」

 みのる、みのる……。何度も自分で自分の新しい名前を繰り返す。
 ボクの名前、ボクだけの名前……要らない子じゃない、普通の人になれた気がして、ボクはこれ以上ないくらい嬉しかった。

「みのる、ってどうやって書くの? ボク、知らなくて……」
「……。おいで。教える」
「いいの? やった」

 テーブルに紙を敷いてペンでさっと書いてくれる。ボクでも分かるくらい凄くキレイな字で、柞木原 稔って。

「これで、ゆすきばら みのるなの?」
「あぁ」
「ボク、死ぬまでずっとこの名前?」
「そうだ」

 ペンを借りて、ボクもそうまさんの字を真似して紙に柞木原 稔って書く。線がいっぱいだけど、ボクの名前、かっこいい……ボクが書くとかっこ悪いけど……。
 そんな時、ふと気になった。

「そうまさんはどう書くの?」

 ボクがそう聞くと、そうまさんはサラサラとボクの名前の隣に、柞木原 聡真って書いてくれた。
 これで聡真なんだ。難しい字。でも、ついついにまにましてしまう。だって、聡真さんの名前だから。

「聡真さんの名前かっこいいね」
「そうか……?」
「うん、頭良い感じがする」

 聡真さんの名前も真似して、ペンで書く。……やっぱりボクが書くとかっこ悪い。
 でも、何度も書く。難しい字だからちゃんと書かないと間違って覚えてしまいそう。
 すると、隣にいる聡真さんが不思議そうに覗き込んできた。

「どうして何度も俺の名前を?」
「えっと、これから、ずっと一緒に暮らすんでしょ?
 ボク、漢字はすぐ分かんなくなるから……だから、ちゃんと覚えたくて……」

 1回で覚えられないって言ってるようなものだから、ちょっと恥ずかしい。でも、聡真さんは頭をなでてくれた。
 えらいってことかな……? それとも? 分からないな、良いことをやったわけじゃないのに。でも、嬉しい。

「……聡真さんの名前、絶対覚えるから。もちろん聡真さんが名付けてくれたボクの名前も、ちゃんと……」
「あぁ」

 頭をなでられながらボクはつい笑顔になってしまう。ボクみたいな子が笑顔になったらいけないっておかあさんは怒ってたけど、きっと聡真さんなら何も言わない。だから、思いっきり笑顔になった。
 その時、ふと思い出した。

「ねぇ、聡真さん。
 今日はボクが柞木原 稔になって初めての日ってことだよね?
 ……今日を、ボクのおたんじょうびにしてもいいかな?」

 おたんじょうび。生まれた人は皆あるんだって。
 夜の街で見た皆、おたんじょうびはとても楽しそうだった。けーき囲んで、歌を歌って……色んな人に生まれた日をお祝いしてもらって……。
 今日名前がついたボクも、今日生まれたと言って良いんじゃないかな? ダメかな……?

「む、無理があるかな……?
 ボク、おたんじょうびも持ってないから……ついでにって……ボクには、ぜいたく、すぎかな?」

 恐る恐る隣にいる聡真さんを見上げる。もしかしたら、おたんじょうびがないから今日にしようなんて何を言ってるんだって思われてるかもしれないって思ったら、目を合わせにくい。
 でも、聡真さんならきっと……。

「……良いんじゃないか?」

 目が合った聡真さんは微笑んでくれた。そう言ってくれるって思ってた通りだった。

「……!」
「4月15日。それが君の誕生日だ」
「うん……!」

 4月15日。ボクに名前とおたんじょうびが出来た。
 また少し普通の人みたいになれた。嬉しいことが立て続けでどうしたらいいか分かんないくらい嬉しい。

「稔」
「! な、なに?」

 ふわふわした気持ちで考え事してたら突然、名前を呼ばれてびっくりした。
 名前を呼ばれるのも初めてで、かあっと顔が熱くなる。
 でも、直ぐにボクはハッとした。
 ボクを聡真さんが、真剣な眼差しで見ていたから。

「君はこれから俺の子になる」
「聡真さんの子……?」
「あぁ。俺が君の父親だ」
「!」

 ちちおや……? 
 聡真さんがボクのおとうさん……?
 ボク、聡真さんと家族になるってこと?
 頭が真っ白になる。
 何だか全然信じられなくて、びっくりして、でも、キセキが起こってるのだけ分かって、どういう顔をしたらいいのか分からなかった。

「ボクのおとうさん? 本当に?」
「あぁ。嫌か……?」
「ううん、違う。全然違う。ボク、家族が出来るとか全然思ったことなくて……。
 えへへ……そっか、ずっと一緒にいるんだもんね」

 段々と実感が湧いてきて、にまにまと笑ってしまう。
 けれど、ふとその時、聡真さんが一切笑っていないことに気づいた。

「ん? 聡真さん……?」
「家族になる上で、一つ、大事な話がある」 
「大事な話?」
「君は過去を捨てなきゃいけない」

 かこをすてる? 
 意味が分からなくてボクが目を何度も瞬きしていると、聡真さんの両手が、ボクの両肩を掴んだ。
 その時、気づいた。
 聡真さんの目の色が何だか暗いのに。


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