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とある夜の街に住む少年の話
Q3. 救ってくれた優しい人
しおりを挟む男の人がボクを連れてきたのは、路地裏にある、閉店したスナックがいっぱい入っている廃ビルだった。
周りの建物からの光が無ければ真っ暗で人気のないそこは、建物の中には入れないけど、ビルの裏には行けるようになっていた。
ビルの裏には、周りのビルから放たれるネオンの光に照らされた仄かに明るい喫煙スペースがある。
ひび割れた床と壁に囲まれたそこは錆びたベンチと倒された灰皿だけが置かれていて、人気はない。
誰の目もないし、周りが塀に囲まれているからおまわりさんだって見つけられないだろう。
ボクはやっとそこで息を吐けた。
「…………はぁ」
「怖かっただろう?」
「!」
男の人の声にハッとなって顔を上げると、男の人はボクにペットボトルに入った水を差し出した。
「座って飲め。少しは気が楽になるはずだ」
ボクは有り難くそれを受け取ることにした。
ネオンの青や黄色、紫が僕らを照らす。誰かの騒ぐ声が遠くからして、タバコとお酒のおつまみの匂いが辺りに匂う。
錆びたベンチは意外と丈夫で、2人座っても全然壊れなかった。
中身がもう半分位になったペットボトルをボクは両手で握りしめながら、隣に座る男の人を見上げた。
「ありがとう……」
男の人は心配そうな顔をしていた。
「別に構わない。大変だったようだな」
「…………」
「答えたくなければ、答えなくていいが……。
なぁ、どうして警察に追われていたんだ?」
「……っ」
思わず俯いてしまう。話すとなると、今日起こったこと、一から十まで説明しなくちゃいけないと思ったから。
(……話していいのかな……)
優しい人だな、と思う。
ボクをおまわりさんから逃がしてくれたし、今も心の底からボクを心配してボクを見ている。
でも、そんな人にあんな出来事を話していいのか……思い出したくもない、怖くて、訳が分からなくて、気持ち悪いあの出来事を……。
でも……その時、ボクは気づいた。ボクの口が何だか変だって。
何故か勝手に口が開いて、パクパク動いて、何か話そうとする。
自分から話したくなるとかそんな感じじゃなくて、意識してないと口が開いちゃって勝手に喋り出しちゃう変な感じ……。
頑張らないと内緒にしている心の声すら口から出てきそうだった。思わず手で口を塞ぐ。でも、まるで意味が無かった。
「……ボク、どうしよう。へん……」
「どうした?」
「わかんない、わかんないけど、口が、止まっ、とまらなくて……」
自分の身体なのに自分の身体じゃないみたい。
戸惑っていると男の人が「大丈夫か?」と心配そうに声をかけてきた。
「まだ動揺しているせいかもしれない。それだけ怖い思いをしたんじゃないのか?」
「う、うん……そうかも、わからないけど、でも、こんなこと、初めてで……。
おまわりさんはずっとまえから苦手だし、こんなふうになったことないのに……」
「苦手? 何か嫌なことでもされたのか?」
「う、あ、あの人たちはこわいんだ。昔、車につれこまれそうになって……にげようとしたら手をつかまれて……」
「それは怖かっただろう」
「うん、だから、あわないようにしてて、今日もにげたんだ。なのに、ずっと追いかけてきて、うっ、あぁどうしよう。おしゃべりが、とまらない」
全然止められない。何かまずい気がして、止めようとするけれど、ずっと口が勝手に喋る。
思わず、泣きそうになる。
そこで心もなんだかおかしくなり出したことに気づく。凄く泣きたい気持ちだ。何故か分からないけど悲しい。物凄く悲しい。おかしい。泣いたりなんかボクはしないのに。
それくらいボクは怖かったのか?
「おまわりさんも、そして、あれも……たしかにこわかったけど、こんなふうになるなんて……」
「アレ?」
「おちてきたの、おんなのひとが……あっ」
すぐさま口を閉じる。でも、もう遅い。
そこには驚いた顔をした男の人がいた。
「どういうことだ?」
どうしよう。言ってしまった。
ボクは青ざめてしまう。どうしよう。口から勝手に出たとしても、絶対に口に出したらいけないことだった。
慌てて、言い訳をして、どうにかして無かったことにしたかった。
「ご、ご、ごめんなさい! あ、あぁ、なんでもなくて、ごめんなさい、ちがうんです、ごめんなさい」
ボクは涙目になって口を抑えて慌てる。変だ、身体が変だ。ボクの思い通りにならない。どうにかして言い訳を言い訳を考えなきゃならない。
ボクは頭を掻きむしった。どうにかしようとすればするほど目の前の景色がグラグラする。身体が小刻みに揺れて、走ってもいないのに息が上がって……。
「もう大丈夫だ」
その声にハッとなる。
いつの間にか男の人はボクの肩に手を回していて、すぐ近くにいた。
「え、あっ……」
「まず、ゆっくり息を整えよう。俺の言う通りに深呼吸して」
「でも……」
「大丈夫だ。息を吸え」
「…………っ」
男の人の手がボクの背中をさすり、その声が耳元で響く。
「吐いて……吸って……吐いて……吸って……」
男の人の言われた通りに息を吸ったり吐いたりしてると、心臓のバクバクも、頭のクラクラもなくなっていく。上がっていた息もやっと静かになって、目の前がよく知ってる形と色になっていく。
不思議。あんなにおかしくなっていたのに……言われた通りにしただけで治っていく。
それに……こうしていると何だか安心する……。
ボクはゆっくりと呼吸できるようになると、男の人は微笑んだ。
「あぁ、落ち着けたな」
ふと頭に重さを感じた。
見ると、男の人が僕の頭に手を置いていた。そして、男の人は手のひらでボクの頭をさするように触る。
そんなことされたの初めてでびっくりした。
「いったい、何? なにしてるの?」
「ん? 頭を撫でられたことはないのか?」
「……ない」
ボクが不思議そうにしてると、男の人はボクの髪をわしゃわしゃと掻き混ぜるように頭を撫でた。
「わっ」
「良い子はこうして褒められるべきだ」
「いいこ……?」
「あぁ、君はよく出来た。だから、良い子だ」
「ぼくが、いいこ……」
良い子。その言葉に思わず男の人をじっと見上げてしまう。
あんまり見すぎて、その人は困った顔をした。
「どうした?」
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていい。どうしたんだ? 何か思ったんだろう?」
「……えっと、ボク、良い子って呼ばれたことなくて……これが初めてで……。分からないんだ。どうしたらいいのか。ボクは生まれたらいけなかった子だから……」
「生まれたらいけない……?」
「ボクはおかあさんもおとうさんを不幸にしちゃった悪い子なんだ」
口が止まらない。勝手に喋り出す。必死に止めようとするけど止められない。
今日のボクは本当にどうかしてる。男の人もボクを何とも言えない目で見ていた。けれど、ボクはこの人なら何でも言って良い気がしてきた。
何とも言えない目で見ていたけど、ボクの話をじっと聞こうとしてくれていたから……。
だから、ボクは誰にも話したことないボクの話を一から全部話してしまった。
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