真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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67. 不可解にして凶兆

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侍女達が外へ出ると、そこにはこれ以上ないほど焦っている様子の警備隊の男が立っていた。

そして、その背には目を閉じたままぐったりとした様子のケイトがおぶられていた。

「ケイト!」

侍女達が駆け寄ると、男はやっと安堵した表情を浮かべた。

その後、ケイトはベッドに寝せられた。侍女達は医者を呼んだり看病の準備を始めたりと別邸の中を駆け回っている。

その間、マリィは男から事情を聞き出すことにした。
背丈の高いその男は名前をジェームズと言った。


「彼女はケイト・グリーンというのですね。良かったです。お名前すら分からなかったので」

「一体何があったのですか?」

「……正直それは分かりません」

「え?」

ジェームズ曰く、ケイトは路地の真ん中で突然倒れたらしい。

そこをたまたま巡回中だったジェームズが通りかかり、彼女を助けた。
ジェームズは近所の人から彼女がズィーガー公爵夫人の侍女だと聞き、彼女を背負ってここまで来たらしい。

「ジェームズさん、ありがとうございます。おかげで助かりました……」

「それが職務ですから。ただ……お願いが、ケイトさんが起きたら署に来るよう言っていただけると助かります。
ケイトさんは、今、私達の部隊が調べている事件に関わっている可能性があるのです」

「ケイトは事件に巻き込まれたと……?」

「俺はそう考えています。
ケイトさんは何かから逃げるように走っていたんです、そして、走っている最中に、突然気を失ったんです」

「走っていて急に気を失った……?」

「変でしょう? 病気という線も否めませんが、走っている最中に気を失うなんてそうそうありません。
しかも、ケイトさんを合わせてこれで112例目です」

「112例目……!? 多すぎませんか?」

「はい、ただ……目覚めた人々は皆、記憶喪失になっている者ばかりで……。しかも、自分達が何故走っていたかという直近の記憶だけ失っているんです。
その為、原因は不明なままです。
今、警備隊では不可解な重大事件として追っていますが、こんな状況なので手がかりもない。ケイトさんが憶えていると良いのですが……」

ジェームズは一通りマリィに頼み込むと、現場調査の為、帰っていった。

マリィは心配になって、ケイトのところに向かう。

ベッドの上ではケイトが真っ青な顔で眠っていた。

「ケイトの具合はどう?」

「あまりよくありません。お医者様が来るまで詳しくは分かりませんが、まるで貧血のような状態ですわ」

「貧血?」

「全身から血の気が引いているのです……まるで、どこかに行ったかのように……」

そう語るメイド達の顔は青い。本当に芳しくない状況なのだろう。マリィがケイトの手を握るととても冷たかった。

「今朝まで元気だったのに、どうして……?」

マリィは信じられない気持ちでケイトの顔を見る。
だが、その時、彼が部屋に入ってきた。

「失礼する」

マリィが顔を見上げるとやはり来てくれたのはフィルバートだった。フィルバートの後ろには不安そうなルークもいる。
フィルバートは真っ直ぐマリィのもとへ来ると聞いた。

「俺に彼女を看せてくれないか?
俺は医者ではないが別の観点から彼女を救えるかもしれない」

「よろしいのですか?」

「あぁ、魔法使いだからな」

フィルバートは青ざめている彼女に手を伸ばし、そのお腹に手をかざす。

その瞬間、おびただしい数の光が舞い、部屋の空気が変わった。

まるで浄化されていくように空気が澄み始め、清涼なそれが空間を吹き抜けていき、おびただしい数の光はケイトの体中を包み込み、その体内に入っていく。

その瞬間、ケイトの身体中から黒いもやが立ち上った。とぐろを撒いてまるで逃げるように天井を上っていくもや、しかし、それは突如割って入ってきたルークの魔法によって消された。

「やった! 消した!」

ルークがその声を上げた瞬間、フィルバートの魔法も消える。おびただしい光は消え、吹き抜ける風もなくなる。

そうして全てが止んだ時、ベッドの上には血色もよくなり安らかに眠る彼女だけがいた。
  



「ねぇ、ケイトはもう大丈夫?」

ルークがフィルバートをそう聞くと、フィルバートは頷いた。

「一先ず原因だけは取り除いた。これ以上悪化することはないさ。
あとは医者に任せれば良くなる」

その言葉にマリィや侍女達がホッと息を吐く。マリィはフィルバートに感謝した。

「ありがとうございます。フィルバート様」

「いや、礼は要らない。無事だったのだから。
だが……あまり良くない予感がする」

「良くない予感?」

「記載した文献が少なくて俺も詳しくはないのだが……彼女を蝕んでいたのはだ」

「……呪詛……呪い?」

「あぁ、それもかなり強力なものだ」

フィルバートはケイトを見て、そして、ルークを見た。
何故、自分が見られているのか分からず、ルークは不安げにフィルバートを見上げる。するとらフィルバートは無言でルークの頭を撫でた。

「フィルバート……?」

「負の感情から生まれる魔法はそれがどんなものであっても人を傷つけるものになる……ルーク、俺は前にそう言ったな?」

「う、うん……」

「呪詛はその究極形だ。
古代の記録ではその力を使う者は魔法使いにあらずとされ、堕落者、救えない者……そして、……そう呼ばれていた。簡単に言えば魔法使いではなくなった魔法使いだ」

「……じゃあ、ケイトはその悪魔にやられたの?」

「いや、おそらくケイトは巻き込まれただけだ。
呪詛からケイト個人への感情は感じられなかった……あったのは 僻みと鬱屈、そして、運命への膨大な不満だ。
……そこに俺は嫌な予感を覚える」

ルークから手を離し、フィルバートは考え込む。

先程まで、ケイトの体の中の体液がまるで意志を持った何かに変わってしまったかのようにケイトの体の中で這いずり回っていた。

フィルバートにはそれが何かの作業のように見えた。例えるなら芋虫が体を大きくする為に無心となって葉を食べるようなそれ……。フィルバートの魔法により、ある程度治したが、あの体液が何をしていたか、それはもうこの呪詛をかけた者にしか分からないだろう。あるいは……。

「全てはケイトが目を覚ました後……。
だが。まずいな。この残滓の具合からして、おそらく相手はセレスチア中の人々に呪詛をかけているはずだ。
首謀者が分かれば俺でも何とかできるが、今は対症療法が精々だ。
……聖女が本調子なら直ぐにでも解決出来るんだがな……」

フィルバートはゆっくりと目を閉じた。







一方、その頃、王城には教会の人間が殴り込んできていた。

「聖女を返せ!! この異端者め!」


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