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63. ケイトは見た!
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その日の夕方。ケイトはズィーガー公爵家の為に買い出しに出かけていた。
食料など大抵のものは屋敷に商人を呼んで直接交渉して購入するが、直ぐに必要な細々した日用品や買い忘れた調味料などはこうしてケイトが直接街に出向き、購入している。
メモを片手にケイトは裏通りを歩いていた。
「えーと、確か……マリィ様御用達のハサミの工房はこの奥……」
しかし、人が横に並んで歩けない程の細い路地を歩いていると、その声は聞こえてきた。
「何でだよ! 金なら払っただろう!?」
「しっ、声が大きい!」
「これが黙っていられるかよ! ようやく願いが叶うと思ったのに!
マヌケな運び屋のせいで紛失なんてそんな……」
「落ち着けって誰かに聞かれたら不味いんだから」
「クソッ……! 購入後だから余計タチが悪い! なぁ、ナディア様にもう一度頼めば、あの水、もう一度もらえるだろうか?」
その会話を聞いてしまい、ケイトは足を止めてしまう。
「ナディア、様……?」
ケイトの勘が囁く。この話は聞かなくてはならないと。
そっと物陰に隠れ、ケイトは2人に近づいていく。
薄暗い路地の奥、ゴミやガラクタが散乱したその場所に、二人の男がいた。
こんな場所にいるにしては身なりが綺麗な2人、ケイトは2人を知っていた。
(ヴィス伯爵のとこの三男と、グバン男爵の次男だわ……)
2人とも顔見知りだ。伯爵家令嬢として夜会で挨拶した事もある。だが、年齢も職場も違う2人。接点が分からなかった。
ケイトの存在に気づくことなく、2人はずっと話し込んでいた。
「難しいだろ……。ナディア様はともかくアイツが斡旋しているんだ。絶対買い直しだろうよ」
「クソッ……! せっかく俺達の聖女が出来たってのに……!
アイツ、会う度に見下してくるから、マジでムカつくんだが」
「だが、素直に買い直した方がいい。
あの水はマジで奇跡だ。隣国で出回っているロストより強力なんだから、買い直すことになったって損じゃない。
それに、警備隊や王城の連中を上手く撒けている今のうちだろう?」
「……っ。ああそうだな。
アイツらも馬鹿だよ。聖女祭までは確実に気づかないんだろ?」
「何せアイツら全員飲んでるからな。もし俺達の中から密告者が出ても、アイツらは聞いた記憶すら残らない、別の記憶にすり替えられるだけ。
便利な水だ。魔法だよ、マジで……」
「今から金を工面してくる。悔しいがあれは買わないと……」
2人は話し終わったのか、1人は路地裏から表通りへ向かい、もう1人は近くにあった建物の方へ行く。
その二階建てのどこにでもある住居兼店舗の建物には地下へ伸びる廊下があり、男は1回の店舗には行かず、地下へ直行していく。
ケイトは息を飲んだ。
「……見に行かなきゃ……」
ケイトの勘が見に行けとうるさい。ケイトは今、自分がとんでもない何かの一端を垣間見てその命運を握っている気がして堪らない。
誰もいないことを確認し、ケイトは建物に近づき、音を出さないよう慎重に階段を下る。階段の下には内開きの扉が一つ。ケイトはそっと中へ入った。
地下は外の景色から想像できないような豪奢な大広間が広がっていた。
ベルベットの赤と金糸のカーテンが壁を覆い、赤い絨毯が床を覆う、そこは二階建ての小さな劇場ぐらい広く、宝石で出来た派手なシャンデリアが垂れ下がっている。
窓もないそこには大勢の人がひしめき合うように立っており、皆、ざわつきながら財布を片手に今か今かと何かを待っていた。
誰もケイトの存在に気づいていないようで、扉の向こうから来たケイトに一瞥もしない。
不用心なことに見張りもいない。
ケイトは今の内だと察し、近くにあったロッカーの中へそっと入った。ロッカーの小さな空気窓から広間を見る。
そこで気づく。ここにいる全員、ケイトが知っている顔だった。全員、貴族だ。
(だけど、何だかおかしい……)
ケイトは訝しむ。
そこにいる全員、仄暗い目をしていた。まるで正気を失ったような……否、何かに酔っているような彼らに、ケイトは目を細めた。
しばらくすると、大広間に……その足音は響き渡った。
カツカツというヒールの音が近づく度、人々の顔が明るくなり、歓喜に満ちていく。
そして、満を期したように大広間にある金と赤に彩られたその扉が開いた。
扉の向こうからやってきたのは真っ赤なドレスに身を包んだ幼子だった。
その姿にケイトは目を見開く。
幼子はその左右に屈強な男を携え、彼女はにっこりと人々に笑った。
「ようこそ皆様! 私の城へ!」
その瞬間、割れんばかりの拍手とセレスチア全土を揺るがさんばかりの歓声が湧き上がった。
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