真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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43. 秘密と変化

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※題名変えました





「驚かせてしまったな……」

お互いに笑いあった後、彼はやはり申し訳無さそうにマリィを見た。

「許せなかったんだ。
クリフォードはさておき、先生達を悪く言われて我慢出来なかった。
特にセロンとトリスタンは王妃殿下が亡くなった後、ずっと面倒を見ていたんだ。
だから、2人に関しては思い入れも愛着も強い……魔法使いとして失格な程にな」

そう語るフィルバートは複雑な表情をしていた。

どれだけ愛していても、精神が不安定になると何が起こるか分からない魔法使いである彼にとってその愛は自分の精神を揺さぶる鬼門だ。
実際、今日マリィが間に入らなければどうなっていたか分からない。
確かに魔法使いとしては失格だろう。
しかし、マリィはやはり彼の気持ちがわかる為か、それが悪いことだとは思えなかった。大切な家族の為に怒るのは当然のことだ。

「人の大切なものを平気で傷つける方が……あのモロー公爵の方が悪いですわ。
本当、気分が悪くなる方。
娘の為にと言いますけど、あれはただ娘の為に努力する自分に酔っているだけですわよ。
根本的に娘も国もどうでもいいタイプですわ。クリフォード様と同じ。あの人の愛は真実ではなく口実です。
貴方の家族愛とは比べるまでもありません」

彼を思い出すと胸糞悪くなる。マリィは段々とムカムカとした憤りを覚えて頬を膨らませた。
自分のことでもないのに憤るマリィ。そんな彼女にフィルバートはつい苦笑してしまう。同時に、内心、フィルバートの立場になってこんなにも怒ってくれる彼女が嬉しかった。

「マリィ夫人、貴方になら打ち明けてもいいかもしれない」

「……? どうされました?」

マリィが不思議そうに顔を上げる。そんな彼女の前で、フィルバートはおもむろに眼鏡を外した。

「先程のモロー公爵との会話で君は聞いてしまっただろう?
……俺が先代国王の息子で、王位を先生に譲ったという話。あれは事実だが事実ではない」

「…………事実ではない?」

妙な言い回しで打ち明けられたその話にマリィは目を瞬かせる。
マリィが戸惑いの表情を浮かべる中、彼は長い前髪を左右に分け、その顔を露にした。

「国家機密故に誰かには話さないで欲しい。
確かに先代国王の息子だが、俺は国王には相応しくない人間なんだ。
この血の半分は何処の誰かも分からない謎の人間のものだからな」

「……え?」

打ち明けられたその話にマリィは思わずぽかんと口を開ける。

フィルバートは淡々と話を続けた。

「先代国王は……少々困った人だったらしい。
13。しかし、その13年。急逝するまでに国王は様々な問題を起こした。それらの中でとりわけ問題になったのがフィルバート・セレスチア。この俺だ」

フィルバートの琥珀色の目に悲哀の色が帯びる。それをマリィは見ていることしか出来なかった。

「俺は先代国王がどこからか自分の子どもとして王城に連れてきた赤ん坊だった。
誰との子どもか先代国王は最期の最期まで誰にも明かさなかったが、先代国王の性格からして確実にろくでもない人間との子どもだ。
それが俺。
だが、やがて先代国王が急逝し、幼い俺は国王になることになった。
だが、俺は出自があやふやだ。しかも、魔法使い。何が起こるか分かったものではない。 
俺はその2つの懸念から継承権を放棄し、先代国王の弟だった先生に国王になっていただいたんだ。
他にも理由はあったが今はよそう。後は知っての通りだ」

彼は自分の出自と特性で国が混乱するのを回避する為、国王になるのをやめた。それは平和を愛する彼の立場からすれば当然の話だ。
もちろんモロー公爵から糾弾されるような話ではなく、国王やその子ども達が罵倒されるような話でもない。
やはりモロー公爵は理不尽だったとマリィは思った。

「フィルバート様は立派ですわ。
きっと決断したのはかなり幼い頃でしょう? それなのにそんな決断を……」

「……俺には先生と亡き王妃殿下がいたからな。
あの人達は俺の行く末を案じ、俺を支えてくれた。
先生は多分、俺が魔法使いだったのが大きかっただろうが、王妃殿下は出自が分からない俺を受け入れてくれた本当に優しい人だった。
そして、誰より俺が誰かを傷つけないよう願って、俺が誰かを救うことを望んだ人でもある。
あの人から習ったことは多い。今の俺があるのはあの人のおかげだ。
それに、昔のクリフォードも……」

そこまで言いかけて、フィルバートは我に返り、何かを振り払うようにかぶり振った。

「すまない。話し込んでしまったな」

慌ててフィルバートは謝るが、しかし、マリィは気を害した様子はなく、穏やか目でフィルバートを見ていた。

「いいえ、良かったです。やっと本当の貴方を知れた気がしますから」

彼にマリィは微笑みを浮かべた。
その微笑みはどこか嬉しそうで……だが、美しくて、フィルバートは目を見張った。

「だって、ついさっきまで私が知っていた貴方は優しくて、思いやりもあって、頼もしくて……この人ほど完璧な人はいないって人だったんですよ。
でも、貴方も怒ったり悩んだりする人で、私と同じなんだと思ったら、とっても親近感が湧きました。
私はフィルバート・セレスチアと言う人を知れて嬉しかったです」

フィルバートは息を飲んだ。

今、初めてフィルバートは真正面からマリィを見た。

今まで彼女をよく見るタイミングが無かったのもあるが、ずっと自分の前髪で隠されていて、彼女の容姿を何となくでしか見たことがなかった。

彼の目を遮るものは今、何も無い。

彼女は白百合姫、確かにそう呼ばれるのも分かる容姿だった。

白銀の髪と藍色の目を持つ彼女は、完成された精巧な人形のように美しい。

彼女の微笑みに合わせ白銀の髪が揺れる。

馬車の小さな窓から漏れる光が彼女の揺れる髪を照らすと、それは光沢のあるシルクのように艶やかにキラキラと輝いた。

そして、そんな輝かしい彼女の藍色の目には前髪を左右に分け素顔を晒している自分が映っている。それに気づきフィルバートは心臓が跳ねた。

「……っ」

彼女の目に映る自分は彼女に相応しくないほどとても陰気だった。それに気づきフィルバートは硬直した。
そして、今日の自分の姿を思い出し、こんなにも美しい人にあんな姿を見せてしまったのかと思うと恥ずかしくいたたまれない気持ちが湧き上がった。


「こうなるのなら……今日の俺こそ貴方には見られたくなかったな」

「?」

彼から漏れた本音にマリィは首を傾げた。

「別に私は気にしませんよ? もしルークが同じように言われていたら、私も抑えられませんし……」

「だろうな……そして、いつかのように俺が貴方を抑えるか、もしくは先程の貴方のように引き止めるんだろうな。
ある意味、お互い様だ。
だが、それでも貴方には見られたくなかった」

「?」

マリィはその理由が分からず、目を瞬かせ、彼と目を合わせる。
だが、その瞬間、息を飲んだ。
露わになった彼の目はマリィを、マリィだけを見ていた。
熱の篭ったそれはいつもマリィを見る優しい穏やかな目では無い……それはむしろ……。

「不思議だ。
幼い頃から俺は王族として他人に弱みや動揺を見せるなと厳しく躾られてきた。
だが、それとは関係なく、貴方の目にそんな自分を見せたくないと思う。
格好つけたい。見栄を張りたい、その目に映るのは頼もしい自分でありたい。
本当に不思議だ。
……こんなことを思うのは貴方が初めてだ」

真面目な顔で、真っ直ぐな本音で、ただただマリィだけを見て、発されるその言葉に、マリィは頬が熱くなり胸が高鳴るのを感じた。
真っ直ぐな彼の目が見てられなくて、真っ赤な顔のままマリィは俯き視線を外してしまう。

馬車の中は静かになった。

馬が闊歩する軽快な音と、車輪が回ってはきしめく音だけがその場を支配する。

どれくらい静寂が続いただろうか?

不意にフィルバートが口を開いた。

「なぁ、相談なんだが……」

「ハ、ハイ……な、なんでしょうか……?」   

突如持ちかけられた相談にマリィの背筋が伸び、マリィはフィルバートの方に顔を上げる。しかし、彼と目を合わせた瞬間、顔を上げない方が良かったかもしれないとマリィは思った。

「俺は今まで目を前髪で隠し眼鏡を付けてきた。
それは俺が魔法使いだからこそ、余計な問題を起こさない為にしていたことでもあったが……1番は俺が周りの人間の目にそこまで頓着しなかった……否、良く見られたいなんて思って来なかったからだ。でも……今は違う」

フィルバートは外していた眼鏡を徐に手に取り、掛けた。だが、前髪は分けたまま。レンズの下には琥珀色の目が光っていた。

そして、琥珀色の目にはやはりマリィが映っていて、彼は微笑んでいた。

「次来るまでには髪を切る。服装も正す。
相応しい姿になる。
それから君の家に通ってもいいだろうか?」

……良く見られたいなんて思って来なかった。
……次までに髪を切る。
……服装も正す。
……相応しい姿になる……。

今まで誰の目も気にしてなかったという彼が誰を意識し誰の為にそうするのか。
それが分かってしまったマリィはこれ以上ないほど顔が赤くなるのを感じ手で覆った。

「わ、私も貴方の為に着飾って……待ってますから……」

茹だったように熱くなる頭を抑えて俯くマリィに言えたのはそれだけだった。













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