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41. 譲れない者同士の戦い

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フィルバートの登場にモロー公爵も夫人もポカンと口を開け、驚いた表情をして固まった。

フィルバートはその2人の前に立つと、その琥珀色の目を向ける。

前髪に隠れたその目と目が合った瞬間、モロー公爵も夫人も震え上がった。

恐怖。畏怖。そして、彼の怒り。

その目に震え上がる2人を見据え、フィルバートは内心の怒りをその仕草の全てに滲ませながら相対した。

「セロンに媚薬? その上、娘を贔屓しないだけで殺害計画か、では、大切な家族を狙われた俺も貴方に毒を盛って殺意を抱いても良い訳だな?」

「……っ」

「貴方が言う噂がどんなものかは知らないが、今、セロンは国王陛下の命を全うし、奮闘しているだけに過ぎない。
殺される程の理由にはならない筈だが?」

静かに追い詰めるように、彼は公爵と夫人に迫る。
公爵は滝のように汗を流し真っ青な顔で彼を見上げた。

「フィ、フィルバート様……!
私達の話を聞いていたのですか……?」

「貴方は自分の口から出る声量ぐらい把握すべきだ。随分、過激なことをこんな場所でよく話せたものだ。
誰が聞いているかも分からないのに。
国家転覆に、王太子の殺害計画……今すぐ報告に言っても良いのだが?」

「……な、なっ……!」

付き合いの浅い者でも分かるほどにフィルバートは怒っていた。

善人と評される彼もこの時ばかりは穏やかでいられず、そして、全ての原因である目の前のその人間達を許せるはずもなかった。

あまりのその怒りに夫人は身体を縮こまらせ、自分が座る椅子を抱きしめる。
そうするとモロー公爵だけが、彼の前にいるように見えた。

追い詰められ1人になったモロー公爵は青い顔のまま、しかし、どうにか吠えた。

「な、何ですか!? いきなり来て!
私達が悪いのではなく悪いのはセロンの野郎で……」

殿だ。貴様の頭は身分すら分からなくなったか?」

「うっ……!」

吠えた声も即座に叩き潰され、モロー公爵は息を飲む。
何故か、目の前にいる彼と、国王の姿が重なる。それも、普段の飄々とした姿ではなく、時折見せる厳格で冷徹なあの国王の……。

「モロー公爵? 考え事とは随分余裕があるな」

琥珀色の目が公爵が射抜く。
自分を責めるのそれに公爵は思わず叫んだ。

「……っ! フィ、フィルバート様!
仕方がないでしょう!
私達、親は子どもの幸せを願っています!
なのに、王族は誰も我が娘の幸せを考えない!可哀想じゃありませんか! 味方1人王宮に連れて行けず、私達も口を出すことを許されず、セロンの……セロン王太子殿下は娘を顧みない!
クリフォードの時からずっと苦しんでいたのに、今も私の娘は……!
ならば国を壊し、娘の為により良い国を作りたいではありませんか!」

公爵は叫ぶ。娘の為に、その幸せの為に。
親として当然、これは正義だと言わんばかりに。

しかし、その娘は今、青い顔で必死に否定するようにフィルバートに向かい何度も首を横に振っていた。

それに気づき、フィルバートは彼女を一瞥すると、公爵の方に視線を戻した。

「ほう? 娘が可哀想か」

「えぇ! 私の娘は本当に……」

「奇遇だな、俺も貴方の娘が可哀想だ」

その言葉にようやく分かってくれたか、と公爵の表情がぱっと明るくなる。
しかし、一瞬でその顔は青を通り越し土黄色になる。

彼の琥珀色の目は更に怒りの色を濃くしていた。

「貴様ら、娘本人から話を聞いたのか?」

「……っ。あの子はなかなか言わなくて……だから、親の私達が察さないと……」

「なぁ、本当に娘の気持ちを察せていると本気で思っているなら、その目で娘を見た方がいいんじゃないか?」

フィルバートはそういうと公爵に娘の方を見るよう促す。

公爵はゆっくりと娘の方を見る。

そこにいたアーネットは明らかに公爵に怒っていた。

「あ、アーネット?」

「お父様! フィルバート様の言う通りですわ! 
貴方の頭の中の私は可哀想かもしれませんが、私は違います!
王城では本当に良くしてもらってますわ! 公爵家にいた時もよっぽど!
勝手に私の気持ちを決めつけて嘆かないでください。
こう仰っても分からないならこう言います! はっきりと! 断言しますわ。
貴方の目は節穴です!」

「な、なっ……」

「国家の平和が王太子妃となった私の願いです。
それを壊すのなら貴方達でも容赦しない……!」

アーネットの言葉は部屋に静かに響いた。とても重く、彼女の切なる覚悟が滲む言葉だった。

だが。

公爵の目はもう彼女の方を向いていなかった。

「フィルバート……貴様ぁ!!」

公爵は顔を真っ赤にしてフィルバートを睨みつけた。

公爵の中では娘は絶対の自分の味方であった。そんな彼女が自分を否定するはずがなく、こんな言葉を吐くはずがない。ならば、誰かに言わされたのだと考えた。

ここにいる自分の敵はただ1人。

フィルバートだけだ。

「貴様! 娘を脅したなぁ!大事な娘になんて事を言わせるんだ!」

先程まで萎縮していたのが嘘のように公爵はフィルバートを相手に怒り狂う。

アーネットは信じられない顔で父親をみると、その父親を止めるべく席を立つ。
しかし、夫人がその体を引き止めた。

「何も心配しなくても旦那様が貴方の為に怒って下さるわ」

「私の為じゃないでしょう! 私をなんだと思っているの!? 離して!」

しかし、夫人の力は強くアーネットはその手を離せない。
その一方で、父親はフィルバートに向かっていった。

「……思えば、今の王家を作ったのは正にお前が原因じゃないか!」  

鼻息を荒くし、髪を振り乱し、公爵はフィルバートににじり寄り迫る。そして、その両肩を掴んだ。

「本来ならば国王として君臨していたはずなのはお前だった!!
お前が! 先代国王の唯一の息子であるお前があのクソ狸に継承権を渡さなければ!
お前のせいで娘はあのクリフォードと婚約するしかなかった! 国民はあの日、あのクリフォードのせいで苦しんだ! 娘の人生も、国民も、お前のせいで狂ったんだ! 
今の国は皆、腐れ外道のクソ狸の言いなりだ! あの野郎もクリフォードもセロンもトリスタンも、本来はそんな価値のないクズ共だというのにな!」

その瞬間、空気が変わる。

部屋の壁を、窓を、床を、冷気が走る。

背筋が凍るような極寒が部屋を支配し、カップの中の紅茶が凍りつく。部屋に霜が降り、暗幕が突然落ちたように外の光が遮られ、部屋は暗くなる。

アーネットも、夫人も、公爵も、寒さに震え上がる。

吐く息は白く、指先は凍りつく。

そして、彼の瞳に公爵が映った瞬間……。

「フィルバート様!」

扉の向こうから飛び込んできた彼女が、公爵から引き離すように、彼を後ろから抱きしめた。







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