真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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31. 謁見前のしばしの騒動

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その日、王城は俄にざわついていた。

国王陛下とマリィ達の謁見の為の準備に様々な人々が忙しなく動いていたのもそうだが、王城に久しぶりに足を踏み入れたその人に、王城の人々は皆、驚いていた。

「フィルバート様が帰城なさったぞ!」

「一体いつぶり? 本当に久しぶりだわ」

「ねぇ、今、フィルバート様がどこにいるか知らない?」

騒ぐ王城の人々。一方、そんな声を遠くから聞きながら、長い王城の廊下を歩く当の本人……フィルバートは苦い顔をしていた。

「騒ぎすぎだ……。俺は珍獣か何かか?」
 
そんなフィルバートに隣を歩くデニスは笑った。

「あははっ! 先輩はやっぱり有名人ですからね~!
僕としても鼻が高い!
何せ先輩をこの国に連れてきて、家に泊めて、ここまで馬車で送ったの僕ですからね!
こんなに喜ばれていやぁほんと良かった!」

「はぁ……。お前が隣国まで来て式典中なのに泣いて縋ってきた時は本当に頭を抱えたがな……」

「おっとそれは言わないお約束では!?」

デニスは慌ててフィルバートの言葉を遮る。すると、前の方からフィルバートに向かい慌てた様子で近づいてくる人影に気づいた。

「ん……あれは……!」

赤いドレスを着た美しい赤毛の女性……着飾った彼女は誰かとのお茶の後だったのか、芳醇なリンゴの匂いがした。

「フィルバート先輩、帰城されていたのですか!?」

その彼女にデニスは驚いた。

「ア、アーネット先輩!? ……じゃなかった! アーネット王太子妃殿下!」

だが、彼女はデニスなど目もくれずフィルバートのもとへ歩み寄ると、息を整えながら彼の前に立った。

「お、お久しぶりです。先輩の卒業式以来ですわね……」

頬を赤らめ彼女はフィルバートを見上げる。その目にはフィルバートに対する並々ならぬ感情が見え、これ以上ないほどの極上の微笑みを浮かべていた。しかし、フィルバートは……。

「久しぶりだな。王太子妃殿下。
貴方とセロンの結婚式に参加出来なくてすまなかった。
セロンはどうだろうか? 貴方を困らせていないか?」

頬を赤らめていた彼女の眉がぴくりと動く。その笑顔が引き攣っていくのを見て、デニスはフィルバートを信じられない目で見ていた。

「先輩、貴方って人は……」

「デニス? どうした?」

「いえ……」

言葉を濁すデニスにフィルバートは首を傾げる。すると、アーネットが咳払いした。その顔にはぎこちない微笑みがある。

「えぇ……フィルバート先輩が心配なさるようなことは何もございませんわ。
セロン殿下は先日のドラゴン災害でも第一線で活躍していましたし」

そうアーネットが伝えると、フィルバートは、眼鏡の向こうでふっと優しい微笑みを浮かべた。

「そうか……。立派にやっているのだな。
良かった。
セロンをこれからも貴方が支えてくれると嬉しい」

「うっ……」

そのあまりに柔らかい微笑みに……そして、無意識に精神を抉ってくる悪意なき言葉に、アーネットは胸を抑えた。
そんな彼女にフィルバートは首を傾げる。

「……王太子妃殿下?」

「え、いいえ! 何でもございませんわ!
そ、それよりフィルバート先輩。先輩は今、何をして……」

しかし、アーネットがそう言いかけた瞬間だった。

廊下をバタバタと走る騒がしい音が響く。

その音にアーネットもデニスも……そして、フィルバートも顔を上げる。

すると、フィルバートに向かいその小さな影は飛び込んできた。

「みつけた!」

まだ幼い男の子がフィルバートに抱きつく。
最初こそフィルバートは驚いたが、すぐにそれが誰だか理解し彼を抱え上げた。

「廊下は走るものじゃないぞ、ルーク」

「えへへ、ごめんなさい! 」

屈託なく笑顔を浮かべるルークに、フィルバートは微笑み返し、その頭を撫でた。ルークはその掌に甘えるように頭を押し付け、2人の間に和やかな空気が流れる。

一方、その様子を間近で見たアーネットは硬直し、口元を引き攣らせ……。


「子持ち……」


それだけ呟いて後ろに卒倒した。

「アーネット先輩!? 死んだら駄目ですよ! あ、先輩じゃなかった! 王太子妃殿下! アーネット王太子妃殿下!しっかり! しっかりしてください! 先輩は未婚ですよ! 王太子妃殿下!!」

そんなデニスの絶叫が王城に響いた。




アーネットが担架に乗せられ運ばれていった頃、ようやくルークに追いついたマリィが息を切らしながらフィルバートのもとへやってきた。

「はぁ、はぁ……ルーク! 着いた瞬間走り出して! 王城はちゃんとしていないと駄目なのよ!?
フィルバート様、ごめんなさい!」

フィルバートの腕の中からマリィは怒りながらルークを引き剥がした。

「ダメでしょう? ルーク」

「ごめんなさい……ふふっ、嬉しくって」

しかし、ルークは叱られながらも笑っている。全く堪えていないルークにマリィはため息を吐いたが、フィルバートは笑って許した。

「いいんじゃないか。俺は嬉しかったぞ」

だが、その言葉にマリィは頬を膨らまし、フィルバートに怒った。

「そういう問題じゃありません!
マナーは大切なんですから! フィルバート様が許しても、誰が見ているか分かりませんし! こんな場所で粗相をしたらルークの将来が大変ではありませんか!
フィルバート様もルークを甘やかさないで下さい!」

「えっ、あ、あぁ……すまない」

怒るマリィに気圧されフィルバートは思わず謝る。

一方、その2人の間でルークは嬉しくてたまらないのか、フィルバートに甘えたりマリィに抱きついたりしている。

その姿はまるで……。

「家族ですね……」

デニスは手と手で四角を作って作った手のひらの額縁で3人を見る。

うーんと声を漏らしながら考え込むデニスの呟きは3人にもはっきり聞こえ、フィルバートもマリィもルークも3人とも同じようなきょとんとした不思議な顔をした。

「家族……?」

あまりに似た表情を浮かべる3人にデニスは思わず吹き出した。

























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