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幕間 クリフォード 後編
しおりを挟む聖女シルヴィーは、それはそれは美人で、有名人で、救世主だった。
この国をたった1人で守ってたった1人で救う彼女を誰もが慕った。
珍しいピンクブロンドの髪も相まって、正に彼女は高嶺の花だった。
「聖女様は今日も美しい!」
「あぁ、聖女であることが勿体ない。神は見る目があるなぁ」
「笑顔がいいんだよ。笑顔が……癒される」
人々はシルヴィーに夢中だった。彼女は愛されていた。
私は直感した。
彼女こそ私の隣に相応しいって。
アーネットなんて彼女の前なら塵同然。私は早速シルヴィーに近づいた。
王太子という地位は実に便利だ。適当な理由を並べれば、高嶺の花で彼女とも、ほら、簡単に会える。
シルヴィーは素直で純粋で無垢だった。
ちょっと内面が幼いところがあるが、そんなもの時間が解決することだ。
彼女は王太子である私を輝いた目で見ていた。
「ねぇ、クリフォードは王子様なのでしょう?」
「ん? あぁ、正確には王太子だがな。私は正しく王子だ」
「じゃあ、いつかお姫様を探しに行って、真実の愛を見つけるの?」
「…………」
夢見がちな女だ。まさか絵本の王子様と私を同一視しているのか?
でも、気分は悪くない。
何よりその目が私を心の底から慕っている。私を尊敬している……。
それは紛れもなく快感だった。
「……もし、私が求めてるお姫様が貴方だったらどうする?」
「……え?」
「私の真実の愛は君にあると言ったら?」
「え、えっ……そんなの……」
シルヴィーの頬がこれ以上ないほど赤くなる。満更でもない顔で私を見上げる。
……私はこうして最高の女を手に入れた。
国中の人間が羨む女を私は……!
全ては順当だった。
自分の思い通りになった。
この愛を元に俺は英雄にでもなれそうだ。いや、なれるかもしれない。
シルヴィーではないが、自分も夢想した。
何処かの演劇の題材になれそうな英雄に自分がなっているのを。
未来を変え私が注目されているのを。
だから、私はシルヴィーを伴い、私達の愛を叫んで……。
……叫んで、そしたら、何故か全てがおかしくなった。
シルヴィーを手に入れたのに、あの役に立たないアーネットを捨てたのに、誰もが羨望する立場を手に入れたのに、私に向けられたのは失望の目だった。
「殿下、いや、このクソ野郎! よくもよくも私の娘の輝かしい経歴に傷をつけただけでなく、聖女の処女を奪い、国を危機に晒したなぁ!
こんなことならもっと早く私がこの国を乗っ取っていれば良かった!
お前のようなクズを野放しにする陛下なんぞ信用ならん!
お前は絶対私の手で殺してやる!」
うるさい……。
「私達の大切な聖女を……シルヴィーを返して……!
貴方が騙したのでしょう? 処女が無くなれば聖女じゃなくなると貴方は知っていたではありませんか!あの子は純粋です。貴方の言葉を行動を信じてしまった!
どうしてこんなことに……。血は繋がらなくても私達の子どもだったシルヴィーを私達は手放さなくてはならなくなった。返して……返して下さい……」
うるさい……。
「おいおい、やべぇよ……」
「王太子殿下の傍にいれば甘い蜜が吸えるんじゃなかったのか?」
「学院でつるんでた俺らまで殿下を唆したんじゃないかって噂になってるし」
「冗談じゃねえよ。あんな横暴で傲慢で我儘な奴、王太子じゃなかったら付き合わなかったのに」
「早く距離を置こうぜ。俺達まで責任を負わされちまう」
うるさい……!
「クリフォード殿下……いえ、クリフォード様。
私は貴方を以前から軽蔑していましたが、今や貴方のことは唾棄すべき屑と思っております。
貴方は御自分のことを悪くない、可哀想、何故周りがこんなに自分を蔑むのか訳が分からないと思っていらっしゃるでしょう。
ですが、いつか分かりますわ。
神は貴方を見ているのですから……」
うるさい……うるさい!
どいつもこいつも私ばかり責める!
私の思い通りにならないこの世界が!
私を過小評価する社会が!
私を見ないお前達が!
間違っているのに!
責めるべきは私で、お前達が責められるべきなんだ。
神がなんだ、聖女がなんだ。ほら、見ろ。俺の隣には極上の女が……。
「平民なんて有り得ない」
「貴方が伴っているその方は我々から見て下賎な娼婦と同じなのですよ」
「趣味が悪いですなぁ、クリフォード様」
「ただ愛らしいだけで無作法で無知な平民じゃないですか。貴方が喚いたところで、その平民の魅力などたかが知れている」
「聖女……あぁ今は掟破りのただの平民か。最早良さは外見だけとなったあの女……」
みんな嗤う。俺を嗤う。
何故だ。何故だ。私が掴んだ立ち位置は皆が羨む場所じゃなかったのか?
私の隣に微笑む女は、最高の女で……!
これじゃとんだ大誤算だ!
「だが、良かったじゃないか」
その声にハッとなって顔を上げる。
そこにはアイツがいた。
長い前髪に隠れた眼鏡の奥、琥珀色の瞳が確かに俺を真っ直ぐ見ていた。
「お前はお前だけを愛してくれる人を手に入れた。
彼女はお前を称え、お前を慕い、お前を愛する……それで十分じゃないか。
周囲は失望し、お前は王太子でもなくなったが、それはきっとお前達の言う真実の愛の前では些細なことだろう?
今やお前を縛る地位もない。馬鹿にする声など放って、愛する彼女と幸せに生きればいいじゃないか。
世界でたった一人の人に愛し愛される。
それだけで自分の人生に価値が出来る、そう思わないか?」
アイツはそう言って俺を肯定した。
アイツだけが俺を肯定した。
だが……。
知ったような口を聞くな!
何が十分だ!
私の心は何にも満たされていない!
私はアイツに掴みかかった。
「お前に何が分かるんだ! 私とは違って注目されてきた、慕われてきた……私とは真反対に、愛されてきたお前に何が……!」
そして、私はアイツを……。
「ハッ……! ッ……!」
気がつくと私はベッドから飛び起きていた。
目の前にはすっかり見慣れてしまった自分の寝室。
外からの光で明るくなったばかりの部屋は、変わり映えしない雑然とした景色で……先程見た全てが夢だと私に教えてくれる。
呆然と、自分の両手を見る。
震えているその手は、汗で濡れて、嫌な湿り気を帯びている。
ふと、その時、遠くから赤ん坊の甲高い泣き声がし始めた。
そういや産気づいたとか何とか寝る前に侍女が言っていた。
生まれたのか……どうでも良くて寝てしまっていた。
ずっと泣き声がしている。止まない。
「うるさいなぁ……」
口からついて出た言葉は何だか無感動で、酷く疲れていた。
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