真実の愛の犠牲になるつもりはありませんー私は貴方の子どもさえ幸せに出来たらいいー

春目

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7.始まった穏やかな生活

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マリィが社交界で一躍有名となったあの夜会の翌日。

午後の温かな陽射しを浴びながら、マリィは子ども部屋でルークに哺乳瓶に入ったミルクを与えていた。
窓の外では乳母が干していた替えのおしめを籠に入れている。
そんな長閑な時間、マリィは腕の中にいるルークを見つめた。

「……」

相変わらずルークの反応は薄い。表情もあまり変わらない。しかし、その口は顔は無表情なのに必死になってミルクを飲んでいた。
マリィはついつい笑ってしまう。

「ふふっ、お腹空いていたのね」

ルークがあっという間にミルクを飲みきるとマリィはその頭を撫でた。

「いっぱい飲んでえらいわ、ルーク。表情が変わらないけどちゃんと貴方も子どもなのね」

そうマリィが言って抱きしめた時だった。
窓の外から乳母が驚きの声が聞こえた。

「きゃあっ! なにごと!?」

その声が気になりマリィはルークを抱いて外を見る。
マリィは驚いた。
芝生が広がる緑の庭が広がっている筈の場所、そこには……視界いっぱいに花畑が広がっていた。
赤、ピンク、白、黄色、紫……色とりどりの花々が咲いている。
そんな花畑の真ん中で乳母が腰を抜かしている。驚きすぎて立てないようだ。慌ててマリィはルークを胸に抱きながら駆け寄った。

「大丈夫? 怪我は?」
「あ、え、大丈夫です。尻もちをついてしまっただけで……。びっくりしました。突然花が咲き乱れて……」

乳母を立ち上がらせ、マリィは庭を見る。
走り回れるほど広い庭は先程まで青い芝生に覆われていたのに、今は色鮮やかな花で溢れ返っている。
この辺りでは主にコスモスやデイジーのような花しか見ない。しかし、庭にはバラやアネモネ、カーネーション、アイリス、チューリップ、イキシアなど様々な花が美しく咲き、芳しい甘い匂いを漂わせている。
異常事態にあるが、そのあまりの美しさに思わずマリィは目を輝かせた。

「屋敷に飾りましょう」
「え? 奥様、飾るのですか? こんな得体が知れないものを」
「えぇ、確かに得体がしれないわ。でも、こんなに綺麗なのですもの。きっと今が満開よ。今すぐ枯れそうには見えないし庭にあるだけなんて勿体ないわ」

そう決断するとマリィはルークを花畑へと連れて行った。

「まずルークの部屋に飾る花を選びましょうか。何が良い?」

まだ生まれて数ヶ月のルークが花を選ぶなんて出来るはずがないが、マリィは構わずルークに色とりどりの花を見せる。その方が良いと何となく思ったのだ。しかし、やはりルークは顔色一つ変えない。花に興味ないのかもしれない、そうマリィが思った時だった。
花園に強く温かな風が吹いた。
風に吹かれマリィは思わず目を閉じる。風とともに花の甘い香りが漂った。
風が止みマリィが目を開けると、ルークがじっとこちらを見ていることに気づいた。

「あら、どうしたの……ん?」

いつの間にかルークの手が白いバラを一輪掴んでいた。傍目から見ても分かるほど、強く握りしめている。
合点がいったマリィはルークに笑みを浮かべ、この白いバラをルークの部屋に飾ることにした。


それからというのも屋敷で不思議なことが度々起こるようになった。
庭に花だけでなく林檎や木苺が生ったり、屋敷の中を常に心地よい穏やかな風が吹き抜けるようになったり……いつの間にか屋敷中が掃除され、洗濯物が畳まれて部屋に置いてあるなど毎日のように何かが起こった。

「奥様! 蛇口からぬるま湯が出るようになりました!」
「あら良かったじゃない。指があかぎれだらけにならなくなるわ。それに身体を洗う時も寒くないし良いじゃない」
「そ、それはそうですが……これで良いのでしょうか? もし悪霊だったりしたら……神殿の方に相談した方が……」
「相談なんてしなくて大丈夫よ。きっと。
今のところ実害もないし良い事ばかりだし、それに、これがもし神の祝福だったら神殿に相談した方が失礼だわ。祝福を悪霊の仕業なんて言われたら神様が怒ってしまうじゃない」
「そうですね。失礼しました。
……奥様は肝が据わっておいでですね……」

乳母は気味悪がったが、マリィは小さな頃に聞いたおとぎ話が現実になったようで一人喜んでいた。

「神様、小人、妖精、精霊……正体は何かしら? 
ルーク、貴方は何を連れてきたの? ふふっ」

マリィはこれらはルークのおかげだと勘づいていた。とはいえ、ルークは相変わらず子どものように泣いたり笑ったりもせず、マリィが何か言っても返事どころか反応もしない子どもだ。マリィがそう聞いても何も答えてくれない。
だが、マリィはそれでも良かった。

「明日は何が起こるのかしらね、ルーク。私、貴方が来てから毎日楽しみだわ。何が起こるか予想出来ないのよ、わくわくするわ。
もちろん、貴方の将来も楽しみよ。いつか貴方がおしゃべり出来るようになって一緒に歩いたりお出かけが出来るようになったら良いわね。早くて2年後かしら? 楽しみね……あっ」

ふと、マリィはそこまで話して気がついた。
ルークは保護しているだけで自分の息子でも何でもない。しかも、この公爵家の跡取りでもない。いつかはあの2人に連れ戻されるか、あの2人がルークを拒否すれば孤児院に連れて行かれてしまう可能性だってあるだろう。
ルークはいつまでもマリィの傍にはいないのだ。
マリィはルークを抱きながらため息を吐く。
考えるだけで寂しくて堪らない。いつの間にかすっかり愛着が湧いてしまった。

「悩ましいわね……どうするのが良いのかしら……」

そんなマリィをルークはいつまでもじっと見つめていた。



夜会から早10日。
マリィは今まで通り乳母と一緒になってルークの世話を続けていた。
もう本邸には何も連絡していない。連絡してしまうとルークとの別れが近づいてしまう気がして、マリィは連絡出来ずにいた。
そんな矢先……恐れていたことが起こった。
本邸から顔を真っ赤にしたクリフォードがやってきたのだ。
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