上 下
25 / 35
第一章

22話 総督府

しおりを挟む
さて、総督府の玄関といってもいい入館監査室に入った訳だが、何故か職員、いや軍人達の視線がリオに集まっていた。
好奇心、畏怖、警戒を色濃く写す数々の眼差し・・・何故彼らにこんな目で見られているのか、リオには分からない。

居心地がかなり悪いので、早急に用事を済ませるべく、受付カウンターに向かう。

「リ、リオさん!!」

その時、大柄の青年が緊張した様子で声をかけてきた。

「・・・何だ?」

「た、大変申し上げにくいですが、ここからは武装を解いて頂きたいのです!」 

リオは目をぱちくりとさせる。
要人が集まる地域なのだからよく考えれば分かる事だった。
刀を盗られるのは間違いなくリオの怒りの導線だが、ここは彼らを信用するしかない。

「これを預ければいいのか?」

「は、はい!!ご協力感謝します!」

青年に釘を指す意味で少しだけ圧を込めて目を射抜く。

「――大切に扱ってほしい」

「「「!?」」」

その瞬間青年は硬直して、軍人達が剣に手を添えた。
彼らは本気ではなく、反射的に怖がっただけのようだった。
目を逸らされる事が多いリオは自分の目付きが悪いのだと思っている。
自分が青年の目を睨むだけでこの反応をされるのは少しだけショックを受けた。

((紫眼の・・・ヤバいな・・))

離れた壁際に佇む彼らの話し声が僅かに聞こえた。
どうゆう意味かは分からないが、いい意味の会話ではないのは確かだった。
リオは特段気にするほどでもないと判断し、受付の職員に話しかける。

「戦後に俺を世話してくれたルインに挨拶がしたいんだ。あと、彼に相談もある」

「面談希望という事でよろしいですか?」

「ああ、頼む」

「では、こちらに名前を記入して頂いた後に面会室にご案内します」

「あと、彼女も一緒に付き添ってもらいたいんだ」

「分かりました。一緒にそちらの方のお名前もご記入お願い致します」

職員は丁寧な対応だった。
身分の保証がない傭兵にも公平に接する姿勢は好感が持てる。
リオは書類を書き終わり、職員に渡して後ろを振りかえる。

「サトコさん、案内してくれるようだ。一緒に行こう」

「ええ・・・・リオさん、貴方何をしたの?みんな見てるわ」

確かに入った際よりも視線を感じる。
見なくても分かるほどに。
軍人だけではなく、今度は職員まで興味を持ってリオを見ていた。

「いや、心当たりがないな・・・目付きが悪いから目立ってしまったのかもしれない」

(((いやいや、違う!)))

その場の皆が思った事だろう。

リオは戦場で暴れていたが、本人は武功に無頓着だった。
目的はそこじゃなかったからだ。
だが、先の戦いで成人になったばかりの少年が敵兵を百人以上殺し、更に将軍と殺り合い勝利をおさめた。
この嘘のような事実がイシエール軍部で有名にならないはずがなかった。
彼らは【紫眼の少年】の話を聞いていたため、この場にいた軍人達がリオに気づいたのだ。

勿論それを疑う者はいるが、軍人達が共通して警戒したのはその実力行使の可能性だった。


案内をしようと二人の前を颯爽と歩く女性職員の後ろ姿を何気なく見つめ、リオはふと気づく。
眼鏡を掛けた短髪の彼女は、ズボンを身につけている。
女性といえばスカートが主流の中で、洗練されたデザインの制服は斬新であるのに、女性らしさが損なわれていない。
実用性を考えた服は、しっかりと歩く女性の足元が見れるからか、凛々しさを纏うように頼もしく感じられて、リオはこの制服を製作した誰かに自然と感心してしまった。

辺りを眺めると、監査室から比較的近い面会室までの通路は幅が広くとってあり、天窓によって明かりが取り入れられており、廊下に視界の悪さは感じられない。
そのため、警備が巡回しているものの物々しさはさほどなかった。

「こちらにてお待ち下さい。ごゆっくりどうぞ」

職員に案内された面会室は椅子と机のみのシンプルで小さな部屋だが、清潔でいて落ち着ける雰囲気がある。
二人はその寛げる空間で、慌ただしかった数刻前からの疲れをほぐすように休息をとりながら、ルインを待っていた。

「リオから僕に会いに来てくれるなんて!嬉しい

ノックなしに飛び出してきた彼は相当走って来たようだ。
顔が紅潮して息を少し弾ませていて、どれだけ浮かれているのかが分かる。

「ああ、無事に退院したんだ。その報告を兼ねて会いに来た」

「良かった、退院おめでとう!!あー、でも看護の役目が終わるなら会えなくなるね・・・」

「普通に連絡をとればいいだろう?ルインには本当に感謝している。無碍にはしない」

「え、リオが素直で優しい!」

体を仰け反らせて大げさに驚きながら揶揄いの笑みを浮かべるルインを見て、リオはまたかと呆れの視線を送る。

「それは、いつもの俺が逆のような奴だと聞こえる」

「ふふふ、ごめん!リオは無愛想だけど優しいよ!」

「無愛想も余計だ!」

リオは目覚めてから五日間、毎日ルインと会っている。
彼の親しみやすさ故に軽口を言い合えるぐらいには打ち解けていた。

「渡したいものがある。これ良かったら食べてくれ。きっと美味しいぞ」

「何これ?」

「イチゴダイフクという菓子で、こちらにいるサトコさんが作ってくれたんだ」

彼はリオの視線を追いかけて、後ろに座っているサトコに目を向ける。
彼女はルインとの軽口を見て、可愛らしくクスクスと小さく笑っていた。

「マダム!お会いできて光栄です!僕はルインと言います。素敵なお菓子をありがとうございます。可憐な貴方に作って頂いたと思うと、食べるのが待ち遠しいです」

爽やかな王子のような笑みを浮かべるルインの変わり様に、ポワポワとした空気を纏う普段の彼を知るリオは少し困惑する。

ルインは悪い奴ではないが、隠すのが上手い。
勘が鋭いリオも、たまに彼の真意を見抜けない時があった。
あと、女性経験もないので本気で口説いているとかの機敏も分からない。
とりあえず、触れないほうがいいよなとリオは空気を読んで気配を消した。

「はじめまして、ルインさん!作ったのは私だけど、リオさんに買って頂いたの。お礼は彼に言ってあげてね?ふふ」

お調子者のような態度のルインをしっかりと見ていたサトコは、そちらの印象が勝っているようで、女性に好まれるために王子然とした雰囲気を纏った彼に、魅了される事もなく、諭すように、ふふふ、とあしらう。

「その通りですね。リオ、どうもありがとう!」

感激した様子でルインは、飛び付くようにリオに抱き着いてきた。
リオはこういったスキンシップが少し苦手で、避ければ避けれたが、好意を無碍にするのは礼儀に欠けると思い、それを受け止めた。

「気にしないでくれ。俺が日頃の礼に渡したかっただけだ」

「なんだか、懐かない猫が懐いてくれたような・・・!!僕は感動している!ふふふ!」

揶揄ってくるルインは嫌がる顏を見たいんだろう。
リオは乗ってやるのも癪だと流す事にした。

「ああ、ルイン。これからも頼りにしている」

抱き止めていた彼を優しく離して肩に手を置き、穏やかな親しみの声をかけながら、対抗するようにニコッと作り笑いを向ける。
すると、その笑みを見て二人がギョッとした。

「こわ!!それ面接の時もやってたけどさ。まだ無表情のほうが良いと思う」

「言いにくいけど、その笑い方は少し怖いわ」

二人が言いにくそうに、リオの作り笑顔を猛否定した。
自分なりに頑張って笑って見せたので、無表情のほうがマシという一言はかなり刺さった。
直後に真顔になって、遠くを見つめるリオを見て、二人は焦ったようだ。

「や、でも!見慣れれば大丈夫だよ?!初対面でやらないほうがいいと思っただけ!!」

「そ、そうね・・・ごめんなさいね?驚いただけよ?」

「・・・そうか」

あたふたとする二人のフォローが余計に悲しい。
無表情でこのまま一生過ごそうかと、少し前まで心が荒んでいた少年がまた心を閉じかけていた。


「あー・・・そういえば、ルインに相談があるんだ」


もうこの話題には触れないで欲しいと露骨に話を逸らすと、彼らも察したのかそれに乗ってくれた。

「な、何?内容によっては、力になれるか分からない。でも善処するよ?」

「ありがとう、いつもこちらの頼み事ばかりで悪いな。
実は、サトコさんがある人に連絡がとりたいそうなんだ。けど、総督府からでないと出来ないらしい。良ければ話を聞いてあげてくれないか?」

「ええ、急にこんな事を頼むのは気が引けるのだけれど・・・私も事情があって。出来れば、この紹介状をある人に渡したいの。だけど、とても偉い方らしくて私には方法が分からないわ」

そういって、彼女は白い封筒をルインに渡す。
その時チラッと見えた封筒を封じている印璽のマークには、簡易的な桜の絵柄が描かれていた。

リオはそれに見覚えがあった。
ツルギが以前見せてくれた硬貨に描かれていたものと一緒だった。

この時リオが抱いた感情は、かつてない複雑で激しいものだった。
叫びたくなるような困惑、切なさ、怒り、喜び、嘆き。

恐らく、あれは同じニホン人が同郷の彼女を手助けした証。

リオは、ニホン人の結束や共通点にしていた。


「これは・・・分かりました。迅速に届けます」

ルインのにこやかな顔が、深刻そうな表情に変わる。
彼は事情を知っているようだった。

全てを知るかは分からない、一部だけかもしれない。
だが、ニホン人を匿うなら公にするような情報ではない。
一部の軍人しか知らないそれを、ルインは知っている。
冷静に推測する反面、激しい感情に揺さぶられるリオはすぐにでも立ち去りたかった。

(だけど、情報も欲しい。感情に流されるな、受け止めろ!)

二年間かけて辿り着いたリオにとっての戒め。
それを握りしめ、健気な少年は自分と戦っていた。

「・・・リオ?大丈夫?」

ルインが顔色の悪くなったリオに言葉をかけた。
そのおかげで思考が散り、その負の感情は少し薄まる。

「ああ、気にしないでくれ」

「そう?じゃあ、僕はもう行くよ!急がないといけない用事がある。
サトコさんは、このまま待って頂けますか?一人、護衛の者をつけます」

護衛をつける事。
ルイン、そしてイシエール政府がニホン人が狙われている事を知っている裏付けである。

「リオさん、本当にありがとう!貴方のおかげで私は命を救われたわ!」

肩の重荷がとれたかのように、さきほどまで不安気だったサトコは喜びの笑顔を見せた。
リオは何と答えればいいのか迷った。
彼女に嫉妬する自分を隠すのに精一杯だった。
正確にはニホン人と自分の隔絶された距離が苦しかった。
リオにとって、ツルギとの距離と同義だったから。

「ああ、サトコさん。これからも大変だろうけど、頑張って欲しい・・・ツルギの同郷を助ける事が出来てよかった」

リオは思わずツルギの名前を出してしまった。

その直後に彼女の反応に動揺が見られ、何か話そうかと口を開けたり閉じたりを繰り返している。

「・・・やっぱり、ツルギの事を知っている、んだな」

確信を持てなかったが、リオは少し前から気付いていた。
彼女がニホン刀を見る目、あれは誰かを思い出している表情だったから。

だが、リオはこれ以上の情報を受け入れる事が出来る心境ではなかった。

だから何も言わずに去った。
きっと自分は彼女にひどい表情をしていただろうと思いながら。

その日街で宿をとったリオは、ベッドに座り込んで二年ぶりに涙を流した。

あの酔っ払いは自分を危険から遠ざけるために秘密を抱えていたのだろう。
だが、裏返せばそうしなければいけなかった配慮があった。
改めて自分の無力さを突き付けられた。
しおりを挟む

処理中です...