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第一章
18話 裏の傭兵
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「急がないとな」
あの黒髪の女性に会い、治癒院に戻らねばならない時間が近づいている。
屋台通りは昼時より減ったものの多くの人が行き交い、そこを走るのは危険な行為だ。
だが、その動体視力で人を避けながら道を縫うように、リオは駆けていた。
人が集まる場や交差する人達の傍――その挙動を見て予想外が起こる危険性が高いと判断する場合は足を緩めるが、その危険を予測しながら動くので、最短と言っていい速さで移動していた。
話は逸れるが、リオは目の前だけでなく全体を捉える目を養おうと思っていた。
この屋台通りは本当に都合のよい修行の場である。
ちょうどよい広さの視角に人々が立っており、それらの複数の動きを予測しながら走る感覚が鍛えられる。
人の動きを把握する目と脳が広がり、慣れていく。
複数と戦う際に、その場の隙を見つけ優位に立ち回るための感覚に似ていた。
本当は止まってやるべきだが、時間がなかった。
他人からするとかなり迷惑だが、慎重に足を急ぐしかない。
しかし、到着してみると、あの屋台の場所に黒髪の女性の姿がない。
正確には屋台だけが取り残されている。
リオは何か不穏な予感がした。
こうゆう勘は当たる。
その時路地裏から僅かに複数人の足音が聞こえた。
そして怒気と暴力の圧。
気配を探り辿り着くと、マントを深くかぶる三人の男が、あの黒髪の女性と荷物を担いで連れていく所だった。
「おい!あんたたち!!」
男たちは振り返り、あたかも面倒くさいという表情を一瞬だけ見せた。
「その女性を何処に・・・いや何故連れていくんだ?」
リオは半分以上こいつらが黒だと思った――つまり、人攫い。
腰を僅かに落とした体幹を見るに明らかに一般人ではない。
「何だ、坊主?・・・俺たちはこの女性に頼まれて宿まで連れていくところだよ。この通り疲れてしまったみたいでな」
明るい笑顔で接してくる男だが、分かりやすい嘘だ。
彼女は眠らされているので確認する事は出来ないが、とても約束を破る人には思えなかった。
「俺はその女性と待ち合わせしてたんだ!もっと芝居の練習をしたほうがいいぞ!」
リオの圧をかけて挑発する言葉を聞いた男たちは「ッチ!」と舌打ちし、殺意の表情に一変させ、剣を抜き襲い掛かってきた。
その動きと連携を見るに単なる暴漢ではなく鍛えられたそれ。
視線は急所を見つめ、完全に殺しに来ている。
暗殺者に少し似ている足取りだった。
「邪魔したお前が、悪いんだからな?」
「自殺願望があるんだろう。早く始末するぞ!」
彼らは冷静に動いてはいるが、鼻で笑ったりニヤニヤと見てくる。
顔と言葉に嘲りと愉悦を感じさせる彼らの醜悪さがリオの嫌悪感を募らせた。
「正義のヒーローてか?イキがる相手も選べないなんて、馬鹿だな」
「大人の事情に首突っ込んで、首が飛ぶなんて笑える!ハハ」
「ッは!逃げるチャンスもやったのに、な・・・本当に間抜けだ。おい、坊主。今更ごめんなさいは無理だからな?」
「坊主なのは本当だけど・・・あんたたちに言われたくない」
リオの腹から発する低い声には少年特有の溌剌さはなく、静かな怒りがヒリヒリと伝わってくるような、感情を抑えた声に重圧がこもったような響きだった。
リオは殺す覚悟をして剣を抜く。
相手を侮った事は一度もない。
だからこそ、虐げる事を楽しむようにその暴力を使う剣士は嫌いだった。
正義ぶるつもりはない、単に自分の胸糞が悪いだけ。
否定肯定の話ではない。
「大人の事情か――ろくでもない大人の言う事なんて、知るか。『食べ物の恨みは怖い』ってやつだ」
胸の内に収まりきらない嫌悪感と憤りを吐き捨てるように、リオは言い放った。
三人の男たちから返事はなく、代わりに失笑が返ってくる。
軽薄な笑みを浮かべる彼らの動きは表情とは裏腹に慎重で、確実に獲物を狩ろうと距離を詰めつつあった。
陽が差し込まない路地で、三方を囲もうとする彼らの一人がリオの右側に回ろうとする。
――侮っていた少年が、既に刀を抜いているとは知らずに。
右足を引いた体勢で後ろに隠し置いていた刀。
細い刀身だからこそ、背後に隠せる剣。
前方からは見えなかったそれが右手へ移動しようとした男の足を一刀する。
「ぎゃあああ!があッ!!」
ドサッと男の両足が切断される。
今日行っていたのは迎撃を想定した無駄のない剣筋、複数の敵の動きを捉える練習――つまり、それらを復習出来る機会がやってきた。
視覚は前に広げたままで、斬り上げていた刀をそのまま左へと振る。
「ぐああ!ぐっ!!」
身体と刀を一体にして綺麗な弧を描きながら、左手側から向かってきた二人目の男を斬り裂く。
そして、リオは唯一立っている男の正面に構えるよう動く。
ここまで動いたのは、踏み込みと構えの二歩。
前を見たまま仲間を一瞬で斬り伏せ近づてきた少年が、残る彼には得たいのしれない何かに見えた。
「な、なんだお前?!そんな刀見た事がなーーー」
その目が合って大きく怯んだ男は混乱した様子を見せるが、その迷いは隙を生む。
三歩目、男の喉を切り裂いた。
無力化したはいいものの、全てを把握していないリオは一人だけ意識のある男に話を聞いてみる事にした。
「あんた、なぜ女性を誘拐しようとした?何か答えてくれたら・・・・・あんたは見逃す」
リオはこうゆう尋問が苦手だったが、やるしかあるまいと、それらしい台詞を捻り出す。
深手を負った男は顔を背けるように座り込んで下を向き黙ったままだ。
目を見なければ嘘かどうかも見抜けないと、男を見下ろしていた態勢を低くして、彼の首に刀を突きつけながら、顔を掴んで上を向かせる。
「生きたいか、殺されたいか。どちらか選んでくれ」
男は目をぐるぐると揺らし、酷く怯えだした。
出血が多いためか顏色が白くなっている。
「や、やめろ・・!見るな!俺を見るな!!」
会話にならない男は放っておいて、リオは息絶えている二人の所持品を物色しはじめた。
分かってはいたが、裏で動く奴らが証拠に繋がりやすい物を所持するはずがない。
「・・・・あれ?これは」
それは傭兵の使うタグに似ていた、いや恐らく傭兵団のタグだ。
そこに書かれている文字は見た事がない。
黒い不気味なタグは手がかりになる可能性がありそうだ。
それを手にして意識のある男に見せる。
「所属する団の名前は何だ?最後のチャンスだ」
男は動揺してるが、言葉の意図を察したようだった。
言おうかと十秒ほど悩んでいたが、恐れの表情を隠しきれないようだった。
「くそっ!!悪魔め!!!」
団の名を言うのを諦めたのか、それだけを言い残し自ら舌を噛んだ。
逃げても始末されると悟ったのだろう。
「裏の傭兵・・・闇が深そうだな」
今日は予想外の事が多すぎる。
リオはこの後リューネ先生にどう謝ろうと悩みながら、少し疲れを感じ眉間に片手を当てた。
憲兵を呼んだら、この男たちとリオのあらましが記録に残る。
それは色々と困るという悩みも疲れの一因だった。
とりあえず、三人のタグの回収を済ませて黒髪の女性の無事を確認しにいく。
気を失っていて擦り傷が少しあるが、ぱっと見は目立つ怪我がなさそうだ。
だが、顔色が悪いように見える。
女性はリオの見立てで四十歳半ばほどだった。
冷たい石畳に寝かせてはおけない。
あの黒髪の女性に会い、治癒院に戻らねばならない時間が近づいている。
屋台通りは昼時より減ったものの多くの人が行き交い、そこを走るのは危険な行為だ。
だが、その動体視力で人を避けながら道を縫うように、リオは駆けていた。
人が集まる場や交差する人達の傍――その挙動を見て予想外が起こる危険性が高いと判断する場合は足を緩めるが、その危険を予測しながら動くので、最短と言っていい速さで移動していた。
話は逸れるが、リオは目の前だけでなく全体を捉える目を養おうと思っていた。
この屋台通りは本当に都合のよい修行の場である。
ちょうどよい広さの視角に人々が立っており、それらの複数の動きを予測しながら走る感覚が鍛えられる。
人の動きを把握する目と脳が広がり、慣れていく。
複数と戦う際に、その場の隙を見つけ優位に立ち回るための感覚に似ていた。
本当は止まってやるべきだが、時間がなかった。
他人からするとかなり迷惑だが、慎重に足を急ぐしかない。
しかし、到着してみると、あの屋台の場所に黒髪の女性の姿がない。
正確には屋台だけが取り残されている。
リオは何か不穏な予感がした。
こうゆう勘は当たる。
その時路地裏から僅かに複数人の足音が聞こえた。
そして怒気と暴力の圧。
気配を探り辿り着くと、マントを深くかぶる三人の男が、あの黒髪の女性と荷物を担いで連れていく所だった。
「おい!あんたたち!!」
男たちは振り返り、あたかも面倒くさいという表情を一瞬だけ見せた。
「その女性を何処に・・・いや何故連れていくんだ?」
リオは半分以上こいつらが黒だと思った――つまり、人攫い。
腰を僅かに落とした体幹を見るに明らかに一般人ではない。
「何だ、坊主?・・・俺たちはこの女性に頼まれて宿まで連れていくところだよ。この通り疲れてしまったみたいでな」
明るい笑顔で接してくる男だが、分かりやすい嘘だ。
彼女は眠らされているので確認する事は出来ないが、とても約束を破る人には思えなかった。
「俺はその女性と待ち合わせしてたんだ!もっと芝居の練習をしたほうがいいぞ!」
リオの圧をかけて挑発する言葉を聞いた男たちは「ッチ!」と舌打ちし、殺意の表情に一変させ、剣を抜き襲い掛かってきた。
その動きと連携を見るに単なる暴漢ではなく鍛えられたそれ。
視線は急所を見つめ、完全に殺しに来ている。
暗殺者に少し似ている足取りだった。
「邪魔したお前が、悪いんだからな?」
「自殺願望があるんだろう。早く始末するぞ!」
彼らは冷静に動いてはいるが、鼻で笑ったりニヤニヤと見てくる。
顔と言葉に嘲りと愉悦を感じさせる彼らの醜悪さがリオの嫌悪感を募らせた。
「正義のヒーローてか?イキがる相手も選べないなんて、馬鹿だな」
「大人の事情に首突っ込んで、首が飛ぶなんて笑える!ハハ」
「ッは!逃げるチャンスもやったのに、な・・・本当に間抜けだ。おい、坊主。今更ごめんなさいは無理だからな?」
「坊主なのは本当だけど・・・あんたたちに言われたくない」
リオの腹から発する低い声には少年特有の溌剌さはなく、静かな怒りがヒリヒリと伝わってくるような、感情を抑えた声に重圧がこもったような響きだった。
リオは殺す覚悟をして剣を抜く。
相手を侮った事は一度もない。
だからこそ、虐げる事を楽しむようにその暴力を使う剣士は嫌いだった。
正義ぶるつもりはない、単に自分の胸糞が悪いだけ。
否定肯定の話ではない。
「大人の事情か――ろくでもない大人の言う事なんて、知るか。『食べ物の恨みは怖い』ってやつだ」
胸の内に収まりきらない嫌悪感と憤りを吐き捨てるように、リオは言い放った。
三人の男たちから返事はなく、代わりに失笑が返ってくる。
軽薄な笑みを浮かべる彼らの動きは表情とは裏腹に慎重で、確実に獲物を狩ろうと距離を詰めつつあった。
陽が差し込まない路地で、三方を囲もうとする彼らの一人がリオの右側に回ろうとする。
――侮っていた少年が、既に刀を抜いているとは知らずに。
右足を引いた体勢で後ろに隠し置いていた刀。
細い刀身だからこそ、背後に隠せる剣。
前方からは見えなかったそれが右手へ移動しようとした男の足を一刀する。
「ぎゃあああ!があッ!!」
ドサッと男の両足が切断される。
今日行っていたのは迎撃を想定した無駄のない剣筋、複数の敵の動きを捉える練習――つまり、それらを復習出来る機会がやってきた。
視覚は前に広げたままで、斬り上げていた刀をそのまま左へと振る。
「ぐああ!ぐっ!!」
身体と刀を一体にして綺麗な弧を描きながら、左手側から向かってきた二人目の男を斬り裂く。
そして、リオは唯一立っている男の正面に構えるよう動く。
ここまで動いたのは、踏み込みと構えの二歩。
前を見たまま仲間を一瞬で斬り伏せ近づてきた少年が、残る彼には得たいのしれない何かに見えた。
「な、なんだお前?!そんな刀見た事がなーーー」
その目が合って大きく怯んだ男は混乱した様子を見せるが、その迷いは隙を生む。
三歩目、男の喉を切り裂いた。
無力化したはいいものの、全てを把握していないリオは一人だけ意識のある男に話を聞いてみる事にした。
「あんた、なぜ女性を誘拐しようとした?何か答えてくれたら・・・・・あんたは見逃す」
リオはこうゆう尋問が苦手だったが、やるしかあるまいと、それらしい台詞を捻り出す。
深手を負った男は顔を背けるように座り込んで下を向き黙ったままだ。
目を見なければ嘘かどうかも見抜けないと、男を見下ろしていた態勢を低くして、彼の首に刀を突きつけながら、顔を掴んで上を向かせる。
「生きたいか、殺されたいか。どちらか選んでくれ」
男は目をぐるぐると揺らし、酷く怯えだした。
出血が多いためか顏色が白くなっている。
「や、やめろ・・!見るな!俺を見るな!!」
会話にならない男は放っておいて、リオは息絶えている二人の所持品を物色しはじめた。
分かってはいたが、裏で動く奴らが証拠に繋がりやすい物を所持するはずがない。
「・・・・あれ?これは」
それは傭兵の使うタグに似ていた、いや恐らく傭兵団のタグだ。
そこに書かれている文字は見た事がない。
黒い不気味なタグは手がかりになる可能性がありそうだ。
それを手にして意識のある男に見せる。
「所属する団の名前は何だ?最後のチャンスだ」
男は動揺してるが、言葉の意図を察したようだった。
言おうかと十秒ほど悩んでいたが、恐れの表情を隠しきれないようだった。
「くそっ!!悪魔め!!!」
団の名を言うのを諦めたのか、それだけを言い残し自ら舌を噛んだ。
逃げても始末されると悟ったのだろう。
「裏の傭兵・・・闇が深そうだな」
今日は予想外の事が多すぎる。
リオはこの後リューネ先生にどう謝ろうと悩みながら、少し疲れを感じ眉間に片手を当てた。
憲兵を呼んだら、この男たちとリオのあらましが記録に残る。
それは色々と困るという悩みも疲れの一因だった。
とりあえず、三人のタグの回収を済ませて黒髪の女性の無事を確認しにいく。
気を失っていて擦り傷が少しあるが、ぱっと見は目立つ怪我がなさそうだ。
だが、顔色が悪いように見える。
女性はリオの見立てで四十歳半ばほどだった。
冷たい石畳に寝かせてはおけない。
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