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第一章

17話 摩訶不思議

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「そうか、リオ。いいか?よく聴けよ?」

大柄な店主は腰に手を当て、先ほどの軽い調子を隠して真面目な表情を作った。

「それは特別な効果が宿っている貴重な品で、だからこそ盗難の可能性を考えて所有者を固定する機能があるんだ。
まぁ、不気味に思うのは無理ないが、変な品を売りつけるような店だと思われるのは心外だ!」

少しばかり機嫌が悪くなったかに見える店主が説明する内容を聞いても、リオにはそれが真実なのか判断出来ない。
そんな不思議な服があるだろうか?少なくても、聞いたことがない。
ただ、彼が言うようにこの職人が変な物を売りつけるようにも思えなかった。

「気を悪くさせて悪いけど、正直に言う。聞いた事のない品を渡されて、訳の分からないまま素直にそれを着るという経験が俺にはない。もっと詳しく説明してくれないか?」

「まぁ、落ち着いて聞いてくれ。それは【所有者固定】【サイズ調整】【劣化無効】【修復機能】【完全防火防水】の効果が付与されているという優れものを越えた叡智の品なんだ。言ったろ?初代店主が残したと。長年保管していたが傷一つない。凄いだろう!」

自慢げに話す店主の言う通りに、リオはそのコートを一通り確認する。
まったく色褪せてないどころか新品そのものだった。

だが、リオは他の効果は何なんだ?そんな物がこの世に有るのか?と初めて聞くそれに慎重にならざるを得ない。

「確かに貴方が言っている通りだ。ただ、他の効果も聞き覚えがなくてどうしても疑り深くなってしまうんだ・・・単に信じられない」

文句を言っているのではなく、戸惑っているだけという事を悟ったからか、彼の機嫌は直ったみたいだった。

しばらく考え込み、店主は提案する。

「・・・なんなら、そのコートを斬りつけてもいいぞ?もちろん金はとらん!修復されると言っても大きな傷はすぐに元通りにならないだろう。なるべく浅くだ!」

「!!」

この言葉には、驚くしかない。
代々伝わる品を斬ってもいいと言うほどの自信。
いや、まるでありのままの事実を伝えるためというだけの自然体。

リオはこれに目を丸くしたが、少し悩む。
職業上なるべく慎重に物事を運ぶようにしなければならず、疑り深いぐらいがちょうどいいと思っている。
だが、彼が嘘を言っていないのは分かる。
そして、服を雜に扱われる事を嫌ってリオに釘を差した彼が、それを許す寛容さに心動かされたのは確かだった。

「分かった・・・そこまで言ってくれるなら」

リオはニホン刀の他に小刀脇差も持っていた。
長さのあるニホン刀を振り回し他の商品を傷つける万が一の可能性を考えて、短めのそちらでコートの目立たない隠れる部分を斬りつけてみる。
素早く振るう剣は、浅い切り傷を残した。

「これはどうすれば確認出来る?」

「まぁ、すぐって訳じゃない。とりあえずブーツの買い上げをするんだろう?そっちを優先すればいい!」

店主に視線を向け、問いかける。
コートが気になるものの、確かに目的はブーツだ。
時間を気にして、急ぐように支払いのカウンターへと向かう。

「そうだな。じゃあ、山羊のほうを頼む」

「金貨十枚だ。それは高級な皮で作ったからな、値下げは出来ない!」

店主は腕を組んで背筋を伸ばし、毅然とした態度で交渉を断固拒否すると言った意志を表す。

だが、命を預ける装備なのだから渋る程の金額でもない。
ルインから給料も貰って懐の温かいリオは即金で購入し、機嫌の良さそうな店主から手入れや注意について説明を受ける。
今まで使っていた古いブーツもついでに引き取ってもらい、さっそく新しいものを履いてみると、やはりしっくり来る履き心地だった。

そして、五分ほど経つと店主はコートの布地をチラッと目で確かめてから、声をかけてきた。

「よし!見てみろ!」

店主は、反応を楽しみにする子供のようにニカッと笑う。
リオは、素直にそれを覗き込む。

「――え?」

確かに、傷つけた箇所の傷が直っていた。
リオと会話していた店主が何をしたという事実はないし、今もコートに触れていない。
それに他の人の気配も感じなかった。

「信じられない・・・痕もない・・・」

だが、常識に捉われ過ぎる頭の固さは身を滅ぼすとツルギに言われた事があった。
目の前の事を信じるしかない。

「貴方の言う通りだった。疑ってすまなかった!」

「いや、リオは悪くない!俺が無理やりだったのは、まぁ少し驚かせたかっただけなんだ。フハハ!で、どうだ。着るか?」

リオは彼に向き合い、自分の礼を欠いていた態度を謝った。
返ってきた豪快な彼の笑いに頭を上げて苦笑を隠すように手を当てたが、その目の和やかさは隠せていない。

(こうゆう悪戯めいた事はよくツルギにされたな・・・大人は時に最善より楽しさを優先する。いや、大人だからこそなのかもしれない)

「ああ、ありがとう。是非、買いたい」

「いや、俺が勝手に渡したし、金は別に・・・」

「それは駄目だ!タダで貰うのは俺が気がひける。何よりこの店が誇る品なら、なおさら対価をつけるべきだろう?」

リオは人の仕事にはきちんと対価を出すべきだと思っているし、それを疎かにするほど擦れてはいない。
それに加え『タダより怖いものはない』

「うーん、本当にそれに価値をつけると言うなら豪邸が立つぐらいの金額になるぞ?金貨千万でも足りない」

この服のとんでもない効果を考えれば、そうなるのも納得出来る。
だが、成人になったばかりの少年がそこまでの財産を持っているはずもない。
ただ、対価になりそうな物の心当たりが一つだけあった。

「あの、貴方の名前を聞かせてくれないか?」

「おい、今更だな。俺はカズと言う。四代目店長だ」

「さっきは本当に動揺していたんだ・・・カズさん、その服に釣り合うかは分からない。だけど、その品の対価として俺に出せるのはこれしかない」

リオはそう言って、小さな革袋で包んであったそれを手に取って出す。
それは希少価値が高いと言うよりは、ある人から譲り受けた幻の品。

「この世界に一つしかないと言われた宝石だ・・・俺も本当かは分からない。ただ、この美しさが価値のないものと俺には思えない。とりあえず、見てみて欲しい」

取り出した手のひらの上で輝くのは、青緑の大粒の宝石。

「うーん、ただの宝石だ。確かに大きいが、普通のサファイアじゃないのか?」

「ここに暗所はあるか?暗ければ暗いほうがいい。連れて行ってくれ」

「まぁ、地下ならあるが」

リオは彼の背中を追いかけて、作業場に繋がる暗がりの地下に連れて行ってもらい、夜間に使っているランタンに火を灯し宝石をかざす。

「?!色が変わったぞ!なんて深い紫なんだ・・・!」

蝋燭の光で紫色に変わる魅惑的なそれは『アレキサンドライト』と言う。
以前に縁があって助けたレイコさんという女性から、お礼として譲り受けたものだった。

最初はお礼としては高価すぎる宝石を受け取る事を渋ったリオだが、彼女は「貴方の瞳に似ているから、あげたいの。きっといつか役に立つわ」と半ば押し付けるように渡してきたのだ。

リオは、ツルギから貰い受けた刀と同種の雰囲気を感じる黒いコートが気になり、出来るならそれを手に入れたかった。

譲られたものを商談で使うのは気が引けたが、ある意味、彼女の言う通りに役に立つ時が来た。
運命めいたものを感じるが、この未知の宝石は値段をつけれるものではない。
リオ自身は価値があるものだと思っているが、対価として適切なのかは分からなかったので、そこはカズ次第である。

「ああ。かなりのサイズだから加工してもいいだろうし・・・このままでも楽しめる。俺もたまに眺めて癒されていた」

「加工するなんて勿体ない!!俺は気に入った!値段なんてつけれないぐらいにな!」

彼は宝石に夢中になって、浮かれるように喜んでいる。
蝋燭の灯りが透ける宝石を様々な角度から見ようと、首を動かしながら顏の位置を変えてじっくり眺めていた。

「良かった・・・!」

リオも、思わず顏がほころぶ。
自分も好きなこの宝石を、彼も気に入ってくれた事が嬉しかった。

「商談成立だな!ほら、そのまま着て帰りな。この石は大事にするから!あと、また店に来てくれよ!」

「ああ、また来させてもらう。俺もこのコートを大事にする!カズさん、本当にありがとう」

リオは黒色のそれを改めて羽織り、真新しいブーツを軽快に鳴らして、木の香りが漂う店を後にした。
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