上 下
16 / 35
第一章

13話 ルイン

しおりを挟む
「そうか、分かった。ルイン・・・色々とありがとう」

鋼の牙についての伝言を受けたリオは、穏やかに微笑んでルインに礼を告げた。
さきほど彼に向けていた氷の眼差しは消え去り、紫の眼には優し気な親しみを感じる。

今回の戦争はリオにとっていい影響を及ぼした。
角がとれたというべきだろうか?
肩苦しい口調もやや柔らかくなっている。

ルインをはじめとしたイシエール共和国の人達は、きちんとした待遇と治療を施してくれた。
身元の保証がない傭兵にここまで丁寧に対応してくれる国があるのかと、リオは内心驚いていた。
その好意へ、感謝を抱かないはずがないのだ。

「どういたしまして!年相応のリオも、可愛いね!」

彼はニコッと笑いながらも、その目には揶揄いの色を浮かべていた。

「・・・すまないけど、聞こえなかった。そういえば雇用期間はまだ残っているんだろう?どうすればいい?」

リオは年相応、の言葉を聞いて、微笑みを真顔に変える。
男から可愛いと言われるなんて、というよりも子供扱いの可愛いが不満だった。

全体的な雰囲気に鋭さがあるから平常時はそう感じさせないのだが、基本的に男らしいというより中性的な顏なために、リオが笑うと雰囲気は途端に甘くなる。
最近は背もそれなりに伸びてきて、体格も良くなっているのだが、そのギャップのある笑顔を見ようと構われる所謂年上に可愛がられるタイプだった。

と言っても、その笑顔は貴重なものだ。
仕事関係を抜かせば初対面の者にはほぼ見せない。

「聞こえてるじゃない!リオってやっぱりいい反応だねー!面白い!」

「いや。別に、面白くない」

揶揄うのが好きなルインが、その硬い表情の塩対応をますます気に入っている事を本人は気付いていない。

「まずは療養じゃない?仕事なんて忘れて、ゆっくりしなくちゃ。給料も報奨金もきちんと届けるし、僕のほうで契約終了の手続きはしとくから!」

「じゃあ、悪いけどそちらの手続きも頼む。傭兵の昼寝は平穏の証だしな」

傭兵間で使う言い回しなのだが、ルインはそれがおかしかったのか「リオの給料と引き換えの平和か・・・」とクスッと笑った。

いつもニコニコとしている彼は、どちらかというと面白がる笑い方を浮かべていた。
リオは、思わず零れたかのような彼の柔らかな微笑みに珍しいものを見たなと少し不意を突かれてしまう。

「王国との戦争があっけなさすぎて残りの雇用期間が余るっていう事態は流石に予想してなかったよ!あいつら、本当に侵略する気あったのかな?って軍部は皆言っているよ、ふふ!」

雇用期間は一か月のはずが、今回のリアナスタ王国との戦争が約二週間で大体が収束してしまったため、眠っていた日にちを合わせても雇用期間が残ってしまっているが単なる雇われはお役御免になったようだ。

「王国か・・・聞いた感じだと統率力の違いじゃないか?戦争に参加したのは初めてだけど、イシエール軍の統制がかなりのものだと思った。有能な者がきちんと組織で動けている印象だったな」

「うん・・・そうだね。凄く働きやすい職場だと思っている・・・少なくても独立前と比べるまでもないよ」

彼の表情が少し曇った気がして、リオは何か声を掛けようか少しだけ迷ったが触れないでおこうと思い直した。
何があったのかは分からないが、こちらから聞く気にはなれなかった。
自分から話すのはいい。ただ、他人に触れて欲しくない事は誰にだってあると家族ツルギを思い浮かべながら、リオは代わりに一つ別の話題を振る。

「ルイン。元帥のアルザスト・・閣下に面会出来るよう取り計らってくれないか?国のトップに簡単に会える事でないのは承知してるけど、報奨金代わりに。金はいらないし、駄目元でもいい!頼む!」

実は、イシエール共和国にやってきた目的の一つに元帥アルザストに面会する事も含まれていた。
二年前の戦争の事、他にも聞きたい事がある。
今回戦果をあげたら面会も可能かもしれないという期待を持って、戦争に参加した側面もある。

「んー、そうだなぁ。正直閣下は凄く忙しい人だからね。でも駄目元でも良いと言うなら上に報告して掛け合ってみるよ。もし断られても、手紙ぐらいなら届くかもしれないし!」

「ああ、分かった!無理だった時に渡せるよう手紙も用意しておく!」

ジッと見つめて頼むリオの煌めきを放つ眼。
ルインは、夕の海を想わせるどこまでも深い紫に思わず魅入る。

そのまま見続ければ、囚われてしまう。ずっと見ていたい、見ていて欲しいと思わせるその危うさを、幸いにも彼は客観的に理解出来る。
理解出来た上であの鋭い目が見たいと思うのだから、既に囚われているのかもしれないが、彼は自分が自分であるために目を僅かに下へ逸らす。

危ない、ずっと見てしまう所だったとルインは少し冷や汗をかいた。

彼は周りを惹きつけて苦労するタイプだと気の毒だったが、面白そうという興味が勝り、黙っておく事にした。
愉快な事が好きな彼は、ちょくちょく様子を見に来よう、と心の内で笑みを浮かべた。
しおりを挟む

処理中です...