少女は神の子

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一章 神を名を持つ少女

1話① 新しい道

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 サッカーは人間がやるスポーツだ。

 だが、人間とは思えない選手がいた。

 リオネル・メッシ。

 サッカー界に降り立ち、様々な伝説を当たり前のように作っていった選手だ。

 バルセロナ、パリサンジェルマン、そしてアルゼンチン代表で活躍を続けていた選手だ。

 数多の選手は彼のことをこう語る。

「彼はチート」

「宇宙人」

「神」

 と、彼の才能のことを語っていた。

 もし、彼と同じくらいの可能性を秘めた誰かがこのセカイのどこかにいて、目の前に現れたとしたのならば━━━━。

 俺、飛口紡久は、運命的な出会いをしたのだ。

 偶然見かけた少女は、この全ての選手が絶対にたどり着けない領域に足を踏み入れかけていた。だけど、このままではそれだけで終わってしまう。それどころかサッカー選手としても悲しい結末に終わってしまうのだろう。

 俺はそうなることが嫌だった。だから俺は、彼女を育てたい。彼女はサッカーが大好きで、できる限りサッカーをやって欲しい。これまで何の関わりもない、本来赤の他人であるはずの女の子に、これほどまでに強い感情を持ったのは━━━━始めてだった。









 怪我をした。時期は11月ごろ。2年生の選手権で、おもいきり靭帯が断裂して、試合が出来るのは約1年ほど後のことらしい。

 と、いうことで二年生にして、事実上の引退をすることになった。

 俺、飛口紡久は手術を終えた後のベッドの上でぼーー、としていた。天井の斑点が何個あるかを数えながら過ごす。これ程までに暇と感じた時はない。勉強なんてやる気もないし、当然ボールは蹴れない。長い長い時間を過ごしていった。

 ガチャリ。

 ドアの音がした。病院の先生かと思ったが違う。昔からの仲である、玉蟲愛守香と角田編美だ。

「こんにちわ」

 愛守香は、“わ”を大きく、短く口にした。普段かしこまるような中でもないし、こういった簡単な挨拶で十分だ。

「調子はどう?」

 編美は怪我の状態を口にする。どこをどう怪我したかは既に伝えてある。手術がどうなったかが、話の本題だ。俺は正直に、静かに、それでいてできるだけ明るく。

「手術は成功、でも体は最悪だ」

 それでも弱音を吐くように出てしまった。二人には自分の中にあるどうしようもない感情が伝わったようだ。

「そう」

「なるほど」

 と、詮索はせずに返してくれた。

 二人は手に何かを持っていた。お見舞いに来てくれたようだ。

 愛守香がベッドの隣にある椅子に座り、手にあったバックからタッパーを取り出した。

「とりあえず、果物。林檎とか、バナナとか。病院の飯はマズいとか聞いて」

 タッパーを開ける。そこには、切った林檎と輪切りになったバナナが入っていた。それとフォークも。

「いや、まずくない。むしろ美味いんだが、毎日毎日そればっかりと飽きてくるんだよなあ、さすがに。最近はたくあんをテザート気分にして食うことにしてる」

 フォークで林檎を食べながら話す。

「それはもうある意味の重症じゃん」

 愛守香が笑いながら答えた。

「だろ━━━━」

 と、笑い返した。しかし、それでも出てくる感情は悔しさだけだ。不意にやるせなさとともに、溢すように嘆いてしまった。

「全国、出たかったな」

 赤い夕日が、病室に差し込む。まあ、これ以上悔しいことを考えても意味はない。親友二人は間違いなく俺の言葉を聞いた。普通なら微妙な空気になるだろうが、二人とは10年以上の付き合いだ。大丈夫だろうという安心感もあってか、わざと大きな声で言ってしまったのだ。申し訳ないが、あとかなりすっきりしたので、ベッドに寝転ろび、あくびをかいた。

「それじゃあ何か、話をしようよ?」

 編美が話し始めた。「いいけど」と、軽く返答をした。このまま雑談を続けて、暇を潰そう━━━━。

「紡久って、好きな人っているの?」

 唐突だった。

「うわ!」

 愛守香がびっくりした。俺も心臓がドキッとした。別に二人のうちどちらかに、異性としての感情を向けているわけでは無い。突然の話の始まりに驚いただけだ。

「いるか」

 考えたことはあったけど、なかなか女子と話すことなんて無いし。大学生になってから恋愛したいとか漠然と思っていた。

「ええー。勿体なくない? 紡久とか絶対モテるって」

「モテたとしてもだ。今付き合ったとして、そしたら多分、1年ちょっとで破局決定だ。大学で離れ離れになるし、俺は遠距離恋愛が出来るとは思えない」

 冷たくあしらう。

「じゃあ愛守香は?」

「え? あたし? えーーーー欲しいっちゃ欲しいけどなあーー」

 編美に突然振られて悩みだす愛守香。

 こいつはしばらく彼氏が出来そうにない。ルックスは間違いないとは、適当に思っているが、いかんせん性格が、全体的に良いものの、少数の「こんな性格は嫌だ」みたいなところが強すぎるのだ。例えば度が過ぎるほどのファザコンなところとかだ。

 一方の編美は、他人の恋沙汰には興味津々で、自分も良い恋愛したいとかはある程度聞く。だけど、本人は友だちと遊んだりしてるほうが楽しいぽい。背は150未満とかなり小さいものの、持ち前の明るさがタイプの男は必ずいるだろう。

 同じサッカー部の人とかに、女の子紹介してと言われたら、二人は一応出すくらいはしてあげるつもりだ。

 俺はどうせならモテる男でいたい。

 すると、トントン、と病室のドアを叩く音がした。

 ちょうど個室だったので、俺の見舞いに誰か来たのだろう。親、そしてサッカー部の部員は、1時間くらい前に来たから、正直誰か見当がつかなかった。

「どうぞーー」

 誰だろうか、と思いながら入室を許可した。病人(正確には怪我人だが)に刺激を与えないようにか、少しずつドアが開き、人が入ってきた。

「ええ?」

「え!」

 同じ編美と、愛守香が驚いた。俺も言葉を失った。

 それは、俺の高校、生時高校の校長、そして“女子”サッカー部の先生がやって来たのだ。樋口先生。かなり厳しい先生であることを愛守香や編美から聞いている。この令和の時代に昭和のど根性練習をするとかなんとか。

「こ、こんにちわ」

 俺たち生徒3人は、動揺を隠せないながらも挨拶をした。

「あ、愛守香と編美じゃない。練習後ここに?」

「紡久のお見舞いに来ました━━」

 愛守香と編美は共に女子サッカー部。突然顧問の先生が来たことによる動揺は、愛守香はある程度落ち着いているのだが、対して編美はというと、抑えきれていない。

「申し訳ないんのだけど、少し出てってくれる?」

 優しく二人に話しかけた。

 俺にとって、大切な話なのだろう予想はついた。ただ、俺のお見舞いに来たわけではない。

「わ、分かりました。それじゃあ編美行こう。一応外で待ってるから」

 俺は手のひらを見せて、無言で返事をした。愛守香は自然体でそのまま部屋を出ていった。対して編美はまだ、固そうだった。

 これで部屋には3人。さっきも3人だったけど、面子の質が色々と変化しすぎている。

「怪我の具合は?」

 校長先生が聞いてきた。

「手術は終わりました。だけど、ボール終わるのはかなりの後になるって━━━━」

「そうか、で、話なんだが、重要なことだ。だけど、そこまで気を引き締めなくてもいい。1つ提案をしたいんだけど、嫌なら断って貰っても結構だからね」

「は、はあ」

 愛守香と編美に出てもらっていったのは、大切な話だからだろうが、俺が断った場合、ここだけのものに終わるからだろう。だがそれは何か? ここに来たのは女子サッカー部の監督。男子でないのならば、女子サッカー部に大きく関わること。それはいったい━━━━。

「単刀直入に言う。君に、女子サッカー部の監督を頼みたい」

 途端、思考が一度止まった。

「ええっ!!」

 先生の前だが、おもわず大声を出してしまった。

 俺に━━同級生たちの指導をしろということ。

「それは━━なぜですか?」

 校長は落ち着いて話しだした。

「この、樋口先生が今年で定年退職になるのは知ってるかな?」

「いえ…………」

 白髪も見えて、しわも多く、風貌からそろそろ60くらいだというのは分かるのだが、実際に今年でその年でなるというのは初耳だ。

「そうか。それで、なかなか次に来る先生よりも、生徒に任そうと、いう話になってな……」

「どうしてですか?」

「来年の新人戦から、選手権まで。教師が変わったよりも、一人のコーチが年間通してやったほうがいいってなってな……。うちの学校は、他の高校のようにスポーツ推薦も無く、将来スポーツで大成するために入ってくる子たちは少ない。だからこそ、生徒にチャレンジする機会を与えてはどうかなって? ほら、飛口君は、サッカーの指導者になりたいのだろう?」

「まあ、そうですけど……?」

 確かに、将来サッカーを教える立場になりたいと思っている。だけど、そのためにはサッカーを知らなきゃならないし、プレーの経験も必要だ。さらには、指導者ライセンスを受講するには年齢制限もある。

 だが、プレーはしようにもできない。完全にぶっ壊れた俺の足では、自由に走ることすら許されないだろう。おそらく、まだ高校生活は1年以上残ってはいるとはいえ、もうボールを蹴ることは無いだろう。

 残された道は、ボールを蹴るサッカー部の仲間たちをいろんな形で支えることくらいか。

 と、思ったが━━━━。なぜか、こんな形で提案が来るとは思わなかった。これは間違いなく再び自分の力で全国に出るまたとないチャンスだ。

 ━━だけど。俺はサッカーに対する情熱が強いことは自覚している。だからこそ、女子サッカー部員の気持ちになって考えてみると、悩んでしまう。

 ━━もし、駄目だったら。

 愛守香と編美も女子サッカー部員だが、二人は楽しいということでやっている。勝ちたいとも思っているが、人生をサッカーに費やしたいとは思ってはいないだろう。

 だが、他の部員はどうだろうか? 生時高校の実力的に難しいとはいえ、全国に行って、そこで活躍して、プロになりたいと思っているやつもいるかもしれない。だけどそいつの前に現れた指導者の質が悪かったら━━━━。

「とりあえず、制限時間は━━?」

 樋口先生はこちらに向いていった。

「2学期が終わるまで。部の練習は終業式後も少しあるんだけど、蹴り納め前に、飛口君が女子サッカー部を担当することを報告したいからね」 

「━━分かりました。考える時間をください」

 俺の隣には、先生二人はもういなかった。ぐちゃぐちゃになった頭が、二人の退室を認識出来ていなかったのだろう。そのことに気付かされてくれたのは、いつの間にか消えていた先生同様、いつの間にか部屋にいた愛守香と編美だった。

 「紡久!」という愛守香の言葉で気付かされた俺は、いつも通りを装いながら「どうしたんだ」と答えた。

「あたしたちの監督だって?」

「は? 聞いていたのかよ?」

 秘密の会話にしようという先生二人の対応は愛守香の発言によって虚しいものとなってしまったのだ。

「んもう、こおぅんな分に聞いてたよ。愛守香は」

 編美は自身の耳を何かに押し付けるような仕草をした。

「まあ、二人には言うつもりだったんだけどな」

 そもそも、自分の中には愛守香と編美に秘密にするという選択肢は無かった。なぜなら、生まれたときから苦楽をともにしてきた仲だ。自分の中で、二人に隠し事をするなんて基本的にあり得なかった。

 なら話は速いと言わんばかりに、編美、愛守香と答えた。

「ちなみに、私は別に紡久監督でもいいよ」

「うん。あたしも~~」

「軽いな…………」

 あっけない解答に少し緊張も解れた。同級生でどこで食べにいくかを決めるときのようなノリだった愛守香は、その雰囲気を消していた。微笑み、自分のことをじっと見つめた。

「だって、紡久はサッカーが大好きで一生懸命じゃん。紡久が好きなことに本当に一直線なのは、あたしたち二人は知ってる。多分この話を紡久の意思に任せるようになったのは、もう紡久の実力を他の人は評価してるからじゃない?」

 自分には無い自信を、生んであげようとしてくれてるのだろう。

 俺は成功したことは無い。失敗したこともない。どうなるか分からない。だから怖いのだ。経験も反省も無いから自信が生まれない。指導の指導もされたことがない。まったくの新しい世界に、重い責任と共にいくことになる。

「じゃ、ゆっくり考えてみて。気が向いたらまたお見舞いしにくるよ」

 愛守香はそれだけ言って、編美も釣られて、そのまま二人は帰っていった。残されたのは自分だけだった。

 残ったのは一人だけ。一ヶ月程の猶予があるが、決められるのか━━━━。長いように見えて、あまりにも短い時間が過ぎるのが始まったことを確信した。
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