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魔法を知る術

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エルーナの気まぐれでノアールが魔法に触れた日から数週間。

順調に言葉と文字を覚えながらも、見よう見真似でできるようになった魔力の操作で日々遊ぶノアール。

魔力は意識を集中させるとおへその下辺り、下丹田たんでんなどと呼ばれる場所からエネルギーとして滲み出してくる。

これを手の指先に集めてみたり、二手に分けて足に動かしてみたりと身体中に思った通りに動かすのが最近のノアールの娯楽なのだ。

赤ちゃんの体では魔力を使うだけでも相当疲れるはずだが、これを起きている間ずっとやり続けるのはさすがの執念と言わざるを得ない。

そんなすっかり魔法にハマってしまった、いや、取り憑かれたと言った方がいいだろうノアールは最近少し困っている。

「めでたしめでたし。ノア今日の絵本は面白かった?」

「うん!」

「あら、それなら良かったわ」

あれからも絵本の読み聞かせはしに来てくれるエルーナが読み終わった本を閉じる。

この読み聞かせ、エルーナも文字を教えるために丁寧に解説なんかも混じえてやっている事もあり効果はバッチリだ。

最近では初めて見る絵本も八割ほどは読めるようになった。 

まあそれを感じているからこそ、エルーナは少し不安でもあるのだが。

はぁ、ノアは教えた事をスポンジのようにすぐに吸収してしまう…この様子だと魔法も…はぁ。

心の中でため息をつく姉。そんな姉の気苦労など知らないノアールは満面の笑みで問う。

「ねえね!まほうみたい!して!」

屈託のない笑顔には捻りも何も無い、これが純粋な好奇心からのお願いだと分かるからこそ少し怖いと感じる。

好奇心とは福となる事もあれど時に牙を剥くものだとエルーナは知っているから。

「ノア…魔法についてはノアがもう少し大きくなったら教えるっていつも言っているでしょ?魔法は危ない力でもあるからまだ教えられないの」

あの日の夕食後の話し合いで、魔法を知りすぐに魔力の操作を覚えて見せたノアールの今後については散々話し合われてた。

これがここ最近ノアールを困らせている種でもあるのだが、話し合いの結論だけ言うと、分別のつくだろう年齢。
5歳になるまでは魔法については教えない方向で行こうという事になったのだ。

魔法は攻撃手段としても用いられる力。

単純に危ないのである。

魔法を拒否されたノアールは少しゴネてみるが、少し責任を感じている姉は取り付く島もなかった。

幾つか会話を交わしたエルーナが出ていき、部屋に一人きりになったノアールは、何とか魔法を覚えられないかと一人思案する。

ーーーーー

末っ子と言うのは家族のアイドルと言っても過言では無い。

両親からも姉弟からも過剰と言っていい程に可愛がられる生き物である。

そんな末っ子のノアールの部屋にはお勉強を終えたダリルとフラフラと遊びに来たシアがいた。

「シア、腕立てはシアにはまだ早いから別のをやろうね」

自分の真似をして腕立てをしようとする2歳の妹に苦笑いを浮かべるダリルはすかさず簡単な基礎トレーニングをシアに教える。

「お兄様、これやればシア強くなる?」

「もちろん強くなるしもっと上手に体を動かせるようになるよ」

「本当?じゃあもっとやる!」

嘘では無いが効率性は良くない簡単な体操を教えたダリルは純粋な感情をぶつけてくる妹に若干の罪悪感を感じつつも負い目は感じない。

さすがに2歳の妹にムキムキになって欲しくは無いからね。

この様にノアールの部屋は特に何かある訳でもない家族達のたまり場になりつつある。

エルーナが黙々と刺繍をしている事もあるしメイドから逃げたシアが隠れ場所としてノアールの布団に潜り込んでくることもある。

時にはデイリスとテスナがノアールをあやしながらイチャイチャするような事もある程だ。

そんな魔力操作に集中していて無関心な弟の前で兄と姉が楽しそうにトレーニングをする謎の状況な部屋がノックされた。

「あら、ダリル様とシア様も居られましたか」

「今日のお勉強も終わったからね」

「ノア見に来たの!」

「そうでしたか、お疲れ様でしたダリル様、シア様も弟の面倒を見るなんてすっかり立派なお姉さんですね」

入ってきたのはメイドのリリーだった。

リリーに褒められたシアは立派なお姉さんという言葉に嬉しそうにしている。

そんな妹の単純な所がまた可愛いと感じるお兄ちゃんのダリル。

「ノアに何か用事があるの?」

「ええダリル様、時間が出来たのでノアール様のお散歩にと思いまして」

「あれ、もうそんな時間なのか」

お散歩という単語が耳に入ってきたノアールはすぐに魔力操作を止める。

「リリー!おさんぽ?」

「ええ、今日は時間が空いていますからお散歩ですよ!」

不定期に開催されるノアールのお散歩。

まだ歩くこが出来ず夕飯以外の大半の時間を自室で過ごすノアールに外を感じさせる為に、またセンバート家で働く人達との交流も目的のひとつとしたお散歩がノアールは大好きなのだ。

早く早くとせがむノアールの言う通りに抱っこ紐を取り付けて抱えあげたリリー。

抱っこされ普段見ているよりはるかに視点が高くなる感覚にノアールはご満悦だ。

「では私達は行きますけど、お二人はどうしますか?」

「僕はもう少し鍛錬をするよ」

「シアもお兄様と鍛錬する!」

笑顔で答えるシアに、お嬢様は鍛錬なんてしなくてもいいのにと思いながらもリリーは笑顔で部屋を後にした。

センバート邸は家族の個室が2階の階段より向かって左側にに設置されている。

ノアールの部屋は階段を昇って2つ目の部屋だ。

廊下には明かりを入れるために開け放たれた木窓が並ぶ。

日光が屋敷にさえぎられて影になっている事から眩しすぎない程度に廊下を照らす明かりはどことなく哀愁を抱かせる。

これからはいつも通りにであれば1階へと降りてメイドや料理人達、リビングに居ればテスナやデイリスにも挨拶をする流れなのだが。

廊下を歩き階段に差しかかるとノアールはふと気になった。

「リリー、むこうはなにがある?」

階段を昇って家族の個室とは反対の向かって右側。

普段は行かないその場所に何があるのか、単純に気になって聞いてみたのだが、これがノアールの運命を大きく変えることなる。

「そういえばあっちには行ったことがありませんでしたね。あっちにはデイリス様の書斎と応接間、そして書庫があるんですよ」

「しょこ?」

「そうです書庫、貴重な本や絵本が何冊も保管されている大事な場所ですね」

書庫というのがどんな場所なのかを聞いてノアールはふと思った。

普段エルーナが読み聞かせをしてくれる絵本や他の本もあるという書庫。

果たしてその中に魔法に関して綴られた本だけが無いなんて事はあるのだろうか。

本は高価で貴重なもの。兄が言うにはこの家は金があまりない。絵本では大事なものは守れるように一箇所に纏めていた。

ちょっとした疑問から行き着いた考えだったが、頭のどこかで勝手に論理的な説明が付け加えられるという不思議な感覚に陥りながら導き出された結論。

絶対にここには魔法に関する本がある。

そう確信が持てる答えに行き着いたノアールは何かが覚醒したかのように更に思考を加速させてゆく。

どうやれば誰にも見つからずに書庫へとたどり着き、本を持って帰れるだろうか。

ノアールの頭の中は数日間この議題で持ち切りになるのであった。
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