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3話「謁見」
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フィリアに連れられてラスボス戦の前のような厳かな雰囲気漂う扉の前に来ていた。
この先に皇がいるのは間違いないが、それにしても異様な緊張感が走っている。それは皇が帰ってきてからほとんど口を開かず体を硬直させどこか恐れているようなフィリアのせいだ。
皇への謁見で俺が緊張するなら分かるが、その子であるフィリアが緊張を通り越して怯えている。それだけ強さの格が違うということだろうか。いや、それにしてもこの怯え方は異様だ。
大きく深呼吸するとフィリアは扉の近くに控える兵士に視線を送って扉を開けさせる。
「JOKER様、行きましょう」
フィリアに続いて部屋の中に足を進める。
中に入って真っ先に目に入ったのは天井に空いた大きな穴。それは予め設計に組み込まれていたものではなく強い衝撃を加えて空けたものに見える。それでいて瓦礫が見当たらないことからついさっき空けられたものではなく、空けてからそこそこの期間は放置されているようだ。
次に気になったのは玉座だ。
明らかに差のある椅子に座る男性と女性。それをしっかりと見る前にフィリアが跪き頭を下げたので真似するように跪いて頭を下げる。
「頭を上げられよ」
妖艶さ漂う女性の声に従って頭を上げると1人で座るには大きく足を曲げれば寝転べそうな椅子に声の主でありこの国の皇らしき女性が座っており、その隣には本当に座る用と言ったような豪華ではあるが女性の座る椅子に比べると貧相に見える椅子に男性が座っていた。
女性の方は黒色に見えるが光が当たると少しだけ紫色に見える髪が膝辺りまで伸びていて頭頂部には頭の形に沿うように後ろに伸びる短い角が生えていた。他にも菫色の瞳に気の強そうなつり目、座っていても高いと分かる身長と強キャラ感が漂っている。対して男性の方は短い髪が刺々としていてジーク程とは言わないが肌には多くの傷がついている。その内の何箇所かは目新しく血が滴っていた。
どうやらついさっきまでどこかで戦闘をしていたようだ。ジークの肌傷も見るに皇の夫となる者は過激な戦闘を繰り返して強さを誇示する風習でもあるのだろうか。ジークと言いこの男性と言い他の人とは比べものにならないほど傷を負っていた。
「其方が神使か。我はティノーグ皇国、現国皇リア・ドラシオン。隣に居るのが夫のゼルガだ。其方、名は何と申す?」
「JOKERと申します。この度は謁見の機会を頂き有難く思っております」
適当な言葉に興味ないのか俺自体に興味がないのか「うむ」と俺に目も向けず空返事をする。
「父が試していたはずだが、父はどうした?もしや、やられたか?」
リアは嬉しそうにフィリアにそう聞く。その言葉はジークが亡き者になっていた方がいいように聞こえるが、憎しみのような感情は感じられない。
「赤い狼煙が上がったので前線に戻りました」
「ではどちらも無事ということか。父が手を抜いたか神使が手を抜いたかは分からぬが我は神使の実力を知らぬ。得体の知れぬ者をこの国に置いておく訳にはいかんのでな。フィリア、ゼルガを治せ。終わり次第ゼルガは神使と戦え」
お願いでも交渉でもないこの場に居る3人全員に拒否権は存在しないという圧倒的強者の立場から放たれた言葉。状況的に従うしかなさそうだと諦めているとフィリアが恐る恐る発言する。
「爺様はJOKER様を認めました。ですから父様とJOKER様が戦う意味はないと思います」
余程勇気を振り絞って言ったのかフィリアの声は震えていた。その勇気を微塵も気にせずリアは一蹴する。
「父と我は感覚が違えば現国皇は我だ。何よりフィリアよ、我に意見できるほど偉くなったのか?」
「申し訳ありません。何でもない、です」
この一言で全ては決まりゼルガは何も言うことなくフィリアに治されるのを待っている。フィリアはゼルガの元に行くと腰の細剣を抜き何やら回復スキルをかけた。
フィリアは回復系統のスキルが使えるのか。なんて暢気な感想を抱きながら「武器よ」と呼びかけてメイン武器に設定してある大鎌、死神の大鎌を右手に呼び寄せる。
実戦で扱えるような練度ではないが実戦で慣らさないことには始まらない。それにさっきのやり取りを見るに上下関係は明らかでリアはゼルガの比にならないくらい強いだろう。これが杞憂でゼルガと同等であったとしても連戦を想定すればSPの消費は抑えなければならない。
クルクルと大鎌を回して精神統一をしていると回復が終わったのか目新しい傷は塞がり服も修復されていたゼルガが両手剣を持って目の前に立っていた。
相対しているが特に言葉を交わすこともなく視線だけを交わしているとリアが開始の声を上げる。
「始めよ」
その短い掛け声と同時にゼルガは正面から斬りかかって来る。
先程までついていた傷の影響は何もないようで、ジークと同じような深く力強い踏み込みで懐まで潜り込まれると斜めに斬り上げられる。
一度ジークの踏み込みを見ているため余裕をもって反応はできているがスキルの発動は間に合わない。そう判断して大鎌の柄で両手剣の刃を受け止める。
しかし、懸念していたように受ける角度を始め繊細な技術が必要なようで左手が簡単に弾き飛ばされた。
追撃に備えて持ち直そうとするもそんな間を与えてくれるはずもなく、追撃の両手剣に片手で振るう大鎌をぶつけるしかない。が、大鎌もろとも大きく吹っ飛ばされる。
単純なSTR値もそうだが、それ以上に技術の差が大きい。技術で勝てないのは分かっていたがここまでSTR値にも差があるとは思っていなかった。
「《54枚が___」
即座にSPを温存して戦おうとするのは余計にSP消費が増えると判断して空中で一回転しながら詠唱を始めるが、着地した時には顔の横から刃が迫っていた。
それを着地するのを諦めて地面に倒れることで躱し、手をバネにして飛び上がるようにゼルガの腹に蹴りを入れる。
大したダメージはなさそうだが予想外だったのか「ぐっ」と息に音が付いたような声を漏らしながらゼルガは滑るように後ろへ吹っ飛ぶ。
距離としては宙を舞っていた時よりも短いが十分だ。
「《54枚が紡ぐ世界》」
ゼルガが少し怯んでいる間にスキルを唱え切り52枚のトランプを背後に出す。
「模倣、ハートのA」
背後にあるトランプの内、ハートのAが光ると手元のJOKERがハートのAに変わる。それを自分に翳すと短いが天に向かって一直線に角が生え、片翼が両手を広げたくらいの幅がある翼が生え、自分の背丈と同じくらい長い細めの尻尾が生える。更に皮膚は紅い鱗で覆われ、手と足には鋭い爪が生えた。
その姿に変わったのに興味を持ったのか一瞬、リアの威圧感が増す。気になって目を向けると今までは退屈そうに見ていたのから一転、子供が新しいおもちゃを見つけたように目を輝かせて前のめりになっていた。
ようやく興味を持ったか。とリアに気を取られてゼルガへの対応が遅れる。
さっきの蹴りは不意を突いて怯ませはしたが大したダメージがなければスキルの発動だけでもマイナスだ。その上、リアに気を取られたのだから回避も満足な防御体勢も取れない。
何もできないままゼルガの持つ両手剣の横薙ぎを横っ腹で受ける。
「ぐっ!」と言葉では同じでもゼルガとは比較にならない鈍い声と共にズザザザザザザと床を足の爪で削りながら滑らされた。
ジーク戦でダメージをくらっていたからダメージをくらうという感覚は経験していたが、それでもこの感覚にはまだ慣れない。だが、それに意識を向けている余裕はない。
追撃がくる前に反撃しようと、左足を軸にして体を回してゼルガの足に尻尾を巻き付けるように引っ掛けて体勢を崩す。
自由に操れるか分からず体の動きに合わせて強引に動かしただけの尻尾だったが引っ掛けた時の引っ張られるような感覚から付け根付近は自由に動かせそうな手応えを感じる。
それを活かした追撃をしようと少し距離を詰めて回し蹴りをするがあっさりとしゃがまれて躱され後追いの尻尾も躱される。それの勢い余って無防備な背中をゼルガに向けてしまう。
それを好機と見たのかゼルガが串刺しにするように両手剣を突き出す。
かかった___。
両翼の付け根の間に両手剣が突き刺さるが、回し蹴りの間合いで大した予備動作も行えていないゼルガの突きの貫通力は低く模倣を発動していてVITが上昇していることも合わさり両手剣は深くは刺さらず、刺さったのは切っ先だけだった。
ダメージを示す感覚も大してなく周辺視野でHPゲージを確認するだけでも事足りるのだが念のためしっかりと確認すると横薙ぎをくらった時から1ドット減ったか減ってないかだ。両手剣の刺さっている持続ダメージを見ても秒速10くらいしか減っていない。
尻尾と同じように翼も付け根は動かせそうで力を入れて両手剣が抜けないようにする。ゼルガはそのまま貫通できると判断したのか両手剣を手放す選択肢はないのか力を加えてきた。
しかし、力は互角かこちらの方が優勢なのか両手剣は奥へ進むことなくその場で膠着した。
膠着している間にゼルガの背後に尻尾を回して背後から腹に突き刺す。鶏肉に竹串を刺すような感覚で尻尾を突き刺すと天井に向けて掲げる。
「これで終わりでいいか?」
ゼルガを仰向けで天井に掲げ抵抗できない状態にしたところで背中に刺さる両手剣を抜きながらリアにそう聞く。先程のミスを繰り返さないために意識はゼルガに向けたまま。
まだチェックの段階でチェックメイトではないがそれはこちら視点であってゼルガ視点では分からない。だからこれで詰んでいるなら儲けもの、詰んでいなくとも俺の実力を見る余興であればこのくらいでいいはずだ。
「我に聞くでない。戦っているのは其方等であろう。だが、そうだな…ゼルガよ、よいのか?」
お前が戦えって言ったんだろ。と心の中でツッコミながらこの程度の浅い戦いでは不満だという気持ちが伝わってくる。
リアのその言葉は問いかけているようで問いかけていない。敗北を認めれば即座に殺すという意味を孕んでいるだけの圧があった。
「まだ、だ。《武装・龍》」
懐からメダルを取り出すまではジークが使った時と同じだが、そのメダルを何に填めることもなくゼルガは強引に体をこちらに反転するとメダルをこちらに向ける。それだけでも発動条件を満たしているようでメダルからは龍が具現した。
しかし、ゼルガ自体のスキルレベルが低いのか武器を介することで本来の性能を発揮するスキルなのかメダルから出てきた龍はジークの出した龍よりもか細く貧弱に見えた。
一度見たスキル、それも前よりも威力が低いとなればそれが通じるほど甘くはない。
「《龍の爪槍》」
そう唱えると爪が輝きを放ち龍に向けて槍のように突き出す。
激しく衝突するかと思えば爪に触れた部分から龍は散っていき、視界は散った龍の残骸で覆われた。
っ!
尻尾に突き刺したままのゼルガをフィリアの居た方へ投げ飛ばして大きくバックステップをする。
「ほぉ、我の攻撃を躱すとな。少々殺気を出し過ぎたか」
さっきまで俺の居た場所からそう声が聞こえた。
散った龍の代わりに砂埃でハッキリとその姿は見えないが砂埃越しに影だけは見える。少しして砂埃が収まると床に手を突き刺したままのリアが立っていた。
「俺ならあそこで仕掛けたくなる。っていうか底を見たくて抑えきれなくなるな」
「なるほど。其方も戦闘狂であったか」
リアは嬉しそうに手を引き抜くと床を蹴り一気に間合いを詰めてくる。身構えていたはずなのに気づけばリアに懐まで潜り込まれていた。
回避も防御も間に合わずどんな攻撃を受けたのかも分からず腹部に嘔吐しそうなほど鈍いダメージを受けると直後、背中にも激しい圧が加わる。どうやら腹に打撃を受けて壁まで吹っ飛ばされたようだ。
壁にめり込み、抜け出そうとするも思いの外深くめり込んでいたのとダメージの反動で簡単には抜け出せない。
そんなこちらの都合は当然、お構いなしにリアは距離を詰めると低い姿勢から掌底を打ち込む。さっきと同じ感覚からさっきも掌底を打ち込まれたのだと分かるが、重要なのはそこじゃない。
「神使とはこの程度なのか?少しでも期待した我が愚かであった」
俺への興味は失せたかのような言い方だがリアの掌底は止まない。無抵抗のままリアに掌底を打ち込まれ続けるが、それは言葉とは裏腹に俺がまだ何かアクションを起こすのを期待しているようだ。
どうにかしようにも体はダメージの感覚と壁へのめり込みで動かせず、スキルを唱えようにも反射的に漏れる声に邪魔されて、何もできない。
そんな状態で打ち込まれ続けること早数十発。一向にリアの掌底の速度は落ちることなく寸分違わず同じリズムで打ち込まれ俺のHPは70%を切っていた。
それでも何も対策は思い浮かばない。対策ではないが強いて言えば俺のHPが尽きるよりも先に壁が壊れそうなことだ。壁が壊れ廊下に吹っ飛ばされればそこで何かしらアクションを起こせる。
それかHPが50%を切るのを待って強引に打開するか。
どっちにせよ現状で自主的に起こせる行動はない。出来ることと言えばダメージの感覚に体を慣らすことと反射的に出る声を抑える方法を模索するくらいだ。
ダメージの感覚には少しずつ慣れてきたがまだ時間がかかりそうだし、声に関しては現実でそこまで痛い訳ではなく目の前で起こる映像に反応して声が出てしまっているのだから抑えることは可能なはずだ。ゲームで操作キャラがダメージをくらった時に「痛っ」と声が出てしまうのと同じだ。あっ、これもゲームか。
すぐに解決はできないと思いながらも体を慣らしていると壁の崩壊が訪れた。
壁を突き抜けて廊下に吹っ飛ばされて床を一度、二度、と弾んで勢いが和らいだところで手を床について体を起こす。
壁の崩壊の仕方によってはリアの追撃が遅れることも期待したが、そこまで都合よくはない。が、当然それはあったらいいな的な願望で追撃に対する反撃が本命択だ。
攻撃をしてくれば___
「何もせぬのか?いや、何か狙っておるな。反撃か」
体を起こしてもまだ勢いは完全に殺せておらず後ろ走りをしているとリアが掌底を打ち込む構えをして並走している。そのまま打ち込んでくればいいものの首を傾げて自分の思考を口にする様子はこちらの思考を探っているようだ。
その実、リアが口にしたように俺が狙っていたのは反撃だ。打ち込まれた掌底の威力と速度は一定でかなりの熟練度を感じた。それは掌底に対する絶対的な自信と信頼の表れで追撃にも使ってくると読んでいた。
いくら速い掌底であってもあれだけ打ち込まれれば目は慣れるしリズムが単調であれば反撃を合わせることは誰でも可能だ。
それでもこのバケモノはそれだけで勝てる強さを持っており、それ故の傲りから何も考えずに掌底で追撃してくると思っていた。
それなのにこのバケモノは見に回ったのだ。それは直感的なものではなく俺が何をするかを窺うために予め決めていたようだった。
つまり、俺は嵌められたのだ。リズムが一定だったのも掌底しか使わなかったのも俺が反撃を狙うように誘導していただけに過ぎない。こんなバケモノと言えど単調な攻撃だけの訳がないと疑うべきだった。バケモノの子もまたバケモノ。ソーマの話を聞いていたのだから尚更に疑うべきだった。
そもそもを言えば先制攻撃を仕掛けてきた時は掌底ではなく突きだった。くらっていなかったから失念していたが掌底だけでないのはソーマのことを抜きにしても分かったはずだ。
この読み合いは完全に負けた。そう割り切って一撃を受けてからの対応に頭を切り替える。
しかし、いつまで経ってもリアからの攻撃が飛んでこない。その間に吹っ飛ばされた勢いは完全に止まり体勢が整ってしまう。
この好機に何もしなかった理由は1つ。リアの中で俺との格付けが完了したのだ。
もう何をしようとも想定の範疇を越えないと、何をされても後手から対応できると、そう判断されたのだ。
「図星であったか。だが、あの状況で反撃を狙うとは期待以上だ。その折れない戦意に敬意を表して五分の状況に戻そう」
そう笑うとリアは少し下がってこちらの出方を窺うように立っている。
やはり格付けが済んだと判断しているようだ。なめられたものだ。まぁ、今の状況だとそれも仕方ないが…
「一時の形勢でなめると後悔するぞ?」
「呆れることはあっても後悔することなどない。我は其方の攻撃を受けてみたいのだ。其方はまだ力を隠しておる。それを堪能せずに終わっては勿体ないではないか」
その言葉は俺を侮っているようで寧ろ認めているように聞こえた。
「ならその期待に応えてやるよ。模倣重複、クローバーのA」
そう唱えると右半身が黒く変わる。それは単に色が変わっただけでなく、全身に宿っていた紅が左半身に凝縮されたように濃くなり右半身の黒も同じように濃い。
やはりただの戦闘狂のようで一段階強くなったこの姿に目を輝かせている。
「やはりまだ隠しておったか。もっと我を楽しませるがよい」
こちらから仕掛けるのを待っているようなのでこちらから距離を詰める。今までのリアと同じくらいの速度で距離を詰めると《龍の爪槍》を使う。
リアは内側から俺の腕に腕を当てて外に弾くと逆の手で掌底を打ち込む。それをこちらも内側から腕で腕を弾くと爪と掌底の打ち合いになった。
無呼吸状態での高速の打ち合い。始めは互いの爪と掌が衝突していたのから合わせる余裕がなくなり腕を掠めて互いの体へと届く。
互いに拮抗した打ち合いをしているはずなのにこちらの体の鱗が一方的に剥がれていくがリアの肌には傷1つつかない。それでも一時の辛抱。こちらのHPさえ尽きなければリアが息を吸うタイミングで一方的に攻撃できる。
その機を待って打ち続けるが先にこちらの腕の鱗が全て剥がれそうだ。鱗が無くなれば単純に防御力が下がり打ち合いだけでこちらのHPが大幅に削れて致命傷になる。既にHPは50%を切っていたがそれでも打ち合いを続けていた。
更に打ち合い続けること数十発。とうとうリアの息が切れ「はあぁっ」と大きく息を吸う。そのタイミングに合わせて再び《龍の爪槍》を軟化した腹部に打ち込む。
初めてダメージの手応えがある攻撃だったがそれでも決定打には成り得ない。それどころか爪がめり込んだ程度で刺さりもしなかった。
リアは息を漏らすことなく吸い終わり、再び打ち合いが始まるかと思ったが後ろに下がる。
大したダメージもないだろうに下がる意図は分からないがこちらからしたら有難い。この打ち合いにもう活路はなく違う道を模索しなければならないが、それをあの打ち合いで探すのは不可能だ。
「よいぞ!よいではないか!神使!痛みの感覚を味わえるなど何年振りか。其方をここで殺すのは惜しい。だが、其方の生死を賭けた一撃を打ち砕きたい」
まるで薬中を想像させるような、蕩けるような恍惚とした表情をリアは浮かべている。これはかなりの戦闘狂、いや、戦闘中毒だな。
だからこそ勝てないにしても生存の道は開ける。
「俺もアンタをここで殺したくはない。そこで1つ提案だ。一撃勝負をしないか?」
「其方が我に勝てるとは思えないが、面白い。このまま打ち合ったとて我が勝つのは目に見えておるからな。よいぞ、其方の好きな時に来るがいい。我が合わせよう」
そうリアは姿勢を低くし右手を引いて構える。どうやらリアは掌底でくるようだ。
リアが提案を呑んでくれたのは助かる。このまま戦闘を続けることは色んな観点から難しく、こちらに勝ち目はなかった。
「再模倣、ハートとクローバーのA。《紅蓮黒龍の双・爪・槍》」
剥がれた鱗を再生させて左手に紅の稲妻を右手に黒い稲妻を生み出してリアに向かって突撃し、リアの目の前までいくと両手を開き紅と黒の二又の槍で攻撃する。リアがそれに合わせて掌底を繰り出すと激しく衝突した。
衝突によって衝撃波が生まれ辺り一帯の壁に亀裂を入れ、壊れた壁を更に崩壊させる。それでも尚、衝撃の中心にいる2人の手は衝突したまま鬩ぎ合っていた。
「良い技であった」
均衡を崩したのはリアのその一言だった。
そうリアは自ら腕を引く。勢いを失わず伸びるこちらの手を体で受け止めると抱きしめる。
相殺された訳ではなく威力を保ったままリアの体に爪が伸びたというのにリアは満足そうに笑っている。並大抵の相手なら貫き葬り去っていただろうその一撃を生身で受け止め笑顔を浮かべているのだ。
あー、こりゃ勝てないわ。
想像を絶する力の差。纏っていた龍の姿は解けSPを使い切った反動からか全身から力が抜けていき、次第に視界も悪くなり意識が遠ざかっていく。そんな感覚の中で印象的だったのは無邪気な子供のような笑顔を浮かべるリアの顔だった。
何も見えない聞こえない。だが、意識はハッキリとしている。どうやら操作キャラの感覚から隔絶されたようだ。
今できることは何もなく緊張の糸が切れる。
それにしても強すぎだろ。あーあ、初日で退場とかしょうもな過ぎる。もっと慎重に立ち回るべきだったか?いや、どう立ち回っても戦闘を回避できるとは思えない。ゼルガに負ければそこで切り捨てられゼルガに勝てばリアとの戦い。どう考えても無理ゲーだろ。少なくともリアは今のレベルで勝てるような相手じゃない。6タイトルの種族と同じステータス基準で考えるなら100、いや、200はレベル差があった。だったら出し惜しみなんてするんじゃなかったな。そしたらもう少しまともな戦いに…
そんな今更したところでどうしようもない後悔と反省をしていると暗闇に光が差し込んできて意識が戻る。
意識が戻ると言っても操作キャラの感覚に戻り操作不能状態から操作可能状態になったということだが、視界は暗く身動きは取れない。だが、指は動くし、どことなく暖かく柔らかい感覚がするため操作キャラの感覚に戻っているのは間違いない。
強引に体を動かそうとすると頭上からリアの声が聞こえてくる。
「む?目が覚めたか」
頭上からという点に違和感を覚えるが目隠しをされ拘束でもされているのだろうか。それで今から俺の処遇を決める。
そう思っていたのだが、拘束は緩くなり視界に光が入る。
目の前に見えるのは白い絹のような布に覆われた双球。白だからか包まれている物が少し透けている。肌色だ。これが誰かの肌だというのは言うまでもないが先程までの柔らかい感触の正体もこれだろう。それとどことなく甘い香りがする気がする。
両脇に手を入れられ抱えられると今度は正面にリアの顔が映る。
イマイチ状況が掴めないがどうやら戦闘後に玉座の間に運ばれ回復スキルをかけられたようだ。周りに様子を見ても時間の経過はあまり感じられずフィリアがゼルガの手当てをしている様子からも戦闘直後と見て間違いない。
「先の一撃、誠に見事であった。いつか万全の其方と戦ってみたいものだ」
「そりゃどうも。っていうか離してくれない?」
今の抱えられているこの状況は実に恥ずかしい。敗者の身でこんなことを言える立場にはないが拾った命、言いたいことは言わせてもらう。
しかし、その訴えは虚しくリアには聞こえていないように無視される。
「神使とは皆、其方のように強いのか?」
目を輝かせてリアはそう聞いてくる。
どうやら俺の要望は無視される方向のようだ。敗者の身だから仕方がないと言えば仕方がない。回復までかけられているのだからこれ以上文句は言えない。……という建前でこの状況をおいしく思っているのかもしれない。
まぁ、STR値で劣る俺にリアの拘束から抜け出す術はないのだからリアがこのまま話を続けるのなら従うほかない。俺をぬいぐるみだとでも思っているのだろうか。
「いや、俺と戦いになるのは10人いるかいないかだと思うぞ」
「10人か。それならば神使狩りに赴くのもよいな。いや、その前に全力の其方と相見える方が先か」
「さっきのも十分全力だったけど?」
どうやらリアの中で俺は本気じゃなかったらしい。それが願望からくるものなのか何か根拠があるものなのかは分からないが根拠があるなら厄介だ。それといい加減離してくれないかなー。やっぱり恥ずかしいんだけど…
「力の衝突だけが強さではない。それはまた全力か否かに置いても同じこと。己が持つ力をどのように使うか。それを見極め配分するかもまた強さ。見るに其方は技巧派で知識を生かし戦う系統だ。それが初めて見るこの世界であれだけの戦いをしたのだから称賛するほかあるまい。1日、1週間、1ヶ月、時間を使い経験を積めば其方は別人のように強くなる。その成長の幅は我にも見えぬほどにな」
状況とは裏腹に真剣な表情から放たれるその言葉はお世辞ではなく本心のように聞こえた。
それはリアがただの戦闘狂ではなく分析もできて冷静に物事が見えていることを示している。敵にするならこの上なく厄介だ。ただの戦闘狂であれば如何様にも嵌めることはできるだろうがリア相手にはそれが通用しない。つまり、純粋な戦いでリアの上をいかなければならない。
「なら毎日試すか?日に日に差が縮まるぞ」
「それも良いかもしれぬな。だが、其方の成長を味わうより完成した其方と相対して驚いた方が面白そうだ。それに我は同じ相手を生かすほど優しくはない」
約束された生存から活路を見出そうと思ったがそこまで甘くはないようだ。
「それもそうだな。ならアンタに勝てそうなくらい強くなったらリベンジしようかね」
「そうするといい。それでだ、本題に入るが其方、我の婿になれ」
………………!?
あまりの唐突な話に驚き声が出ない。聞き間違いの可能性の方が高いと思えるほど何の脈略もない話だ。
「良い顔をするな。だが、これは其方にとってもよい話ではないか?この国が強さに重きを置くことはこの世界で知らぬ者はおらぬ。その国の皇たる我の夫となることは強さの証明、延いては諸外国との取引のカードにもなる」
確かに悪い話ではない。その立場でしか得られない情報もあるだろうし模倣を使えば別人になって普通の潜入に切り替えて情報を探れる。だが、同時にこの国を味方にすることを決定づけることにもなる。それは同時に敵も決定づける。内々で味方にするならまだしも表立ってこの国を味方と公言するのはパワーバランスの分からない今の段階では避けたいのだが、その立場でしか得られない情報があるのならこれ以上ない旨味のある話だが……
「ゼルガはどうなるんだ?」
ふと浮かんだ疑問は考えるよりも前に口から出ていた。
リアは確かにゼルガのことを夫と言って紹介した。それなのに夫になれって…あー、第二夫人的な話か。リアの方が強く立場が上なのだから一妻多夫であってもおかしくはない。
そう納得しようとしていたのだが、その可能性はリアによって否定される。
「我以外に負けた雑魚になど興味はない。だから其方が我と婚姻を結ぶ結ばないに関わらず我とゼルガは離縁する。元々そういう約束だ」
その感覚は俺には分からないが強者絶対主義のこの国ではない話でもないのか。仮にも強者絶対主義のこの国で皇の夫が弱いのは国内外に示しがつかないと言われれば納得せざるを得ない。だが、ゼルガを負かした身としてはもやもやする。
「勘違いせぬよう言っておくがこれは国の体裁がという話ではない。国の体裁は我が強ければそれで事足りる。だからこれは我の個人的な願望だ。我と同等とは言わない。我と同等に強い者など出会ったことのない存在せぬものを願いもしない。だが、せめて我以外に負けない者を伴侶にと思うのは我が儘だろうか。我の前に居なくとも我の背を見られる者をと思うのはいけないだろうか…」
そう言葉を紡ぐリアは戦闘時とは違い凄く弱々しく儚げに見えた。あまりの強さ故の孤独。それは他の何者にも理解できない本人にしか分からない感情だ。それでも何か言葉をかけなければいけない気がして無意識に声が出ていた。
「別にいいんじゃねぇの?誰が何を願おうが望もうがソイツの勝手だ。それにこの国で強さが全てならこの国最強のアンタが何をしようが自由だ。ただ、1つ言っとくぞ。俺はアンタより強くなる。アンタの強さは孤独じゃない」
我ながら随分と恥ずかしいことを言ったものだ。顔が赤くなっているのが分かる。今すぐにここを離れて1人になって大声で叫びたい。
あまりの恥ずかしさに悶えそうだが、というか内心では悶えているが、せめてもの救いは目の前にいるリアが笑顔になったことだ。それだけで安…くはないがこの黒歴史も救われる。
「其方は優しいな。猶更気に入ったぞ。だが、1つ謝らねばならぬ。今言ったことに嘘偽りはないが悲観するほど我は弱くない。本当は今の言葉で其方を籠絡して婚姻を結ぼうと思ったのだ。それなのに其方があまりに純粋で我の心に響くことを言うから申し訳なくなったではないか」
そうリアは俺をぎゅーっとまるでぬいぐるみやペットを愛でるように抱きしめる。
「全部忘れろ!絶対アンタとは結婚しねぇ!」
最悪だ最悪だ最悪だ。黒歴史な挙句嵌められたとか救いようがない。もうログアウトしてベッドで悶えたい。…だが、リアが言うように嘘偽りには感じられなかった。それどころか弱くないというのが嘘に聞こえるくらい心からの叫びに聞こえた。だから反射的に言葉をかけてしまったのだろうが、これは嵌められていないと思いたい俺の希望的観測なのだろうか。
「リアよ、敗者の身でありながら頼むのも見苦しいが最後にその少年と話がしたい」
リアに弄ばれていたかと思えばまだ傷の癒えないゼルガがリアの前に跪く。ようやく解放されるかと思ったら今度は膝の上に座らされる。
「我は構わぬが其方もよいか?」
「別にいいぞ。俺を離してくれたらな」
当たり前のように俺の要望は無視され腹の前で手を組まれて拘束される。
戦闘時は傷1つつけられないほど硬かったのに今座っている場所は柔らかい。頭の後ろにも柔らかい感触が……そうクッションだ。これはクッションこれはクッション…
そう自分に言い聞かせて落ち着いてからゼルガと顔を合わせる。
「ではその言葉に甘える。少年、いや神使JOKER、俺と義父ジークはどちらの方が強かった?」
「ジークとは軽く手合わせした程度で本気がどの程度かは分からないが、多分ジークだな」
比較するには判断材料が少なすぎるしジークの動作を見ていたからゼルガに対応できたという部分は大きいが、それでもジークの方が強いだろう。
「ふ、素直だな。だが、それでいい。JOKERには話しておこう。さっきの話を聞いての通りリアは自分以外に負けることを許さない。だが、義父は俺よりも強かった。近くに居てはいつか剣を交え俺が敗れる。だから義父は自ら辺境の地へ発った。自分が介錯する役目を担わないためにな。情けないことに俺はそれを有難いと思ってしまったのだ。思えばその時から俺はリアの横に相応しくなかったのかもしれない。それが今日、JOKERと刃を交えて確信に変わった」
ゼルガは一度言葉を切ると歩み寄り俺の手を取って言葉を続ける。
「最後に1つ、俺から頼みがある。これからもリアを楽しませてやってくれ。初対面で頼むようなことではないがお前にはそれができる。俺にはできなかったリアを幸せにするという夫の努めを果たしてくれ」
さも俺がリアの夫になる体で話が進んでいるが俺は断ったはずだ。それよりも気になるのは今の言葉が恰も遺言のように聞こえる。
ゼルガは部屋の中央まで下がると落ちている両手剣を拾いメダルを填める。
「最後にリアの笑顔が見れてよかった。《武装・龍》」
ゼルガは天に向かって具象した龍を放つ。その龍はジークが出したものに勝るとも劣らないほど力強さを感じさせる。
その意図に気づき動こうとするがリアにがっちりと拘束されていて動けない。それでも足掻き続けていると天へと向かったはずの龍はゼルガを飲み込んだ。
龍が消えるとそこにゼルガの姿はなく残っていたのはゼルガの握っていた両手剣と填められていたメダルだけだった。
「そのメダルは其方に託そう。剣は父にでも送っておこう」
その淡泊な言葉と共にリアの拘束から解放される。初対面の俺ですら突然の事態を飲み込めずにいるというのにリアは平然としていた。
それはこの国での当たり前ということなのだろう。フィリアも表情1つ崩さず見守っていた。
思えば治療程度で回復スキルをかけられていない時点で疑うべきだった。別にゼルガに対して強い思い入れがある訳ではないが元を正せば俺に負けたことが原因でこうなったのだから思うところはある。
「母様、そろそろ発たないとソーマ姉様が帰ってきます」
フィリアがさっきまでゼルガの居た場所に跪いてそう具申するとリアは頷く。
「うむ。ではJOKERよ、他の神使がどのような者かは分からぬが我は其方が気に入った。我の夫でもあるし___」
「夫ではねぇ!」
反射的にそう遮るとリアは嬉しそうに笑う。
「つれぬことを申すな。と、あまり時間がないのであったな。ティノーグ皇国は全面的に其方を支援しよう。フィリアよ、JOKERを修行の地へ案内し数日滞在せよ。その間にソーマは我が黙らせておく。その後はJOKERの意思を尊重しJOKERの望むところへ連れていけ」
「承りました。それでは___」
「警告しておくが図に乗ったことをするなよ」
言葉を遮ってまで警告したその言葉はとても娘に向けるようなものには見えない。1歩踏み違えれば殺すという圧すら感じる。それに怯えてはいるもののフィリアからは慣れているように返事をする。
「承知しております。それではJOKER様、参りましょう」
底知れぬ溝を感じながらも踏み込むべきではないと判断して、落ちているメダルを拾ってから先行するフィリアに続いて城を発つ。
この先に皇がいるのは間違いないが、それにしても異様な緊張感が走っている。それは皇が帰ってきてからほとんど口を開かず体を硬直させどこか恐れているようなフィリアのせいだ。
皇への謁見で俺が緊張するなら分かるが、その子であるフィリアが緊張を通り越して怯えている。それだけ強さの格が違うということだろうか。いや、それにしてもこの怯え方は異様だ。
大きく深呼吸するとフィリアは扉の近くに控える兵士に視線を送って扉を開けさせる。
「JOKER様、行きましょう」
フィリアに続いて部屋の中に足を進める。
中に入って真っ先に目に入ったのは天井に空いた大きな穴。それは予め設計に組み込まれていたものではなく強い衝撃を加えて空けたものに見える。それでいて瓦礫が見当たらないことからついさっき空けられたものではなく、空けてからそこそこの期間は放置されているようだ。
次に気になったのは玉座だ。
明らかに差のある椅子に座る男性と女性。それをしっかりと見る前にフィリアが跪き頭を下げたので真似するように跪いて頭を下げる。
「頭を上げられよ」
妖艶さ漂う女性の声に従って頭を上げると1人で座るには大きく足を曲げれば寝転べそうな椅子に声の主でありこの国の皇らしき女性が座っており、その隣には本当に座る用と言ったような豪華ではあるが女性の座る椅子に比べると貧相に見える椅子に男性が座っていた。
女性の方は黒色に見えるが光が当たると少しだけ紫色に見える髪が膝辺りまで伸びていて頭頂部には頭の形に沿うように後ろに伸びる短い角が生えていた。他にも菫色の瞳に気の強そうなつり目、座っていても高いと分かる身長と強キャラ感が漂っている。対して男性の方は短い髪が刺々としていてジーク程とは言わないが肌には多くの傷がついている。その内の何箇所かは目新しく血が滴っていた。
どうやらついさっきまでどこかで戦闘をしていたようだ。ジークの肌傷も見るに皇の夫となる者は過激な戦闘を繰り返して強さを誇示する風習でもあるのだろうか。ジークと言いこの男性と言い他の人とは比べものにならないほど傷を負っていた。
「其方が神使か。我はティノーグ皇国、現国皇リア・ドラシオン。隣に居るのが夫のゼルガだ。其方、名は何と申す?」
「JOKERと申します。この度は謁見の機会を頂き有難く思っております」
適当な言葉に興味ないのか俺自体に興味がないのか「うむ」と俺に目も向けず空返事をする。
「父が試していたはずだが、父はどうした?もしや、やられたか?」
リアは嬉しそうにフィリアにそう聞く。その言葉はジークが亡き者になっていた方がいいように聞こえるが、憎しみのような感情は感じられない。
「赤い狼煙が上がったので前線に戻りました」
「ではどちらも無事ということか。父が手を抜いたか神使が手を抜いたかは分からぬが我は神使の実力を知らぬ。得体の知れぬ者をこの国に置いておく訳にはいかんのでな。フィリア、ゼルガを治せ。終わり次第ゼルガは神使と戦え」
お願いでも交渉でもないこの場に居る3人全員に拒否権は存在しないという圧倒的強者の立場から放たれた言葉。状況的に従うしかなさそうだと諦めているとフィリアが恐る恐る発言する。
「爺様はJOKER様を認めました。ですから父様とJOKER様が戦う意味はないと思います」
余程勇気を振り絞って言ったのかフィリアの声は震えていた。その勇気を微塵も気にせずリアは一蹴する。
「父と我は感覚が違えば現国皇は我だ。何よりフィリアよ、我に意見できるほど偉くなったのか?」
「申し訳ありません。何でもない、です」
この一言で全ては決まりゼルガは何も言うことなくフィリアに治されるのを待っている。フィリアはゼルガの元に行くと腰の細剣を抜き何やら回復スキルをかけた。
フィリアは回復系統のスキルが使えるのか。なんて暢気な感想を抱きながら「武器よ」と呼びかけてメイン武器に設定してある大鎌、死神の大鎌を右手に呼び寄せる。
実戦で扱えるような練度ではないが実戦で慣らさないことには始まらない。それにさっきのやり取りを見るに上下関係は明らかでリアはゼルガの比にならないくらい強いだろう。これが杞憂でゼルガと同等であったとしても連戦を想定すればSPの消費は抑えなければならない。
クルクルと大鎌を回して精神統一をしていると回復が終わったのか目新しい傷は塞がり服も修復されていたゼルガが両手剣を持って目の前に立っていた。
相対しているが特に言葉を交わすこともなく視線だけを交わしているとリアが開始の声を上げる。
「始めよ」
その短い掛け声と同時にゼルガは正面から斬りかかって来る。
先程までついていた傷の影響は何もないようで、ジークと同じような深く力強い踏み込みで懐まで潜り込まれると斜めに斬り上げられる。
一度ジークの踏み込みを見ているため余裕をもって反応はできているがスキルの発動は間に合わない。そう判断して大鎌の柄で両手剣の刃を受け止める。
しかし、懸念していたように受ける角度を始め繊細な技術が必要なようで左手が簡単に弾き飛ばされた。
追撃に備えて持ち直そうとするもそんな間を与えてくれるはずもなく、追撃の両手剣に片手で振るう大鎌をぶつけるしかない。が、大鎌もろとも大きく吹っ飛ばされる。
単純なSTR値もそうだが、それ以上に技術の差が大きい。技術で勝てないのは分かっていたがここまでSTR値にも差があるとは思っていなかった。
「《54枚が___」
即座にSPを温存して戦おうとするのは余計にSP消費が増えると判断して空中で一回転しながら詠唱を始めるが、着地した時には顔の横から刃が迫っていた。
それを着地するのを諦めて地面に倒れることで躱し、手をバネにして飛び上がるようにゼルガの腹に蹴りを入れる。
大したダメージはなさそうだが予想外だったのか「ぐっ」と息に音が付いたような声を漏らしながらゼルガは滑るように後ろへ吹っ飛ぶ。
距離としては宙を舞っていた時よりも短いが十分だ。
「《54枚が紡ぐ世界》」
ゼルガが少し怯んでいる間にスキルを唱え切り52枚のトランプを背後に出す。
「模倣、ハートのA」
背後にあるトランプの内、ハートのAが光ると手元のJOKERがハートのAに変わる。それを自分に翳すと短いが天に向かって一直線に角が生え、片翼が両手を広げたくらいの幅がある翼が生え、自分の背丈と同じくらい長い細めの尻尾が生える。更に皮膚は紅い鱗で覆われ、手と足には鋭い爪が生えた。
その姿に変わったのに興味を持ったのか一瞬、リアの威圧感が増す。気になって目を向けると今までは退屈そうに見ていたのから一転、子供が新しいおもちゃを見つけたように目を輝かせて前のめりになっていた。
ようやく興味を持ったか。とリアに気を取られてゼルガへの対応が遅れる。
さっきの蹴りは不意を突いて怯ませはしたが大したダメージがなければスキルの発動だけでもマイナスだ。その上、リアに気を取られたのだから回避も満足な防御体勢も取れない。
何もできないままゼルガの持つ両手剣の横薙ぎを横っ腹で受ける。
「ぐっ!」と言葉では同じでもゼルガとは比較にならない鈍い声と共にズザザザザザザと床を足の爪で削りながら滑らされた。
ジーク戦でダメージをくらっていたからダメージをくらうという感覚は経験していたが、それでもこの感覚にはまだ慣れない。だが、それに意識を向けている余裕はない。
追撃がくる前に反撃しようと、左足を軸にして体を回してゼルガの足に尻尾を巻き付けるように引っ掛けて体勢を崩す。
自由に操れるか分からず体の動きに合わせて強引に動かしただけの尻尾だったが引っ掛けた時の引っ張られるような感覚から付け根付近は自由に動かせそうな手応えを感じる。
それを活かした追撃をしようと少し距離を詰めて回し蹴りをするがあっさりとしゃがまれて躱され後追いの尻尾も躱される。それの勢い余って無防備な背中をゼルガに向けてしまう。
それを好機と見たのかゼルガが串刺しにするように両手剣を突き出す。
かかった___。
両翼の付け根の間に両手剣が突き刺さるが、回し蹴りの間合いで大した予備動作も行えていないゼルガの突きの貫通力は低く模倣を発動していてVITが上昇していることも合わさり両手剣は深くは刺さらず、刺さったのは切っ先だけだった。
ダメージを示す感覚も大してなく周辺視野でHPゲージを確認するだけでも事足りるのだが念のためしっかりと確認すると横薙ぎをくらった時から1ドット減ったか減ってないかだ。両手剣の刺さっている持続ダメージを見ても秒速10くらいしか減っていない。
尻尾と同じように翼も付け根は動かせそうで力を入れて両手剣が抜けないようにする。ゼルガはそのまま貫通できると判断したのか両手剣を手放す選択肢はないのか力を加えてきた。
しかし、力は互角かこちらの方が優勢なのか両手剣は奥へ進むことなくその場で膠着した。
膠着している間にゼルガの背後に尻尾を回して背後から腹に突き刺す。鶏肉に竹串を刺すような感覚で尻尾を突き刺すと天井に向けて掲げる。
「これで終わりでいいか?」
ゼルガを仰向けで天井に掲げ抵抗できない状態にしたところで背中に刺さる両手剣を抜きながらリアにそう聞く。先程のミスを繰り返さないために意識はゼルガに向けたまま。
まだチェックの段階でチェックメイトではないがそれはこちら視点であってゼルガ視点では分からない。だからこれで詰んでいるなら儲けもの、詰んでいなくとも俺の実力を見る余興であればこのくらいでいいはずだ。
「我に聞くでない。戦っているのは其方等であろう。だが、そうだな…ゼルガよ、よいのか?」
お前が戦えって言ったんだろ。と心の中でツッコミながらこの程度の浅い戦いでは不満だという気持ちが伝わってくる。
リアのその言葉は問いかけているようで問いかけていない。敗北を認めれば即座に殺すという意味を孕んでいるだけの圧があった。
「まだ、だ。《武装・龍》」
懐からメダルを取り出すまではジークが使った時と同じだが、そのメダルを何に填めることもなくゼルガは強引に体をこちらに反転するとメダルをこちらに向ける。それだけでも発動条件を満たしているようでメダルからは龍が具現した。
しかし、ゼルガ自体のスキルレベルが低いのか武器を介することで本来の性能を発揮するスキルなのかメダルから出てきた龍はジークの出した龍よりもか細く貧弱に見えた。
一度見たスキル、それも前よりも威力が低いとなればそれが通じるほど甘くはない。
「《龍の爪槍》」
そう唱えると爪が輝きを放ち龍に向けて槍のように突き出す。
激しく衝突するかと思えば爪に触れた部分から龍は散っていき、視界は散った龍の残骸で覆われた。
っ!
尻尾に突き刺したままのゼルガをフィリアの居た方へ投げ飛ばして大きくバックステップをする。
「ほぉ、我の攻撃を躱すとな。少々殺気を出し過ぎたか」
さっきまで俺の居た場所からそう声が聞こえた。
散った龍の代わりに砂埃でハッキリとその姿は見えないが砂埃越しに影だけは見える。少しして砂埃が収まると床に手を突き刺したままのリアが立っていた。
「俺ならあそこで仕掛けたくなる。っていうか底を見たくて抑えきれなくなるな」
「なるほど。其方も戦闘狂であったか」
リアは嬉しそうに手を引き抜くと床を蹴り一気に間合いを詰めてくる。身構えていたはずなのに気づけばリアに懐まで潜り込まれていた。
回避も防御も間に合わずどんな攻撃を受けたのかも分からず腹部に嘔吐しそうなほど鈍いダメージを受けると直後、背中にも激しい圧が加わる。どうやら腹に打撃を受けて壁まで吹っ飛ばされたようだ。
壁にめり込み、抜け出そうとするも思いの外深くめり込んでいたのとダメージの反動で簡単には抜け出せない。
そんなこちらの都合は当然、お構いなしにリアは距離を詰めると低い姿勢から掌底を打ち込む。さっきと同じ感覚からさっきも掌底を打ち込まれたのだと分かるが、重要なのはそこじゃない。
「神使とはこの程度なのか?少しでも期待した我が愚かであった」
俺への興味は失せたかのような言い方だがリアの掌底は止まない。無抵抗のままリアに掌底を打ち込まれ続けるが、それは言葉とは裏腹に俺がまだ何かアクションを起こすのを期待しているようだ。
どうにかしようにも体はダメージの感覚と壁へのめり込みで動かせず、スキルを唱えようにも反射的に漏れる声に邪魔されて、何もできない。
そんな状態で打ち込まれ続けること早数十発。一向にリアの掌底の速度は落ちることなく寸分違わず同じリズムで打ち込まれ俺のHPは70%を切っていた。
それでも何も対策は思い浮かばない。対策ではないが強いて言えば俺のHPが尽きるよりも先に壁が壊れそうなことだ。壁が壊れ廊下に吹っ飛ばされればそこで何かしらアクションを起こせる。
それかHPが50%を切るのを待って強引に打開するか。
どっちにせよ現状で自主的に起こせる行動はない。出来ることと言えばダメージの感覚に体を慣らすことと反射的に出る声を抑える方法を模索するくらいだ。
ダメージの感覚には少しずつ慣れてきたがまだ時間がかかりそうだし、声に関しては現実でそこまで痛い訳ではなく目の前で起こる映像に反応して声が出てしまっているのだから抑えることは可能なはずだ。ゲームで操作キャラがダメージをくらった時に「痛っ」と声が出てしまうのと同じだ。あっ、これもゲームか。
すぐに解決はできないと思いながらも体を慣らしていると壁の崩壊が訪れた。
壁を突き抜けて廊下に吹っ飛ばされて床を一度、二度、と弾んで勢いが和らいだところで手を床について体を起こす。
壁の崩壊の仕方によってはリアの追撃が遅れることも期待したが、そこまで都合よくはない。が、当然それはあったらいいな的な願望で追撃に対する反撃が本命択だ。
攻撃をしてくれば___
「何もせぬのか?いや、何か狙っておるな。反撃か」
体を起こしてもまだ勢いは完全に殺せておらず後ろ走りをしているとリアが掌底を打ち込む構えをして並走している。そのまま打ち込んでくればいいものの首を傾げて自分の思考を口にする様子はこちらの思考を探っているようだ。
その実、リアが口にしたように俺が狙っていたのは反撃だ。打ち込まれた掌底の威力と速度は一定でかなりの熟練度を感じた。それは掌底に対する絶対的な自信と信頼の表れで追撃にも使ってくると読んでいた。
いくら速い掌底であってもあれだけ打ち込まれれば目は慣れるしリズムが単調であれば反撃を合わせることは誰でも可能だ。
それでもこのバケモノはそれだけで勝てる強さを持っており、それ故の傲りから何も考えずに掌底で追撃してくると思っていた。
それなのにこのバケモノは見に回ったのだ。それは直感的なものではなく俺が何をするかを窺うために予め決めていたようだった。
つまり、俺は嵌められたのだ。リズムが一定だったのも掌底しか使わなかったのも俺が反撃を狙うように誘導していただけに過ぎない。こんなバケモノと言えど単調な攻撃だけの訳がないと疑うべきだった。バケモノの子もまたバケモノ。ソーマの話を聞いていたのだから尚更に疑うべきだった。
そもそもを言えば先制攻撃を仕掛けてきた時は掌底ではなく突きだった。くらっていなかったから失念していたが掌底だけでないのはソーマのことを抜きにしても分かったはずだ。
この読み合いは完全に負けた。そう割り切って一撃を受けてからの対応に頭を切り替える。
しかし、いつまで経ってもリアからの攻撃が飛んでこない。その間に吹っ飛ばされた勢いは完全に止まり体勢が整ってしまう。
この好機に何もしなかった理由は1つ。リアの中で俺との格付けが完了したのだ。
もう何をしようとも想定の範疇を越えないと、何をされても後手から対応できると、そう判断されたのだ。
「図星であったか。だが、あの状況で反撃を狙うとは期待以上だ。その折れない戦意に敬意を表して五分の状況に戻そう」
そう笑うとリアは少し下がってこちらの出方を窺うように立っている。
やはり格付けが済んだと判断しているようだ。なめられたものだ。まぁ、今の状況だとそれも仕方ないが…
「一時の形勢でなめると後悔するぞ?」
「呆れることはあっても後悔することなどない。我は其方の攻撃を受けてみたいのだ。其方はまだ力を隠しておる。それを堪能せずに終わっては勿体ないではないか」
その言葉は俺を侮っているようで寧ろ認めているように聞こえた。
「ならその期待に応えてやるよ。模倣重複、クローバーのA」
そう唱えると右半身が黒く変わる。それは単に色が変わっただけでなく、全身に宿っていた紅が左半身に凝縮されたように濃くなり右半身の黒も同じように濃い。
やはりただの戦闘狂のようで一段階強くなったこの姿に目を輝かせている。
「やはりまだ隠しておったか。もっと我を楽しませるがよい」
こちらから仕掛けるのを待っているようなのでこちらから距離を詰める。今までのリアと同じくらいの速度で距離を詰めると《龍の爪槍》を使う。
リアは内側から俺の腕に腕を当てて外に弾くと逆の手で掌底を打ち込む。それをこちらも内側から腕で腕を弾くと爪と掌底の打ち合いになった。
無呼吸状態での高速の打ち合い。始めは互いの爪と掌が衝突していたのから合わせる余裕がなくなり腕を掠めて互いの体へと届く。
互いに拮抗した打ち合いをしているはずなのにこちらの体の鱗が一方的に剥がれていくがリアの肌には傷1つつかない。それでも一時の辛抱。こちらのHPさえ尽きなければリアが息を吸うタイミングで一方的に攻撃できる。
その機を待って打ち続けるが先にこちらの腕の鱗が全て剥がれそうだ。鱗が無くなれば単純に防御力が下がり打ち合いだけでこちらのHPが大幅に削れて致命傷になる。既にHPは50%を切っていたがそれでも打ち合いを続けていた。
更に打ち合い続けること数十発。とうとうリアの息が切れ「はあぁっ」と大きく息を吸う。そのタイミングに合わせて再び《龍の爪槍》を軟化した腹部に打ち込む。
初めてダメージの手応えがある攻撃だったがそれでも決定打には成り得ない。それどころか爪がめり込んだ程度で刺さりもしなかった。
リアは息を漏らすことなく吸い終わり、再び打ち合いが始まるかと思ったが後ろに下がる。
大したダメージもないだろうに下がる意図は分からないがこちらからしたら有難い。この打ち合いにもう活路はなく違う道を模索しなければならないが、それをあの打ち合いで探すのは不可能だ。
「よいぞ!よいではないか!神使!痛みの感覚を味わえるなど何年振りか。其方をここで殺すのは惜しい。だが、其方の生死を賭けた一撃を打ち砕きたい」
まるで薬中を想像させるような、蕩けるような恍惚とした表情をリアは浮かべている。これはかなりの戦闘狂、いや、戦闘中毒だな。
だからこそ勝てないにしても生存の道は開ける。
「俺もアンタをここで殺したくはない。そこで1つ提案だ。一撃勝負をしないか?」
「其方が我に勝てるとは思えないが、面白い。このまま打ち合ったとて我が勝つのは目に見えておるからな。よいぞ、其方の好きな時に来るがいい。我が合わせよう」
そうリアは姿勢を低くし右手を引いて構える。どうやらリアは掌底でくるようだ。
リアが提案を呑んでくれたのは助かる。このまま戦闘を続けることは色んな観点から難しく、こちらに勝ち目はなかった。
「再模倣、ハートとクローバーのA。《紅蓮黒龍の双・爪・槍》」
剥がれた鱗を再生させて左手に紅の稲妻を右手に黒い稲妻を生み出してリアに向かって突撃し、リアの目の前までいくと両手を開き紅と黒の二又の槍で攻撃する。リアがそれに合わせて掌底を繰り出すと激しく衝突した。
衝突によって衝撃波が生まれ辺り一帯の壁に亀裂を入れ、壊れた壁を更に崩壊させる。それでも尚、衝撃の中心にいる2人の手は衝突したまま鬩ぎ合っていた。
「良い技であった」
均衡を崩したのはリアのその一言だった。
そうリアは自ら腕を引く。勢いを失わず伸びるこちらの手を体で受け止めると抱きしめる。
相殺された訳ではなく威力を保ったままリアの体に爪が伸びたというのにリアは満足そうに笑っている。並大抵の相手なら貫き葬り去っていただろうその一撃を生身で受け止め笑顔を浮かべているのだ。
あー、こりゃ勝てないわ。
想像を絶する力の差。纏っていた龍の姿は解けSPを使い切った反動からか全身から力が抜けていき、次第に視界も悪くなり意識が遠ざかっていく。そんな感覚の中で印象的だったのは無邪気な子供のような笑顔を浮かべるリアの顔だった。
何も見えない聞こえない。だが、意識はハッキリとしている。どうやら操作キャラの感覚から隔絶されたようだ。
今できることは何もなく緊張の糸が切れる。
それにしても強すぎだろ。あーあ、初日で退場とかしょうもな過ぎる。もっと慎重に立ち回るべきだったか?いや、どう立ち回っても戦闘を回避できるとは思えない。ゼルガに負ければそこで切り捨てられゼルガに勝てばリアとの戦い。どう考えても無理ゲーだろ。少なくともリアは今のレベルで勝てるような相手じゃない。6タイトルの種族と同じステータス基準で考えるなら100、いや、200はレベル差があった。だったら出し惜しみなんてするんじゃなかったな。そしたらもう少しまともな戦いに…
そんな今更したところでどうしようもない後悔と反省をしていると暗闇に光が差し込んできて意識が戻る。
意識が戻ると言っても操作キャラの感覚に戻り操作不能状態から操作可能状態になったということだが、視界は暗く身動きは取れない。だが、指は動くし、どことなく暖かく柔らかい感覚がするため操作キャラの感覚に戻っているのは間違いない。
強引に体を動かそうとすると頭上からリアの声が聞こえてくる。
「む?目が覚めたか」
頭上からという点に違和感を覚えるが目隠しをされ拘束でもされているのだろうか。それで今から俺の処遇を決める。
そう思っていたのだが、拘束は緩くなり視界に光が入る。
目の前に見えるのは白い絹のような布に覆われた双球。白だからか包まれている物が少し透けている。肌色だ。これが誰かの肌だというのは言うまでもないが先程までの柔らかい感触の正体もこれだろう。それとどことなく甘い香りがする気がする。
両脇に手を入れられ抱えられると今度は正面にリアの顔が映る。
イマイチ状況が掴めないがどうやら戦闘後に玉座の間に運ばれ回復スキルをかけられたようだ。周りに様子を見ても時間の経過はあまり感じられずフィリアがゼルガの手当てをしている様子からも戦闘直後と見て間違いない。
「先の一撃、誠に見事であった。いつか万全の其方と戦ってみたいものだ」
「そりゃどうも。っていうか離してくれない?」
今の抱えられているこの状況は実に恥ずかしい。敗者の身でこんなことを言える立場にはないが拾った命、言いたいことは言わせてもらう。
しかし、その訴えは虚しくリアには聞こえていないように無視される。
「神使とは皆、其方のように強いのか?」
目を輝かせてリアはそう聞いてくる。
どうやら俺の要望は無視される方向のようだ。敗者の身だから仕方がないと言えば仕方がない。回復までかけられているのだからこれ以上文句は言えない。……という建前でこの状況をおいしく思っているのかもしれない。
まぁ、STR値で劣る俺にリアの拘束から抜け出す術はないのだからリアがこのまま話を続けるのなら従うほかない。俺をぬいぐるみだとでも思っているのだろうか。
「いや、俺と戦いになるのは10人いるかいないかだと思うぞ」
「10人か。それならば神使狩りに赴くのもよいな。いや、その前に全力の其方と相見える方が先か」
「さっきのも十分全力だったけど?」
どうやらリアの中で俺は本気じゃなかったらしい。それが願望からくるものなのか何か根拠があるものなのかは分からないが根拠があるなら厄介だ。それといい加減離してくれないかなー。やっぱり恥ずかしいんだけど…
「力の衝突だけが強さではない。それはまた全力か否かに置いても同じこと。己が持つ力をどのように使うか。それを見極め配分するかもまた強さ。見るに其方は技巧派で知識を生かし戦う系統だ。それが初めて見るこの世界であれだけの戦いをしたのだから称賛するほかあるまい。1日、1週間、1ヶ月、時間を使い経験を積めば其方は別人のように強くなる。その成長の幅は我にも見えぬほどにな」
状況とは裏腹に真剣な表情から放たれるその言葉はお世辞ではなく本心のように聞こえた。
それはリアがただの戦闘狂ではなく分析もできて冷静に物事が見えていることを示している。敵にするならこの上なく厄介だ。ただの戦闘狂であれば如何様にも嵌めることはできるだろうがリア相手にはそれが通用しない。つまり、純粋な戦いでリアの上をいかなければならない。
「なら毎日試すか?日に日に差が縮まるぞ」
「それも良いかもしれぬな。だが、其方の成長を味わうより完成した其方と相対して驚いた方が面白そうだ。それに我は同じ相手を生かすほど優しくはない」
約束された生存から活路を見出そうと思ったがそこまで甘くはないようだ。
「それもそうだな。ならアンタに勝てそうなくらい強くなったらリベンジしようかね」
「そうするといい。それでだ、本題に入るが其方、我の婿になれ」
………………!?
あまりの唐突な話に驚き声が出ない。聞き間違いの可能性の方が高いと思えるほど何の脈略もない話だ。
「良い顔をするな。だが、これは其方にとってもよい話ではないか?この国が強さに重きを置くことはこの世界で知らぬ者はおらぬ。その国の皇たる我の夫となることは強さの証明、延いては諸外国との取引のカードにもなる」
確かに悪い話ではない。その立場でしか得られない情報もあるだろうし模倣を使えば別人になって普通の潜入に切り替えて情報を探れる。だが、同時にこの国を味方にすることを決定づけることにもなる。それは同時に敵も決定づける。内々で味方にするならまだしも表立ってこの国を味方と公言するのはパワーバランスの分からない今の段階では避けたいのだが、その立場でしか得られない情報があるのならこれ以上ない旨味のある話だが……
「ゼルガはどうなるんだ?」
ふと浮かんだ疑問は考えるよりも前に口から出ていた。
リアは確かにゼルガのことを夫と言って紹介した。それなのに夫になれって…あー、第二夫人的な話か。リアの方が強く立場が上なのだから一妻多夫であってもおかしくはない。
そう納得しようとしていたのだが、その可能性はリアによって否定される。
「我以外に負けた雑魚になど興味はない。だから其方が我と婚姻を結ぶ結ばないに関わらず我とゼルガは離縁する。元々そういう約束だ」
その感覚は俺には分からないが強者絶対主義のこの国ではない話でもないのか。仮にも強者絶対主義のこの国で皇の夫が弱いのは国内外に示しがつかないと言われれば納得せざるを得ない。だが、ゼルガを負かした身としてはもやもやする。
「勘違いせぬよう言っておくがこれは国の体裁がという話ではない。国の体裁は我が強ければそれで事足りる。だからこれは我の個人的な願望だ。我と同等とは言わない。我と同等に強い者など出会ったことのない存在せぬものを願いもしない。だが、せめて我以外に負けない者を伴侶にと思うのは我が儘だろうか。我の前に居なくとも我の背を見られる者をと思うのはいけないだろうか…」
そう言葉を紡ぐリアは戦闘時とは違い凄く弱々しく儚げに見えた。あまりの強さ故の孤独。それは他の何者にも理解できない本人にしか分からない感情だ。それでも何か言葉をかけなければいけない気がして無意識に声が出ていた。
「別にいいんじゃねぇの?誰が何を願おうが望もうがソイツの勝手だ。それにこの国で強さが全てならこの国最強のアンタが何をしようが自由だ。ただ、1つ言っとくぞ。俺はアンタより強くなる。アンタの強さは孤独じゃない」
我ながら随分と恥ずかしいことを言ったものだ。顔が赤くなっているのが分かる。今すぐにここを離れて1人になって大声で叫びたい。
あまりの恥ずかしさに悶えそうだが、というか内心では悶えているが、せめてもの救いは目の前にいるリアが笑顔になったことだ。それだけで安…くはないがこの黒歴史も救われる。
「其方は優しいな。猶更気に入ったぞ。だが、1つ謝らねばならぬ。今言ったことに嘘偽りはないが悲観するほど我は弱くない。本当は今の言葉で其方を籠絡して婚姻を結ぼうと思ったのだ。それなのに其方があまりに純粋で我の心に響くことを言うから申し訳なくなったではないか」
そうリアは俺をぎゅーっとまるでぬいぐるみやペットを愛でるように抱きしめる。
「全部忘れろ!絶対アンタとは結婚しねぇ!」
最悪だ最悪だ最悪だ。黒歴史な挙句嵌められたとか救いようがない。もうログアウトしてベッドで悶えたい。…だが、リアが言うように嘘偽りには感じられなかった。それどころか弱くないというのが嘘に聞こえるくらい心からの叫びに聞こえた。だから反射的に言葉をかけてしまったのだろうが、これは嵌められていないと思いたい俺の希望的観測なのだろうか。
「リアよ、敗者の身でありながら頼むのも見苦しいが最後にその少年と話がしたい」
リアに弄ばれていたかと思えばまだ傷の癒えないゼルガがリアの前に跪く。ようやく解放されるかと思ったら今度は膝の上に座らされる。
「我は構わぬが其方もよいか?」
「別にいいぞ。俺を離してくれたらな」
当たり前のように俺の要望は無視され腹の前で手を組まれて拘束される。
戦闘時は傷1つつけられないほど硬かったのに今座っている場所は柔らかい。頭の後ろにも柔らかい感触が……そうクッションだ。これはクッションこれはクッション…
そう自分に言い聞かせて落ち着いてからゼルガと顔を合わせる。
「ではその言葉に甘える。少年、いや神使JOKER、俺と義父ジークはどちらの方が強かった?」
「ジークとは軽く手合わせした程度で本気がどの程度かは分からないが、多分ジークだな」
比較するには判断材料が少なすぎるしジークの動作を見ていたからゼルガに対応できたという部分は大きいが、それでもジークの方が強いだろう。
「ふ、素直だな。だが、それでいい。JOKERには話しておこう。さっきの話を聞いての通りリアは自分以外に負けることを許さない。だが、義父は俺よりも強かった。近くに居てはいつか剣を交え俺が敗れる。だから義父は自ら辺境の地へ発った。自分が介錯する役目を担わないためにな。情けないことに俺はそれを有難いと思ってしまったのだ。思えばその時から俺はリアの横に相応しくなかったのかもしれない。それが今日、JOKERと刃を交えて確信に変わった」
ゼルガは一度言葉を切ると歩み寄り俺の手を取って言葉を続ける。
「最後に1つ、俺から頼みがある。これからもリアを楽しませてやってくれ。初対面で頼むようなことではないがお前にはそれができる。俺にはできなかったリアを幸せにするという夫の努めを果たしてくれ」
さも俺がリアの夫になる体で話が進んでいるが俺は断ったはずだ。それよりも気になるのは今の言葉が恰も遺言のように聞こえる。
ゼルガは部屋の中央まで下がると落ちている両手剣を拾いメダルを填める。
「最後にリアの笑顔が見れてよかった。《武装・龍》」
ゼルガは天に向かって具象した龍を放つ。その龍はジークが出したものに勝るとも劣らないほど力強さを感じさせる。
その意図に気づき動こうとするがリアにがっちりと拘束されていて動けない。それでも足掻き続けていると天へと向かったはずの龍はゼルガを飲み込んだ。
龍が消えるとそこにゼルガの姿はなく残っていたのはゼルガの握っていた両手剣と填められていたメダルだけだった。
「そのメダルは其方に託そう。剣は父にでも送っておこう」
その淡泊な言葉と共にリアの拘束から解放される。初対面の俺ですら突然の事態を飲み込めずにいるというのにリアは平然としていた。
それはこの国での当たり前ということなのだろう。フィリアも表情1つ崩さず見守っていた。
思えば治療程度で回復スキルをかけられていない時点で疑うべきだった。別にゼルガに対して強い思い入れがある訳ではないが元を正せば俺に負けたことが原因でこうなったのだから思うところはある。
「母様、そろそろ発たないとソーマ姉様が帰ってきます」
フィリアがさっきまでゼルガの居た場所に跪いてそう具申するとリアは頷く。
「うむ。ではJOKERよ、他の神使がどのような者かは分からぬが我は其方が気に入った。我の夫でもあるし___」
「夫ではねぇ!」
反射的にそう遮るとリアは嬉しそうに笑う。
「つれぬことを申すな。と、あまり時間がないのであったな。ティノーグ皇国は全面的に其方を支援しよう。フィリアよ、JOKERを修行の地へ案内し数日滞在せよ。その間にソーマは我が黙らせておく。その後はJOKERの意思を尊重しJOKERの望むところへ連れていけ」
「承りました。それでは___」
「警告しておくが図に乗ったことをするなよ」
言葉を遮ってまで警告したその言葉はとても娘に向けるようなものには見えない。1歩踏み違えれば殺すという圧すら感じる。それに怯えてはいるもののフィリアからは慣れているように返事をする。
「承知しております。それではJOKER様、参りましょう」
底知れぬ溝を感じながらも踏み込むべきではないと判断して、落ちているメダルを拾ってから先行するフィリアに続いて城を発つ。
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