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おまけ もう1つの戦場8

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闇商人は魔物の骸の下にいるおかげで他の魔物に視認されず生命力の低下から気配でも認識されていない。だが、少女たちは違う。

急に電池が切れたように今まで動いていたものが動かなくなったせいで魔物の骸の上、どの魔物からでも視認できる場所に倒れた。

それを見るなり魔物たちは他の魔物の怨みでもぶつけるように一斉に襲い掛かる。

しかし、少女たちはそのことに気づきもせず倒れたままだ。それどころか生きているかすら怪しいだろう。それでも魔物たちは容赦なかった。

「俺が倒れてる子たちを救出する。全部隊、突撃!」

そう突如として現れた軍の指揮官がそう指示を出すと全部隊が突撃する。

少女たちのおかげで突破した魔物の数が減っていたとはいえ、ここまで前線を上げてきた辺り精鋭なのだろう。ようやくララの働きかけで動き始めた帝国軍が前線の構築に取り掛かったようだ。

指揮官の男性は部隊の動きに合わせて呼吸の隙間、間を縫うように少女たちを救出する。

「この方面だけ魔物の進攻が少ないと思っていたら先駆けがいたのか。それもこんな幼い少女3人とは驚かされる」

そう3人の少女を寝かせると指揮官自ら戦いに行こうとする。が、それを遮るように伝令が来た。

「リューク様、ベネッタ様より伝令です。勝手に前線を上げるな。お前の所だけ飛び出していると他の軍の負担が増えるだろう。この馬鹿。とのことです」

「アイツ、同期だからって伝令にこんなこと言わせるなよ…分かった。前線は既定の位置まで下げる。ここを維持してくれたこの子たちには悪いが無茶できるほど皇国軍に余裕はないんだ。すまないな」

寝かせている少女たちに一言、そう謝るとリュークはすぐに前線引き下げの指示を出して退いていった。

その会話が聞こえていながらも闇商人は何もできなかった。1度、倒れて寝転んでしまったら張り詰めていた糸がプツンと切れたのだ。

それは今までの疲労を重しにしたように体は動かず口も開かない。このまま魔物にも気づかれないだろうが、味方に気づかれることもないだろう。もし見つかるとしても命が尽きてから。

そう闇商人は自分の行く末を理解して、それもまた運命だろうと受け入れていた。

ゼギウス様、申し訳ありません。ゼギウス様が戻るまでもちそうにありません。ですが、安心してください。ララさんやルルさんを始め、作られた子たち、他にも大勢の方が力を尽くしゼギウス様が戻るまで人間界はもちそうです。

ただ、ゼギウス様への恩を返せたのかという不安とこの先ゼギウス様の築く世界を見られないのは残念です。でも、私はゼギウス様から頂き過ぎたので仕方がないですよね。

今までありがとうございました。最期は自分の口で感謝を伝えたかったですが、それも叶いそうにありません。

ゼギウスの事を考えてしまったからか生きたいという思いが強くなる。

「あぁ…もっとゼギウス様の傍にいたかったなぁ……」

この世界に自分の想いを残すように闇商人の口から自然と願望が漏れ出る。それはさっきまで動かなかったはずの体を動かしていて、そのことに後悔を生まれさせた。

何でさっき動かなかったのだろう。もし動いていれば皇国軍の誰かに気づいてもらえたかもしれない。生を自ら諦めてしまったことに今更ながら後悔が強くなる。

しかし、現実とは残酷で、そんな想いの籠った声に反応して魔物が闇商人の生存とその居場所に気づく。それは皮肉にもさっき声が出ていれば皇国軍が気づいたことを意味していた。

闇商人の生存に気づいた魔物は覆い被さる骸ごと燃やそうとスキルを放つ。それを受け入れるように闇商人は目を瞑る。

……

温かい。

どこか懐かしさを感じる優しくて全てを包んでくれる温もり。体が燃えているだろう最中に闇商人が抱いた感覚はそれだった。それは自分が生きているのか死んでいるのか分からないくらい心地いい。

きっとまだ生きていたのだろう。しばらく温かいのが続くと魂と肉体が乖離し始めたのか軽くなり宙に浮く感覚がする。最期にこの世界がどうなっているのか見ようと闇商人は目を開けた。

「間に合ったみたいだな」

聞き慣れた声と共に視界に映るのは闇商人が最も会いたかった人、ゼギウスだった。

ゼギウスは闇商人を抱え、そのゼギウスを背中から掴んでナナシが飛んでいる。温かいのはゼギウスの温もりで体が軽くなったのは治療されて倦怠感がなくなったから、そして宙に浮く感覚は本当に宙に浮いていたからだ。

「ゼギウス様…」

「死を受け入れてんじゃねぇよ」

「申し訳、ありません」

闇商人は嬉しさのあまり溢れる涙を抑えられない。その涙を怒られたせいだと勘違いしたのかゼギウスは少しオロオロと動揺している。

「だが、まぁ、なんだ…よくここまで頑張ったな」

「ふふっ、ゼギウス様は優しいですね」

その勘違いに思わず笑みが零れていた。それはとても綺麗な笑顔で大人びて見える闇商人も少女なのだと実感させる。きっとゼギウス以外には見せたことがない笑顔だろう。

「はぁ…今くらいは仕方ねぇか。ナナシ!」

その笑顔に嵌められたと思っているゼギウスも許してしまう。それどころか闇商人の顔を見るのが照れくさくなったのか、闇商人から目を背けるようにナナシの方を見る。話を振られたナナシは「はーい」と返事をすると大きく息を吸う。

「《平伏せ!》」

大声でナナシがそう叫ぶと視界に入る限り進攻していた魔物の動きが止まり跪く。魔物としての圧倒的な格の差で平伏させたのだろう。ナナシの声が届く範囲にいた魔物に抵抗する気配すらない。

「《魔界に帰れ》」

そうナナシが次の指示を出すと魔物たちは立ち上がり魔界へと引き返して行く。

その光景に闇商人は驚愕する。こんな方法があるとは思いもしていなかった。実現可能・不可能ではなく考えつかないことをやる。だから闇商人はゼギウスの築く世界が見たいのだ。

その片鱗が見えたことに闇商人は改めて笑みが零れる。今度の笑みは純粋でワクワクしている子供のものだ。

「今度はどうした?」

笑顔の変化に気づいてゼギウスがそう聞く。今度は顔を逸らさずに向き合えるようだ。

「いやぁ、ゼギウス様の傍にいられて幸せだなぁ、と」

「いきなり何だよ、気持ち悪ぃな。頭でも打ったか?」

「そうなのかもしれません。なので、しっかりと診てください」

今日、いや、今くらいはいいかと少し甘えようとする。だが、それは許されなかった。

「ねぇ、そういうのは全部終わってからにしてよ。ゼギウスも早く次の指示出して」

そう露骨に不機嫌になったナナシが口を挟む。もし闇商人が直接ナナシに掴まれていたら投げ捨てられていただろう。それを考えると少し冷静になる。

「じゃあこのまま皇国側にいる魔物を全部撤退させるぞ。どうせアルがドジるだろうから旧王国側もな」

「それって結局、全部私がやるってことじゃん!本当、アルメシアは使えないなぁ」

文句を言いながらもナナシはあっという間に皇国領に進攻していた魔物を全て撤退させる。案の定、アルメシアに魔物を撤退させることができず、旧王国領に進攻していた魔物もナナシが撤退させていた。

残る帝国領も先に対応に向かっていたエストが前線を維持していたおかげで大した被害が出る前にナナシが撤退させることができた。

苦戦していた帝国方面がそこまで持ち堪えたのはガルドスが割り切ったからだ。全体への指示を諦め自らが単独で先陣を切る。そうすることで帝国兵の心を動かす。

崩壊した帝国の指揮系統からすると最早こうする他なかった。だが、初動の遅れを取り戻すのは簡単ではなくガルドスは命を落とした。

もしかしたらそれが狙いだったのかもしれない。自らが犠牲となることで全体の士気を一時的に上げるのと同時に間違った方向に進んだ帝国の罪を清算する。

それだけでは罪の清算には不十分だが、ゼギウスなら許すと踏んだのだろう。実際、ゼギウスは迷わず帝国領も助けた。

これで戦いはひと段落して残るは後処理だけとなった。
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