妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香

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番外編 ファルター

14.婚約

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 その日の夜。いつも通りの、エマと二人の食事。
 だというのに、俺は緊張でおかしくなりそうだった。

 食事の味が全然分からない。エマと話をしていても、その話が全然頭に入ってこない。自分でも、顔が強張っているのが分かる。
 そんな状態を、エマが気付かないわけがない。

「ファル、具合悪いの? だったら無理に私に付き合ってもらわなくても……」
「い、いや、そうじゃないんだ……!」

 お互いの呼び名が変わると同時に、言葉遣いからも敬語が抜けていった。最初の頃は、こんな話し方に緊張していたのに、今ではごく自然に話をしている。

 改めて、エマと一緒に過ごしてきた時間を思い返して、俺は決意した。
 立ち上がり、エマの側に行って跪く。

「ファル……?」
「エマ。……どうか、俺と婚約して下さいませんか?」
「……………ぇ……」
「ずっと、エマを見てきた。エマは尊敬できる、俺にはもったいないくらいの人で……、エマがいたから俺もここまで頑張れた。これからもずっと、エマの側にいて、見ていたいんだ」

 言い切った。
 もう自分でも何を言いたいのか分からなくなっていたが、それでも言い切った。あとは、エマの返事を待つだけだ。

「…………………」

 エマは何も言わない。ただ俺の顔をジッと見ている。
 でも、予想できる。きっとこの後、エマは……。

「……………っ……」

 涙を、こぼした。ボロボロと。俺の予想した通りに。
 立ち上がって、手を伸ばす。少し緊張しつつも、その手をエマの背中に回して、抱き締めた。

 抵抗はなかった。
 素直に俺の胸にすがったエマに、俺はもう一つ言うべき言葉を、口にした。

「エマ、好きだ。……愛してます」

 エマの手が、俺の服を握った。なぜか、クスッと笑う声がした。

「……そんなこと言われたら涙が止まらないって思ったのに、ファルの心臓の音がすごいから、すっかり引っ込んじゃった」
「緊張してるんだ……。勘弁してくれ」

 自分でも情けない声に、エマはもう一度クスッと笑った。腕を突っ張って、俺から離れようとしているのを感じて、俺も手を離す。

 俺から一歩だけ離れると、エマはそのドレスの裾をつまみ、綺麗な礼をしてみせた。

「婚約、お受け致します。……私も好きです、ファル」
「……ああ、ありがとう」

 そして、俺はもう一度エマに手を伸ばす。エマも手を伸ばしてきた。お互いに抱き締め合った温もりが、俺たち二人の出発点だった。


*******


 それから正式な婚約発表までは、時間を要した。
 口頭で俺の父に許可は取っていた、とはいっても、それを正式なものとするには時間がかかる。

 お互いの国の行き来に掛かる時間も含めて考えると、数ヶ月後のエマの誕生日パーティーで婚約発表ができたのは、十分に早いと思う。

「おめでとう、ファルター」
「……兄上」

 ブンデスリーク王国の王太子、シルベスト。国王陛下に招待されて、兄がこの場に来ていた。
 兄の後ろには、護衛としてハインリヒがいる。本音を言えば、兄に来てなどほしくなかったし、兄よりもハインリヒと話をしたいのだが、まさかそういうわけにもいかない。

「……ありがとうございます」

 兄への劣等感がなくなったわけじゃない俺は、怯んで逃げたい気持ちでいっぱいだが、エマの手前、精一杯堂々した態度を取ってみせる。

 エマに婚約を申し込んだときとは、また別種の緊張に襲われる。兄に何を言われるのか。嫌味を言われても、貶されても、言い返せる自信はない。

「正直、最初に父上に話を聞いたときは驚いたが……」

 けれど、兄は穏やかだった。俺の過去をあげつらって、悪し様に言ってくることはなかった。

「変わったな、ファルター。良い方に変わった。お前の兄として、何もできなかったというか、むしろお前の邪魔にしかなっていなかったらしいというのが、ここに来てやっと実感して、微妙に悔しいのだが……」

 兄が背後にいるハインリヒをなぜか睨み、それに対してハインリヒは意味ありげに笑う。
 そのやり取りの意味は分からない。けれど、兄がそんな事を思っていたことに驚いた。

「頑張れよ、ファルター。もう逃げることは許されないからな」
「分かっています」

 そんなことは言われるまでもない。その覚悟がなかったら、エマに婚約を申し込むなど、できるはずもなかったのだから。

 俺の返答に満足そうに頷いた兄が、いたずらっぽく笑った。

「それと、虚勢を張るのはいいが、せめて隠せるように努力しろ。見るからにやせ我慢して強がっています、という態度では、相手に侮られる」
「…………頑張ります」

 どうやら俺の心の内は、完全に兄のお見通しらしい。
 悔しいが、兄の言うとおりだ。エマの婚約者として、将来の王配として、そうそう公の場に出るつもりはないのだが、それでも皆無というわけにはいかない。表情を取り繕ってみせることだって、必要だ。

 もう一度兄は頷いた。そして、俺の後ろにいたエマに向き合った。

「エマ王太子殿下、不出来な弟ではありますが、見初めて下さったことに感謝いたします。これからも見捨てることなく面倒を見て頂けると、これ以上ない幸運でございます」

 何だそれは、と文句を言いたくなる文言だ。
 俺の不満には気付いているだろうに、兄は全く意に介することなく笑みを浮かべている。

 そんな兄に対して、エマも似たような見事な作り笑いを浮かべた。

「とんでもありません。私の方こそ、ファルター殿下にお会いできたことは僥倖でした。見捨てられないよう頑張るのは私の方ですし、面倒を見て頂くのも私の方です。シルベスト王太子殿下にとっては不出来かもしれませんが、私にとっては最高のお方です」

 兄が意表を突かれた顔をした。珍しかったが、それを堪能できる気持ちの余裕はない。

「……エマっ! 頑張らなければいけないのは俺の方だし、俺が不出来なのは確かだし……」
「嘘じゃないもの。ファルが側にいるから、私も頑張れるの」
「……それは知ってる」

 ようするに「最高の方」と言われたことに、激しく動揺しただけだ。まだまだそう言われるほどに、成長できたとは思えない。
 けれど、俺たちのやり取りに、兄が安堵の表情を浮かべた。

「お互いに必要とし合っているんだな。……どうか、ファルターをよろしくお願い致します」
「はい。ありがとうございます」

 この瞬間、兄が本当の意味で、俺の婚約を認めてくれたことを悟った。そしてきっと、俺自身のことも、認めてくれたのだ。

 ずっと、兄への劣等感に苛まれてきた。
 父に反発して、父の決めたマレンとの婚約を破棄して、マレンの妹のピーアと婚約して、盛大な勘違いから父に最後通告を突きつけられた。

 そのピーアも、俺を見なかった。最後には暴走して平民に落とされて、辺境のダンジョンに送られた。俺は何もできなかった。

 兄から離れた場所で頑張ると決めて来た、グランデルト王国。そして、エマに出会った。父への反発でもなく、兄への劣等感でもなく、本当の意味で俺自身が決めた、俺の歩む道。

 エマに手を差し伸べると、その手を重ねてくれる。

 これからもきっと色々あるだろう。壁にぶつかって歩けなくなるときだって、きっとある。でもこの手があれば、俺は頑張れる。壁にぶつかっても、乗り越えて歩いて行ける。

 目と目が合う。エマが笑う。俺も笑い返した。


ーーーーーーーーーーーー

以上で完結となります。
ファンタジー分野なのに、完全に恋愛の番外編でしたが、お読み下さりありがとうございました。

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感想 26

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みんなの感想(26件)

あるかんしぇる
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田尾風香
2022.09.13 田尾風香

そうですね。あくまでもこの世界での聖女は、周囲の人々がそう呼ぶようになったというだけで、自分で名乗るものではないですから。聖女の定義があるわけでもないですし。

……定義がないなら、もしかして可能性あり? ピーアの性格ってある意味新鮮でしょうから、荒くれの兵士たちに面白が……じゃなくて可愛がられて、冗談交じりに聖女と呼ばれたりとか? まあ冗談以上にはならなそうですが。

完結までずっと感想を下さって、ありがとうございました。

解除
あるかんしぇる
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田尾風香
2022.09.11 田尾風香

感想ありがとうございます。
そんな感じですねぇ……。こいつには言ってもムダと、すぐ悟った先生がすごいです。

解除
あるかんしぇる
ネタバレ含む
田尾風香
2022.08.31 田尾風香

感想ありがとうございます。
やはりそれ思いますよね。私も書きながら思っておりました。←オイオイ

で、考えてみた結果、たぶん国王陛下自身も優秀だったんじゃないかなぁと。
王族なんだから努力して当然。比較されるなんて当然。その中で自分はやってきたんだ、みたいな。

出来の悪い息子でも愛してるし、色々気にして心配してるし、何か悩み事があるなら息子から言ってきてくれるだろう、みたいな。
でも息子は何も言わないし、何も努力しようとしないし、何だこいつやる気ないのか、と落胆しちゃう。

ボワッとした感じでまとまりませんが、こんな感じかなぁと考えております。

解除

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