妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香

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番外編 ファルター

8.侍女との会話

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「つかれた……」

 侍女に促されて何とか食事会の席から立ち上がり、与えられた部屋に戻ってきたら、どっと疲れが出てきた。
 そのまま侍女に「休む」と伝えてベッドに横になったところである。

 色々衝撃だらけだったが、今はそれを考えるだけの気力もなく、そのまま目を瞑った。

 ――次に気付いたのは、ドアをノックする音だった。

「なんだ……?」

 反射的に出した声が思いの外寝起きの声で、やっとそこで自分が寝てしまっていた事に気付いた。

「お休みの所申し訳ありません、ファルター殿下」

 入ってきたのは、俺についている侍女たちの一人で、まだ若いがリーダーのような立場の女性、ソフィアだ。

「いや。どうした?」
「リアム殿下より、晩餐を共にとのお誘いが参りました。お返事は如何致しましょうか」

 出た名前に驚いた。

「リアム殿下? その……エマ殿下ではなく?」
「エマ殿下からでしたら、わざわざお伺いするまでもなく、席を用意いたします」

 それもどうなんだ、と言いたくなることを、しれっと言い放った。

 ソフィアは、先ほどの食事会でも一緒についていた侍女だ。まだ若いとは言ったが、それでも俺より年上だ。もう結婚して然るべき年齢だと思うのだが、一度それを口にしたら笑顔が怖かったので、言わないように気をつけている。

 というか、ソフィアだって国王陛下からの話を聞いていたわけだよな。この城で働く侍女という立場から、あの陛下の話をどう思ったのだろうか。
 いや、その前に返事だ。

「リアム殿下に、招待ありがたくお受けします、と伝えてくれ」
「かしこまりました」

 エマ殿下との食事を避けておいて、こう言うのもなんだが、こちらは留学してきて王宮に住まわせてもらっている立場だ。基本的に断るという選択肢がない。それは先方も分かっていると思うが、こうしていつもわざわざ確認してきてくれる。

 ソフィアは一度部屋を出たが、すぐに戻ってきた。お茶の乗った台車を押してきている。
 俺の返事を伝えにいったはずだが、こんなに早いと言う事は、すぐ近くにリアム殿下の侍女でもいたのだろうか。

「殿下、眠気覚ましに何か召し上がりますか?」
「……ああ、そうだな。すっきりするものを頼む」

 俺の返事を受けて、手際よく手を動かすソフィアをボーッと眺める。
 普段は甘いものを飲みたがることが多いというのに、いつもと違う要求にも迷うことなく手が動いている。

「ソフィア、やりながら聞いてくれればいいのだが」
「はい?」
「……その、昼食の時の、国王陛下からのお話、どう思った?」
「エマ殿下との婚約のことでしょうか?」
「……っ、そ、そうだ」

 俺が口に出来なかった事を、あっさり言葉にされて動揺してしまった。
 それが分かっているのかいないのか、ソフィアは手を動かすのをやめて、俺を見た。

「一ヶ月ほど前でしょうか。エマ殿下のお顔が変わられたな、と思いました。明らかに、恋する少女のお顔になっておりました」
「――こっ!?」

 不安そうな表情がなくなったとか、そういう話じゃないのか!?
 予想外にもほどがある話だ。

「殿下の仰った、エマ殿下の可愛らしい笑顔は、殿下に向けられたものです。ファルター殿下のことを話す時、エマ殿下はとても嬉しそうで恥ずかしそうにしていて、幸せそうにされるんです」

「……い、いや、だからあれは、そうじゃなくて」

 俺の失言を取り上げられて訂正しようとするが、ソフィアにサラッと無視された。

「ですので、できるだけエマ殿下がファルター殿下と共に過ごす時間を作って頂きたい、と私ども侍女は思っております。本日付で婚約内定になると思っていましたので、非常に残念です」
「…………………」

 婚約内定? え、待て、実はそんな所まで進みかけていた話だったのか?

「どうぞ、殿下」

 お茶を渡された。
 手に持つと良い香りがした。寝起きの頭がはっきりしてきた気がする。

「ファルター殿下。差し出がましいかもしれませんが、一つ申し上げてもよろしいでしょうか」
「……なんだ?」

 ソフィアの前置きに、何となく構えた。改まった話というのは、苦手だ。いい思い出がない。だからといって、そんな理由で聞かないというわけにもいかないので、先を促す。

「ファルター殿下が故国にいらっしゃったときに何があったかは存じません。なぜそうもご自身を否定なさるのか、分かりかねます」

 自分の顔が強張ったのが分かった。
 自分勝手な理由でマレンに婚約破棄を突きつけたこと。自分が何もできず、ピーアが罰を受けて平民に落とされてしまった事が、頭をよぎる。

「私どもから見たファルター殿下は、いつも自分に厳しく努力を重ねて、それでいて周囲への気配りをされている、お優しい方です。そう感じているという事を、覚えておいて頂けると光栄でございます」

「……誰の話だそれは」

 自分に厳しい? 周囲に気配りしている? その評価は兄に向けられるものであって、俺じゃない。
 俺は、諦めたくなる気持ちを必死にごまかしているだけ。周囲から冷たい目を向けられるのが怖いだけ。何とか外面を取り繕ってるだけだ。

「……はぁ、まあいいです。殿下、そちらを召し上がりましたら、身だしなみを整えましょう」
「あ、ああ、分かった」

 最初のため息っぽいのが何だったのかが怖いが、聞くのも怖い。
 昼食の食事会から寝てしまって髪も服も乱れているだろうから、晩餐の前に直さなければならない。

 余計な手間をかけさせてしまったと反省しながら、俺は慌ててお茶を飲み干したのだった。


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