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番外編 ピーア①
しおりを挟む南の辺境の地に着いた。
着いちゃった。
「ふぅん」
到着すると、あたしをここまで送ってきた傭兵の隊長が、先方の責任者だとかに手紙を渡している。
その手紙を読んで言ったのが、さっきの一言。
相手は女だ。歳は、お母様と同じくらいだろうか。
だけど、お母様と違って、あたしを見る目は怪しい者を見るような目だ。
気にくわない。
そもそもここに来たことだって、気にくわない。
傭兵だって何考えてるの。
このあたしが仲間になってあげるって言ってるのに、碌に返事すらしようとしなかった。
本当に腹が立った。
「分かりました。人手不足ですからね、文句を言うつもりもありません。仮にも回復魔術を使えるなら、全く役に立たないことはないでしょう」
「そう仰って頂けて、良かったですよ。いらないから引き取れって言われたらどうしようかと思っていました」
アッハッハッと笑いながら、あたしをここまで送ってきた傭兵たちが去っていく。
本当に失礼な奴らだったわ。
「さて、ピーアさん。私は回復術士たちを取りまとめるニコラと言います。これからあなたの実力を見させてもらいますね」
上からの言い方。
こいつも気にくわない。
フンと笑う。
「いいわよ? 聖女の再来と言われたあたしの力、見せてあげるから感謝なさい」
「……ついてきなさい」
ここで頭でも下げて「お願いします」とか言えば少しは見直してやったのに。まあいいわ、吠え面かかせてやるから。
*****
「ああ、なるほど、そんな感じね。軽傷者の治療程度にしか使えないわね」
「はあっ!?」
人が上級魔術を使ってやったというのに、何なのその言い草は。
「いえ、その態度じゃ、そもそも人の治療をさせるのは駄目ね。しょうがない。先生に預けちゃいましょうか」
小声でブツブツつぶやくだけで、意味が分からなかった。
*****
建物に入って、ある一室に連れて行かれた。
「先生、お話しよろしいですか?」
「なんだ、どうしたね」
そこにいたのは老婆だった。
その老婆の目があたしを捉えた。
「誰だね、その娘」
「今さっき新しく来た娘です。実は……」
ニコラと名乗った人がその老婆に手紙を渡している。
その手紙を読んだ老婆は、面白そうに笑った。
「へぇ、エリーザの旦那の娘かい。あの男、ガッツリ浮気してたんだねぇ」
「やるんじゃないかとは思ってましたけどね。うわべだけ立派に見せてただけの男ですから」
「エリーザの娘が立派に育ってるらしいのが、まだ幸いかねぇ」
は? なんの話し?
そうすると、老婆があたしを小馬鹿にしたように笑った。
「アタシはヴァイケって言うんだよ。今日からあんたの先生だよ」
「……は? 先生? 何言ってるわけ?」
「今のあんたじゃ、欠片も役に立たないからね。足が悪いから現場は難しいんだけど、代わりに指導係をやっているってことさ」
「なに、頭ボケてんの? なんであたしがあんたなんかに教わんなきゃなんないの」
言い返したら、老婆はニヤッと笑った。
「"あたしは聖女の再来だ"って?」
「何よ、分かってんじゃない」
「アッハッハ。面白いね。あんたみたいな気の強い娘は嫌いじゃない。ただね、アタシは聖女と呼ばれていた女性を直接知ってるんだよ。あんたじゃ、彼女の足元にも及ばない」
「……は?」
聖女を知ってる? なに、やっぱりボケてんじゃないの?
聖女なんて、はるか昔の話でしょ?
「アタシの師匠は、聖女の娘だよ。ちなみに、あんたの姉マレンは、アタシの師匠の孫。つまりは、聖女のひ孫だね」
「………は?」
あの女が、聖女のひ孫?
何言ってんの? そんなことあるはずないでしょう。
「このニコラは、アタシの弟子さ。エリーザ……つまりはマレンの母親とか、あんたの父親とも知り合いなのさ」
「……お父様と?」
「そうさ。あんたの父親はね、勉強は出来た男でね。自分が分家出身でしかないことをよく嘆いていた。で、成績の良さを武器にメクレンブルクの一族を説得してエリーザの婿に収まった。まあそこまでは良かったんだけどね」
次、話をニコラが引き取る。
「当主の娘のエリーザが自分を敬って傅くと思ってたようなのよ。だけどエリーザにそんなつもりは一切ない。ちゃんと当主として認めていたわよ? でも、あの男はそれじゃ満足できなかったのね。エリーザは回復術士としての名声も高かったから、それも不満の理由の一つでしょうね」
「小さな男さ。で、浮気したんだねぇ。浮気して子供を拵えて、甘やかして育てて、しょうもない結果になったってわけだ。いや、笑えるね」
「な、何なのよ! お父様をバカにするんじゃないわよ! そんなの、お父様に愛されなかったヤツの、負け惜しみでしょ!」
言い返してやった。
図星をつかれて謝るかと思ったのに、二人とも呆れた顔をするだけだ。
「まあいいさ。ニコラ、確かに預かったよ。あんたは戻りな」
「すいません、先生。かなり厄介そうですけど」
「アタシがここに留まってるのは、後進を育てるためだよ。気にせず、利用すればいいんだ」
「……本当に、ありがとうございます」
ニコラが去っていった。
残ったのは、年寄りの女一人。
睨んでやったのに、笑われた。
「その強がりがいつまで持つか、楽しみだよ」
そして、その日からあたしはしごかれた。
*****
あたしがマレンに会ったのは、十歳の時だ。
お父様を尊敬しようとしない正妻が死んでくれたから、お母様と一緒にお父様の正式な家族になれたのだ。
初めて会ったとき、マレンはあたしを一瞥しただけだった。
お父様を睨んでいて、父親にそんな目をするなんてなんてひどい人だと思った。
「父様。私は先日伝えたとおり、ローベルト様とともに辺境に参ります。結婚するもどうするも、父様のお好きにどうぞ」
そう言い捨てて、去っていった。
なんだこいつ気にくわない。
それが、あたしの第一印象だった。
*****
「ほれ、もう一回」
「なんでよ! 上級魔術使ってんのに、何が不満なのよ!」
「言っただろ。使えるだけじゃ意味がない」
年寄りのババアに言われて魔術を使ってやってるのに、何回やっても「もう一回」としか言ってこない。
使えるだけじゃ意味がないって何よ。上級魔術を使えることが、大切なんでしょ?
「あんたは頭で考えてもムダだろうからね。使えるレベルになるまで、魔力が切れるまで発動し続けるしかないんだよ。ほれ、さっさとやんな」
「いやよ!」
こんなに魔術を使い続けた経験なんてない。
学校じゃ、一度上級魔術を唱えれば褒められてそれで終わったのに。
「よっぽど甘やかされてたねぇ。食事と睡眠の時間以外は魔術の練習に当てるからね」
「ふ、ふざけんじゃないわよ! じゃあいつ休むのよ!」
「食事と睡眠の時間はやると言ってるだろう。そんなに不満なら、その時間も削るよ」
「なっ!」
本当になんなの、こいつ。
あたしの何が不満だって言うのよ!?
ふと、こいつがマレンの名前を出していたことを思い出した。
第一印象から変わることなく、気にくわない女。
王子の婚約者だって知った時、本当に驚いた。なんであんな女がって思って、奪い取ってやったのに、その王子も王族じゃなくなるかもしれない、ポンコツ王子。
挙げ句にハインリヒ様に婚約を申し込まれてた。
本当に腹が立つ。
まさか、こんな所にまでマレンが手を回してるとか、そういうこと!?
この年寄りババァたちまで騙して、あたしの邪魔をしてるってこと!?
「ねえ、マレンのこと、知ってるわけ?」
「無駄口は叩かない。練習するんだよ」
話すらさせないようにするなんて。
見てなさいよ、マレン。一度はあんたに負けてここに来る羽目になったけど、そうそうあんたの思い通りになんかいかないんだから。
*****
「何まだ寝てんだい。さっさと起きな」
「いやよ! 疲れてるの!」
「元気じゃないかい。さっさとしないと、ご飯当たんないよ」
三日目。
連日のように魔力がなくなるまで魔術を使わされて、ヘトヘトだ。
それなのに、あのババァは容赦なくあたしに魔術を使わせようとする。
「……もういやよ」
部屋からババァがいなくなってから、つぶやく。
そうよ。もう嫌。なんであたしがこんな目にあわないといけないの。
そうよね。あたしは"聖女の再来"なんだから、こんなところにいるわけにはいかないんだから。
部屋から出て周囲を見回すけど、誰もいないみたいだ。
今のうちに逃げてやる。
あとがどうなろうと、あたしは知らない。いなくなってから、あたしの有り難みを知ればいいのよ。
でも。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁ!?」
魔獣と出くわした。
悲鳴を上げながら戻った先に、なんでかババァが待ち構えてた。
「無理だって。ここは魔獣の宝庫だよ。逃げだそうとして、魔獣の餌になった奴が何人いると思ってんのさ。ああ、でもあんたは逃げ足だけは一品かもねぇ」
ババァに笑われた。
でももう、それに反論する元気はなかった。
ーーーーーーーーーー
お読み頂き、ありがとうございます。
だいぶ中途半端なんですが、本来はこれで終わりのつもりでした。
ただ、続きというか、ピーア覚醒編みたいな話を思いついてしまって、現在執筆中です。
サラッと書けるかと思ったんですが、二千文字越えてもまだあと少し続きそうだったので、話を分けることにしました。
次の話で終わるかと思いますが、まだ書けていないので、いつ投稿できるかは不明です。どんなに遅くても、来週中には投稿できると思います。
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