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39.シルベストの愚痴
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ファルター殿下と話をしてから、わずか一週間後。
殿下は留学した。
その早さに、本当にもう話は決まっていたんだと知った。
シルベスト殿下がファルター殿下の留学の話を知ったのは、私たちより遅かったらしい。
「前から色々動きがあるのは知っていたが、あまり気にしていなかった。五日くらい前から荷物をまとめだしていて、流石にこれは何かあると思って聞いたら、教えてもらえたんだ」
シルベスト殿下は、少し不満そうにしている。
つまりは、殿下から聞かなかったら、出発するまで何も知らされなかったのだ。
最初は驚いたそうだ。
そして、ファルター殿下の留学する国を聞いて、無理だと止めようとした。
『だからお前に言わなかったのだ。お前に無理だと言われて、ファルターがどれだけ辛く思うか、考えたことがあるか』
国王陛下に、あいつが自分で決めたのだから、それを素直に応援しろと言われたらしい。
けれど、どうしても無理だという考えが抜けない。
「グランデルト国だもんな」
「国境が険しい山岳地帯なせいで、あまり交流のない国だからね」
そう笑って言う私たちも、留学先の国名を聞いて驚いたんだけど。
いくつか国境が接している国はあるけど、その中でも地理的な問題でグランデルト国との交流は薄い。
留学するなら、もっと交流のある国はあるんだから、そっちを選ぶことだって出来たはずなのだ。
「そっちはお前の事も知られているからだろ? せっかく留学したのに、そっちでもお前と比べられたら意味がない」
「……だからってなぁ。あの甘ったれが、やっていけると思うのか?」
ハインリヒ様の取りなすような言い方に、シルベスト殿下は納得いかない様子だけど、ちょっとその言い方にはカチンときた。
「ファルター殿下は甘ったれじゃないですよ。いつもいつも殿下と比べられて、お前は出来損ないだって言われ続けてたんです。頑張ろうって思っても、そんなの無駄だって言われたら、誰だって挫けてしまいます」
「そうだ。だからファルター殿下にとって、お前から離れることが最初の一歩なんだよ。それが成されて初めて、ファルター殿下が頑張れる土台が出来上がるんだ」
「何なんだ、二人そろって」
シルベスト殿下が憮然とした。
私も、多分ハインリヒ様も、ファルター殿下から話を聞いていなければ、こんな事を言えなかっただろうけれど。
でも、最近のファルター殿下は少しずつ変わっていた。変わろうと努力していたのが分かった。
それなのに、それを周囲の人たちに認めてもらえなくて、やったって無駄だって言われたら、私だって辛いだろうなと思う。
本当に強い人なら、それをはね除けてでも努力を続けられるんだろうけど、それが出来るのなら、もっと早くにやっていただろう。
だから、ファルター殿下の出した留学って結論は、良いと思ってる。
自分が努力するための場所を、変わるための場所を、殿下は自分で選んだんだ。
「だがなぁ、グランデルトだぞ。常識も何もかも違うというのに」
なおもシルベスト殿下が言い募る。
何もかも、とまで言いすぎだとは思うけど。
この国では、女性は王になれないし、貴族家の当主にもなれない。なれるのは、男性だけだ。
でもグランデルト国は違うらしく、男だろうと女だろうと、第一子が必ず後を継ぐらしい。
だから、女王も女当主も当たり前に存在する。
そういう意味じゃ、確かに常識は全く違う。でも、それを分かった上で行ったんだろうし、認めてあげればいいのに。
ハインリヒ様がニヤッと笑った。
「シルはさ、なんだかんだ言って、ファルター殿下の事が心配なんだろ?」
「わ、悪いか! 一応、あれでも弟だぞ。心配して何が悪い!」
シルベスト殿下の顔が赤くなった。珍しい。
だったら、最初から素直にそう言えばいいのに。
そう思ったんだけど、そこからさらに珍しいシルベスト殿下の愚痴が始まった。
「大体だな、なぜ私に何も言わない? 自分はいつもこんな事を言われて辛いんだと、そう言えばいいじゃないか。そうしたら、私から周囲の者に注意することだってできたというのに」
いやいや、そんなことが言えるんなら、ここまで状況はこじれない。
そうやってシルベスト殿下にフォローされたって、ますます惨めになるだけだ。
「しかも、なぜお前らには話すんだ? 兄は私だというのに、私はあいつから何も言われてないぞ。出発するときだって、一礼しただけで何も言わずに行きやがって」
そうだったのかー。
まあ、ファルター殿下からしたら、それが限界だったんだろうなぁ。
「大体、お前らもお前らだ。一体何をして、あいつから色々話を聞けるほどの仲になったんだ?」
風向きがこっちにも来た。
いや別に何をしたわけでもないけど……。
延々と続きそうな愚痴に、私はコッソリと少し距離を取る。
ハインリヒ様に全部押しつけようと思ったんだけど、気付かれた。
「逃げるな、マレン」
「いやいや、ここは殿下の親友であらせられるハインリヒ様に全てをお任せしたいと……」
「押しつけようとしても、そうはいかないぞ」
「聞いてるのか! 二人とも!」
二人でゴソゴソ話していたら、シルベスト殿下に怒鳴られた。
揃って首をすくめる。
結局、クラリッサ様が気付いて割り込んできてくれるまで、愚痴は続いたのだった。
ーーーーーーーー
次回、エピローグになります。
殿下は留学した。
その早さに、本当にもう話は決まっていたんだと知った。
シルベスト殿下がファルター殿下の留学の話を知ったのは、私たちより遅かったらしい。
「前から色々動きがあるのは知っていたが、あまり気にしていなかった。五日くらい前から荷物をまとめだしていて、流石にこれは何かあると思って聞いたら、教えてもらえたんだ」
シルベスト殿下は、少し不満そうにしている。
つまりは、殿下から聞かなかったら、出発するまで何も知らされなかったのだ。
最初は驚いたそうだ。
そして、ファルター殿下の留学する国を聞いて、無理だと止めようとした。
『だからお前に言わなかったのだ。お前に無理だと言われて、ファルターがどれだけ辛く思うか、考えたことがあるか』
国王陛下に、あいつが自分で決めたのだから、それを素直に応援しろと言われたらしい。
けれど、どうしても無理だという考えが抜けない。
「グランデルト国だもんな」
「国境が険しい山岳地帯なせいで、あまり交流のない国だからね」
そう笑って言う私たちも、留学先の国名を聞いて驚いたんだけど。
いくつか国境が接している国はあるけど、その中でも地理的な問題でグランデルト国との交流は薄い。
留学するなら、もっと交流のある国はあるんだから、そっちを選ぶことだって出来たはずなのだ。
「そっちはお前の事も知られているからだろ? せっかく留学したのに、そっちでもお前と比べられたら意味がない」
「……だからってなぁ。あの甘ったれが、やっていけると思うのか?」
ハインリヒ様の取りなすような言い方に、シルベスト殿下は納得いかない様子だけど、ちょっとその言い方にはカチンときた。
「ファルター殿下は甘ったれじゃないですよ。いつもいつも殿下と比べられて、お前は出来損ないだって言われ続けてたんです。頑張ろうって思っても、そんなの無駄だって言われたら、誰だって挫けてしまいます」
「そうだ。だからファルター殿下にとって、お前から離れることが最初の一歩なんだよ。それが成されて初めて、ファルター殿下が頑張れる土台が出来上がるんだ」
「何なんだ、二人そろって」
シルベスト殿下が憮然とした。
私も、多分ハインリヒ様も、ファルター殿下から話を聞いていなければ、こんな事を言えなかっただろうけれど。
でも、最近のファルター殿下は少しずつ変わっていた。変わろうと努力していたのが分かった。
それなのに、それを周囲の人たちに認めてもらえなくて、やったって無駄だって言われたら、私だって辛いだろうなと思う。
本当に強い人なら、それをはね除けてでも努力を続けられるんだろうけど、それが出来るのなら、もっと早くにやっていただろう。
だから、ファルター殿下の出した留学って結論は、良いと思ってる。
自分が努力するための場所を、変わるための場所を、殿下は自分で選んだんだ。
「だがなぁ、グランデルトだぞ。常識も何もかも違うというのに」
なおもシルベスト殿下が言い募る。
何もかも、とまで言いすぎだとは思うけど。
この国では、女性は王になれないし、貴族家の当主にもなれない。なれるのは、男性だけだ。
でもグランデルト国は違うらしく、男だろうと女だろうと、第一子が必ず後を継ぐらしい。
だから、女王も女当主も当たり前に存在する。
そういう意味じゃ、確かに常識は全く違う。でも、それを分かった上で行ったんだろうし、認めてあげればいいのに。
ハインリヒ様がニヤッと笑った。
「シルはさ、なんだかんだ言って、ファルター殿下の事が心配なんだろ?」
「わ、悪いか! 一応、あれでも弟だぞ。心配して何が悪い!」
シルベスト殿下の顔が赤くなった。珍しい。
だったら、最初から素直にそう言えばいいのに。
そう思ったんだけど、そこからさらに珍しいシルベスト殿下の愚痴が始まった。
「大体だな、なぜ私に何も言わない? 自分はいつもこんな事を言われて辛いんだと、そう言えばいいじゃないか。そうしたら、私から周囲の者に注意することだってできたというのに」
いやいや、そんなことが言えるんなら、ここまで状況はこじれない。
そうやってシルベスト殿下にフォローされたって、ますます惨めになるだけだ。
「しかも、なぜお前らには話すんだ? 兄は私だというのに、私はあいつから何も言われてないぞ。出発するときだって、一礼しただけで何も言わずに行きやがって」
そうだったのかー。
まあ、ファルター殿下からしたら、それが限界だったんだろうなぁ。
「大体、お前らもお前らだ。一体何をして、あいつから色々話を聞けるほどの仲になったんだ?」
風向きがこっちにも来た。
いや別に何をしたわけでもないけど……。
延々と続きそうな愚痴に、私はコッソリと少し距離を取る。
ハインリヒ様に全部押しつけようと思ったんだけど、気付かれた。
「逃げるな、マレン」
「いやいや、ここは殿下の親友であらせられるハインリヒ様に全てをお任せしたいと……」
「押しつけようとしても、そうはいかないぞ」
「聞いてるのか! 二人とも!」
二人でゴソゴソ話していたら、シルベスト殿下に怒鳴られた。
揃って首をすくめる。
結局、クラリッサ様が気付いて割り込んできてくれるまで、愚痴は続いたのだった。
ーーーーーーーー
次回、エピローグになります。
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