妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香

文字の大きさ
上 下
21 / 57

20.妹

しおりを挟む
「ヒッ!?」

怪我をした生徒の元に駆け寄った妹は、僅かに悲鳴を上げたように聞こえた。
でも、感心なことに、逃げ出すことなくその脇に膝をついて座る。

「《傷回復・高クーア》!」

そして、上級の怪我治療の魔術を使った。
でも、傷は治らない。

『普通に発動させただけじゃ魔術は何の意味もない、とっても意地悪なものなの』

母にそう教わった事を思い出す。

『"術"というのはね、何でもそうだけど、自分で腕を磨かないといけないの。自分で努力して磨き上げなければ、何の意味もない』

術とは、技であり、学問であり、学術だ。
剣術を始め、医術や薬草学、戦いの戦術、政治学や帝王学。
他にもあげればきっと無数に出てくるだろうそれらすべて、自ら学んで高めていかなければ、役には立たない。そして、きっとそこに"ゴール"なんてものはない。

ただ、魔術は発動するだけなら、出来てしまうことが多い。
上級になれば難しくはなるけど、それでも発動するだけなら、どうにかなってしまうのだ。

だから"意地悪"なのだ。
発動できたことで、それが"ゴール"だと思えてしまうから。

「なんで治んないのよっ!? 治れ! 治んなさいよ!」

磨いていない魔術では、治せない。
いくら上級の魔術を使えるようになっても、それだけでは駄目なのだ。

「どきなさい。あんたでは無理」
「――うるさい! あたしは聖女なのよ!? 治せないわけないじゃないの!」

最初に私を突き飛ばしたときといい、やけに聖女に拘るな、とは思ったけど、それを論じている猶予はない。

「無理なものは無理。このままじゃ死んじゃうわ。……それとも、死なせたいわけ?」
「そんなわけないじゃない!」
「じゃ、どきなさい」

強引に妹をどかす。
本当なら《診断ディアグノーゼ》をかけたいけど、妹に割り込まれた時間が余計だった。
のんきにそんな事をしていたら、毒の前に出血多量で死んでしまう。

「《傷回復・高クーア》」

怪我を最初に治すと決めて、魔術を唱えた。
妹が使った魔術と同じ、上級の回復魔術だ。

「……なんで、あんたが、そんな魔術を」

妹がポツリとつぶやいた。

わざわざそれを解説してあげる必要はないし、治療中にそんな余裕もない。
邪魔してこないことを有り難く思いながら、私は治療を続けた。


*****


治療が終わる。幸い毒に侵されていることもなかった。

何となく空を見上げたら、空が明るくなってきていた。
そろそろ、朝だ。

「ふざけんじゃないわよ!」

突如、視界に妹が入ってきた。

「なんなのよ、あんた! あんな魔術使えた癖して使えない振りして、何考えてるわけ!?」
「何って、別に……」

使えるからといって、使わなければならない理由はない。
魔力を無駄にするなと、散々教えられてきたのだ。
学校の授業であんな人形相手に初級魔術を使っていただけでも、私としてはかなり妥協していたつもりなのだ。

「それになんで、あんたは治って、あたしは治んないのよ!? あんた、一体何をズルしたわけ!?」
「何もしてないわよ」

さすがに、ズルの一言は聞き流すわけにはいかない。
真っ向から言い返した。

「覚えときなさい。魔術はただ覚えて発動させるだけじゃ、何の役にも立たないの。そこから努力して磨かなければ、何の意味もないの」

「そんなの知らないわよ! すごいのはあたしなの! 偉いのはあたしなの! このあたしが、聖女の再来なの! 十四歳で上級の魔術を使った、あたしが天才なの!」

何も通じないか。いくらそういう風にしか教わっていなかったとはいっても、見て聞いて変わった人たちだっているのに、妹は何も変わらない。

とりあえず、妹の自慢を正面からぶち壊すことにした。

「残念だけど、私も発動するだけなら、十歳の時に上級魔術を使えていたわ」
「……………えっ……?」

妹が目を見開いた。
でもすぐ、驚いてしまった自分を恥じるようにして、私を睨み付ける。

「そんな人いるはずないじゃない! 嘘をつくなんて、最っ低!」

叫んで、背中を向けて走り去っていく妹を見送る。
やれやれと思いながら、ダンジョンの方を見る。

そろそろ朝を迎える。
何とか一晩乗り切れた。
でも、この先はもう厳しいだろう。ほとんどの人が限界のはずだ。

校庭の四人を見る。
何とか四人でも魔獣を倒してたけど、かなり疲労している。

ダンジョンから魔獣が出現してこないのを確認してから、彼らに体力回復の魔術をかける。
ホッとした顔をしたけど、それでも疲労の色が見えるのは、精神的なものだろう。

致命傷を受けた人は治っているけど、すぐに戦えるわけじゃない。
これ以上長引けば、近いうちに決壊する。

手を合わせて祈る。

「どうか……」

ハインリヒ様が目的を達成して戻ってきますように。
無事に戻ってきますように。

そう思った瞬間だった。

ダンジョンが、ブレた。
疑問に思う間もなく、段々色が薄くなって、透明になっていく。

そのまま周囲に溶けるようにダンジョンが消えた時、その場に三人の姿が見えた。

「ハインリヒ様!」

堪えきれず、叫んで走り出す。
私の方を向いたハインリヒ様の、笑顔が見えた。

「マレン」

優しく私の名前を呼んだハインリヒ様は、抱き付いた私を優しく抱きしめてくれたのだった。

ーーーーーーーーーーーー

次回から二話続けて、ハインリヒ視点です。

しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

婚約破棄されたので森の奥でカフェを開いてスローライフ

あげは
ファンタジー
「私は、ユミエラとの婚約を破棄する!」 学院卒業記念パーティーで、婚約者である王太子アルフリードに突然婚約破棄された、ユミエラ・フォン・アマリリス公爵令嬢。 家族にも愛されていなかったユミエラは、王太子に婚約破棄されたことで利用価値がなくなったとされ家を勘当されてしまう。 しかし、ユミエラに特に気にした様子はなく、むしろ喜んでいた。 これまでの生活に嫌気が差していたユミエラは、元孤児で転生者の侍女ミシェルだけを連れ、その日のうちに家を出て人のいない森の奥に向かい、森の中でカフェを開くらしい。 「さあ、ミシェル! 念願のスローライフよ! 張り切っていきましょう!」 王都を出るとなぜか国を守護している神獣が待ち構えていた。 どうやら国を捨てユミエラについてくるらしい。 こうしてユミエラは、転生者と神獣という何とも不思議なお供を連れ、優雅なスローライフを楽しむのであった。 一方、ユミエラを追放し、神獣にも見捨てられた王国は、愚かな王太子のせいで混乱に陥るのだった――。 なろう・カクヨムにも投稿

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

処理中です...