妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香

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3.婚約破棄に向けて②

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ファルター殿下は、兄のシルベスト殿下に比べて”出来の良くない王子”として知られていた。
勉学も剣も魔術もシルベスト殿下に及ばない。それだけではなく、貴族全体で見ても中の下くらいだ。

一生懸命に努力してその成績なら、周囲はともかく父君である国王陛下が落胆することはなかったと思う。
問題なのは、ファルター殿下に頑張ろうという気概がないこと。そのくせ、出来の良い兄への劣等感だけは募らせている。

そんな息子の将来を心配した国王陛下が考えたのが、私との婚約だったのだ。

兄と適度な距離を保てる場所。責任ある立場において適度にプライドを守れる場所。補佐する者が周囲にいる場所。生活に困ることがない場所。

政略というよりは、国王陛下の親心からくる婚約だったけれど、断れるはずもなく我が家はその婚約を受け入れた。

その親心を、当の息子に真っ向から裏切られたのだ。
肩を落としたくなるのも分かる。

「ファルター、そなたはマレン嬢と結婚する事で、メクレンブルク伯爵家の次期当主となる予定だったのだぞ。それはどうするつもりだ」

「ピーアとてメクレンブルク家の令嬢です。私が婿入りし、当主となるのに支障はないはずです」

「……………………」

陛下の質問に堂々と答えたファルター殿下だけど、その後の陛下の無言に同情したくなる。
内心はどうあれ、表情を変えなかった陛下が次に問いかけたのは、私だった。

「マレン嬢、そなたはこの婚約破棄について、どう思っている? 思うところを申せ」
「はい……」
「父上、なぜマレンに聞く必要があるのですか?」
「ファルター殿下と言うとおりですぅ。早くあたしとの婚約、認めて下さい」

私が答えようと思ったら、ファルター殿下と妹が横やりを入れてきた。
あまりの無礼っぷりに、呆れて言葉が出ない。

「ファルター、そしてピーア・メクレンブルク! 両名とも控えろ! 今はマレン嬢に質問しているのだ! お前たちの発言は許していない!」

シルベスト殿下が厳しく叱責する。
ファルター殿下も妹も不満そうな顔を隠そうともしない。

発言したいなら、きちんと発言の許可を得てから発言すればいいだけなんだけど、そのことには思い至らないようだ。

それ以上は何も言わない二人を確認してから、私は口を開いた。

「お許しを得まして、思うところを正直に述べさせて頂きます。――どちらでも構わない、というのが本音でございます」

一度言葉を切り、続ける。

「ファルター殿下と婚約者とはなりましたが、お互いに交流せず、交流する努力も致しませんでした。私も結婚するまではと我が儘を言って、辺境の地に行っておりました。その間に側にいたのであろう妹と気持ちを通わせていたとしても、おかしくないと思っております」

婚約者として最初に会った時を思い出す。

貴族の政略結婚なんて珍しくない。そこから皆お互い歩み寄って、家族となっていく。だから、私も歩み寄ってみようとしたのだ。

けれど、殿下は婚約に不満だったんだろう。それを隠そうともせずに、刺々しい態度をとり続けた。
その結果、私は早々に殿下との交流を諦めてしまったのだ。

辺境の地に行くときも、行くという事だけは手紙で知らせたけど、それだけだ。
返事が来ていたのかどうかも知らないし、辺境に行ってからは何の行動も起こさなかった。
だから、お互い様だと思っている。

ただ、それでも一つ言わせて頂くなら、どんな理屈を並べたとしても、これは紛れもないファルター殿下の浮気だと言う事だ。

「婚約破棄でも解消でも承りますが、それがファルター殿下の責任となることだけはご了承頂きたく存じます」

妹と気持ちを通わせていた事をおかしくないとは思うものの、それとこれとは別問題である。
今後のためにも、私に瑕疵がないことだけははっきりさせておきたい。

「なんだと、貴様っ! 恥知らずな……!」
「黙れ、ファルター。マレン嬢の言うとおりだ。婚約者がいる身で他に女を作ったのだ。責はそなたにある」

言いかけたファルター殿下に陛下が容赦なく告げて、最後に視線を向けたのは私の父だった。

「メクレンブルク伯、そなたはどうだ。こたびの婚約破棄について、何か意見があれば聞こう」
「ひ、ひゃいっ!」

肩をビクッとさせて裏返った声を出した父を、私は冷めた目で見る。

父は、母と結婚して婿養子となり、メクレンブルクの当主になった。
結婚前はそれなりに有能だった、なんて話も聞いたけど、今の父にその面影は欠片もない。

何よりも、母が亡くなってすぐ外から愛人を連れてきた。しかも私と一つしか違わない妹までついてきたのだ。
これで父を信頼なんて出来るはずがない。

「わ、私も構いません。マレンではなくピーアと結婚して、ファルター殿下に我が家を継いでもらう事に異論ありませんっ」

裏返った声での宣言に、私は頭を抱えた。


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