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第十九章 婚約者として過ごす日々

記憶の欠片

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「全く、サボりは駄目ですよ。特にリィカさんは久しぶりに登校されてこられたというのに。気をつけて下さい」
「……はい、申し訳ありません」

 レーナニアに叱責されて、リィカは首をすくめる。休憩時間に話をしていた三人だが、結局授業開始時間を過ぎても話し込んでしまった。だからサボりじゃなくて遅刻なのだが、そんな言い訳をしたら火に油を注ぎそうなので、リィカは素直に謝る。

 バルはバツの悪そうな顔をしているが、ユーリは怒られていることに不満そうだ。だがここで、それぞれの婚約者もレーナニアに賛同してきた。

「そうだよ! 私だって久しぶりにリィカさんと話をしたかったのに、バルムート様連れてっちゃうんだもん!」
「ユーリ様も! ちょっとくらい成績がいいからって、サボっていいなんて、ないですからね!」

 フランティアとエレーナの言葉に、バルもユーリも面倒そうな顔をした。そして返事にもそれが現れている。

「分かった分かった」
「はいはい、今後気をつけますよ」

 どうしてもする必要があった話だから、しただけだ。ただの雑談で遅刻したわけではない。だがそれを言えないのが、難しいところだ。
 そんな気持ちが入るせいで、余計に返事が適当になる。それに対して女性陣が黙っているはずもなく。

「「返事は一回っ!」」

 見事にハモった声に、バルとユーリは似たようなゲンナリした顔をした。
 リィカは、「ごめんなさい」と心の中で思いつつも口出ししない。フランティアとエレーナの怒りがバルとユーリだけに向いていて良かった、なんて思っていたりする。

 よって、ここで口を出せるのはレーナニアだけである。

「まあ、お二人ともそのくらいにしておきましょう。……それよりもリィカさん、もっとわたくしに対して砕けた話し方をして下さって、いいのですよ?」
「え?」

 また自分に矛先が回ってきた、とリィカは思いつつ、レーナニアの言葉に疑問を浮かべる。

「だって、リィカさんもわたくしと同じ公爵家の娘になったのですよ。それに、アレクシス殿下の婚約者ということは、将来わたくしの義理の妹になるわけですから。ね?」
「……ええっと、ね、と言われましても」

 一体どうすればいいというのか。その辺りの微妙なニュアンスなど分からない。大体、砕けた話し方と言っても、レーナニアだって決して砕けているとは言えない気がする。

 目が泳いでいるリィカに、レーナニアは少し不満そうだが、まだ早いかと諦めたようだ。

「しょうがないですね。今はまだいいです。可愛い妹に"姉"と呼んでもらえたら嬉しいなと思ったのですが」
「あ、それいいですね」

 同意したのはフランティアだ。バルが呆れた目を向けている。レーナニアはフランティアに「でしょう?」と嬉しそうな顔を向ける。そして、興味津々な様子でさらにリィカに問いかけた。

「リィカさん、兄君にお会いしたのですよね。新しいベネット公爵閣下はどんな方ですか? なんと呼んでいるんですか?」
「え、あ、えーと」

 さて、どう説明したらいいか。考えつつ、リィカは口を開く。

「顔はあの男……父親にそっくりなんですけど、表情は全く似てないっていうか。会ってすぐに仲良くなれました。呼び方は、ええと……公の場ではお兄様って呼ぶようにしているんですけど」

 曖昧に笑うが、レーナニアはそれでごまかされるつもりはないらしく、リィカの言い回しにツッコんできた。

「ということは、私的な場では違うということですね?」
「は、はい。その……そう呼んで欲しいって言われて、お兄ちゃんって呼んでます……」

 後半は小声になった。今さらながら、コーニリアスに言われたことを思い出してしまう。貴族たちの集まっている場で「お兄ちゃん」は違和感がありすぎだ。
 だが、逆に新鮮なようで、フランティアとエレーナの目が輝いた。

「うわぁそれかわいいー!」
「教会に兄妹が来てると、そう呼んでいるの聞いたことあります。やっぱりいいですねー」

 ニコニコのコメントだ。恥ずかしくなったリィカだが、当の質問してきたレーナニアが、何も言わない。やはり公爵令嬢には受け入れがたいのだろうか、と思って見たら、ボーッと遠くを見ていて、その口が動いた。

「……お兄ちゃん」
「レーナニア様?」

 様子がおかしい気がして、名前を呼ぶ。すると、レーナニアは肩をビクッとさせて、リィカを見る。遠くを見ていた視線が元に戻ったが、まだ何となくボンヤリとしている。

「……すみません、その、何というか。――遠い昔に、誰かをそう呼んだことがあるような、そんな気がしたんです」
「それって……、クラウス様、でしたっけ?」

 魔王討伐を終えて戻ってきた時に一度だけ会った、レーナニアの兄。その時のことを思い出しながら尋ねれば、レーナニアの眉が寄った。

「……そうですよね。呼ぶとしたらお兄様しかあり得ないのですけど、でも違うような気もして……。いえ、すみません、なんでもありません」

 レーナニアは曖昧な顔で笑って、それで話を終わりにした。その代わりとでもいうように、リィカの手を握って嬉しそうに話し始める。

「それよりもリィカさん、ぜひわたくしのヴィート公爵家にも遊びにいらして下さいな。兄と少しだけ顔を合わせただけですものね。ちゃんと家族を紹介したいのです」
「え、あ……」

 レーナニアの勢いに押されて頷く。というか、遊びに行くとは具体的にどうしていいか分からない。平民同士のように、いきなり家にお邪魔していいものなのかどうか。

 後で聞こうと思いつつ、レーナニアの言葉が引っかかっていた。

(遠い昔に、誰かをお兄ちゃんと呼んでいた)

 いかに幼い頃とはいえ、本家本元の貴族家でそんな呼ばせ方をするものだろうか。けれど、その"遠い昔"が別人の……生まれる前の記憶であるとするならば。
 もしかしたらレーナニアにも、前世の記憶のようなものが存在するのだろうか。
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