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第十八章 ベネット公爵家

帰国

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「お母さんはこの後どうするの?」
「私の方が聞きたいわよ。あんたは王宮に行くんでしょ?」
「……うん多分。行かなきゃダメだと思う」

 できれば行きたくないと思いつつ、リィカはそう答える。
 馬車はすでに王都アルールの中だ。きっとこのまま城へ向かうだろうけど、母が行く必要はない。

 町並みを眺めつつ、城までは行くしかないんだろうかとリィカが思ったら、馬車が止まった。そして、扉が開けられる。そこにいたのは、兵士の一人だ。

「アレクシス殿下より、母君が降りられるのであれば、と話がありましたが、如何なさいますか?」

 見れば、この辺は一般街だ。自宅ともそんなに離れていない。

「申し訳ありませんが、リィカ様はこのまま王城までお願いしたいのですが……」
「……ですよね」

 やっぱりと思って苦笑しつつ、アレクの気遣いにも感謝しながら、母を見る。母も苦笑していたが、リィカの頭をポンとなでて、扉に足をかけた。

「いつでも帰ってきていいからね」
「うん」

 母の言葉に嬉しそうに笑いつつ、馬車から降りる姿を見る。父親を乗り越えられたのも、自分の気持ちのままにアレクの手を取ることができたのも、間違いなく母のおかげだった。

 手を振る母に、リィカも馬車の中から力いっぱい手を振ったのだった。


※ ※ ※


「ただいま戻りました、国王陛下」

 頭を下げて挨拶をするアレクに合わせて、リィカも頭を下げる。

「うむ。面を上げよ。報告を聞こうか」

 国王の言葉に、リィカは頭を上げる。アレクを見る国王の顔は、何だか嬉しそうだ。それが、母が自分を見る顔と被っているように見えて、やっぱり親なんだなと思う。

 そんなことをリィカが思っているうちに、アレクは必要な報告をしていく。
 新国王即位の祝いを伝えたことや、その時の国王の言葉から始まる。メインの話がリィカとベネット公爵の話になってしまうのは、致し方ないか。

「そうか。リィカ嬢は、ベネット公爵家の一員となったか」
「はい。……陛下から貴族位を授かっておきながら、勝手なことをして申し訳ありません」

 今になってようやくリィカはそのことに思い至った。このアルカトルの国王から貴族位をもらって貴族になったのに、果たして他国の貴族になってしまって問題なかったのか。

 アレクも誰も何も言わなかったから、気付かなかった。いや、何も言われなかったということは、問題なかったということなのだろうか。

「何も気にすることはない。それも一つの可能性として考えていたこと。むしろ、その血をひくと分かった以上は、一員となった方が色々面倒がなくて良い。儂としては、ちゃんとこの国に戻ってくれば、それで良かったからな」

「は、はい。ありがとうございます」

 返事をしつつ、思う。そういえばクリフから引き留められた程度で、他の人からの滞在の要望はなかった。モントルビアの貴族になった以上は、もっとそれがあっても良かったのではと思ったが、もしかしたら裏でそんな話があったのかもしれない。

「父上、先方とは話をつけてきました。リィカと正式に婚約致したく存じます。許可を頂けるでしょうか」

 アレクが緊張の面持ちで、国王にそう問いかける。リィカも若干顔を赤くしながらも、しっかり国王の顔を見た。ここで恥ずかしがっているわけにはいかなかった。
 すると、国王の顔が嬉しそうに綻んだ。

「そうか。ついにというか、やっとというか。無論、許可しないわけがないだろう。――おめでとう、アレク、リィカ嬢」
「はいっ、ありがとうございます!」

 アレクが笑い、リィカもホッとして笑顔を見せる。二人で顔を見合わせてから、同時に国王に頭を下げた。それを見て国王が何度も頷く。

 モントルビアからの土産の中にあった手紙を手に取る。新国王からと、ベネット公爵家からだ。そこには、アルカトル王家に対して婚約の申し込みが書かれていた。

 正式な婚約とするには、書面のやり取りをして契約を交わす必要があるが、それが終わるまで待つ必要もない。アレクが初めて好きになった女の子と、無事婚約できる。国王にとって、その事実が何よりも嬉しかった。


※ ※ ※


「大丈夫だよ」
「駄目だ、送っていく。何かあったらどうするんだ」

 王宮で夕食まで頂いた後、リィカが学園の寮に帰ろうとすると、アレクが心配してきた。

 ちなみに、夕食の席には家族……つまりは国王や王妃、アークバルトまで全員が揃っていた。逃げるわけにもいかず一緒に食事をしたが、色々気遣ってくれた結果、リィカも最後にはだいぶ緊張がほぐれていた。

 心配するアレクに、リィカは笑顔で手を横に振るが、アレクは納得する様子を見せない。

「夜道を女の子一人じゃ危ないだろう」
「別に危なくないと思うけど」
「駄目だ」
「でも、帰りアレクが一人になっちゃうから」
「俺の心配はいらない」
「だったら、わたしだって心配いらないよ」

 譲らないアレクに、リィカも譲らない。けれどその言い合いは、近づいてきた気配と魔力を察して、二人とも同時に黙る。

「女の子の方も気付くのかよ。自信なくすぞ、おれは」
「何の用だ、ジェフ」

 近づいてきたのは、国王の諜報部隊の一人であるジェフだ。リィカが顔を合わせるのは初めてだが、何度か感じたことのある魔力に首を傾げている。アレクがギロッと睨めば、ジェフは肩をすくめた。

「お前らが下らないこと言い合ってるからだろ。おれが女の子についてってやるから、王子様はここにいろ」
「なぜお前が護衛につく?」
「だから、睨むなって。一国の王子が護衛するよりは現実的だろうが。一応でも、親切心で言ってるんだぞ、こっちは」
「…………」

 アレクは無言で、しかし少し悔しそうにしているように見えるのは、ジェフの言うことに反論できないからか。一方、リィカはジェフに対して頭を下げた。

「お初にお目にかかります、リィカと申します。……ええと、時々近くにいると感じたことはあったのですが」

 それを感じたのが王宮にいるときだから、きっと偉い人なのだろうと、リィカは漠然と予想する。すると、ジェフは苦笑いした。

「ジェフだ。国王陛下直属の諜報部隊をしてる。本当なら、おれらの存在を知らせるつもりはなかったんだがな」
「……そうなんですか?」

 だったらなぜ姿を見せてくれたんだろう、とリィカは首を傾げる。アレクが少し笑いを含ませて言った。

「リィカは気配じゃなく魔力で察しているんだ。だから、いくら気配を消したところで意味ないぞ」
「魔力だぁ……?」

 胡乱げにジェフは言ってリィカを見る。嘘はないと判断したのか、首を横に振った。

「……まあ、どっちでもいいや。ほれ嬢ちゃん、さっさと帰らんと遅くなるぞ」
「あ、はい。ありがとうございま……ええっ!?」

 お礼を言っている最中に、姿が目から消えた。魔力がそこにあるから、いるのは分かるが、姿が見えない。

「すごい……」
「いいから、帰れリィカ。気をつけてな」

 顔を輝かせているリィカに、アレクはつまらなそうにしながら声をかける。自分が送っていけないのが残念なのだが、諦めるしかないだろう。
 促されてリィカは頷く。

「うん、また明日ね、アレク」
「ああ」

 軽くリィカが手を振って、その後を姿を消したジェフがついていく。それを見送りながら……。

「――!」

 アレクは、不意に嫌な予感がした。
 何もないはずだ。リィカに危ないと言ったが、実際には危険などないだろう。仮に何かあったとしても、ジェフに頼る必要もなく、リィカが対処できる。

 それを分かっていながら、アレクの不安は強くなるばかりだった。


※ ※ ※


 一方のリィカは、何もなく寮へと歩いている。一応、魔力で周囲を探っているが、特にこれといった異変はない。ないのだが、何か違和感を感じて立ち止まる。

「……何だろ?」

 その違和感のあるところを探ろうとしたときだ。突如、そこに魔力の気配が現れた。同時に、キラリと光るものが見える。――抜き身の剣だ。

「【隼一閃しゅんいっせん】!」
「…………っ……!」

 放たれた剣技に驚きつつ、リィカは躱す。そして、魔法で応戦しようとしたとき……足元が光った。

「え?」

 疑問が漏れる。紫色の線が走り、地面に五芒星が出来上がる。見覚えのある、この紫色の光は。

「まふう、じん……?」

 違和感がひどい。魔力がおかしい。
 これは間違いなく、ルバドール帝国のカトリーズの街で魔王の兄カストルが張った結界、魔封陣と同じ物だった。


ーーーーー


後書きいいわけ
これで十八章を終わります。
次からは十九章となりますが、ちょっと言い訳を。

十八章までで、おおよそ書きたい大きな流れを書ききってしまいまして、あと私の中にある話のイメージはラストしかありません……。
つまりここからラストまでは、ほぼノープランでして(小ネタ程度はありますが)、まさに「書いてみないと分からない」状態です。

今回こんな終わり方をしていますが、十九章はほぼ平和な日常のお話で、なかなか話が進みません。何とかできないかと思ったんですが、時間の流れに沿って話を書いていかないと、全く書けなくなる状態に陥ってしまいまして……。

そんなわけで、進まない話で申し訳ありませんが、最後までお付き合い頂けると嬉しいです、ということです。よろしくお願い致します。
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