転生ヒロインと人魔大戦物語 ~召喚された勇者は前世の夫と息子でした~

田尾風香

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第十八章 ベネット公爵家

そして、結ばれる

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(どうしよどうしよどうしようーっ!)

 風呂に入りながら、リィカの頭はそれだけがグルグル回る。
 これから夜。ベッドに入って寝るだけ。だが、それがアレクと同室となると、全く別の意味を持ってくる。

 アレクがあっさり頷いてしまったせいで、リィカが何を言ってもそれが決定してしまった……らしい。クリフは食い下がろうとしたが、アレクの隣国の王子という身分に、引き下がるしかなかった。

 分かっている。アレクにプロポーズされたことを忘れていない。そして、自分の返事を待っているんだろうことだって分かっている。だが、いくら何でもこれは急展開過ぎやしないだろうか。

「リィカ様、そろそろ」

 侍女に声をかけられて、リィカはビクッとしながら風呂から出る。慣れていないことを知っているから、侍女も基本的に風呂はリィカを一人にさせてくれている。普段であれば、着替えまでリィカにさせてくれているのだが、今日は二人の侍女が控えていた。

 促されて浴室から出て、そこに並べられた衣装に、リィカは頭がクラクラする気がした。残念ながら、見覚えがある。ルバドール帝国の城で着せられた、夜用の薄手の衣装だ。

(どうしたら、いいんだろう……。いや、わたしはどうしたいんだろう)

 アレクの気持ちは分かっている。だから後はリィカ次第だ。侍女二人が、何やら選んでいるのを見ながら、リィカは考える。

 考えてみれば、旅から戻ってきてからずっと、リィカは周囲に流されてきてばかりだった気がする。

 いきなり貴族になってしまった。旅の延長のように、アレクとそのまま恋人関係を続けた。父親との面会だって、母親が希望したことであってリィカはそれについていっただけ。

 重要なことは自分の意思で何一つ決めず、流されていったら色々良い方向に状況が変わっただけ。

 でも、それじゃ駄目だ。少なくともアレクとのことは、自分で決めなければ。コーニリアスが言ったから、アレクが了承したから、では駄目なのだ。

 リィカは考える。いや、考えるまでもなく、答えは一つだった。

(わたしは、アレクが好きだ。誰か他の女の人が、アレクの側にいるのは嫌だ)

 リィカは目を瞑った。
 そこまで自分の気持ちを確認できれば、あと必要なのは覚悟だけだった。


※ ※ ※


 侍女がドアをノックするとアレクの返事が聞こえて、リィカの心臓が跳ね上がる。やはりどうしても緊張する。

 ちなみに、浴室からここまで来るのに誰と出会うこともなかった。そのことに心底ホッとしたリィカだ。いくらガウンを纏っているとはいえ、その下は薄手の衣装だし、裾も短いから太ももから足が丸見えだ。

 侍女たちに促されて中に入る。正直、アレクにこの姿を見られるのも恥ずかしいが、入らないわけにはいかない。リィカを凝視するアレクは、一体どう思っているのか。

「リィカ様、ガウンをお預かり致します」
「あ……」

 思い出されるのは、ルバドール帝国で侍女長から言われた言葉だ。

『さっさとガウンを脱いで挨拶なさい』
『お相手の男性に自らの姿を見せ、跪いて挨拶するのが礼儀でしょう』

 あれは、別に意地悪で言ったわけでも何でもなく、本当にこういう時の決まり事なのか。リィカはギュッと目を瞑って、覚悟を決めてガウンを脱ごうとしたときだ。

「着たままでいい。下がってくれ」

 ベッドの端に腰掛けているアレクの言葉に、侍女二人は目配せして、黙って頭を下げて部屋を出て行く。残されたリィカがアレクを見ると、手招きされた。

「アレク……?」

 招かれるままにリィカがアレクに近づいていくと、腰に手を回されて抱きしめられた。

「…………!」
「俺は、お前と結婚したい。その未来を譲るつもりはないから、コーニリアスの企みに乗ったが、嫌がるお前を無理にどうこうするつもりもない。……何もしないよ。一晩、一緒の部屋でただ寝てくれれば、それでいいから」

 リィカを抱きしめる手つきも、語りかける声も、とても優しい。分かっている。リィカはアレクを拒んだままだ。そこから何も進展していない。だから、アレクの言葉はリィカの意思を、最大限尊重してくれているだけだ。

 きちんと分かった上で、それでもリィカは頭がカッとなるのを堪えきれなかった。

「わたしは……っ!」

 感情のまま手を伸ばして、アレクの肩を押す。いや、押してはみたがビクともしない。不思議そうにしているだけだ。

「…………っ……」

 だったら、と思ってリィカは自分から顔を近づけていく。そのままアレクにキスをすれば、その目が大きく見開いたのが分かった。そのまま全体重をかければ、今度こそアレクは後ろに倒れる。

 ベッドに横たわったまま、ただ驚いているアレクをリィカは見下ろして、そしてガウンを脱ぎ捨てた。薄く透けた衣装が現れる。

「わたしは、アレクが好きだよっ! だから、だからっ! わたし、頑張るから! 王子様と結婚しても恥ずかしくないように、頑張るから! だからっ!」

 頭の中がグチャグチャだ。何を言っているのかもよく分からない。それでも、ここでちゃんとアレクに伝えなければいけなかった。

「わたしにも、アレクしかいないの! アレクと一緒にいたい! だから、これからも側にいてくれるって、約束してほしいのっ……! …………え?」

 リィカの叫びは、最後に疑問に変わった。
 リィカの言葉の途中で、アレクがリィカの腕をつかんだ。そこまではリィカも分かる。だが、つかまれたと思ったら、なぜかリィカはベッドに横になっていて、アレクに見下ろされている。

「あれ……?」

 先ほどまでの激情はどこかへ行ってしまい、疑問だけが頭を占める。なぜ、見下ろしていたはずが、見下ろされているんだろうか。

 アレクがとても嬉しそうな笑顔で、リィカを見下ろす。その手が動いてリィカの頬に当てられた。

「リィカ、俺と結婚してくれ」

 その言葉に、リィカは一瞬だけポカンとして、すぐ笑顔を浮かべる。泣きたいくらいに幸せというのは、きっとこういう気持ちを言うんだろうなと思う。

「はい、喜んで」

 リィカのその返事とほとんど同時に、アレクの顔が近づく。そして唇が重なった。


※ ※ ※


 翌朝。
 リィカが目を覚ますと、そこにはアレクの顔のどアップがあった。
 一瞬驚いて、すぐに昨晩のことを思い出す。

 アレクの手が、しっかりリィカを抱きしめている。それが恥ずかしくて、嬉しかった。
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