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第十八章 ベネット公爵家
新しい当主について
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「今のベネット公爵家当主のことだ」
アレクにそう言われたとき、リィカは何のことかと考えて、すぐ思い出した。新しく当主となった人が、自分に会いたいと言っていると、ジェラードが言っていたのだ。どんな人なのか。どうしても、あの父親らしい人を想像してしまう。
「ジェラード殿も言っていたが、新しいクリフという当主は、ごく普通の平民として育ったらしい。母親を亡くしてからは孤児院に入っていたらしいな。まだまだ貴族として勉強中という話だから、そういう意味ではリィカと近いような気はする」
アレクの説明に、リィカも思い出す。キャンプから戻ってきて王宮へ行ったとき、ジェラードがそんなことを言っていた。
「この後、陛下かジェラード殿か、どちらかから新しい当主と会うだけでも会って欲しい、と話があるだろう。どうしたいかはリィカが決めていい。そしてこれは、とりあえず今は覚えていてくれるだけで良いんだが……」
アレクが言いにくそうに言葉を切った。会うかどうか決めていい、というだけでリィカにはいっぱいいっぱいなのに、まださらに何かあるのか。
「リィカがベネット公爵の娘だと分かった以上、ベネット公爵家の一員にならないか、という話も出てくる」
「…………っ……!」
それでは、あの父親の言うことと何も変わらない。唇を引き締めるリィカには気付いただろうが、アレクは説明を続けた。
「今の当主の筆頭執事をしている男……コーニリアスという奴は、先々代国王の側近をしていた奴だ。油断していい奴ではないが、決して理不尽じゃない。良い奴か悪い奴かの二択なら、"良い奴"に分類されるだろうと思う」
リィカは、ポカンとしつつ首を傾げた。
先々代国王。先代国王が、前回この国を訪れたときの国王だ。リィカが色々ひどい目に合った、その元凶とも言える国王。先々代とは、その前の国王ということだ。
「……いいやつ?」
「まあ、二択で選べと言われればな。父上だったら、ものすごく嫌な顔をしながら渋々"良い奴"と答える、という話だ」
何となく分かったような分からないような。純粋な"良い奴"ではないのだろうが、そう言っていい人ではある、という解釈で良いのだろうか。
「リィカの、勇者一行の肩書きを利用できるとは考えていると思う。ベネット公爵と違うのは、その名を貶めるような利用の仕方はしないということだ。せいぜい、勇者一行の一人がベネット家の一員になったと、喧伝するくらいだろう」
「それは、問題ないの……?」
「ああ。当主が重罪犯で捕まったなんて外聞は悪いが、捕まえるきっかけを作ったのが、実はその娘だった、なんてむしろ人々が好きそうな話じゃないか? 色々感動する物語ができそうだ」
「……できなくていい」
別にきっかけを作ったつもりもないし、そんな感動話などなくていい。大体、それでは勇者一行とか全然関係ないじゃないかと思いながら、リィカはムスッと言った。そんなリィカに、アレクが笑う。
「まあ、自分で言って何だが、同感だ。少し話が先走ったが、そういう話があるだろうが、今はまだ覚えておくだけでいい。会うか会わないかを、まずは考えておけばいい」
「……………」
そう言われても、とリィカは思う。どう判断していいかが分からない。
「わたし、どうすればいい?」
「会う会わないは、そんなに気にしなくていいぞ。本当に、ただリィカが会いたいか会いたくないかで決めればいいだけだ」
「そっか……」
眉をひそめる。だが、今すぐ答えは出そうにない。
「ちょっと考えてみる」
「ああ、それでいい。俺が話を先出ししただけだから、今すぐ答えを出すことじゃないからな」
つまり、先に話すことでリィカに考える時間をくれたんだということに、すぐ気付く。少し笑って、どうしようと考え込んだのだった。
※ ※ ※
それから間もなくアレクは退室し、リビングに戻ってきた母と話をしつつ、部屋で昼食を摂る。それが終わって少したってから、部屋を訪ねてきたのはジェラードだった。
「アルカトルでも少しだけ話を致しましたが、ベネット家の新しい当主のクリフが、ぜひリィカ嬢と会いたいと言っています。会うだけでも、いかがでしょうか」
本当に話がきた、とリィカは思って身構えた。ふぅ、と息を吐く。
「なぜ、会いたいと思ってくれているんでしょうか」
答えは決めているが、一応理由を聞いておく。やはりアレクが言ったような話が出てくるのだろうか。
緊張しているリィカをどう思っているのか、ジェラードは何てことなく答えた。
「少なくともクリフ自身は、妹であるあなたにただ会いたいだけですよ。彼も、父親であるベネット公爵や兄弟のユインラムと顔を合わせたんですが、碌な結果になりませんでしたから。新たに判明した妹に、家族としての何かを期待している、というところでしょうか」
「そう、ですか」
拍子抜けするような答えが返ってきた。ユインラムという名前は初めて聞いた気がするが、ベネット公爵の息子なのだろう。碌な結果じゃなかったというのは、自分も同じだから分かってしまう。
家族としての何かとは何だろう、と思ったが、母親を亡くして孤児院で育ったという話を思い出せば、何となく分かる気がした。その新しい当主には今、家族と呼べる人はいないのだ。
「とりあえず会うだけでいいのなら、わたしも会ってみたいです」
決めていた答えではあるが、今の話を聞いてますますそう思った。最初にその話を聞いていたら、その裏の思惑など考えもせずに「会う」と答えていただろう。
いや、アレクが話をしていたのは"コーニリアス"という人の話だ。新しい当主には、思惑などないのかもしれない。
まあでもどっちでもいい。母に話をしたら、こう言われた。「会わないで後悔するよりは、会って後悔した方がいい」と。そうだね、とリィカは返した。
後悔するかどうかは、会ってみないと分からないのだから。
アレクにそう言われたとき、リィカは何のことかと考えて、すぐ思い出した。新しく当主となった人が、自分に会いたいと言っていると、ジェラードが言っていたのだ。どんな人なのか。どうしても、あの父親らしい人を想像してしまう。
「ジェラード殿も言っていたが、新しいクリフという当主は、ごく普通の平民として育ったらしい。母親を亡くしてからは孤児院に入っていたらしいな。まだまだ貴族として勉強中という話だから、そういう意味ではリィカと近いような気はする」
アレクの説明に、リィカも思い出す。キャンプから戻ってきて王宮へ行ったとき、ジェラードがそんなことを言っていた。
「この後、陛下かジェラード殿か、どちらかから新しい当主と会うだけでも会って欲しい、と話があるだろう。どうしたいかはリィカが決めていい。そしてこれは、とりあえず今は覚えていてくれるだけで良いんだが……」
アレクが言いにくそうに言葉を切った。会うかどうか決めていい、というだけでリィカにはいっぱいいっぱいなのに、まださらに何かあるのか。
「リィカがベネット公爵の娘だと分かった以上、ベネット公爵家の一員にならないか、という話も出てくる」
「…………っ……!」
それでは、あの父親の言うことと何も変わらない。唇を引き締めるリィカには気付いただろうが、アレクは説明を続けた。
「今の当主の筆頭執事をしている男……コーニリアスという奴は、先々代国王の側近をしていた奴だ。油断していい奴ではないが、決して理不尽じゃない。良い奴か悪い奴かの二択なら、"良い奴"に分類されるだろうと思う」
リィカは、ポカンとしつつ首を傾げた。
先々代国王。先代国王が、前回この国を訪れたときの国王だ。リィカが色々ひどい目に合った、その元凶とも言える国王。先々代とは、その前の国王ということだ。
「……いいやつ?」
「まあ、二択で選べと言われればな。父上だったら、ものすごく嫌な顔をしながら渋々"良い奴"と答える、という話だ」
何となく分かったような分からないような。純粋な"良い奴"ではないのだろうが、そう言っていい人ではある、という解釈で良いのだろうか。
「リィカの、勇者一行の肩書きを利用できるとは考えていると思う。ベネット公爵と違うのは、その名を貶めるような利用の仕方はしないということだ。せいぜい、勇者一行の一人がベネット家の一員になったと、喧伝するくらいだろう」
「それは、問題ないの……?」
「ああ。当主が重罪犯で捕まったなんて外聞は悪いが、捕まえるきっかけを作ったのが、実はその娘だった、なんてむしろ人々が好きそうな話じゃないか? 色々感動する物語ができそうだ」
「……できなくていい」
別にきっかけを作ったつもりもないし、そんな感動話などなくていい。大体、それでは勇者一行とか全然関係ないじゃないかと思いながら、リィカはムスッと言った。そんなリィカに、アレクが笑う。
「まあ、自分で言って何だが、同感だ。少し話が先走ったが、そういう話があるだろうが、今はまだ覚えておくだけでいい。会うか会わないかを、まずは考えておけばいい」
「……………」
そう言われても、とリィカは思う。どう判断していいかが分からない。
「わたし、どうすればいい?」
「会う会わないは、そんなに気にしなくていいぞ。本当に、ただリィカが会いたいか会いたくないかで決めればいいだけだ」
「そっか……」
眉をひそめる。だが、今すぐ答えは出そうにない。
「ちょっと考えてみる」
「ああ、それでいい。俺が話を先出ししただけだから、今すぐ答えを出すことじゃないからな」
つまり、先に話すことでリィカに考える時間をくれたんだということに、すぐ気付く。少し笑って、どうしようと考え込んだのだった。
※ ※ ※
それから間もなくアレクは退室し、リビングに戻ってきた母と話をしつつ、部屋で昼食を摂る。それが終わって少したってから、部屋を訪ねてきたのはジェラードだった。
「アルカトルでも少しだけ話を致しましたが、ベネット家の新しい当主のクリフが、ぜひリィカ嬢と会いたいと言っています。会うだけでも、いかがでしょうか」
本当に話がきた、とリィカは思って身構えた。ふぅ、と息を吐く。
「なぜ、会いたいと思ってくれているんでしょうか」
答えは決めているが、一応理由を聞いておく。やはりアレクが言ったような話が出てくるのだろうか。
緊張しているリィカをどう思っているのか、ジェラードは何てことなく答えた。
「少なくともクリフ自身は、妹であるあなたにただ会いたいだけですよ。彼も、父親であるベネット公爵や兄弟のユインラムと顔を合わせたんですが、碌な結果になりませんでしたから。新たに判明した妹に、家族としての何かを期待している、というところでしょうか」
「そう、ですか」
拍子抜けするような答えが返ってきた。ユインラムという名前は初めて聞いた気がするが、ベネット公爵の息子なのだろう。碌な結果じゃなかったというのは、自分も同じだから分かってしまう。
家族としての何かとは何だろう、と思ったが、母親を亡くして孤児院で育ったという話を思い出せば、何となく分かる気がした。その新しい当主には今、家族と呼べる人はいないのだ。
「とりあえず会うだけでいいのなら、わたしも会ってみたいです」
決めていた答えではあるが、今の話を聞いてますますそう思った。最初にその話を聞いていたら、その裏の思惑など考えもせずに「会う」と答えていただろう。
いや、アレクが話をしていたのは"コーニリアス"という人の話だ。新しい当主には、思惑などないのかもしれない。
まあでもどっちでもいい。母に話をしたら、こう言われた。「会わないで後悔するよりは、会って後悔した方がいい」と。そうだね、とリィカは返した。
後悔するかどうかは、会ってみないと分からないのだから。
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