上 下
607 / 629
第十八章 ベネット公爵家

新しい当主について

しおりを挟む
「今のベネット公爵家当主のことだ」

 アレクにそう言われたとき、リィカは何のことかと考えて、すぐ思い出した。新しく当主となった人が、自分に会いたいと言っていると、ジェラードが言っていたのだ。どんな人なのか。どうしても、あの父親らしい人を想像してしまう。

「ジェラード殿も言っていたが、新しいクリフという当主は、ごく普通の平民として育ったらしい。母親を亡くしてからは孤児院に入っていたらしいな。まだまだ貴族として勉強中という話だから、そういう意味ではリィカと近いような気はする」

 アレクの説明に、リィカも思い出す。キャンプから戻ってきて王宮へ行ったとき、ジェラードがそんなことを言っていた。

「この後、陛下かジェラード殿か、どちらかから新しい当主と会うだけでも会って欲しい、と話があるだろう。どうしたいかはリィカが決めていい。そしてこれは、とりあえず今は覚えていてくれるだけで良いんだが……」

 アレクが言いにくそうに言葉を切った。会うかどうか決めていい、というだけでリィカにはいっぱいいっぱいなのに、まださらに何かあるのか。

「リィカがベネット公爵の娘だと分かった以上、ベネット公爵家の一員にならないか、という話も出てくる」
「…………っ……!」

 それでは、あの父親の言うことと何も変わらない。唇を引き締めるリィカには気付いただろうが、アレクは説明を続けた。

「今の当主の筆頭執事をしている男……コーニリアスという奴は、先々代国王の側近をしていた奴だ。油断していい奴ではないが、決して理不尽じゃない。良い奴か悪い奴かの二択なら、"良い奴"に分類されるだろうと思う」

 リィカは、ポカンとしつつ首を傾げた。
 先々代国王。先代国王が、前回この国を訪れたときの国王だ。リィカが色々ひどい目に合った、その元凶とも言える国王。先々代とは、その前の国王ということだ。

「……いいやつ?」
「まあ、二択で選べと言われればな。父上だったら、ものすごく嫌な顔をしながら渋々"良い奴"と答える、という話だ」

 何となく分かったような分からないような。純粋な"良い奴"ではないのだろうが、そう言っていい人ではある、という解釈で良いのだろうか。

「リィカの、勇者一行の肩書きを利用できるとは考えていると思う。ベネット公爵と違うのは、その名を貶めるような利用の仕方はしないということだ。せいぜい、勇者一行の一人がベネット家の一員になったと、喧伝するくらいだろう」

「それは、問題ないの……?」

「ああ。当主が重罪犯で捕まったなんて外聞は悪いが、捕まえるきっかけを作ったのが、実はその娘だった、なんてむしろ人々が好きそうな話じゃないか? 色々感動する物語ができそうだ」

「……できなくていい」

 別にきっかけを作ったつもりもないし、そんな感動話などなくていい。大体、それでは勇者一行とか全然関係ないじゃないかと思いながら、リィカはムスッと言った。そんなリィカに、アレクが笑う。

「まあ、自分で言って何だが、同感だ。少し話が先走ったが、そういう話があるだろうが、今はまだ覚えておくだけでいい。会うか会わないかを、まずは考えておけばいい」

「……………」

 そう言われても、とリィカは思う。どう判断していいかが分からない。

「わたし、どうすればいい?」
「会う会わないは、そんなに気にしなくていいぞ。本当に、ただリィカが会いたいか会いたくないかで決めればいいだけだ」
「そっか……」

 眉をひそめる。だが、今すぐ答えは出そうにない。

「ちょっと考えてみる」
「ああ、それでいい。俺が話を先出ししただけだから、今すぐ答えを出すことじゃないからな」

 つまり、先に話すことでリィカに考える時間をくれたんだということに、すぐ気付く。少し笑って、どうしようと考え込んだのだった。


※ ※ ※


 それから間もなくアレクは退室し、リビングに戻ってきた母と話をしつつ、部屋で昼食を摂る。それが終わって少したってから、部屋を訪ねてきたのはジェラードだった。

「アルカトルでも少しだけ話を致しましたが、ベネット家の新しい当主のクリフが、ぜひリィカ嬢と会いたいと言っています。会うだけでも、いかがでしょうか」

 本当に話がきた、とリィカは思って身構えた。ふぅ、と息を吐く。

「なぜ、会いたいと思ってくれているんでしょうか」

 答えは決めているが、一応理由を聞いておく。やはりアレクが言ったような話が出てくるのだろうか。
 緊張しているリィカをどう思っているのか、ジェラードは何てことなく答えた。

「少なくともクリフ自身は、妹であるあなたにただ会いたいだけですよ。彼も、父親であるベネット公爵や兄弟のユインラムと顔を合わせたんですが、碌な結果になりませんでしたから。新たに判明した妹に、家族としての何かを期待している、というところでしょうか」

「そう、ですか」

 拍子抜けするような答えが返ってきた。ユインラムという名前は初めて聞いた気がするが、ベネット公爵の息子なのだろう。碌な結果じゃなかったというのは、自分も同じだから分かってしまう。

 家族としての何かとは何だろう、と思ったが、母親を亡くして孤児院で育ったという話を思い出せば、何となく分かる気がした。その新しい当主には今、家族と呼べる人はいないのだ。

「とりあえず会うだけでいいのなら、わたしも会ってみたいです」

 決めていた答えではあるが、今の話を聞いてますますそう思った。最初にその話を聞いていたら、その裏の思惑など考えもせずに「会う」と答えていただろう。

 いや、アレクが話をしていたのは"コーニリアス"という人の話だ。新しい当主には、思惑などないのかもしれない。

 まあでもどっちでもいい。母に話をしたら、こう言われた。「会わないで後悔するよりは、会って後悔した方がいい」と。そうだね、とリィカは返した。
 後悔するかどうかは、会ってみないと分からないのだから。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

だって私、悪役令嬢なんですもの(笑)

みなせ
ファンタジー
転生先は、ゲーム由来の異世界。 ヒロインの意地悪な姉役だったわ。 でも、私、お約束のチートを手に入れましたの。 ヒロインの邪魔をせず、 とっとと舞台から退場……の筈だったのに…… なかなか家から離れられないし、 せっかくのチートを使いたいのに、 使う暇も無い。 これどうしたらいいのかしら?

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

Sランク冒険者の受付嬢

おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。 だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。 そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。 「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」 その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。 これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。 ※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。 ※前のやつの改訂版です ※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。

【完結】王甥殿下の幼な妻

花鶏
ファンタジー
 領地経営の傾いた公爵家と、援助を申し出た王弟家。領地の権利移譲を円滑に進めるため、王弟の長男マティアスは公爵令嬢リリアと結婚させられた。しかしマティアスにはまだ独身でいたい理由があってーーー  生真面目不器用なマティアスと、ちょっと変わり者のリリアの歳の差結婚譚。  なんちゃって西洋風ファンタジー。  ※ 小説家になろうでも掲載してます。

追放された陰陽師は、漂着した異世界のような地でのんびり暮らすつもりが最強の大魔術師へと成り上がる

うみ
ファンタジー
 友人のサムライと共に妖魔討伐で名を馳せた陰陽師「榊晴斗」は、魔王ノブ・ナガの誕生を目の当たりにする。  奥義を使っても倒せぬ魔王へ、彼は最後の手段である禁忌を使いこれを滅した。  しかし、禁忌を犯した彼は追放されることになり、大海原へ放り出される。  当ても無く彷徨い辿り着いた先は、見たことの無いものばかりでまるで異世界とも言える村だった。  MP、魔術、モンスターを初め食事から家の作りまで何から何まで違うことに戸惑う彼であったが、村の子供リュートを魔物デュラハンの手から救ったことで次第に村へ溶け込んでいくことに。  村へ襲い掛かる災禍を払っているうちに、いつしか彼は国一番のスレイヤー「大魔術師ハルト」と呼ばれるようになっていった。  次第に明らかになっていく魔王の影に、彼は仲間たちと共にこれを滅しようと動く。 ※カクヨムでも連載しています。

処理中です...