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第十七章 キャンプ

山を下りた後

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 結局、騎士団長に抱えられたまま山を下りたリィカは、キャンプ地がいくつもの《ライト》で照らされているのを見つけた。

 その中を、兵士たちが倒れている魔物達をまとめて切っている。おそらく、魔石を取り出しているからか、肉を切り分けているからかだろう。そして、それらが済んだ魔物を神官たちが浄化している。

「父様」

 その神官の中の一人を見てユーリが声をあげた。その声に反応したのか、ユーリを見て笑いかけ、またすぐ浄化に戻っている。

 ユーリの父親は、教会の神官長だ。リィカは記憶を辿る。会ったのは、魔王討伐の旅に出る前に王城に滞在していた時だから、記憶が何となく曖昧だ。

「父様まで来ていたんですか」

「魔物大量発生の報が届いて、自分から行くと言ってきた。追加の軍の中にゃ、生徒たちの親だの親戚だのがかなり混じってるぞ。普段なら公私混同だと切り捨てるとこだが、面倒だしな。それに士気は高いだろうし、まあいいかと思ってな」

 ユーリの言葉に騎士団長が軽い口調で返す。それに対して、アレクがバルをチラッと見て、面白がるような口調で言った。

「そういう騎士団長も、生徒の親だろう?」
「だから、陛下にずるいと言われたんだ。自分も行くと言われて、クソめんどかった。帰ったら陛下のご機嫌取り頼むな、アレク」
「そういうのは、兄上に頼んでくれ」

 アレクのゲンナリした様子に、リィカは少し笑う。
 そして、抱えられたまま到着した場所には、テントが二つ張ってあった。小さいもの一つと、大きいものが一つだ。そのテントの前で、リィカは下ろされた。

「んじゃあ、嬢ちゃんはこっちの小さい方で休んでくれ。少々うるさいかもしれんが、そこは勘弁してくれや」
「あ、でも……」

 手伝わなくていいのか、と思ったリィカだが、騎士団長に優しく笑われて、口を噤む。

「後片付けは、俺らで十分だ。明日っからは抱えてやる気はねぇから、今日はゆっくり休め。いいな?」
「分かりました」

 穏やか、というわけでもない。だからといって、命令されているわけでもない。けれど、素直に頷いてしまいたくなるような不思議な口調で、リィカはほとんど反射的に返事をしてしまった。

 騎士団長は満足そうに頷いて、そしてアレクたちにも声をかけた。

「ほれ、お前らもそっちのテントで休め。明日は王都に帰るんだから、疲れを残すなよ」
「分かったよ」

 逆らう様子もなく、アレクもバルもユーリも素直に頷いてテントに入る。入る直前にアレクがリィカを見て「お休み」と声をかけて、それでリィカもハッとして、アレクに挨拶を返してテントに入る。

 中には、簡素な寝袋があるのみだが、それに文句を言うこともなく、リィカは潜る。

「騎士団長様、なんかすごいなぁ……」

 バルの父親。旅立つ前に王宮に滞在していた間に、接触がなかったわけではないが、騎士団長は勇者である暁斗への剣の指導がメインだったから、そんなに交流があったわけではない。

 だからといって、今も"交流しました"と言えるほどでもないのだが、何というか自然に従わせられてしまったというか、変な感じだ。自分たちだけ休むことが申し訳ないと思うのに、騎士団長に言われたら、その申し訳ない感じが全くなくなった。

 騎士団長が兵士たちから慕われているのは知っている。ただ強いだけという理由ではないのだと、実感した気がしたのだった。


※ ※ ※


「ミラー団長、山はどうでしたか?」

「ざっと見ただけだが、Aランクのドラゴンが二体。そしてそれ以上にデカい、ドラゴンに似た奴が一体いた」

 話しかけてきたのは、ユーリの父親の神官長だ。ざっと自分が見たものを伝えると、神官長は山の方に視線を向けた。

「そうですか。その大きいドラゴンが、あの竜巻を?」
「だろうな。あんなとんでもねぇのを何とかして、どれだけダメージ受けてっかと思ったら、リィカ嬢以外はピンピンしてやがる」

 そのリィカも、別に怪我をしているわけでもない。騎士団長の半分愚痴るような言い様に、神官長は穏やかに笑った。

「あなたの仰る通りでしたね。あの子たちに任せるべきだと」
「……神官長、頼むから、そういう小っ恥ずかしいこと言わんでくれ」

 もう夜とは言っても、いくつもの《ライト》が輝いている中で、騎士団長の顔はほんのり赤く染まった。

 それを見ても、神官長は穏やかに笑うだけで何も言わない。切り分けた魔物がまたたまってきているのを確認して、浄化をするべく踵を返していく。

 騎士団長はそれを見送りながら、「勘弁してくれ」と小さくつぶやいた。

 この場に到着したとき、まず倒れている魔物の数の多さに誰もが絶句した。森から山の麓辺りにある、とんでもない爆発があったような地形の抉られ方にも絶句した。そして、山の方で戦いが起こっていることにもすぐに気付いた。

 乗り込むべきだと、助けに行こうと、山に向かおうとする面々を止めたのは騎士団長だった。

 理由はいくつかある。
 もう間もなく日が落ちて暗くなるのに、狭い山道を大勢で登るのは危ない。感じる魔物の気配が、明らかにAランクより強そうだから、行ったところで足手まといになるだけ。

 それよりも、戦い終わった彼らが安心してゆっくり休めるように、この場所の片付けをしようと。そう言った騎士団長に、反論ももちろんあった。

 だが、それから少しして山で発生したとんでもない竜巻に、誰もが言葉を失った。そして、それでは終わらず、雷は落ちるし、何だか激しい爆発音がするしで、皆が思った。「行っていたら、間違いなく死んでいた」と。

 勇者一行の勝利を願いつつ、片付けに精を出したのだった。

 騎士団長の判断は的確だったが、それを改めて言葉にして出されると、ものすごく恥ずかしいからやめてくれ、というのが本音である。そして、間違っても息子のバルや、小さい頃から面倒を見ているアレクには知られたくない。

 彼らは、「自分たちの応援がギリギリ間に合わなかった」という認識で十分なのだ。

「誰も余計なことを言うんじゃねぇぞ」

 そう小さくつぶやいて少し笑い、騎士団長は魔物をまとめている兵士たちの側へと近づいていったのだった。
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