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第十七章 キャンプ

中央の様子

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 リィカは顔をしかめた。
 後方から現れたBランクのアンタイオスがズンズンと前に出て、躊躇うことなく火の海となっている場所に足を踏み入れたのだ。

 当然その足が炎で包まれる……が、その側から回復しているのが見える。さらに、足をドンドン踏みならして、炎が小さくなって消えていく。

 アンタイオスは巨人の魔物だ。一体だけとはいっても、そのサイズは大きい。一度に炎が消えていく場所は、それなりに広い。

 リィカがジャダーカと戦っている間に、アレクたちが対戦した魔物だ。
 その時は、暁斗の《重力操作グラビティ・コントロール》で体重を軽くしてから空中に持ち上げて、「足がついている限り無限に回復する」能力を無効にして倒した、と聞いた。けれど今、この場にリィカ一人しかいない以上、そんなことはしていられない。

「一撃で、倒すしかない! ――《落雷ライトニング・ストライク》!」

 ほとんど手加減せず放った混成魔法は、周囲に爆音と衝撃を振りまきつつ、アンタイオスを倒したのだった。


※ ※ ※


「……リィカ、マジですごい」

 呆けたナイジェルを連れて、皆のいる所に戻るレンデルは、後ろから感じた衝撃に思わず声を出していた。それなりに距離があったはずなのに、どうしてここまで衝撃が来るのか、疑問というよりも感心してしまう。

「ユーリも似たり寄ったりなのかな」

 ここまで来たら、そちらの戦いぶりも見てみたい気がする。リィカと違い、ユーリは一年の頃からそのすごさを目の当たりにしてきた。だが実戦という場で、その本気を見たことはない。

 だが、そんな場合ではないことくらいは承知している。本気でさっさと逃げないと危ない。

 そう思いつつ、ナイジェルの手を引っ張っていたレンデルだったが、そのナイジェルの足が、止まった。

「離せ、子爵風情が」
「離さないよ。いいから行くよ。分かっただろ、お前じゃリィカの足元にも及ばない。言われたとおり、邪魔になるだけだ」
「だれがっ邪魔だとっ!」
「僕もお前も。リィカとユーリとバルと、アレクシス殿下以外、みんな邪魔。大人しく逃げることが、一番いいんだよ」

 淡々と語るレンデルに、ナイジェルは鼻白んだ。その隙にまた引っ張り、歩き出す。ナイジェルの取り巻きたちもついてきているのを確認しながら、元の場所に戻ってきた。そこで見た光景に、レンデルはわずかに目を見張った。

「『水よ。彼の者に癒す力を与えよ』――《回復ヒール》」

 傷ついた兵士の側に膝をついて、水魔法の《回復ヒール》を唱えた女生徒は、ミラベルだった。その手に輝く青い光は、他の生徒たちよりも強いように見える。

「なぜあいつが魔法を使えるっ!?」
「…………」

 ナイジェルの言葉に、そんな言い方はないんじゃないかと思ったレンデルだが、言いたいことは分かる。これまでずっと初歩の生活魔法すら発動できなかったのに、今はしっかりと魔法を使っている。

「戻ったか、レンデル! それに、ナイジェルも……」

 心の底からホッとしたという様子で話しかけてきたのは、アークバルトだった。レンデルは一礼しつつ答えた。

「はい、何とか戻ってきました。リィカの本気がすごくて、ビビってます。ですが殿下、魔物が……Bランクが現れています」
「ああ、そうらしい」

 レンデルの報告にアークバルトは驚くことなく、頷いた。

「脱出を早くしろとアレクから言われたらしい。生徒たちはすでに馬車に乗り始めている。私も早く乗れと言われたが、お前が戻って来てからだとごねた」
「そこはごねないでさっさと乗って下さいよ」

 自分の立場は誰よりも分かっているだろうに、そこでごねてどうするんだ、と思う。しかし、我が儘を通せる部分は通す人でもある。きっとヒューズは顔をしかめつつも、渋々頷いたのだろうなと思う。

「戻ってきたのなら、さっさと馬車に乗って下さい」

 そのヒューズが側に来て、アークバルトに言っている。だが、アークバルトの視線は、怪我人を治療している生徒たちのほうに向いた。ミラベルだけではなく、レーナニアやエレーナもそこにいる。

「治療は、どうする?」
「兵士を下がらせた後に、治療の必要な兵士は馬車に乗せます。申し訳ありませんが、彼女たちにはそちらの馬車に乗って、治療を頼むことになります」

 アークバルトは僅かに眉を寄せる。

「……兵士が下がることを、アレクたちは知ってるのか?」

「アレクシス殿下からの指示ですよ。兵士が下がったタイミングで、周囲にいる魔物を一気に倒すので、その間に脱出しろと言われました」

「魔物を一気に倒すとなると、使用するのは上級魔法か?」

 となると、それをするのはリィカかユーリか。アレクの指示なのはいいが、それを二人にも伝えなければ、タイミングがずれてしまうのではないか。

 そう問題点を指摘するアークバルトに対して、ヒューズは困った顔で頷いた。

「二人には自分から言うから大丈夫だ、と言われました。自分たち四人のことは気にしなくていい、脱出のことだけ考えろと」
「言うって、どうやって?」

 そう口をはさんでしまったのはレンデルだった。しかし、その疑問にヒューズも答えようがない。
 今、アレクたち四人は四方に散って戦っているのだ。話をする手段などないはずなのだが、それをアレクは「問題ない」の一言で終わらせた。

「問題ないというなら、それを信じよう。旅から戻ってきてから、よく分からないことをやっているばかりの四人だから。離れていたって話をする手段があってもおかしくないよ」

 アークバルトは苦笑しつつ、そう告げる。
 魔国からどこの国に立ち寄ることなく、アルカトル王国に帰還した。何もないところから剣を出して仕舞ってみせた。これらに、さらに謎が一つ増えたところで、気にしてもしょうがない。

 そう伝えて、回復しているレーナニアを見る。視線を感じたのか、少し顔を上げたレーナニアは、笑ってみせた。アークバルトは頷くと、馬車へと向かう。その後をレンデルがナイジェルを引っ張りながら追いかける。

「殿下、ご無事で」
「レンデルも良かった……え」

 その馬車には、ブレッドとセシリーが乗っていた。数人のケガをした兵士を連れて戻ってきたところで、馬車に乗るよう指示されて、アークバルトより先に馬車で待機していたのだ。

 アークバルトを見てブレッドが声をかけて、セシリーも続いたが、さらに後ろから乗ってきたナイジェルに、うめき声を上げる。

「男爵の小娘が、一体なんだ。俺は侯爵だぞ」

 明らかに嫌そうな顔をしたセシリーに、ナイジェルが突っかかる。だが、ここにいるのはセシリーだけではない

「ナイジェル、そういうことを言うから嫌われるんだ。何かと家格を口にするのはやめた方がいい。それしか自分には取り柄がないと言っているようなものだ」

 アークバルトが言えば、ナイジェルの顔が面白いくらいに引き攣った。相手が王太子でなければきっと大声で怒鳴っていただろう。それでも何とか落ち着かせて口を開く。

「それでも、俺は侯爵家の人間です。男爵家は敬意を払うのが普通でしょう」

「敬意を払って欲しかったら、それ相応の振る舞いを身につけるんだな。私は、周囲から王太子と認められているが、それは私が第一王子として生まれたからではない。私自身が、そうあろうと努力した結果だ」

「分かりませんな。第一王子ならば王太子でしょう。仮に生まれた順番が逆であれば、あなたの弟が王太子になっていたはずです」

「言いたいのは、そういうことじゃない」

 アークバルトはため息をつきたいのを堪えた。確かに一番近い位置にいるかもしれないが、第一王子と王太子はイコールではない。だからこそ、過去にアレクを王太子につけようとする派閥が存在していたのだ。

 王太子として指名されることと、周囲にそう認められることとは、大きな隔たりがある。その隔たりをできるだけ無くせるよう、アークバルトは努力してきた。
 それをナイジェルに分かってもらうにはどうしたらいいのか、と考えても、お互いの価値観が違いすぎて、言葉が見つからない。

「……まあ、その話はまたでいい。それより、リィカ嬢のところで何があったのか、報告してもらうぞ」

 ナイジェルが顔をしかめる一方、自分の出番とばかりにレンデルが嬉々として話し始めたのだった。
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