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第十七章 キャンプ

ナイジェル

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 ナイジェルはイライラしていた。

 このキャンプだって、もっと楽をしたかったのだ。侯爵家の自分にはそれが許されるはずだった。だが、王太子とその婚約者の存在がそれを許さず、結局長く歩く羽目になった。そうしなければならない自分の立場にイライラした。

 キャンプ自体は何もしなくて良かった。自分は侯爵家の人間であり、学園卒業後は魔法師団への入団も決まっている。自分のような選ばれた人間が、あくせくする必要はない。すべて周囲が行うのは当然だ。

 だが、まさかの魔物の襲来だ。無能どもめ、と思う。無能な兵士どもが事前の確認を何かミスしたのだろう。そして、今現在も魔物の襲来に対処できていないとは、無能にも程がある。

(だから最初から、師団長閣下に頼めば良かったのだ。帰ったら父に言いつけねばな)

 ナイジェルは信じている。自らの父が側近をしている、レイズクルス師団長とその派閥の人間を。魔法師団のエリートだと疑っていない。

 だが、父たちはこのキャンプに参加しなかった。要請があればいつでも参加してやると言っていたそうだが、ついにその要請がなかったらしい。

 父には気をつけて行ってこい、と言われた。そして何かあれば報告しろと。要請をしなかった魔法師団のライアン副師団長や騎士団、さらには国王にまでその責任を追及するからと。

 だからナイジェルは、護衛たちの動きを見ていた。そして、第三者が聞けば言いがかりにも等しい"問題点"をいくつも見つけて、多くの報告をできることにホクホクしていたのだが、ここに来て最大の問題が発生した。

「この程度に何を時間掛けている! やはり無能ばかりではないか!」

 騎士団も副師団長の派閥の魔法師団員も、役立たずばかり。ついでにいえば、勇者一行などと偉そうな肩書きがついている四人にも呆れる。たかだか魔物相手に、何を手間取っているのか。

「仕方がない。やはりこの俺が出るしかないな」

 フンと笑って立ち上がる。ついでに、手を動かしてついてくるように指示したのは、自らの取り巻きたちであり、ナイジェルにしてみると「時間稼ぎには役に立つ出来損ない」という認識だ。

 マンティコア相手にしたときも、時間稼ぎをさせたが、巻き込んだことを悪いとも思っていない。「使ってやってるんだから感謝しろ」と思っている。

「待て、動かずにここにいるんだ」

 ナイジェルの前に立ち塞がったのは、アークバルトだった。舌打ちの一つもしたくなる。不本意だが、立場は相手の方が上なのだ。父親やレイズクルス師団長の威光が効かない、数少ない相手だ。

「王太子殿下、しかしこの状況です。戦える者が前へ出るべきではありませんか?」

 暗に、今前で戦っている者では駄目だと匂わせる。目の前の王太子が、騎士団贔屓であり、魔法師団を疎んでいることは知っている。もちろん、弟であるアレクシスが戦っていることだって、分かっている。

 だが、状況が一向に良くならない以上、そいつらでは駄目であることくらいは、言わなくても分かるだろう。ここは真のエリートが前に出るべきだ。

 しかし、そんなナイジェルの考えはあっさりと一蹴された。

「戦える者はすでに前に出ている。ここに残っている者が戦おうとしたところで、足手まといになるだけだ。ナイジェル、もちろんお前も含めてだ。ここにいろ」
「足手まとい……だと」

 ナイジェルは、ギリと歯を食いしばった。叫ばなかった自分が偉いと思う。
 まさか何も分かっていないとは思わなかった。王太子は、想像した以上に愚かな存在であったようだ。自分を足手まといなどと評するとは。

「では本当に足手まといかどうか、その目で結果をご覧になると良いでしょう。王太子殿下、その結果次第では謝罪を要求しますぞ」

「そういう問題じゃない! 行くなと言っているんだ! ほんの少しの隙であっても、作ればあっという間に破られかねない! 本気でこの場の全員の命がかかっている状況なんだぞ!?」

「であればこそ、なおさら私のような魔法師団のエリートが行くべきでしょう」

 食い下がってくるアークバルトを少々面倒に思う。自分がBクラスにいることで過小評価しているのだろう。何も分かっていない。学園という平和な場所で、自分が実力のすべてを出す必要もないのだ。

 悔しげな顔をして黙ったアークバルトに、ナイジェルは勝ち誇った笑みを浮かべ、身を翻す。取り巻きたちもその後に続く。行くのは、勇者一行の中でも一番の役立たず、平民上がりの女、リィカがいる場所だ。


※ ※ ※


「……だれがエリートだ」

 アークバルトは去っていくナイジェルたちの背中を見ながら、つぶやく。自分たちのことしか考えない、レイズクルス師団長の派閥。他人を巻き込み、他人の手柄を横取りし、何がエリートだ、と思う。

「殿下、ヒューズ様に許可をもらいました。僕も行ってきます。ナイジェルを止める役くらいなら、何とかしますから」
「レンデル……」

 声を掛けられ、その内容にヒューズを見ると、黙って一つ頷かれた。言葉でナイジェルが止まらないことはヒューズも分かっているのだろう。

「分かった、レンデル頼んだ。リィカ嬢の邪魔をさせないでほしい」
「ええ、可能な限りやってみます」

 レンデルが、ナイジェルたちを追いかけていく。
 それを見送りながら、アークバルトは無事を祈る。リィカやユーリに続く魔法の実技第三位の成績の持ち主とは言え、その実力はかけ離れている。魔物のひしめく前に立って、無事でいられるとは限らない。

「殿下、オレらも前に出ます」

 そう言ってきたのは、ブレッドとセシリーだった。その後ろにはレーナニアがいる。言われた言葉をすぐに飲み込めず、数瞬考えた後に、絞り出すように声を出す。

「前に、出るって……」
「魔物とまともに戦おうとは思っちゃいません。相手がCランクじゃ、たいした役には立てませんが、牽制くらいならできる」
「それに、兵士たちも無傷とはいかないから、そういう奴らを連れてくるくらいならできます」

 ブレッドとセシリーの言葉にアークバルトは何も返せず、黙ったままレーナニアに視線を向けた。

「副騎士団長様から、生徒たちに兵士たちの回復をお願いしたいと話がありました。脱出優先、けれどできる範囲で頼みたいと」
「……そうか、分かった」

 あまり分かりたくないし、頷きたくもないが、生徒の手を借りなければ回復する余裕がないのだろう。それに、脱出時には兵士たちも一緒に行くのだ。その時に怪我を負って脱出できないという事態になっても困る。

「ブレッドもセシリー嬢も、気をつけてくれ」

 それだけしか言えない自分が悔しい。自分も行くとは言えない。王太子という立場はよく分かっているし、そもそも実力が遠く及ばない。

 二人の背中を見送りながら、アークバルトは気持ちを入れ替える。できないことを悔やんでもしょうがない。今は、自分たちが全員無事に脱出することを考えるべきだ。

(けれどこの状況は、まさか……)

 二ヶ月ほど前、父である国王から言われたことを思い出す。魔王の兄が生き残っていて、裏で何か画策しているかもしれない、という話を。

(魔族が、関わっているのか?)

 当たって欲しくない、と思いつつも、一度浮かんだその想像は消えてくれなかった。
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