564 / 596
第十七章 キャンプ
不穏な気配
しおりを挟む
キャンプ二日目。
馬車の中で皆が眠そうにしている中、リィカだけが元気だった。
「眠れなかったんですか?」
「……あの中でよく眠れましたね」
レーナニアが疲れたように言った。
確かに宿の中は賑やかだった。文句が飛び交っているのを賑やかと言っていいのかどうか分からないが。
馬車は北東の方角に向かっている。その方向にあるのは険しい山脈で、その山脈を越えればデトナ王国があるが、キャンプをするのはその麓だ。
だが、その方向には王都や周辺の街のように栄えている街は少なく、宿もあまり良くない。
それでも、昨晩泊まった宿は貴族向けだ。リィカからしたら十分に立派だったし、ベッドの寝心地も良かった。レーナニアたちも、その程度は当然のことと分かっていたので、別に文句もなかった。
しかし、分かっていなかった生徒たちの不平不満がすごかった。教師たちや護衛の兵士たち、宿の従業員たちが詰め寄られていた。
それらを見ながら、リィカは宣言したのだ。「寝られるときにさっさと寝ないと、明日から体が辛いです」と。宿の部屋も、馬車に同乗している面子がそのまま同じ部屋になるから、気を遣う必要もない。
歩いている程ではないにしても、長時間馬車に乗っているのも、結構キツイ。休めるときには休む。それが鉄則だ。
こうして騒いでいる生徒たちを尻目に、さっさと就寝したのだが、どうやらうるさくてあまり眠れなかったらしい。
午前中いっぱいは、リィカ以外の五人は馬車の中でウトウトしていた。
※ ※ ※
午後、さすがに目が覚めてきたらしい五人と雑談を交わしていたが、リィカの意識は馬車の外に向かっていた。
我慢していたが、無理だと思って馬車の扉を開ける。
「リィカさん、どうされたのですか?」
レーナニアの不思議そうな声を聞きながら、リィカは周囲を見回す。
「どうしましたか。危ないですから、馬車の中にいて下さい」
掛けられた声は、馬車の外からだ。キャンプ出発前、女性兵士の長だと紹介されていた人だ。
女生徒が乗っている馬車の周囲の警戒は、女性の兵士が担うらしい。ちなみに、護衛の全責任者は、リィカも会ったことのある副騎士団長のヒューズである。
「魔物の数、多くないですか? こんなものなんですか?」
その女性兵士にリィカは質問する。気になっていたのは、それだった。魔物の魔力を多く感じて、気が気ではなかった。
道中で現れた魔物を退治するのは護衛の仕事だ。手出し不要、とわざわざヒューズに念押しされていたし、リィカも手出しするつもりはなかった。
しかし、護衛の兵士たちの手が、明らかに回らなくなってきているのを感じて、我慢できなくなったのだ。
言いながら、リィカは魔物の魔力を感じた。魔力の強さ的にDランク程度だろうか。空から来る魔物五体に限定して、リィカは凝縮魔法を発動して、そのすべてを打ち落とす。
その様子を見た女性兵士が、大きく息を吐きながら頭を下げた。
「ご協力、感謝します。……ええ、仰る通りです。魔物の数が明らかに多い」
魔王を倒した直後だから多いかもしれないと予想して、例年よりも兵士の数を増やしているらしい。そのおかげで、ギリギリのところでどうにか倒しているが、明らかに想定外の事態になっている。
それを聞いたリィカは、即座に決断した。
「わたしも手伝います。……馬には乗れないから、御者台の隣に座っていいですか?」
馬車の中にいては、魔法を使うのに不自由だ。一人では馬に乗れない。兵士に乗せてもらうという手もあるが、そのせいで動きを制限させてしまっては申し訳ない。
それらのことを考えて言ったリィカの言葉に、女性兵士は一瞬沈黙し、しかし頷いた。
「……そうですね。本来であればお断りしなければならないのですが、今の状況では有り難いです。ヒューズ副団長には私から話しますので、よろしくお願いします」
「はい」
リィカは頷いて、馬車の中を見る。
当然、会話は聞こえていただろう。振り向いた五人の顔は、皆が不安そうだった。
「リィカさん……」
「わたし、御者台に出ますね」
大丈夫です、とは言わない。そんな保証はどこにもないからだ。女性兵士が御者に話をしており、その横にリィカは座る。
気になるのは、一つだ。
(魔族が関わっていなければ、いいんだけど)
あのマンティコアのことを思い出す。あれから、特に事件らしい事件はなかった。もし事件が続けば、このキャンプ自体が中止になった可能性もあったらしいが、結局あれきりだったため、予定通りに行われた。
だが、わずか二日目で異変が起こっている。魔法を発動して魔物を倒しつつ、ふと思った。
この状況、アレクたちも当然動いているだろうな、と。
馬車の中で皆が眠そうにしている中、リィカだけが元気だった。
「眠れなかったんですか?」
「……あの中でよく眠れましたね」
レーナニアが疲れたように言った。
確かに宿の中は賑やかだった。文句が飛び交っているのを賑やかと言っていいのかどうか分からないが。
馬車は北東の方角に向かっている。その方向にあるのは険しい山脈で、その山脈を越えればデトナ王国があるが、キャンプをするのはその麓だ。
だが、その方向には王都や周辺の街のように栄えている街は少なく、宿もあまり良くない。
それでも、昨晩泊まった宿は貴族向けだ。リィカからしたら十分に立派だったし、ベッドの寝心地も良かった。レーナニアたちも、その程度は当然のことと分かっていたので、別に文句もなかった。
しかし、分かっていなかった生徒たちの不平不満がすごかった。教師たちや護衛の兵士たち、宿の従業員たちが詰め寄られていた。
それらを見ながら、リィカは宣言したのだ。「寝られるときにさっさと寝ないと、明日から体が辛いです」と。宿の部屋も、馬車に同乗している面子がそのまま同じ部屋になるから、気を遣う必要もない。
歩いている程ではないにしても、長時間馬車に乗っているのも、結構キツイ。休めるときには休む。それが鉄則だ。
こうして騒いでいる生徒たちを尻目に、さっさと就寝したのだが、どうやらうるさくてあまり眠れなかったらしい。
午前中いっぱいは、リィカ以外の五人は馬車の中でウトウトしていた。
※ ※ ※
午後、さすがに目が覚めてきたらしい五人と雑談を交わしていたが、リィカの意識は馬車の外に向かっていた。
我慢していたが、無理だと思って馬車の扉を開ける。
「リィカさん、どうされたのですか?」
レーナニアの不思議そうな声を聞きながら、リィカは周囲を見回す。
「どうしましたか。危ないですから、馬車の中にいて下さい」
掛けられた声は、馬車の外からだ。キャンプ出発前、女性兵士の長だと紹介されていた人だ。
女生徒が乗っている馬車の周囲の警戒は、女性の兵士が担うらしい。ちなみに、護衛の全責任者は、リィカも会ったことのある副騎士団長のヒューズである。
「魔物の数、多くないですか? こんなものなんですか?」
その女性兵士にリィカは質問する。気になっていたのは、それだった。魔物の魔力を多く感じて、気が気ではなかった。
道中で現れた魔物を退治するのは護衛の仕事だ。手出し不要、とわざわざヒューズに念押しされていたし、リィカも手出しするつもりはなかった。
しかし、護衛の兵士たちの手が、明らかに回らなくなってきているのを感じて、我慢できなくなったのだ。
言いながら、リィカは魔物の魔力を感じた。魔力の強さ的にDランク程度だろうか。空から来る魔物五体に限定して、リィカは凝縮魔法を発動して、そのすべてを打ち落とす。
その様子を見た女性兵士が、大きく息を吐きながら頭を下げた。
「ご協力、感謝します。……ええ、仰る通りです。魔物の数が明らかに多い」
魔王を倒した直後だから多いかもしれないと予想して、例年よりも兵士の数を増やしているらしい。そのおかげで、ギリギリのところでどうにか倒しているが、明らかに想定外の事態になっている。
それを聞いたリィカは、即座に決断した。
「わたしも手伝います。……馬には乗れないから、御者台の隣に座っていいですか?」
馬車の中にいては、魔法を使うのに不自由だ。一人では馬に乗れない。兵士に乗せてもらうという手もあるが、そのせいで動きを制限させてしまっては申し訳ない。
それらのことを考えて言ったリィカの言葉に、女性兵士は一瞬沈黙し、しかし頷いた。
「……そうですね。本来であればお断りしなければならないのですが、今の状況では有り難いです。ヒューズ副団長には私から話しますので、よろしくお願いします」
「はい」
リィカは頷いて、馬車の中を見る。
当然、会話は聞こえていただろう。振り向いた五人の顔は、皆が不安そうだった。
「リィカさん……」
「わたし、御者台に出ますね」
大丈夫です、とは言わない。そんな保証はどこにもないからだ。女性兵士が御者に話をしており、その横にリィカは座る。
気になるのは、一つだ。
(魔族が関わっていなければ、いいんだけど)
あのマンティコアのことを思い出す。あれから、特に事件らしい事件はなかった。もし事件が続けば、このキャンプ自体が中止になった可能性もあったらしいが、結局あれきりだったため、予定通りに行われた。
だが、わずか二日目で異変が起こっている。魔法を発動して魔物を倒しつつ、ふと思った。
この状況、アレクたちも当然動いているだろうな、と。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
70
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる