552 / 637
第十六章 三年目の始まり
アークバルトとレーナニアと
しおりを挟む
「リィカさん、今日はわたくしたちといっしょに、お昼をしませんか?」
翌日の学園。
アレクは何もなかったかのようにリィカに挨拶をして、リィカも同じように挨拶をして言葉を交わす。
けれど、バルもユーリも、明らかにそこにあるぎこちなさに気付く。しかし、何もないように振る舞う二人に視線を交わしながらも、とりあえず様子を見ることにしたようだ。
そんな微妙な雰囲気の中で、昼休みにレーナニアがリィカに声をかけていた。
「え?」
「わたくしとアーク様と、リィカさんとで。たまにはいいでしょう? わたくしだって、もっとリィカさんと仲良くなりたいんです」
「…………あ……」
いつもだったら、パニックになっていたかもしれない。アークバルトに慣れたとは言えないから。でも、今はありがたいかもしれない。
そう思って、リィカは頷いた。
「ぜひ、お願いします」
そんなリィカを、アレクが緊張した様子で見ていた。
※ ※ ※
「わたくしのことも、レーナと呼んで下さると嬉しいのですが」
「……え、と」
ミラベルのことを聞かれて答えていると、リィカがミラベルを「ベル様」と呼んだことに、レーナニアが反応した。
いいのだろうかと、リィカが目を泳がせる。
「こらレーナ。まだリィカ嬢に公の場と私的な場での使い分けは、大変だと思うよ? 気持ちは分かるけど、もう少し今のままの方がいい」
アークバルトの注意が入り、リィカは首をすくめた。言うことは尤もだ。そうでなくても、アレクたちのことはそう呼び慣れてしまっているから、気をつけないといけないのだ。
ミラベルはいいのか、と聞かれると微妙ではあるのだが、レーナニアと違ってそうそう公の場には出てこないミラベルだから、まだ許容範囲だ。
「分かりますけど、後から会ったはずのミラベル様の方が、先にリィカさんと仲良くなってしまいそうなのが、悔しいのです」
「まあ、その辺はゆっくりでいいんじゃない? リィカ嬢はアレクと仲が良いんだから」
ごく普通の会話のように言ったアークバルトの言葉に、リィカの表情が強張った。
「昨日、アレクとデートだったんだって?」
「……あ……の」
笑顔で言われたアークバルトの言葉に、リィカはどう反応していいか分からない。何をどこまで知っているのか。
表情が硬いリィカに、アークバルトは少しバツが悪そうに笑った。
「ちょっと意地悪だったかな。昨日、帰ってからのアレクの様子がおかしかったから、一通りの話は聞いたんだ」
「……あ」
リィカは青ざめた。自分の最低な反応を、アークバルトにまで知られていた。つまりは、この食事の誘いはそれを責めるためだったのか。
「リィカ嬢に、これだけは聞いておきたくてね。アレクの事、嫌いかい?」
「ま、まさか、そんなことありません!」
思いも寄らない言葉に、リィカは驚いて否定する。
「そうか。だったら、結婚できないのは、アレクの何が悪い?」
「……ぇ」
今度は頭の中が真っ白になった。言葉を反芻する。
(アレクの、なにが、わるい……?)
反芻して、考えて、ようやくその意味を理解する。
「ち、違います……! アレクは、何も、悪くなくて……!」
「そうか、アレク側の理由じゃないのか」
考えるように頷くアークバルトに、リィカはますます自分が青ざめていく気がした。アークバルトは、当然アレクの味方なんだろう。何を言われるのか、怖い。
「では、リィカ嬢は相手がアレクだと……分かりやすく言えば、第二王子では不満? 王太子であり、次期国王でもある私と結婚したい?」
「……はい?」
身構えるリィカの耳に聞こえたのは、完全に予想外の言葉だった。というか、意味が理解できない。
「うん、まあやっぱり違うか。そうだろうとは思ったけど」
「……えーと?」
アークバルトは一人で納得したが、リィカは意味が分からないままである。
「第二王子との結婚を拒む理由。その理由として考えられるうちの一つとして、それでは不満だ、というのがあっておかしくない。女性の最高位である王妃になりたいと考えているのであれば、結婚相手は私でなければならないのだから」
「……………」
「もし君がそれを望むのであれば、我が王家はそれを受けることになると思うよ。ヴィート公爵家との話し合いは必要になるけれど、先方も了承するだろうね」
ヴィート公爵家とは、レーナニアの家の事である。
そこまで考えて、ようやくリィカは話を理解するが、それは更なる混乱を招いただけだった。
「……え、えぇっ!? そ、そんなこと、考えたこともありません! だ、だいたい、レーナニア様が、いらっしゃるのに……!」
「元々、私とレーナは政略による婚約だ。私の体が弱くて立場が不安定だったからね。それを強固なものにするための婚約」
パニックになっているリィカとは対照的に、アークバルトはあくまでも冷静だ。
「でも今となっては、ヴィート公爵家の後ろ盾がなくても、私の王太子としての立場は揺るがない。他に婚約者にした方がいい女性がいるなら、もちろん話し合いの上でだけど、婚約を解消したって、いいんだ」
「な……だ……」
アークバルトの言葉は、リィカの想像を超えていた。何を言いたいのか、言葉が出てこない。レーナニアをチラッと見ても、こちらも静かに笑っているだけで、動揺している様子は欠片もなかった。
「君は多分、自分の価値を分かっていない。学園入学前から、君の魔力量は現・魔法師団長を超えていた。果たして今はどうなった? 君の魔法も魔力も、貴族たちから見たら何が何でも手に入れたいと思えるものなんだ」
「……………」
「そして、君は女性だ。結婚という形で簡単に家に取り込める。魔法師団たちみたいに変な逆恨みで目が曇っているんじゃない限り、一度は考えているだろうね。それが実行されていない理由は、ただ一つ。アレクが君を側に置いているからだ」
「アレク、が……」
リィカがポツリとつぶやく。それしか言えない。
「我ら王家も、考え方は変わらない。……実は色々事情があってね、君の結婚相手は限られる。私かアレクか、バルムートかユーリッヒ。この四人の中の、誰か一人だ」
「……………は?」
出てきた名前に、ただ呆然とするしかない。
「レーナの兄のクラウスでも駄目ではない……けれど、この四人の中の誰かであるのが、一番面倒がない。婚約者がいるとか、そういうのは気にしなくていい。君を確実にこの国に繋ぎ止めること。それが最優先だから」
「…………え、と」
そろそろ……というか、もうとっくにというべきか、リィカの理解が追いつかなくなった。それをアークバルトも察したのだろう。少し笑って、話を締めた。
「このアルカトルという国にとって、そのくらい君が重要人物なのだと、覚えておいてくれ。国の利益のためなら、個人の感情など何一つ意味は無い。そういうものだから」
そう言ってアークバルトは立ち上がって、あっさり背中を向けて手を振った。
「後は女性だけで話をして。私は立ち去るから。言うべきことは言った」
リィカは何も言えずに、去っていく後ろ姿をただ見送る。そんなリィカの手を、レーナニアが握った。
「リィカさん、大丈夫ですか?」
優しい声音に、リィカは訳も分からずに、涙が落ちそうになった。どうしていいか分からずに、ただうつむく。
「貴族は家のことを一番に考えますし、将来国王となるアーク様は国のことを一番に考えます。確かに、そこに個人の感情など、意味は無いのかもしれません」
その言葉に、リィカは唇を噛んだ。
けれど、レーナニアは「でも」と話を続けた。
「意味は無くても、それでも無視していいものでもありません。……ねぇリィカさん、アレクシス殿下との婚姻は、嫌ですか?」
リィカは、首を横に振った。そうでは、ないのだ。
「いや、じゃないんです。いやじゃないけど……わたしも、どうしていいか、分からない。なんで、なんで……」
涙が落ちた。
どうしても、頭をよぎるものが、ある。
「いやじゃない、うれしいのに……。分かってるんです、なんでそんなことでって。ほんのちょっと、ちょっとの間だけ、我慢すれば、済む話なのに。たったそれだけなのに……なんで、わたし……」
リィカは、自分でも分かっていた。"たったそれだけ"のことなのだと。でも、たったそれだけが、どうしてもリィカを縛る。
もしかしたら、アレクとの未来があるかもしれない、そう思った時によぎってしまったそれが、どうしてもリィカにアレクと一緒の未来を見させない。
「それが何か、わたくしには言えませんか?」
「……………」
リィカは少し躊躇い、結局無言のまま頷く。
「では、アレクシス殿下には?」
「…………………」
今度は、頷けなかった。
「いわなきゃ、いけないと思います。ぜったい、いっぱい、傷つけたから」
アレクは本気だった。そんなことはリィカが一番知っている。本気で、アレクは自分を望んでくれた。だからせめて、ちゃんと理由くらい、言わなければいけない。
「でも、こわい。言って、どうおもわれるか、こわいんです」
繋がれているレーナニアの手に、リィカはもう片方の手も添える。その手が震えた。
アレクなら大丈夫だと思う。それでも、自分がずっと秘密にしてきたことを、明かすのは怖い。
すると、レーナニアももう片方の手を、リィカの手に重ねた。
「リィカさんが何を思っているのか、わたくしには分かりません。でももし、それでアレクシス殿下が離れていくのなら、それだけの男だったということですよ。その時にはわたくしがリィカさんにふさわしい男を、見つけて差し上げます」
フフッといたずらっぽく笑うレーナニアに、リィカは目をパチパチさせて、そして釣られたように笑った。
「ありがとうございます、レーナニア様。でもわたしって重要人物っぽいですけど、いいんですか?」
「ぽいじゃなく、まさしくそうですよ。今現在のリィカさんも重要ですし、結婚して生まれる子も重要です。魔力は子から子に受け継がれる。仮に他国で、リィカさんの血を引いた子が沢山生まれたら、脅威じゃないですか」
リィカは、何となく疑問に感じて首を傾げた。
「……この国では、いいんですか?」
「他国よりは自国の方が、コントロールできますから」
「……なるほど?」
分かったような分からないような、そんな感じだが、そこでリィカは思い出した。ルバドール帝国で、ルシアに言われた言葉だ。
『あなたの膨大な魔力と強力な魔法。そして、鏡を作ってしまうような技術を欲しがる国は多いと思う』
技術をここで見せたことはない。けれど、アークバルトも……このアルカトルという国も、自分の"膨大な魔力と強力な魔法"を欲しがっているということなのだろうか。そのための手段が、"結婚"ということなのだろうか。
そう考えると、アークバルトの言いたいことが、何となく理解できるような気がした。でも、今はまだいい。その前にアレクと向き合わなければいけないから。
そこまで考えて、ふと、リィカは異質な魔力を感じた。
「………!!」
考えるより早く、リィカは駆け出した。
「リィカさん?」
「ここにいて下さいっ!」
不思議そうなレーナニアにリィカは足を止めることなく叫ぶ。
感じる魔力は、間違いない。――魔物の、魔力だ。
翌日の学園。
アレクは何もなかったかのようにリィカに挨拶をして、リィカも同じように挨拶をして言葉を交わす。
けれど、バルもユーリも、明らかにそこにあるぎこちなさに気付く。しかし、何もないように振る舞う二人に視線を交わしながらも、とりあえず様子を見ることにしたようだ。
そんな微妙な雰囲気の中で、昼休みにレーナニアがリィカに声をかけていた。
「え?」
「わたくしとアーク様と、リィカさんとで。たまにはいいでしょう? わたくしだって、もっとリィカさんと仲良くなりたいんです」
「…………あ……」
いつもだったら、パニックになっていたかもしれない。アークバルトに慣れたとは言えないから。でも、今はありがたいかもしれない。
そう思って、リィカは頷いた。
「ぜひ、お願いします」
そんなリィカを、アレクが緊張した様子で見ていた。
※ ※ ※
「わたくしのことも、レーナと呼んで下さると嬉しいのですが」
「……え、と」
ミラベルのことを聞かれて答えていると、リィカがミラベルを「ベル様」と呼んだことに、レーナニアが反応した。
いいのだろうかと、リィカが目を泳がせる。
「こらレーナ。まだリィカ嬢に公の場と私的な場での使い分けは、大変だと思うよ? 気持ちは分かるけど、もう少し今のままの方がいい」
アークバルトの注意が入り、リィカは首をすくめた。言うことは尤もだ。そうでなくても、アレクたちのことはそう呼び慣れてしまっているから、気をつけないといけないのだ。
ミラベルはいいのか、と聞かれると微妙ではあるのだが、レーナニアと違ってそうそう公の場には出てこないミラベルだから、まだ許容範囲だ。
「分かりますけど、後から会ったはずのミラベル様の方が、先にリィカさんと仲良くなってしまいそうなのが、悔しいのです」
「まあ、その辺はゆっくりでいいんじゃない? リィカ嬢はアレクと仲が良いんだから」
ごく普通の会話のように言ったアークバルトの言葉に、リィカの表情が強張った。
「昨日、アレクとデートだったんだって?」
「……あ……の」
笑顔で言われたアークバルトの言葉に、リィカはどう反応していいか分からない。何をどこまで知っているのか。
表情が硬いリィカに、アークバルトは少しバツが悪そうに笑った。
「ちょっと意地悪だったかな。昨日、帰ってからのアレクの様子がおかしかったから、一通りの話は聞いたんだ」
「……あ」
リィカは青ざめた。自分の最低な反応を、アークバルトにまで知られていた。つまりは、この食事の誘いはそれを責めるためだったのか。
「リィカ嬢に、これだけは聞いておきたくてね。アレクの事、嫌いかい?」
「ま、まさか、そんなことありません!」
思いも寄らない言葉に、リィカは驚いて否定する。
「そうか。だったら、結婚できないのは、アレクの何が悪い?」
「……ぇ」
今度は頭の中が真っ白になった。言葉を反芻する。
(アレクの、なにが、わるい……?)
反芻して、考えて、ようやくその意味を理解する。
「ち、違います……! アレクは、何も、悪くなくて……!」
「そうか、アレク側の理由じゃないのか」
考えるように頷くアークバルトに、リィカはますます自分が青ざめていく気がした。アークバルトは、当然アレクの味方なんだろう。何を言われるのか、怖い。
「では、リィカ嬢は相手がアレクだと……分かりやすく言えば、第二王子では不満? 王太子であり、次期国王でもある私と結婚したい?」
「……はい?」
身構えるリィカの耳に聞こえたのは、完全に予想外の言葉だった。というか、意味が理解できない。
「うん、まあやっぱり違うか。そうだろうとは思ったけど」
「……えーと?」
アークバルトは一人で納得したが、リィカは意味が分からないままである。
「第二王子との結婚を拒む理由。その理由として考えられるうちの一つとして、それでは不満だ、というのがあっておかしくない。女性の最高位である王妃になりたいと考えているのであれば、結婚相手は私でなければならないのだから」
「……………」
「もし君がそれを望むのであれば、我が王家はそれを受けることになると思うよ。ヴィート公爵家との話し合いは必要になるけれど、先方も了承するだろうね」
ヴィート公爵家とは、レーナニアの家の事である。
そこまで考えて、ようやくリィカは話を理解するが、それは更なる混乱を招いただけだった。
「……え、えぇっ!? そ、そんなこと、考えたこともありません! だ、だいたい、レーナニア様が、いらっしゃるのに……!」
「元々、私とレーナは政略による婚約だ。私の体が弱くて立場が不安定だったからね。それを強固なものにするための婚約」
パニックになっているリィカとは対照的に、アークバルトはあくまでも冷静だ。
「でも今となっては、ヴィート公爵家の後ろ盾がなくても、私の王太子としての立場は揺るがない。他に婚約者にした方がいい女性がいるなら、もちろん話し合いの上でだけど、婚約を解消したって、いいんだ」
「な……だ……」
アークバルトの言葉は、リィカの想像を超えていた。何を言いたいのか、言葉が出てこない。レーナニアをチラッと見ても、こちらも静かに笑っているだけで、動揺している様子は欠片もなかった。
「君は多分、自分の価値を分かっていない。学園入学前から、君の魔力量は現・魔法師団長を超えていた。果たして今はどうなった? 君の魔法も魔力も、貴族たちから見たら何が何でも手に入れたいと思えるものなんだ」
「……………」
「そして、君は女性だ。結婚という形で簡単に家に取り込める。魔法師団たちみたいに変な逆恨みで目が曇っているんじゃない限り、一度は考えているだろうね。それが実行されていない理由は、ただ一つ。アレクが君を側に置いているからだ」
「アレク、が……」
リィカがポツリとつぶやく。それしか言えない。
「我ら王家も、考え方は変わらない。……実は色々事情があってね、君の結婚相手は限られる。私かアレクか、バルムートかユーリッヒ。この四人の中の、誰か一人だ」
「……………は?」
出てきた名前に、ただ呆然とするしかない。
「レーナの兄のクラウスでも駄目ではない……けれど、この四人の中の誰かであるのが、一番面倒がない。婚約者がいるとか、そういうのは気にしなくていい。君を確実にこの国に繋ぎ止めること。それが最優先だから」
「…………え、と」
そろそろ……というか、もうとっくにというべきか、リィカの理解が追いつかなくなった。それをアークバルトも察したのだろう。少し笑って、話を締めた。
「このアルカトルという国にとって、そのくらい君が重要人物なのだと、覚えておいてくれ。国の利益のためなら、個人の感情など何一つ意味は無い。そういうものだから」
そう言ってアークバルトは立ち上がって、あっさり背中を向けて手を振った。
「後は女性だけで話をして。私は立ち去るから。言うべきことは言った」
リィカは何も言えずに、去っていく後ろ姿をただ見送る。そんなリィカの手を、レーナニアが握った。
「リィカさん、大丈夫ですか?」
優しい声音に、リィカは訳も分からずに、涙が落ちそうになった。どうしていいか分からずに、ただうつむく。
「貴族は家のことを一番に考えますし、将来国王となるアーク様は国のことを一番に考えます。確かに、そこに個人の感情など、意味は無いのかもしれません」
その言葉に、リィカは唇を噛んだ。
けれど、レーナニアは「でも」と話を続けた。
「意味は無くても、それでも無視していいものでもありません。……ねぇリィカさん、アレクシス殿下との婚姻は、嫌ですか?」
リィカは、首を横に振った。そうでは、ないのだ。
「いや、じゃないんです。いやじゃないけど……わたしも、どうしていいか、分からない。なんで、なんで……」
涙が落ちた。
どうしても、頭をよぎるものが、ある。
「いやじゃない、うれしいのに……。分かってるんです、なんでそんなことでって。ほんのちょっと、ちょっとの間だけ、我慢すれば、済む話なのに。たったそれだけなのに……なんで、わたし……」
リィカは、自分でも分かっていた。"たったそれだけ"のことなのだと。でも、たったそれだけが、どうしてもリィカを縛る。
もしかしたら、アレクとの未来があるかもしれない、そう思った時によぎってしまったそれが、どうしてもリィカにアレクと一緒の未来を見させない。
「それが何か、わたくしには言えませんか?」
「……………」
リィカは少し躊躇い、結局無言のまま頷く。
「では、アレクシス殿下には?」
「…………………」
今度は、頷けなかった。
「いわなきゃ、いけないと思います。ぜったい、いっぱい、傷つけたから」
アレクは本気だった。そんなことはリィカが一番知っている。本気で、アレクは自分を望んでくれた。だからせめて、ちゃんと理由くらい、言わなければいけない。
「でも、こわい。言って、どうおもわれるか、こわいんです」
繋がれているレーナニアの手に、リィカはもう片方の手も添える。その手が震えた。
アレクなら大丈夫だと思う。それでも、自分がずっと秘密にしてきたことを、明かすのは怖い。
すると、レーナニアももう片方の手を、リィカの手に重ねた。
「リィカさんが何を思っているのか、わたくしには分かりません。でももし、それでアレクシス殿下が離れていくのなら、それだけの男だったということですよ。その時にはわたくしがリィカさんにふさわしい男を、見つけて差し上げます」
フフッといたずらっぽく笑うレーナニアに、リィカは目をパチパチさせて、そして釣られたように笑った。
「ありがとうございます、レーナニア様。でもわたしって重要人物っぽいですけど、いいんですか?」
「ぽいじゃなく、まさしくそうですよ。今現在のリィカさんも重要ですし、結婚して生まれる子も重要です。魔力は子から子に受け継がれる。仮に他国で、リィカさんの血を引いた子が沢山生まれたら、脅威じゃないですか」
リィカは、何となく疑問に感じて首を傾げた。
「……この国では、いいんですか?」
「他国よりは自国の方が、コントロールできますから」
「……なるほど?」
分かったような分からないような、そんな感じだが、そこでリィカは思い出した。ルバドール帝国で、ルシアに言われた言葉だ。
『あなたの膨大な魔力と強力な魔法。そして、鏡を作ってしまうような技術を欲しがる国は多いと思う』
技術をここで見せたことはない。けれど、アークバルトも……このアルカトルという国も、自分の"膨大な魔力と強力な魔法"を欲しがっているということなのだろうか。そのための手段が、"結婚"ということなのだろうか。
そう考えると、アークバルトの言いたいことが、何となく理解できるような気がした。でも、今はまだいい。その前にアレクと向き合わなければいけないから。
そこまで考えて、ふと、リィカは異質な魔力を感じた。
「………!!」
考えるより早く、リィカは駆け出した。
「リィカさん?」
「ここにいて下さいっ!」
不思議そうなレーナニアにリィカは足を止めることなく叫ぶ。
感じる魔力は、間違いない。――魔物の、魔力だ。
0
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

異世界転生者の図書館暮らし3 モフモフのレシピ 神鳥の羽と龍の鱗の悪魔仕立て
パナマ
ファンタジー
異世界転生者の図書館暮らし2 の続編。
深海から引き上げられた謎の箱。精霊の消失。イグドラム国内で発生した、子供達の行方不明事件を警察官の次男ニトゥリーが追う。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

知らない異世界を生き抜く方法
明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。
なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。
そんな状況で生き抜く方法は?

与えてもらった名前を名乗ることで未来が大きく変わるとしても、私は自分で名前も運命も選びたい
珠宮さくら
ファンタジー
森の中の草むらで、10歳くらいの女の子が1人で眠っていた。彼女は自分の名前がわからず、それまでの記憶もあやふやな状態だった。
そんな彼女が最初に出会ったのは、森の中で枝が折られてしまった若い木とそして時折、人間のように見えるツキノワグマのクリティアスだった。
そこから、彼女は森の中の色んな動物や木々と仲良くなっていくのだが、その森の主と呼ばれている木から、新しい名前であるアルテア・イフィジェニーという名前を与えられることになる。
彼女は様々な種族との出会いを経て、自分が何者なのかを思い出すことになり、自分が名乗る名前で揺れ動くことになるとは思いもしなかった。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる