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第十六章 三年目の始まり
剣術の授業
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「それで義姉上に教えたのか」
「うんまあ一応……。って、あれが教えたうちに入るのか、よく分かんないけど」
授業が終わり、昼休み。魔法の授業であったことを話せば、アレクが嬉しそうな顔を見せる。
アレクはレーナニアのことを「義姉上」と呼んでいる。兄の婚約者ではあるけれど、まだ結婚していないんだからそう呼ぶのは早いんじゃないかな、とリィカは思ったものだ。貴族王族はそんなものなのかと思ったら、実際まだ早いらしい。
けれどまあ、決して駄目ということでもないので、いつの間にか周囲もそれを受け入れてしまった形らしい。
ちなみに、リィカがレーナニアに対してどう教えたのかというと、ただ普通に《上回復》を唱えてみせただけである。その後は、レーナニアがひたすら詠唱を繰り返していたのを、見ていただけだ。
「……正直、よくあれで《回復》も発動できるなって思う。余剰分の魔力で魔法が成り立たなくなってもおかしくないのに、それでも何とかコントロールしてる」
魔法に魔力を注ぎすぎても、それは魔法として成立しない。レーナニアの、器に入りきらない零れた魔力が、唱えた魔法に注がれすぎてもおかしくないのに、それをレーナニア自身がうまく調整しているのだ。
「すごいのか?」
「うん、すごい」
よく分かってなさそうなアレクの言葉に、リィカはしっかり頷く。
果たしてあれが自分に出来るのか。そう考えて、リィカは首を横に振る。一度、魔力病に似た状態になったが、とてもではないがあれをコントロール出来る自信はない。
「アレクの方はどうだった?」
今度はリィカの方からアレクに聞く。
ちなみに、この場にいるのはアレクとリィカの二人だけである。アークバルトとレーナニア、バルとフランティア、ユーリとエレーナ、それぞれ婚約者同士で一緒に食事をしているのだ。
「いや、正直、兄上に驚いた」
「王太子殿下に……?」
リィカが首を傾げれば、アレクが話し始めた。
※ ※ ※
「アレク、私と勝負しよう」
刃を潰した練習用ではあるが、剣をまっすぐ兄のアークバルトに向けられて、アレクは目を見張り、そしてすぐ笑った。
「はい、兄上。挑戦を受けます」
同じように練習用の剣を手にして、アレクはアークバルトと向かい合った。
旅を終えて帰ってきた日。兄が鍛えていることを知ってから、実はずっと楽しみにしていた。
「アレク。勝負は魔法も剣技もなし。純粋な剣術のみ。いいか?」
「はい、構いません」
アークバルトの言葉に、アレクは躊躇わずに頷いた。その辺りを使ってしまうと、また剣を壊してしまうから、躊躇う理由もない。
「では、行くぞ」
「いつでも」
審判なんかはいないので、そのやり取りのすぐ後に、アークバルトがアレクに斬りかかった。
その速さが想像以上で、アレクは驚きつつも兄の剣を受け止める。
「まだだっ!」
受け止められたくらいでは怯むことなく、アークバルトは果敢に攻める。それをアレクは防御だけに徹して受け止める。
受け止めつつ、思う。
(兄上、すごいな。剣の稽古すら嫌がっていた時期だってあったのに。召喚されたばかりのアキトと、同じくらいになっているんじゃないか?)
そんな風に、アークバルトの力を測る。
この国に召喚されてすぐの暁斗とアレクは剣を交えているが、あの頃の暁斗と遜色ない気がする。Eランクの魔物と一対一であれば、問題なく勝てるだろうと思う。たった一年でここまで強くなったことに、純粋に驚く。
そんなことを思いつつ、何となく焦っているようなアークバルトに、これまで受けに徹していたアレクが、動いた。
上段から振り下ろしてきた剣を受け止め、簡単に弾く。そして、アークバルトに剣を突きつけた。
「………………」
「俺の勝ちです、兄上」
「………………はぁ……」
アークバルトは大きくため息をついて、そして苦笑しながら床に座り込んだ。
「もう少し勝負になると思ったんだけどね」
「でも驚きました。兄上、すごいですよ」
率直にアレクが伝えると、アークバルトの見えた笑みは、少し複雑そうだった。
「タイキ殿が体の動かし方を教えてくれたからね。理論で教えてくれたから、私には分かりやすかった。騎士たちには不評だったけど」
「……なるほど」
泰基がアークバルトに教えているのをアレクも一緒に聞いていたが、聞いても全く分からなかった。……というか、いちいちそんなことを考えていられるか、というのが本音だった。騎士に不評というのも頷ける。
旅の間にリィカやユーリに教えているのは時々見ていたが、あの時はあそこまで細かい説明ではなかった気がする。
つまりは、泰基は教える相手によって、教え方を変えていたのだろうか。今さらだが、そう考えるとすごい。
確かにあの細かい理詰めの教えは、アークバルトに合っていると、アレクは思う。
「本当はきちんとお礼を伝えて、可能ならもっと教えを請いたかったけどね。……でも、帰ることができたのなら、それで良かったのだと思うよ」
ほんの少し寂しそうなアークバルトに、アレクは何も言わない。
泰基と暁斗に、帰る前にアルカトル王国へ寄って欲しいと思いながらも、何も言わずにそのまま帰るのを見送った。
それが間違っていたとは思わない。兄の言いたいことは分かるけれど、それでも何も言わなかったことが駄目だったと思えない。だから、アレクは何も言えない。
アークバルトもそれ以上は泰基のことに触れず、立ち上がる。
「さて、せっかくだから、バルムートにも勝負を挑むとするか」
「あいつは馬鹿力だから、気をつけて下さいね」
そのバルはと言えば、フランティアに何度も勝負を挑まれて、ウンザリしているようだった。アークバルトが行けば、さすがにフランティアも譲らざるを得ないだろう。
そんなことを思いつつ、アレクは兄から視線を外して他の相手を探したのだった。
※ ※ ※
「そっか。泰基、すごいね」
アレクの話を聞いて、リィカが何の気なしにそう言えば、アレクが目に見えて不機嫌になった。
「なんでタイキさんを褒めるんだ」
「え、いや、すごいからすごいって言っただけ……」
どこに不機嫌になる様子があるのかが、全くの謎だ。訳の分かっていないリィカに、アレクの不機嫌度は増していく。
そして、おもむろにリィカの左手を手に取る。
「……………っ……!」
アレクが、その左手の薬指、付け根に口付けをして、リィカの顔が一気に赤くなる。
「ここに、タイキさんから贈られた指輪を、はめていたのか?」
「……へ? え、ああ……い、いやでもだからそれは、記憶にあるだけで、わたしじゃない……」
泰基と結婚していたのは凪沙であって、リィカじゃない。少なくともリィカの認識はそうである。が、そんな言い訳はアレクには通じない。
「上書きしてやるからな。今度のデートで、また何か贈る」
「デートじゃなくて、街中に問題ないか探すんでしょっ!?」
「ああ、そうだ。リィカ、聖地でもらったワンピースを着てきてくれ」
「話聞いてっ!?」
リィカの絶叫はむなしく響き、結局はワンピースを着ることを了承させられたのだった。
「うんまあ一応……。って、あれが教えたうちに入るのか、よく分かんないけど」
授業が終わり、昼休み。魔法の授業であったことを話せば、アレクが嬉しそうな顔を見せる。
アレクはレーナニアのことを「義姉上」と呼んでいる。兄の婚約者ではあるけれど、まだ結婚していないんだからそう呼ぶのは早いんじゃないかな、とリィカは思ったものだ。貴族王族はそんなものなのかと思ったら、実際まだ早いらしい。
けれどまあ、決して駄目ということでもないので、いつの間にか周囲もそれを受け入れてしまった形らしい。
ちなみに、リィカがレーナニアに対してどう教えたのかというと、ただ普通に《上回復》を唱えてみせただけである。その後は、レーナニアがひたすら詠唱を繰り返していたのを、見ていただけだ。
「……正直、よくあれで《回復》も発動できるなって思う。余剰分の魔力で魔法が成り立たなくなってもおかしくないのに、それでも何とかコントロールしてる」
魔法に魔力を注ぎすぎても、それは魔法として成立しない。レーナニアの、器に入りきらない零れた魔力が、唱えた魔法に注がれすぎてもおかしくないのに、それをレーナニア自身がうまく調整しているのだ。
「すごいのか?」
「うん、すごい」
よく分かってなさそうなアレクの言葉に、リィカはしっかり頷く。
果たしてあれが自分に出来るのか。そう考えて、リィカは首を横に振る。一度、魔力病に似た状態になったが、とてもではないがあれをコントロール出来る自信はない。
「アレクの方はどうだった?」
今度はリィカの方からアレクに聞く。
ちなみに、この場にいるのはアレクとリィカの二人だけである。アークバルトとレーナニア、バルとフランティア、ユーリとエレーナ、それぞれ婚約者同士で一緒に食事をしているのだ。
「いや、正直、兄上に驚いた」
「王太子殿下に……?」
リィカが首を傾げれば、アレクが話し始めた。
※ ※ ※
「アレク、私と勝負しよう」
刃を潰した練習用ではあるが、剣をまっすぐ兄のアークバルトに向けられて、アレクは目を見張り、そしてすぐ笑った。
「はい、兄上。挑戦を受けます」
同じように練習用の剣を手にして、アレクはアークバルトと向かい合った。
旅を終えて帰ってきた日。兄が鍛えていることを知ってから、実はずっと楽しみにしていた。
「アレク。勝負は魔法も剣技もなし。純粋な剣術のみ。いいか?」
「はい、構いません」
アークバルトの言葉に、アレクは躊躇わずに頷いた。その辺りを使ってしまうと、また剣を壊してしまうから、躊躇う理由もない。
「では、行くぞ」
「いつでも」
審判なんかはいないので、そのやり取りのすぐ後に、アークバルトがアレクに斬りかかった。
その速さが想像以上で、アレクは驚きつつも兄の剣を受け止める。
「まだだっ!」
受け止められたくらいでは怯むことなく、アークバルトは果敢に攻める。それをアレクは防御だけに徹して受け止める。
受け止めつつ、思う。
(兄上、すごいな。剣の稽古すら嫌がっていた時期だってあったのに。召喚されたばかりのアキトと、同じくらいになっているんじゃないか?)
そんな風に、アークバルトの力を測る。
この国に召喚されてすぐの暁斗とアレクは剣を交えているが、あの頃の暁斗と遜色ない気がする。Eランクの魔物と一対一であれば、問題なく勝てるだろうと思う。たった一年でここまで強くなったことに、純粋に驚く。
そんなことを思いつつ、何となく焦っているようなアークバルトに、これまで受けに徹していたアレクが、動いた。
上段から振り下ろしてきた剣を受け止め、簡単に弾く。そして、アークバルトに剣を突きつけた。
「………………」
「俺の勝ちです、兄上」
「………………はぁ……」
アークバルトは大きくため息をついて、そして苦笑しながら床に座り込んだ。
「もう少し勝負になると思ったんだけどね」
「でも驚きました。兄上、すごいですよ」
率直にアレクが伝えると、アークバルトの見えた笑みは、少し複雑そうだった。
「タイキ殿が体の動かし方を教えてくれたからね。理論で教えてくれたから、私には分かりやすかった。騎士たちには不評だったけど」
「……なるほど」
泰基がアークバルトに教えているのをアレクも一緒に聞いていたが、聞いても全く分からなかった。……というか、いちいちそんなことを考えていられるか、というのが本音だった。騎士に不評というのも頷ける。
旅の間にリィカやユーリに教えているのは時々見ていたが、あの時はあそこまで細かい説明ではなかった気がする。
つまりは、泰基は教える相手によって、教え方を変えていたのだろうか。今さらだが、そう考えるとすごい。
確かにあの細かい理詰めの教えは、アークバルトに合っていると、アレクは思う。
「本当はきちんとお礼を伝えて、可能ならもっと教えを請いたかったけどね。……でも、帰ることができたのなら、それで良かったのだと思うよ」
ほんの少し寂しそうなアークバルトに、アレクは何も言わない。
泰基と暁斗に、帰る前にアルカトル王国へ寄って欲しいと思いながらも、何も言わずにそのまま帰るのを見送った。
それが間違っていたとは思わない。兄の言いたいことは分かるけれど、それでも何も言わなかったことが駄目だったと思えない。だから、アレクは何も言えない。
アークバルトもそれ以上は泰基のことに触れず、立ち上がる。
「さて、せっかくだから、バルムートにも勝負を挑むとするか」
「あいつは馬鹿力だから、気をつけて下さいね」
そのバルはと言えば、フランティアに何度も勝負を挑まれて、ウンザリしているようだった。アークバルトが行けば、さすがにフランティアも譲らざるを得ないだろう。
そんなことを思いつつ、アレクは兄から視線を外して他の相手を探したのだった。
※ ※ ※
「そっか。泰基、すごいね」
アレクの話を聞いて、リィカが何の気なしにそう言えば、アレクが目に見えて不機嫌になった。
「なんでタイキさんを褒めるんだ」
「え、いや、すごいからすごいって言っただけ……」
どこに不機嫌になる様子があるのかが、全くの謎だ。訳の分かっていないリィカに、アレクの不機嫌度は増していく。
そして、おもむろにリィカの左手を手に取る。
「……………っ……!」
アレクが、その左手の薬指、付け根に口付けをして、リィカの顔が一気に赤くなる。
「ここに、タイキさんから贈られた指輪を、はめていたのか?」
「……へ? え、ああ……い、いやでもだからそれは、記憶にあるだけで、わたしじゃない……」
泰基と結婚していたのは凪沙であって、リィカじゃない。少なくともリィカの認識はそうである。が、そんな言い訳はアレクには通じない。
「上書きしてやるからな。今度のデートで、また何か贈る」
「デートじゃなくて、街中に問題ないか探すんでしょっ!?」
「ああ、そうだ。リィカ、聖地でもらったワンピースを着てきてくれ」
「話聞いてっ!?」
リィカの絶叫はむなしく響き、結局はワンピースを着ることを了承させられたのだった。
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