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第十六章 三年目の始まり

夜の内緒話①

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 リィカは夕食後に入浴して、自室に戻ってきていた。

 入浴は共同の浴場がある。王宮にあるような立派なもので、シャワーがないだけの、日本の風呂と変わらないものだ。

 しかし、せっかくの立派なものだが、実際に利用する生徒はそんなに多くない。「他人と一緒に風呂になど入らない」という生徒が多いかららしい。
 リィカは気にしたことはない。凪沙の記憶にある日本でもクレールム村でも、他の誰かと一緒に入るなど、珍しくも何ともない。

 確かに、それぞれの自室にも浴室はあるから、それを利用することもできる。

「でもねぇ……」

 リィカはため息をついた。

 自室の浴室には、お湯を入れるための魔石はないから、外からお湯を沸かしたものを運んで入れているのだ。もちろん、大変な作業だ。そしてそれをしているのは、使用人である。
 大変だと分かっている作業を、他人にさせたいとは思えなかった。

 まあ、それをリィカがどうこう言ったところで、どうなるわけでもないのだが。

 リィカは寝室に入って、ベッドに腰掛ける。王宮に泊まったときにあった客間のベッドと、勝るとも劣らないフカフカ具合だ。こんなベッドばかりに寝ていたら、贅沢に慣れてしまいそうで怖い。

 ふぅ、と息を吐いて、魔力を流した。正直、旅が終わっても使う事になるとは思わなかった、風の手紙エア・レターだ。

 さて、他の皆の都合は大丈夫だろうか。口を開こうとしたリィカより先に、耳に声が届いた。

『リィカ、大丈夫かっ!? 寮では何もなかったか!?』

 アレクだ。何をそんなに心配しているのか。声が切羽詰まっていて、答えるより先に呆れてしまった。

『いきなり叫ぶんじゃねぇ。こっちが驚く』
『パウエル夫人が心配するなと言っていたじゃないですか』

 ユーリとバルの声もした。変わらなすぎる三人にリィカがほんのり笑った。

「みんな、今大丈夫?」
『大丈夫ですよ』
『問題ねぇ』
『それより、寮はどうなんだっ!?』
「……もう」

 ユーリとバルのツッコミはまるで届いていないらしいアレクに、リィカはため息をついた。

「わたしの話じゃなくて、ダランの話をするんじゃないの?」

 フランティアの口から名前が出たダラン。彼は人間であっても、魔族の仲間だ。それが、自分たちの身近な人たちと接触していたのだ。見過ごすわけにはいかない。

 学園では四人だけで話をする機会は、なかなかない。だから、こうして風の手紙エア・レターを繋いだのだ。
 はっきりとそれを約束したわけではないのだが、一年も長く一緒にいたというのはありがたい。視線のやり取りだけでどうにかなる。

『それは後だ。リィカは大丈夫だったのか?』

 けれど、あくまでもアレクはリィカの話を先にしたいらしい。バルもユーリも何も言わないのは、言っても無駄だと判断したからか。
 リィカもそれを悟って、とりあえず簡単に話をすることにした。

「大丈夫だよ。えと、同じクラスのセシリーに会ったよ」
『……ああ。セシリー嬢か』

 一瞬の間の後に、アレクのホッとしたような声がした。セシリーもずっとAクラスだったという話だから、アレクたちも当然知っているとは思った。
 アレクたちの反応が不安だったが、どうやら問題なさそうだ。

『あいつ、寮住まいだったのか』
『あれ、バルはあいつなんて言うほど、彼女と親しかったでしたっけ?』
『剣術の授業で一緒だったからな』
「セシリー、剣がメインなんだ」

 具体的にどの分野でAクラス入りしたのか、直接聞くことはしなかったが、そんな感じはしていたので、「やっぱり」という感じだ。
 けれど、リィカの本題はセシリーではない。

「それとね、もう一人。……ミラベル様って、レイズクルス公爵……閣下の娘様? に会ったんだけど、知ってる?」

 一応公爵なわけだし、閣下という敬称はつけるべきと思って付け足す。

 よくよく考えると、魔法師団から逆恨みがどうこうという話をしておきながら、なぜ彼女の名前が出なかったのかが不思議だ。
 彼女がどういう人にしろ、話くらいあっても良かったのではないか、と思ったのだが。

『あ、あー……、そういえば、いたか?』
『そういえばいましたね。忘れてました。入学当初は警戒したものですが、何もないですし、何というか影が薄いといいますか……』

 アレクが自信なさげに言って、ユーリははっきり忘れてたと断言した。バルは無言だが、何も言わないということは、きっと二人と似たり寄ったりだろう。

「セシリーと仲良いみたいで、それで一緒に食事をした。悪い人じゃなさそうだけど、全然話がないのもおかしい気がするなぁって思って。そんな感じなんだ」

 素直に思った事を言ったリィカに、アレクの困ったような声が届いた。

『まあな。そもそも入学前は彼女の存在すら知らなかった。だから、レイズクルスの娘って聞いて驚いたし、どんな我が儘令嬢かと構えていたんだが、クラスもCクラスだし、噂も何もないから、そのうち忘れた』

『というか、公爵令嬢が寮に住んでるんですか? 何も王都の屋敷から通えるでしょうに』

 想像した以上に、みんながミラベルのことを知らないようだ。いや、知っていてもそこまで悪い境遇だと思ってないんだろうか。

「ミラベル様が、正妻の娘じゃないっていうのは、知ってる?」
『ああ、それは知ってるが。というか、入学後に知った』

 あっさりしたアレクからの返事だ。考えてみれば、アレク自身が側室の子でありながら、分け隔てなく育てられた。だから、そういうものだと思っているのかもしれない。

 だとすると、ミラベルはさらけ出す必要のなかった深い内面まで、語ってくれたのだろうか。となれば、それを勝手に言うのは気が引けた。

「ナイジェル……様の婚約者っていうのは?」
『……は? そうなのか?』
「知らないんだ」

 アレクだけではなく、バルやユーリからも疑問の声が聞こえたから、そうなんだろう。

『……まあ、別に誰と誰が婚約したとか、いちいち公表したりはしない。ただ、貴族の男女が一緒にいればそれを勘ぐられるし、普通は自然と知れ渡っていく』

『いつからそうなのか知らねぇが、んな話聞いたことなかったな』

『もしかしたら王太子殿下やレーナニア様ならご存じかもしれませんが。レーナニア様に報告するのでしょうから、そのとき聞いてみましょうか』

「うん、そうしてみる」

 それが分かったからと言って何かできるわけでもないが、アレクたちまで知らないとなると、どうしても気になる。レーナニアたちから話を聞くことはミラベルも想定内のようだから、聞いても問題ないだろう。

 本来ならダランの話をしたいところだが、もう一つだけミラベルの質問をぶつけた。

「ねえあのさ、もしミラベル様がいいって言ったら……わたしが魔法を教えるのって、アリかな」

 ミラベルは上手く魔法を使えないと言っていた。その原因が何なのかは分からないが、リィカは放っておける自信がなかった。
 本人に聞いたわけでもないので、何て言われるかは分からないが、もし望むのなら何か手を貸したいと思ったのだ。

『何とも……どうなんでしょうね。それこそ明日話を聞いてから考えてもいいと思いますけど……。リィカ、教えたいなんて、何かありましたか?』
『そうなのか、リィカ!?』

 ユーリの鋭すぎる言葉にリィカが動揺するのと同時に、アレクが噛み付いてきた。とっさにごまかす言葉も浮かばない。

「ま、まあそれも明日で……。そ、それよりダランの話をしようよ」

 結局有耶無耶のまま、強引に話題を転換させたのだった。
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