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第十六章 三年目の始まり
ミラベル
しおりを挟む「改めて、私はミラベル・フォン・レイズクルス。よろしく」
「は、はい。よろしくお願いします。わたしは……」
「さっきも聞いたし知ってるし、名乗らなくていいよ」
「……は、はい」
食事をもらって席につくと、ミラベルに挨拶されたが、返そうとしたリィカはあっさり切られてしまった。
こうなると、もうリィカはどうしていいか分からず、返事だけしてうつむいてしまう。
ちなみに、食事は平民の寮にいたときよりかなり豪華に見える。しかし、違うのはそのくらいで、別に配膳してくれるわけでも何でもなく、自分で取りに行かなければならないところなんかは、何も変わりがなかった。
「こらベル、言い方悪い。リィカ、萎縮してるじゃないの」
「この程度で萎縮されても。もっと悪意ある奴いるのに、どうするの」
「そうだけどさぁ」
困ったセシリーの声を聞きつつ、リィカは顔を上げた。
「大丈夫です、すいま……えと、申し訳ありません。ミラベル様とお呼びしてよろしいですか?」
リィカは真っ直ぐ問いかけた。
望んだわけではないにしても、自分は貴族になったのだ。であれば、ミラベルの言う通りに、怯んでいるわけにはいかない。
男爵のセシリーと対等に話をしているのだから、ミラベルは少なくとも身分で人を見下すようなことをする人ではないのだろう。
そんなリィカを、セシリーがへぇっという顔をして、ミラベルは「ふーん」とつぶやく。
「ええ、そう呼んでもらっていいわ。でも、言葉遣いはそこまで堅苦しくなくていいから。もっと気楽に話して」
ミラベルの返答は、意外だった。まさかそんな風に言われるとは思わなかった。
そもそも、魔法師団はリィカに逆恨みをしているという話だが、ミラベルはどう思っているのだろうか。
「……本当なら、名前を呼ぶのも様をつけなくてもいいって言ってもいいくらいだけど、あんまり最初から気さくに対応しすぎちゃって、それに慣れるのも良くないから。あなたがきちんと公私つけられるようになるまでわね」
ここで、ミラベルは初めてリィカに向けて笑顔を見せた。
「あなたはAクラスだし、私は出来損ないのCクラス。あんまり気にしないで。出来損ないがなんか偉そうな事言ってるわ、って聞き流していいの」
「え……」
笑顔は笑顔でも、どこか影のある笑顔だ。それに"出来損ない"の単語が、気に掛かる。
「どうせ明日になれば、レーナニア様たちから話を聞くでしょうから言ってしまうけど。私は確かに魔法師団長のレイズクルス公爵の娘だけど、正妻の娘ではないの」
「え?」
正妻の娘ではない。そう言われて思い浮かんだのは、アレクだ。アレクは正妻……つまりは王妃の子ではなく、側室の子だ。
「私の母はね、レイズクルス公爵邸に務めていた侍女。父が侍女に手を出して、その結果生まれたのが私。それなりに魔力を持っていたおかげで、娘として認められて育てられたけど、侍女の娘だと色々言われて育ってきてね」
ありがちだけどね、とやはり影のある笑みで笑う。
リィカが何も言えずにいる中、ミラベルは話を続ける。
「私が娘として認められたことで母も屋敷にいられることになったけれど、奥様……つまり正妻からすれば面白くないわけで。いびられている母を見てきたし、そんな母は私が生まれたことを疎んでた」
「……ぇ」
リィカの心臓がドクンと波打った。
何故だろうか。ひどく緊張する。
「そんな母は数年前に亡くなって、奥様のいびり対象が私に変わって、正妻のお子様方からも色々いじめられて。父は無関心だったから、止める人もいなかったし。で、学園に入学するときにね、侍女はいらないから寮に入るって宣言したら、あっさり許可が出た」
ミラベルは、複雑そうに笑った。
つまりは、公爵家の娘が侍女もなく、寮に入ったのはそういう理由があったというわけだ。ミラベルからしたら、やっと掴んだ自由な生活、とは思うが、それでも表情には陰りがあった。
「っつうかさ、ベル。学園卒業したら、本気で家に戻る気?」
「えっ!?」
セシリーの言葉に、ミラベルより先にリィカが驚いて反応を見せる。そんな様子に、ミラベルは冷淡だった。
「しょうがないでしょ。魔力があったって碌に魔法使えないし。一人で自立して生きてくのは無理。家を飛び出して飢え死にするより、奴隷扱いされてた方がマシ」
「でもさぁ……」
魔法が使えない、というのもそうだが、飢え死にとか奴隷扱いとか、不穏な単語ばかりが羅列される。
何があるんだ、と不安そうな表情のリィカに教えたのはセシリーだった。
「ナイジェルは知ってる? あの模擬戦の時、あんたの魔法がぶつかりそうになった奴」
「う、うん。教えてもらった」
「……なるほど、まあそうだね。王太子殿下たちがその辺の注意をしないわけないか」
セシリーが何となく疲れたような様子を見せるのは、ナイジェルのことを思い出しているからか。
「ベルはね、そのナイジェルの婚約者」
「……えっ!?」
「卒業したらベルは家に戻って、ナイジェルと結婚してガルズ侯爵家に嫁入り。でもねぇ、多分まともな正妻扱いはされない。ベルが侍女の娘だってナイジェルも当然知ってるから」
リィカに説明しつつも、セシリーの視線はミラベルに向けられていて、そうとは言わずとも心配しているのが分かる。
ミラベルは、それに気付いているのかいないのか、そっぽを向いたまま、口を開いた。
「碌に魔法も使えない出来損ないのCクラスの人間を、娶ってやるだけで感謝しろって……まあそれは今も言われてるけど、これからずっと言われるんでしょうね」
聞いているだけで辛くなるような話を、淡々と話す。自分のことであるはずなのに、どうでもよさそうな感じだ。
「ミラベル様……」
名前を呼ぶだけで、何かを言おうと思ってもリィカは何も言えない。そんなリィカに、ミラベルは笑った。
「悪いわね、会ってすぐこんな話をしちゃって。でもどうせ明日には同じような話を聞くことになるでしょうし、あまり気にしないで。食べましょう?」
「……はい」
ミラベルが食事に手を伸ばし、促されてリィカも手を伸ばす。
何か話すことも浮かばず、無言で食べながらリィカは何となく気付いていた。ミラベルの話に、自分が感じたこと。
(もしかしたら、わたしも同じ立場だった可能性も、あったのかも)
父親、かもしれない男。モントルビア王国のベネット公爵。
母がその場だけで済まず、もしあの男の元にいたとしたら。あの男の元で自分が育ったとしたら。自分も、ミラベルと同じだったかもしれない。
そう思ったら、他人事とは思えなかった。
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